第142話 急転する追跡劇

 赤毛の女たちを乗せた馬車は先ほどまで走って来たはずの道を引き返していく。

 荷台に揺られる若き女戦士らは皆、複雑そうな表情を浮かべていた。


 アリアドには向かわない。

 エミル捜索そうさく隊をひきいるアーシュラからそう告げられた時、隊員たちは皆一様にワケが分からないといった顔をした。

 エミルはおそらくアリアドに連れ去られたのだろうという予測の元、アリアドを目指しての行軍だったからそれも当然のことだろう。

 

 だがアーシュラは確信を持って言った。

 エミルはすでにアリアドから移送されている、と。

 つい数時間前にこの場所を通って、おそらく共和国に向かっているはずだと。

 彼女の説明に皆はおどろいたが、その話を疑いはしなかった。


 黒髪術者ダークネスの能力の特異性については、ダニアに住む者ならば誰もが知っている。

 金の女王ブリジットの夫であるボルドが残した数々の奇跡的な出来事や、銀の女王クローディアの右腕であるアーシュラの逸話いつわなどは知らぬ者がいないほどだ。

 ゆえに黒髪術者ダークネスであるこの2人の特異な力を疑うことはない。


「けどよ……隊長。妙な話だな」


 そう言ったのはエミルのことには特に興味がなさそうなネルだ。

 彼女は馬車の最後方の椅子いすにふんぞり返り、足を組みながら話を続ける。   


「普通ならエミル様は王国に送られるはずだろう? 何だって共和国に逆戻りするんだ? 意味が分かんねえよ」

「ネル。隊長に失礼よ」


 そうネルの態度をとがめるエリカだが、ネルはそんなエリカに舌を出して中指を立てると、アーシュラに目を向ける。

 エリカは苛立いらだってネルに詰め寄ろうとするが、それをアーシュラが目で制した。

 それからアーシュラはネルの横柄おうへいな態度にも平静をくずすことなく整然と応じた。


「理由はいくらでも考えられますよ。あなたも少しは頭を使いなさい。ネル。口や態度が悪いのも結構。ですが話の内容がともなわなければゴロツキの与太話でしかありません」

「なっ……」

「エミル様を王国に送るのではなく共和国に戻す理由があるとしたら、それは何ですか?」


 アーシュラからそう問い詰められたネルは答えにきゅうしてねたようにそっぽを向く。


「ケッ。どうせアタシには分かりませんよ」

「考えることを放棄しないで下さい。この先もしあなたが1人で考えて行動しなければならない局面が来たら、誰もあなたの代わりに考えてはくれないのですよ」


 アーシュラはネルを逃がさぬようじっと視線を向けてくる。

 思わずネルはくちびるみ、ウンウンと頭の中で数秒うなってから声をしぼり出した。


「……王国軍の中で何かゴタゴタがあって、エミル様を共和国に売ろうと軍を裏切った奴がいた、とか」


 ネルが苦しまぎれにそう言うとアーシュラはフムとうなづいた。


「ええ。それも考えられる可能性のひとつですね。他には?」

「ええっ? ほ、他に? 勘弁して下さいよ隊長」


 ネルは心底嫌そうな顔で眉間みけんしわを寄せた。

 アーシュラはネルを問い詰めるようにしているが、それはこの場にいる全員の若き女たちへの問いかけだ。

 御者台にいるプリシラとハリエットを含めて皆、他人事ではなく自分ならどう答えるかともくしたまま考えている。

 そんな中で知識の豊富なエステルが答えたくてウズウズしている様子が丸分かりだが、アーシュラはそれを目で制した。

 彼女の知識を披露してその自尊心を満たす場ではない。


「……陸路じゃなくて海路を使うため」


 ボソリとそう言ったのは相棒である黒熊狼ベアウルフのバラモンの毛並みを優しくでているオリアーナだ。

 馬車のはるか頭上では彼女のもう1人の相棒であるたかのルドルフが気持ち良さそうに空を舞っている。

 オリアーナの回答にアーシュラは満足げにうなづいた。 


「はい。その可能性は大いにあると思います。公国東端の王国に戻るなら陸路よりも海路の方がこの時期は早い。海流が西向きに流れているので」


 共和国の南側は大陸に食い込むような湾の形をした内海がある。

 港町はその最奥部にあり、そこから海路を使えば、陸路を進んで王国に戻るよりも早いのだ。 

 エステルは先に答えを言われてしまったことで活躍の機会を失って不満げだ。

 そんな彼女を尻目にアーシュラは話を続ける。

 

「まだ現時点では色々と不明なことが多過ぎるのです。現在、公国を侵略中の王国が一番恐れているのは共和国が公国側に味方して参戦してくることです。いかに新型兵器をようする王国とはいえ、共和国が公国を支援するために参戦してくれば戦局は大きく不利になるからです。共和国には我らダニアが同盟国として付いていますから」


 そう言うとアーシュラは不満そうなエステルに目を向けて、彼女にも花を持たせてやる。

 エステルはその視線を受け、喜びいさんで口を開いた。


「そのために王国はエミル様を誘拐ゆうかいし人質とすることで、共和国を牽制けんせいし参戦を食い止めようとしている。だとしたら今頃はイライアス大統領の元へ使者が送られているはず。エミル様を人質にしたと」 


 そう言いながらエステルはハッとして御者台にいるプリシラを見た。

 弟の誘拐ゆうかいを特意げに話されて面白いはずは無い。

 だが、プリシラは冷静だった。


「だからチェルシーが自らエミルを誘拐ゆうかいしに追ってきたのね。アタシ自身も人質にされるところだった。隊長。そう考えるとヴァージルとウェンディーはもっと危険だわ」


 自分たちよりも幼い従兄妹いとこである2人の身を案じるプリシラにアーシュラはうなづいた。


「当然、対策はしてあります。極秘事項なのであなたたちにも話すわけにはいきませんが……」  


 そこまで話してみてアーシュラはハッとした。

 そして御者台にいるプリシラの背に声をかける。

 

「プリシラ。あなたたちと戦った後、チェルシーたちはどうしましたか?」

「え? 公国側に退却していきましたから、そのままアリアドに戻ったんだと思いますが」

「そうですか……ちなみにチェルシーの部隊は20名ほどだったと言いましたよね?」

「はい……それが何か?」


 戸惑うプリシラだがアーシュラはそこでだまり込み、疑念と懸念けねん渦巻うずまく思考にひたる。


(プリシラたちはたった4人だった。それに対して彼らの部隊は規模が少々大きい。プリシラやジャスティーナの戦闘力を考えても、チェルシー自身が部隊に加わるなら10人以下でも十分なはず。もしや……元々彼らはプリシラたちを追うために組織された部隊ではなく、何か別の目的が……。嫌な予感がする)


 そう考えたアーシュラは、この馬車を借り受けた際に仲間たちが用意してくれていた鳩便はとびんの準備を早急に始めるのだった。

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