第128話 それぞれの夜更け

 オニユリの館のある敷地内から飛び出して夜の街を歩きながら、ヤブランは早鐘はやがねを打つ心臓を必死にしずめていた。


(あれは……確かに黒髪の子供だった)


 ヤブランは自身が目にした光景を思い返す。

 オニユリと共にベッドで寝ていたのは黒髪の少年だった。

 見えたのはほんの一瞬のことだったが、月明かりに照らされてつややかにかがやく黒髪は見間違えようもない。


(オニユリ様……)


 ヤブランの胸にき上がるのは嫌悪感だった。

 オニユリには良くないうわさがあったが、それが本当のことだったのではないかと疑念が深まったからだ。

 孤児を引き取って育てる慈善事業を行っているオニユリだが、実際に引き取っているのは年端としはもいかぬ男児ばかりで、女児には目もくれなかった。

 そしてその男児らにいかがわしい行為をしているのではないかといううわさひそかにささやかれているのだ。


 ヤブランは初めにそれを聞いた時、信じてはいなかった。

 ココノエのすめらぎであるカグラの娘・オニユリは、その出自のとうとさと銃火器の達人として、若くして高評価を得ていた。

 それをねたんだ者が流した、根も葉もないうわさに過ぎないとヤブランは思ったのだ。


 しかしああして実際に現場を見てしまうと、思わず嫌悪感が胸にい上がる。

 まだ12歳のヤブランだが、男女の営みについては分かっている。

 ベッドに横たわるオニユリは肌の露出の多い過激で扇情せんじょう的な夜着を身にまとっていた。

 見ているこちらが恥ずかしくなるほどで、ただ子供と添い寝をするのにそんな格好をするのはどう考えてもおかしい。


うわさは……本当だったんだ。気持ち悪い)


 ヤブランはオニユリに対して嫌悪感を覚えると同時に、あの黒髪の子供が哀れに思えた。


「だけど……黒髪?」


 ヤブランたちココノエの民の生まれつきの白髪もめずらしいが、この大陸では黒髪も同じように数が少なくめずらしい存在だ。

 ヤブランの所属する王国では黒髪の子供は全員、黒帯隊ダークベルトという王国軍の組織に所属することになっている。

 黒髪の子供は黒髪術者ダークネスという特殊な感覚を持つ能力者になる可能性があるからだ。

 もちろん黒髪ならば誰もが黒髪術者ダークネスになれるわけではない。


 能力が発現した者は黒帯隊ダーク・ベルトに残り、発現しなかった者も王国では重宝される。

 主に王侯貴族の愛娼あいしょうとして。

 過酷な運命ではあるがその反面、衣食住は保証され、老いて愛娼あいしょうとして働けなくなった後も手厚く保護される。


 王国は黒髪の者に対する扱いがきちんと制度化されているのだ。

 ゆえにオニユリが手元に黒髪の者を置いていることは、ここが王国内ではないとはいえ厳密には王国の法令違反だった。

 黒髪の者を見つけた場合、速やかに王国政府に報告し、正規の手続きを黒帯隊ダークべルトへ所属させねばならないのだ。

 ヤブランはようやくシジマの懸念けねんが理解できた。


(シジマ様は……妹であるオニユリ様が法令違反をすることを恐れているんだ)


 シジマはココノエの民が王国内で認められ、地位向上することに腐心していた。

 だというのに妹が法令違反を犯しているのでは、気が気ではないだろう。

 それであのような手紙を自分に寄越したのかと、ヤブランは得心した。


(とりあえず報告はしなきゃいけないけど、鳩便はとびんはこちらからは送れないし……)


 誰かに相談したかったが、移住民でありなおかつ平民のヤブランにとって、王国の人間は今だに縁遠い存在だ。

 直接話を出来る王国将校もいない。

 シジマかあるいはその兄でありココノエの現在の最高責任者であるヤゲンに直接知らせるほかなかった。

 だがヤゲンは遠く離れたに公国北部の都市スケルツにて従軍中なので会うことは叶わない。


(仕方ない……知らないフリをしてオニユリ様の監視を続けるしかないか)


 ヤブランはため息をつく。

 オニユリへの嫌悪感がつのり、あの館にいる子供たちのことも苦手だが、しばらくは通うしかなさそうだ。

 そう思ったその時だった。


「っ!」


 ヤブランは思わず声を殺し、道端の植え込みの陰に転がり込んだ。

 前方から白い髪の若い男2人が歩いてくるのが見えたからだ。

 おそらくオニユリの私兵たちだろう。

 オニユリの館の前を通ると、よく見かける男たちだった。

 いつも見張りで鋭く目を光らせている。


(今夜はいなかった。どこかに出かけていたんだ)


 ヤブランは植え込みの陰で息を潜めて、2人が通り過ぎるのを待った。

 男たちは共に一言も発さず、植え込みの前を通り過ぎて館の方角へと消えていった。

 そのうつろな目と陰鬱いんうつな表情が不気味さを感じさせる男たちだ。


(あそこにいる子供たちと同じような雰囲気ふんいきだな)


 ヤブランは知らないが、彼らも数年前まではオニユリの寵愛ちょうあいを受ける子供だった。

 ヤブランは背すじが寒くなるのを感じて、足早にその場を離れて自分の宿へと戻っていくのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ヤゲン様。遅くまでお疲れ様でございました」

「ああ」


 そう言う側付きの部下に短くそう返答すると、ヤゲンは革張りの椅子いすに深々と腰を下ろした。

 ヤゲンが自室として宛がわれている、公国貴族から接収した館。

 彼がそこに戻って来たのはすでに、街が寝静まった後だった。

 公国領スケルツ。

 王国軍がこの都市を攻め落としてから数日が経過している。

 

 ヤゲンは王国軍を指揮する副将軍ウェズリーの副官としてこの都市に留まっているが、上官であるウェズリーは功をあせり、早く次の目的地を目指すべきだと言って、兄であるジャイルズ王に出陣許可を求めて連日、本国へ鳩便はとびんを飛ばしている。

 だが、都市を陥落させた後は必ず自軍の兵力に損耗があるので、きちんと兵を休ませて武器や兵糧ひょうろうの補充をする必要があるのだ。

 ゆえにヤゲンははやるウェズリーをなだめるために、毎晩のように宴席えんせきを設けて接待を行っていた。


 ウェズリーはさを晴らす様に毎晩酒を飲み、けごとに興じ、女を連れて来ては抱くというすさんだ日々を送っていた。

 そして横暴な態度で民をしいたげるため、占領された公国の民らの不満も日に日に高まっている。

 ヤゲンはウェズリーのその傍若無人ぼうじゃくぶじんな態度の裏に、恐れがあることを見抜いていた。

 彼は恐れているのだ。

 自分の腹違いの妹であるチェルシーの活躍を。


(チェルシーが今の極秘任務を果たせばそれは大きな功績となるだろう。ウェズリーはあせっている。まだ16歳の小娘に出世で負けることを。まったく……よくえる割にはきもの小さい男だ)


 横暴な上官に付き従う日々はヤゲンの神経を確実にすり減らしていた。

 疲れをにじませた表情でヤゲンは部下にたずねる。


「弾丸の補充は明日には終わりそうか?」

「はい。食糧の確保もほぼ完了しております。兵たちはもう少し休ませたいところですが、武器弾薬の補充が済み次第、出撃することは可能です」


 おそらく明日にはジャイルズ王からの進軍許可が下りるだろう。

 このままいけば数週間のうちには公国首都のラフーガに手が届く。

 ラフーガを占領し、公国の代表者である大公を捕らえれば公国の占領はひとまず完了する。

 そうなれば腰をえて公国内の統治に集中することが出来るだろう。


(功名心のかたまりのようなウェズリーはすぐにでも共和国に手を伸ばそうとするだろうが、ジャイルズ王はそれほどおろかではない。まずはこの公国を自国領としてしっかり統治し保持するつことに着手するはず。だが共和国を牽制けんせいし、不戦条約を結ぶためには人質が必要だ。大統領の息子と娘。ヴァージルとウェンディー)

 

 共和国との駆け引きの材料に使うべく、その2人を捕らえるための作戦中であるチェルシーには、副官としてヤゲンの弟であるシジマが付いている。

 ヤゲンは血を分けた弟に思いをせた。


(シジマ。確実に仕事をこなせ。我らの命運はいまだ安泰あんたいとは程遠い。ココノエの民のために我ら兄弟が成すべきことを成さねばならぬのだ)


 ヤゲンは賢明な弟ならばきっと任務を成功させるだろうと信じていた。

 だが、彼は知らなかった。

 もう1人の血を分けた兄妹である妹のオニユリが、自分の苦労を台無しにしかねない暴挙に出ていることを。


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今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。

次回、第129話『姉の知らない弟の姿』は11月16日(土)午前11時50分に

掲載予定です。

次回もよろしくお願いいたします。

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蛮族女王の娘 第2部【共和国編】 枕崎 純之助 @JYSY

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