第149話 初対面

閣下かっか。馬車を発見いたしました。路上に停車しており、赤毛の女たちがぞくらしき男らと争っています」


 先行して様子を探ってきたシジマの報告を受け、チェルシーは即座に決断した。


「目標の2人が危害を加えられる前に確保するわよ! ただし発砲は禁止。音を誰かに聞かれると厄介やっかいだわ」


 そう言うとチェルシーは部下から弓と矢筒を受け取る。

 それはチェルシー専用の弓で、金属粉と樹脂を混ぜた特殊な弓弦ゆづるによって非常に強い射撃の出来る特別製だった。

 通常の矢よりも遠くへ飛ばせるのも特徴だが、並の者にはまともに扱えぬ剛の弓だ。


 そして矢筒に入っているのも全て鉄ごしらえの矢だった。

 これをチェルシーが扱うと弓矢がまるで違った武器になる。

 チェルシーはかたくなに銃火器を使おうとしなかった。

 銃火器は扱う者が非力でも容易に敵を殺せる恐ろしい武器だ。

 チェルシーはその存在を否定することはないが、自身は決して使うまいと思った。


 彼女は自身の体に流れるダニアの血を自覚し、幼い頃から自身をきたえ上げてきた。

 おのれの肉体こそが一番の武器であると信じて。

 故にそうした研鑽けんさんの積み重ねを否定する銃火器をチェルシーは使わないのだ。


 チェルシーは受け取った弓矢を手に走り出した。

 その後について部下たちも走るがチェルシーの速度には到底追いつけない。

 それでもチェルシーは速度を緩めずにグングンと走り続け、ついにその目で馬車をとらえると立ち止まって弓に矢をつがえた。

 どうやら戦いは終わっているようで男たちが地面に倒れ、ダニアの女2人が1人の男を尋問じんもんしようとしている様子が見える。


「警告代わりよ」


 そう言うとチェルシーは女たちの前でひざまずいている男に向けて矢を放つのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 猛烈な勢いで飛んできた鉄の矢が男の顔を貫いた。

 そのすさまじい速度とねらいの正確さに、ジリアンもリビーも戦慄せんりつを覚える。

 風切り音がすれば矢を警戒するのは戦場経験の豊富な2人には当然のことだった。


 その2人がまるで反応できなかったのは、音と矢の飛来のタイミングにズレがあったからだ。

 それは矢がかなり離れた距離から超高速で飛んできたものであることを示していた。

 それを放ったのが常人離れした射手であるということだ。


 2人は地面にせたまま、前方に目を向ける。

 すると100メートルほど前方からこちらに向かって駆けてくる者たちの姿が見えた。

 その先頭を走るのは女のようだ。


 そう思ったその時、その女とおぼしき者の被っていた頭巾ずきんが風にあおられて飛んだ。

 それはやはり女だった。

 美しい銀髪があらわになってなって風に舞いおどる。

 ジリアンもリビーも雷に打たれたように一瞬、動けなくなった。

 その目がおどろきに見開かれている。


「な、何てこった……」


 うめくようにそう言うジリアンに、いち早く我に返ったリビーが声を上げる。


「くそっ! 馬が使い物にならない以上、走って逃げるしか……」


 だが、それも間に合わなかった。

 グングン速度を上げた銀髪の女があっという間に100メートルの距離を詰めてきたのだ。

 わずか10秒ほどの出来事だった。

 とてつもない足の速さだ。

 銀髪の女は2人のダニアの女の数メートル先に立つと、傲然ごうぜんと言い放つ。


「ワタシはチェルシー。王国のジャイルズ王より将軍職を任されているわ。ダニアの女たち。あなたたちが護衛している共和国大統領の子女、ヴァージルとウェンディーをこちらへ引き渡しなさい。従えばあなたたちの命は見逃すわ。こばめば斬り捨てる」


 そう言って剣を抜き放つチェルシーの姿を、ジリアンとリビーは絶望的な気分で見つめるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「チェルシー……あなたが」


 ジリアンはうめくようにそう声をしぼり出す。 

 目の前にいる若き銀髪の女には、クローディアの若き頃の面影おもかげうかがえた。

 昔からクローディアを良く知るジリアンとリビーには、彼女がクローディアと血を分けた姉妹であることは疑いようもなかった。

 

 クローディアの妹であるチェルシーは銀の女王の血を引き、異常筋力の持ち主である。

 その力による武勇は今回の侵略戦争で大陸中にとどろいていた。

 そのチェルシーを相手にすれば自分たちではどうすることも出来ないだろう。

 ジリアンとリビーは顔を見合わせ、覚悟を決めた表情でうなづき合う。

 そしてジリアンは警戒の構えこそ解かないものの、敬意を込めたおごそかな口調でチェルシーに声をかけた。


「ワタシはジリアン。となりはリビーです。クローディアの側近として長く務めてまいりました」


 その話にチェルシーのまゆがピクリと動く。


「そう。姉から信頼されているのでしょうね。大事な任務を任されて。でもこの少人数での隠密行動があだになったわね。2人を引き渡しなさい」


 そう言うチェルシーの目がギラリと鋭い光を帯びた。

 その視線を受けながらジリアンは毅然きぜんと言葉を返す。


「ヴァージル様とウェンディー様はあなたと同じ血を引くおいめい。そのお2人をあなたは王国に売り渡すのですか? お2人がその後、過酷な運命の荒波にさらされるとお分かりですよね」


だがジリアンの非難にもチェルシーは顔色ひとつ変えずに冷然と応酬した。


「売り渡す? 勘違いしているわね。ワタシは王国の人間よ。国のために有効な人質を手に入れる。そのことに躊躇ためらいはないわ。血縁の有無は関係ない」

「クローディアは悲しみます。妹君いもうとぎみであるあなたがそのようなことをなされば……」

「だから何? クローディアはワタシの姉だけど、敵対する恐れのある異国の大統領の妻よ。おもんぱかる必要があるかしら?」


 そう言うとチェルシーは一歩前に出る。

 ジリアンとリビーは剣を構えたまま一歩下がった。

 そこで、それまで怒りの表情でだまっていたリビーが我慢できずに口を開く。


「それがあなたの本心ですか? クローディアはもう一度あなたと姉妹の関係に戻りたいと強く願っているんです」


 リビーの言葉にチェルシーの顔が怒りの色を帯びる。


「何を今さら……そんなことはどうでもいい。クローディアはワタシにとって血縁上の姉でしかない。ずっと離れて暮らしていた彼女に親愛の情など抱けるはずもないでしょう」


 憤怒ふんぬを吐き出すようにそう言うとチェルシーはさらに一歩前に出た。

 彼女の背後では頭巾ずきんを被った部下たちが状況を油断なく見据みすえている。

 その中の数名は停車中の馬車の周囲を取り囲むように展開していた。


「さあ、くだらないおしゃべりの時間は終わりよ。すぐに2人を引き渡さないことは、こちらの慈悲じひ無碍むげにしたと見なします。残念だけどあなたたちには死んでもらうわね」 


 そう言うとチェルシーは剣を構え、切っ先をジリアンに向けた。

 ジリアンとリビーはいよいよ進退きわまり、剣を握る手に力を込めた。


「ワタシたちはクローディアからお2人を託された。この命に代えても守り抜く使命がある」

「この命、そう易々やすやすと取れると思うなよ!」


 2人は決死の形相ぎょうそうで剣の切っ先をチェルシーに向け、徹底抗戦の覚悟を見せるのだった。

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