第151話 囚われの兄妹

 赤毛の女2人が息絶え、物言わぬむくろとして大地に横たわっている。

 チェルシーはそんな2人を見下ろして冷然とつぶやいた。


「さぞかし名のある戦士でしょうに、埋葬まいそうもしてあげられないことをうらんでくれていいわよ」


 おだやかなその口調とは裏腹に、チェルシーの胸の中には黒い興奮が渦巻うずまいている。

 憎きクローディアの側近2人を斬り捨てた。

 復讐ふくしゅうの一端を果たしたチェルシーは胸の内で姉に毒づく。


(姉さま……これはまだ始まりに過ぎないわよ。これからあなたの国は壊れていくの)


 だが一方で晴れ晴れとした気持ちにはならなかった。

 その手で斬り捨てた戦士リビーの言葉が今も耳に残っている。


―クローディアはもう一度あなたと姉妹の関係に戻りたいと強く願っているんです―


 その言葉でチェルシーが思い返すのは、先日のジュードの言ったことだった。

 クローディアは王国にいるチェルシーに向けて幾度いくども手紙を書いていたという。

 その話にチェルシーの心はひどく揺さぶられた。

 だが、チェルシーはそんな自分の甘さをみ殺す。


 幼い頃より長く暗い時を過ごしてきたのだ。

 その重さは簡単にはくつがえせない。

 今さらどのような話を聞かされても、彼女の抱えた怒りは無かったことにはならない。

 そんな彼女の背後から声がかかった。


「チェルシー様……」


 ショーナだ。

 その表情は重く張り詰めている。

 そしてどこか悲しげだった。

 ショーナのその表情を見ればチェルシーには彼女の感じていることが分かった。


 愛想はないが面倒見のいい姉のような存在のショーナ。

 幼い頃よりチェルシーのことを常に気にかけてくれた。

 彼女は復讐ふくしゅうの道を突き進むチェルシーの姿をうれいているのだ。

 だからと言ってチェルシーは立ち止まるつもりはなかった。


(この胸の怒りは世界中の誰にも分かりはしない。たとえショーナでも)


 先ほど斬り捨てた女戦士ジリアンは言った。

 いつか自身の重ねたあやまちの重さに押しつぶされる日が来ると。

 だがチェルシーはそれをいとわない。


復讐ふくしゅうを果たした後ならば、この心がつぶれようが、この身がくだけようが構わない)


 ショーナとチェルシーには決定的な違いがある。

 ショーナはまだチェルシーの幸福を望んでいる。

 だが……チェルシーはもはや自分自身の幸福など望んでいないのだ。

 その心揺らげとも、彼女の胸には絶対に消えることのない復讐ふくしゅうの鬼が住み着いていた。

 チェルシーはショーナの視線を無視してシジマに命じる。


「シジマ。慎重に目標を確保するわよ。自害を試みるかもしれないから用心して。あの2人以外の者は状況に応じて対処するように」

「それは殺害をふくめてということですか?」

「ええ。それとウェンディーはまだ幼いとはいえ、女王の血を引いているわ。彼女の対処だけはワタシがするから」


 そう言うとチェルシーはシジマをともない、馬車の後方に向かう。

 馬車の両側に配置された部下たちが慎重にほろを両開きにした。

 荷台には震えながらヴァージルとウェンディーを守ろうとする小姓こしょうらが短刀を手に立っている。


「お……お2人に手出しはさせません」


 恐怖で上擦うわずった声を出す小姓こしょうらを見たシジマは即座に動いた。

 サッと両手に握った白い金属の杭を投げ放つ。

 鋭く宙を舞ったその杭は、小姓こしょう2人の眉間みけんに深々と突き立った。


「きゃあっ!」


 血を噴き出しながら倒れる小姓こしょうらの姿に、幼いウェンディーが悲鳴を上げた。

 小姓こしょうらは目を見開いたままピクリとも動かない。

 即死していた。


 それを見たチェルシーはすぐに荷台に上がった。

 すると恐怖が頂点に達したようで、御者の男は荷台のすみっこにうずくまったまま、まったく動かなくなる。

 おそらく気を失ってしまったのだろう。

 残された子供たちのうちヴァージルは、泣きながら震える妹を強く抱き締め、気丈にチェルシーをにらみつけてくる。

 だがチェルシーはその視線を受け止めると、静かに口を開いた。


「共和国大統領の子女、ヴァージルとウェンディーね。ワタシはチェルシー。あなたたちの母親の妹。あなたたちの叔母おばということになるわ」


 チェルシーの存在はもちろんクローディアから聞かされて2人とも知っている。

 ヴァージルは顔を引きつらせながら必死に声をしぼり出した。


「こ、ここは共和国領内です。このような狼藉ろうぜきは決して許されません」

「ええ。分かっているわ。許されようとは思っていない。2人とも我々に同行しなさい。あなたたちを王国に連行するわ。抵抗しなければ身の安全は保証します」


 そう言うとチェルシーはじっとヴァージルの目を見据みすえる。

 へびにらまれたかえるのようにヴァージルは動けなくなってしまった。

 そんな彼の腕にチェルシーは手をかける。

 その途端とたんだった。


「兄様にさわらないで!」


 ウェンディーが泣き叫びながらチェルシーにつかみかかってきたのだ。

 まだ幼く細い体だが、その身にはまぎれもなく女王の血が流れている。

 それを証明するかのようにウェンディーの両腕両足は筋肉で盛り上がり、とても6歳の少女だとは思えないような腕力を見せた。


 だがチェルシーは冷静だ。

 自身の腕力でウェンディーを床に押し付けて動けなくする。

 同じ女王の血を引く者同士、こうなれば大人と子供だ。

 ウェンディーは身動き出来ず、それでもなお、暴れようとする。


 チェルシーはシジマに目配めくばせをした。

 すぐにシジマは動き、兄のヴァージルを組みせてその首に白い杭を突きつけた。

 ヴァージルの顔が恐怖に引きつるのを見たチェルシーは、冷たい声でウェンディーに告げる。


「ウェンディー。あなたが抵抗すると、大事な兄様がケガをすることになるわよ。どうする?」 

「うう……」

「おとなしくワタシに従うなら、兄様はケガをしなくて済むわ」


 その言葉にウェンディーは抵抗する気力を失い、床に泣きせる。

 チェルシーはあらかじめ用意しておいた鋼鉄の拘束こうそく具をウェンディーの両腕と両足にはめる。

 そしてウェンディーの小さな体を抱え上げるとチェルシーはヴァージルに視線を向けた。


「ヴァージル。自分で降りなさい」


 妹を人質に取られたような状況で、その言葉に従うほかなくヴァージルは馬車を降りる。

 だがそこで彼は立ち尽くした。

 その視線がとらえたのは、地面に横たわる2つの遺体だった。

 見慣れたその2人の変わり果てた姿すがたに、ヴァージルは絶望の表情を浮かべる。


「ああっ……ジリアン……リビー……あああっ」


 ずっと幼い頃から自分たちを守ってくれたジリアンとリビーが息絶えていた。

 それまで気丈に耐えていたヴァージルの心がついに折れていく。

 彼はガックリとその場にひざを尽き、地面にひたいを押し当てるようにして泣きくずれるのだった。

 ヴァージルの慟哭どうこくが響き渡る中、馬車の中ではシジマが気絶している御者の男の脇にしゃがみ込んている。

 彼は御者の姿を無感情な眼差まなざしで見つめると、ふところから白い杭を取り出した。


「とりあえずおまえも死んでおけ」


 そう言うとシジマは御者の男の後頭部に容赦ようしゃなく白い杭を突き立てるのだった。

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