第148話 女戦士の意地

「う、うそだろ……これがダニアの女か」


 若い男はうめくようにそう声をらした。

 剣を握る男の手がわずかに震えている。

 彼の視界の先では、仲間である3人の男が必死に武器を繰り出して赤毛の女を攻撃していた。

 だが赤毛の女は思った以上に強く、左右それぞれに握られた2本の剣によってすでに3人の同僚が斬り殺されて地面に横たわっている。


 当初は7人で取り囲んで一斉に攻撃を仕掛けたため、相手の女は体のあちこちに傷を負った。

 だがどれも致命傷には程遠く、女は平然と戦い続けている。

 逆にダニアの女の攻撃は鋭く、男たちはほとんどで一撃で殺されてしまった。

 仲間の1人の口車に乗って、独断でヴァージルとウェンディーの身柄を拘束こうそくしようと動いた結果がこれだ。


 男は無謀な計画を持ちかけてきた仲間を呪い、それにまんまと乗った自身の浅はかさを呪った。

 命が惜しくば、今すぐに仲間を見捨てて一目散にこの場を逃げ出すべきだろう。


 だが無法の道を生きてきた男に、ここから逃げたとて生きる場所はなかった。

 こうして立ち尽くしている間にも仲間がまた1人、女に斬り殺されてしまう。

 先ほどまでの数的優位な状況は今やほとんど失われていた。


「ち、ちくしょおおおお!」


 男はヤケクソになって剣を振り上げると、ダニアの女の脳天を割るべく仲間たちに割って入る。

 だが、それを見たダニアの女は両手の剣で両脇の男たちを押し退け、一気に若い男に迫ったのだ。

 そして若い男が振り上げている剣を振り下ろすよりも先に、左右の剣を同時に一閃させた。


「なっ……」


 横薙よこなぎに払われた2本の剣筋は若い男の胸と腹を同時に切り裂く。

 深々と切り裂かれた胸からは血が、腹からは臓物があふれ出した。

 若い男はおのれの無謀さを後悔する間もなく、前のめりに地面に倒れ、大地をらす自身の血と臓物にまみれて息絶えるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「くそっ! 相手はたった1人だぞ!」


 男はあせりと恐怖を振り払うように怒声どせいを張り上げ、仲間を鼓舞こぶする。

 襲撃した馬車の後方から現れた赤毛の女に随分ずいぶんと手こずらされていた。

 いや、むしろ数で大きく勝るはずの男らのほうが劣勢に立たされている。


 右手に剣、左手にたてを構えた赤毛の女を相手に、すでに4人の仲間が斬り殺されていた。

 女も多勢に無勢の戦いによって体のあちこちに傷を負っているが、まるでひるむことなく男たちを斬り捨てている。

 7人で取り囲んだはずが、すでに男も含めて3人になってしまっていた。


(し、信じられねえ。ダニアの女ってのは1人1人がこんなに強かったのか?)


 男にとってここまで苦戦することは想定外であり、大きな誤算だった。

 総勢15名を集めた手勢は決して素人しろうとではない。

 大半は傭兵ようへいの経験者であり、戦働きの出来る者たちだ。

 それ以外の者も日頃から戦闘訓練を積んでいる。

 だというのに、たった1人の女を相手に全滅のき目にあおうとしているのだ。


(くそっ! ここで引くわけにはいかねえ!)


 仲間たちをきつけ、ヴァージルとウェンディーの身柄みがら拘束こうそくすると独断で決めたのは自分だ。

 こんなことになるなら大人しく監視の任務だけを続けておけばよかった。

 依頼主の命令に無いことをやろうとした結果がこれか。

 生き残っている仲間たちのそうした非難の視線が突き刺さる。

 そのことに苛立いらだち、男は槍を構えてえた。

 

「ぬああああああっ! 四の五の言わずにこの女をぶっ殺せばいいだけだ!」


 男は赤毛の女の首を目がけて槍を鋭く突き出した。

 だがそれを女は左手のたてでいなすと、左側にいる別の男を斬りつけた。


「ひぎゃあっ!」


 首を斬り裂かれた男は血飛沫ちしぶきを噴き上げながら倒れ込む。

 さらに女は背後から襲いかかって来たもう1人の振り下ろすおのを真横に飛んでかわし、振り向きざまに剣を突き出した。


「むぐっ……」


 のどを真正面から貫かれ、男はくぐもった声を上げると、白目をいて倒れ込み、動かなくなった。


「さあ、いよいよ最後の1人になったな。おまえもすぐにしかばねの仲間入りだぞ」 


 そう言うダニアの女に対し、残った男は決死の形相ぎょうそうで槍を構える。

 だがその背後からも女の声が響いた。


「こっちは片付いたぞ」


 そこに現れたのは馬車の前方で戦っていたもう1人の女だった。

 気付けばすでに戦いの喧騒けんそうは聞こえない。

 おそらくそちらでも、こちらと同じようにたった1人の女によって仲間たちが皆殺しにされてしまったのだろう。


「1人だけ生かしてあるが、どうする?」


 そう言う女の足元に男が倒れている。

 まだ生きているようだが、両腕と両足が奇妙な方向に曲がっていた。

 動けないように女に骨を折られたのだろうと容易に想像がつき、槍を構えた男は青ざめる。


「よし。そいつがいるならこっちは殺していいな。情報はそいつから聞き出せばいい」

「手伝うぜ。おい。楽には殺さねえぞ」


 そう言いながら女2人がにじり寄ってくるのを見た男はあっさり観念し、その場に槍を捨てた。


「待ってくれ。俺たちの負けだ。そこに転がっている奴に聞いても大して情報は得られねえぞ。俺が今回の襲撃を企画した本人だからな」


 そう言うと男はその場に両膝りょうひざを着き、両手を上げて降参の意を示すのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「この野郎!」


 あっさりと降参した襲撃者の男の顔を、リビーはガツンとなぐりつけた。

 あちこちに切り傷を作ったリビーだが、敵を次々と斬り殺したことで体が興奮状態にあり、痛みも感じない。

 ただ自分たちを襲ってきた相手に対する怒りが胸にたぎっていた。

 それでももちろん怒りに任せて相手を殺してしまうようなことはしない。

 リビーは男を2、3発なぐりつけると、鼻血を噴き出して痛みにあえぐ男を見下ろした。


「おい。さっき言っていた襲撃の計画について詳しく話せ。ただの追いぎだってんなら用はねえ。その首を切り落として、そこらの木にるして終わりだ」


 そう言って男に自白を迫るリビーを横目に、ジリアンはもう1人の地面に横たわる男を縛り上げた。

 両腕と両足をリビーにへし折られているため動けないだろうが、念のためだ。

 それからジリアンはすぐに馬車に駆け寄ってほろの中をのぞき込む。

 

 ヴァージルもウェンディーも小姓こしょうらにおおい被さられて荷台の床にせている。

 そのすぐそばには同じく床にうずくまっている御者の男の姿もあった。


「ヴァージル様。ウェンディー様。おケガはありませんか? 襲撃者どもは倒しましたのでもう大丈夫です」


 ジリアンの言葉に2人はようやく顔を上げるが、その顔はまだ恐怖に引きつったままだ。 

 なぜならジリアンの体があちこち斬り傷だらけで血をにじませているからだった。


「ジリアン。ケガしてる! 手当てしないと!」


 ヴァージルはそう声を上擦うわずらせるが、ジリアンは手を上げて穏やかな笑みを見せた。


「大丈夫です。このくらいでは死にません。それよりまだやることがありますので、そのままそこでお待ち下さい」


 そう言うとジリアンは馬車の周囲を見回し、新手がいないことを確認してからリビーの元へ戻る。

 リビーは短剣の切っ先を男の顔に突きつけたまま、男をにらみつけて言った。


「ジリアン。こいつやっぱりお2人をねらっていやがったぞ」

「雇い主は誰なんだ?」

「それは今から聞き出すところだ。さあ吐け。正直に言わねえと目玉をこいつでえぐり出す……」


 その瞬間だった。

 強烈な風切り音と共に何かが物凄い勢いで飛んできて、男の頭に直撃した。


「なっ!」


 ジリアンもリビーもおどろきに目をいた。

 男の頭を一本の鉄の矢が貫いている。

 男は声を上げることも出来ずに即死した。

 ジリアンとリビーは反射的に地面にせ、後方を見やる。

 すると……100メートル以上先の林の中から、頭巾ずきんを被った奇妙な集団が姿を現したのだった。

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