第129話 姉の知らない弟の姿
その周囲には7人の赤毛の女たちが思い思いの格好で体を休めていた。
アーシュラ
だが、まだ辺りは
さすがに隊員らが疲れているため、隊長であるアーシュラの判断で夜が明けるまで休息と仮眠を取ることになった。
すでに食事も終え、数人の女たちは寝息を立てている。
起きているのは先ほどネル、エステル、オリアーナの3人と見張りを交代したアーシュラとプリシラだけだ。
エリカとハリエットは静かに眠り、ネルは仰向けのままイビキをかいている。
そしてオリアーナは
彼女のすぐ背後にはピッタリと寄り添うように
エステルは地面に
(またすぐここに来ることになるなんてね……)
先んじてここに派遣されていたダニアの先遣隊は、すでにこの周辺の草刈りを終えたようで、おそらくは谷の向こう側の山奥深くに入っているのだろう。
かなり離れた山肌にいくつもの
「ここでエミル様と離れ離れになったのですね」
アーシュラの言葉にプリシラは
エミルとはこの場で生き別れになったのだ。
その時のことを思うとプリシラは
だが、ここで起きたことはそれだけではなかった。
追って来た白髪の戦士らとの交戦。
そしてプリシラはチェルシーとの戦いでは完全に後れを取った。
エミルが
そして……共に戦ってくれたジャスティーナは敵の銃撃を受けて谷底へと落ちてしまった。
(ジュードは……ジャスティーナを見つけられたのかな)
そのことを思うとプリシラは暗い気持ちになる。
ジャスティーナに生きていて欲しい。
だがその望みは限りなくゼロに近いことも分かっていた。
ジュードが相棒であるジャスティーナの遺体を発見する残酷な場面を想像すると、プリシラは胸が張り裂けそうになる。
(ジャスティーナに……会いたい)
そんな思いを
「エミル様が……戦ったそうですね」
プリシラはわずかに
「隊長……父様から聞いたんですね」
「ええ。
確かにそうだった。
自分の弟とは思えないほど、エミルは
剣さえまともに握ったこともないのに。
「隊長は……話を聞いて
プリシラはアーシュラのいつもと変わらぬ冷静な表情を見てそう言う。
アーシュラは赤毛だが
彼女の母であるアビゲイルは黒髪で
娘であるアーシュラはその黒髪こそ受け継がず、父親譲りの赤毛だったが、能力は受け継いだのだ。
そのため赤毛の
「ワタシは……来る時が来てしまったかと思いました。エミル様は……力を秘めていたので」
その言葉で、アーシュラは自分に見えない何かをエミルの中に見ていたのだとプリシラは理解した。
そして弟が見せた
「あの時のエミルは……とても怖かった。アタシの知るエミルじゃなかった。まるで……
自分の目で見たはずの光景が今だにプリシラは信じられなかった。
そんなプリシラの様子にもアーシュラは落ち着いた表情で話を続ける。
「エミル様は……初代のブリジットが産んだ男児・エルメリオ以来、実に250年ぶりに生まれた男児です」
当代の金の女王である第7代ブリジット。
彼女は一女一男を産んでいる。
男児を産んだのは初代ブリジット以来のことで、2~6代目までのブリジットは誰1人として男児を産まなかった。
第2代目以降、ブリジットの家系は代々、娘1人のみを産み、その子に次代のブリジットを継承させていったのだ。
その慣習を破ったのがプリシラの母である当代のブリジットだ。
もちろん弟が生まれた当時は、幼いプリシラはただただ嬉しくて、それがどんな意味を持つかなど考えもしなかった。
「エミルはダニアの男なのに……」
ダニアは女のほうが体が大きく力も強い。
逆に男は小さく細く、力も弱いという
だがアーシュラはプリシラの言葉にかぶりを振る。
「エミル様はあの通り、細身で背も低い。しかし女王の血を引いています。プリシラのように目に見えて体が成長せずとも、その体には力が隠されているのです」
「で、でも隊長。エミルはいきなり熟練の戦士みたいに戦ったんですよ。戦い方なんて習ったことないエミルが、いくら力が強くなったからってあんなふうに戦えるはずが……」
プリシラの言いたいことはアーシュラにも分かる。
身体能力があるだけでは戦えない。
きちんと戦いの技術を学んで身に着ける必要がある。
エミルがいきなり激しい戦闘行為を見せたことは普通ならば説明がつかないことだった。
しかしアーシュラは思い返す。
生まれたばかりのエミルの体を取り巻く、黒い
それは普通の者の目には映らないだろう。
そしてすでにブリジットの妊娠中からボルドが黒い力を感じ取っていたらしく、ブリジットら夫婦はアーシュラの反応にも
「黒き魔女……アメーリア」
「えっ?」
唐突にアーシュラが口にしたその名前にプリシラは思わず目を
黒き魔女アメーリア。
ダニアの民でその名を知らぬ者はいない。
かつて南ダニア軍を
その強さは人間離れしていて、ブリジットやクローディアですら1対1では分が悪く、2人がかりでようやく倒せたという恐ろしく強い女だった。
プリシラは自分の生まれる前の話なのでもちろんその姿を見たことはないが、アメーリアは黒髪の美しい女だったという。
あの母ですら1人では勝てなかった相手というのは、プリシラの想像を超えていた。
一方、アーシュラはアメーリアの恐ろしさを誰よりも知っている。
アーシュラの母であるアビゲイルは、アメーリアの姉だったのだ。
つまりアーシュラにとって黒き魔女は
だからといって親愛の情などない。
アメーリアはアーシュラの父を殺し、故郷の民を
「黒き魔女アメーリアは、常にその体から恐ろしい波動を発していました。
「そ、それってどういうことなんですか? エミルと黒き魔女に何か関係が?」
戸惑うプリシラにアーシュラは首を横に振る。
確信のないことを若者に、それもエミルの姉であるプリシラに伝えるわけにいかない。
「……詳しいことは分かりません。ただあなたが見たエミル様の
「そ、そんな……」
プリシラは
あの時のエミルは自分の弟とは思えないほど怖い存在だった。
あれがエミルだなどと信じたくないほどに。
「プリシラ。エミル様を救出したらワタシとあなたの御父上、それにイライアス大統領のお力をお借りしてエミル様に治療を
「治療? エミルは病気なんですか?」
「病気……ではないと思いますが、他に良い言い方が見つからないので。
プリシラにはもちろん
だがアーシュラの言っていることが恐ろしく危険なことなのではないかという
それほどエミルの
しかし青ざめるプリシラにアーシュラは言った。
「プリシラ。エミル様はあなたを傷つけようとしなかった。それどころかあなたを助けるためにチェルシーと戦った。どんな姿になろうともエミル様はエミル様なのですよ」
「隊長……」
「すべてはエミル様を無事に救出してからです。今はそれだけに集中しましょう。きっとエミル様は待っていますよ。姉のあなたが助けに来てくれることを」
そう言うとアーシュラは
そして
その線香はダニアでよく
眠れない夜などに母や父がよく
「さあ、もうすぐ見張りの交代です。
そう言うとアーシュラはエリカとハリエットを起こし、見張りの交代を告げた。
仲間たちがモゾモゾと動き出すのを見ながら、
(エミル……)
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