第152話 強さへの渇望

 き火がパチパチとぜる。

 遅めの昼食のためにエステルとオリアーナが準備をしていた。

 野菜の煮込み汁が良いにおいをただよわせ始めている。

 アーシュラひきいるエミル捜索そうさく隊は、エミルを乗せていると見られる馬車のわだち辿たどって追跡を続けていた。


 午後になり馬を休ませる必要があるため、小川の流れる水場で一行も昼食をることにしたのだ。

 アーシュラは馬たちに水を飲ませ、それから飼い葉を与えて休ませる。

 その間、プリシラは少し離れた場所で1人、剣を振るっていた。


 エミルを救い出せるかもしれない局面が近付き、心が落ち着かずじっとしている事が出来ないのだ。

 そんなプリシラの様子を見て、エリカとハリエットも各々の武器を持ち、訓練を始めた。

 そんな2人を見るとプリシラは剣を振るう手を止めて声をかける。


「2人とも。一緒にやらない? 相手をしてほしいんだけど」


 プリシラにそう言われてエリカとハリエットは少々戸惑った。

 2人とも若手の戦士の中では群を抜く実力の持ち主であるが、それでもプリシラ相手では分が悪い。

 まだ13歳とはいえプリシラの異常筋力による腕力や速さには到底敵わないことを、2人は知っているからだ。


「アタシたちじゃああなたの相手は……」


 そう言うハリエットだが、プリシラの思い詰めた表情を見てエリカは言った。


「アタシたち2人がかりでいいなら相手をするわ」


 そう言うとエリカは自慢の武器である槍を取り出し、それに何かを取り付け始めた。

 ハリエットとプリシラも同じものを各々の武器に取り付ける。

 それは武器の刃を隠すための樹脂製のおおいだ。

 ダニアで訓練用に使われているものだった。

 真剣での訓練による負傷事故を減らしつつ、木や竹の訓練武器ではなく実戦武器を用いることで実戦感覚をみがくために開発されたのだ。


「さあ、昼食が出来る前にさっさと始めましょ」


 ハリエットはそう言うとおおいを取り付けたおのを軽々と振るう。

 そうして昼食前の訓練が始まった。


 ☆☆☆☆☆☆


 少し離れた場所からカンカンと武器をぶつけ合う音が響いてきた。

 エリカたちが訓練でもしているのだろうと頭の片隅で思いながらネルは弓に矢をつがえると、前方20メートルほどの木に向かって矢を放つ。

 矢は鋭く宙を切り裂いて目標の木にしっかりと命中した。


「よし……だいぶ感覚は戻ってきたな」


 この任務が始まってすぐ、隊長であるアーシュラとのひと悶着もんちゃくによってネルの射撃感覚は狂わされていた。

 今まで当たり前のように当てられていた近距離の的に矢が当たらなくなってしまったのだ。

 ゆえにネルはこうしてひまを見つけては1人、射撃訓練にはげんでいるのだった。


「チッ……まるで訓練生時代だな」


 現在の弓兵部隊の隊長ナタリーと副隊長ナタリア。

 ダニアが誇る双子の弓兵だ。

 その2人からみっちりと弓の技術を伝授された日々を思い返し、ネルは苦い表情を浮かべる。


 メキメキと上達したネルは、いずれあの双子を超える弓の使い手になるだろうと周囲から言われていた。

 その難ありな性格ゆえに周囲からの人間的な評判は最悪だったが、ネルはそれを自分の弓の腕に対する嫉妬しっとだろうと一笑に付したものだ。

 だが今、そのネルの自信が根幹から揺らいでいる。

 弓矢を自在に扱えない自分自身が許せなかった。

 ゆえにネルは初心に立ち戻り、一からこうして弓矢の訓練にはげんでいるのだ。


「あの頃のアホみたいな基礎訓練の繰り返しが役に立つ日が来るとはな」


 他人から何を言われようと倍にして言い返す自信はある。

 だが、自身の弓の腕に自信がなければ、そんなものは負け犬の遠吠とおぼえに過ぎないことも分かっていた。

 自分にとって弓矢は全てだ。

 これが揺らげば自分自身が揺らぐ。

 それだけは我慢がならなかった。


「もう一度だ」


 ネルは神経を集中させ、もう一度弓に矢をつがえるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「そろそろ昼食ですよ」


 アーシュラはプリシラたちが訓練しているところにそう声をかけた。

 エリカとハリエットは顔を赤く上気させて武器を下ろす。


「くそ〜。一発も当たる気がしなかったわ」


 ハリエットは悔しそうにそう言い、エリカもうなづく。


「まだ13歳なのに大した腕だね」


 だが、そんな2人の賛辞にもプリシラは少々浮かない顔だ。

 その心情は、3人の訓練を静かに見つめていたアーシュラには易々やすやすと読み取れた。


「武器を扱う技術はエリカとハリエットのほうがプリシラよりも上です」


 そう言うアーシュラに名指しされた2人はおどろいて目を丸くする。


「え? でも隊長。アタシたちの攻撃、プリシラには全部防がれて……」

「それはプリシラが自身の身体能力で対応していただけです。そうですね? プリシラ」


 そう問いただすアーシュラにプリシラは苦い顔でうなづいた。


「……正直、2人の攻撃がいまいち読めなかったです。だから攻撃を繰り出されてからあわてて防ぐばかりで、攻撃に転じられないことが幾度いくどもありました」

「ブリジットの血を引くあなたは身体能力や反射神経が常人よりもはるかに優れている。だからその感覚に頼ってしまう。相手が攻撃を仕掛けてきてから反応しても防御や回避が間に合ってしまうからです。しかしその結果、次の攻撃につなげられない。そこがまだ幼いのです」


 幼い。

 そう言われてプリシラは思わずくちびるむ。

 そんな彼女を見つめながらアーシュラは話を続けた。


「ブリジットやクローディアがあれだけ強いのは、身体能力が優れているからというだけではありません。先読みの技術を含めた戦闘技法をきちんと心得、戦いの中で実践じっせん出来るからです。おそらくそれはチェルシーもすでに身に着けているでしょう。きっと彼女は相手の攻撃を事前に予測している。だから防御や回避から次の攻撃につなげやすい。プリシラ。あなたも早く大人の戦い方を身に着けなさい。それが出来なくてはチェルシーに打ち勝つことなど夢のまた夢です」


 アーシュラの言葉にプリシラはチェルシーとの戦いを思い返す。

 技量の差はまるで大人と子供のようだった。


(悔しい……もっと強くなりたい。母様みたいに誰にも負けない強さが欲しい)


 プリシラはエリカからハリエットに目を向ける。


「2人とも。今日はありがとう。これからもお願いしたいんだけど……」


 そう言うプリシラに2人はこころようなづいた。


「いいわよ。こっちも訓練になるし」

「次は一発くらい当てるからね」


 これまであまり接する機会がなかった若者たちが交流し、互いに高め合っていく。

 そんな様子を見てアーシュラはこの部隊はきっとダニアの未来につながる道なのだと思えた。

 そしてこのことを予想してボルドはこの部隊を編成したのだろうと感心するのだった。

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