〜カフェ・ハラ〜 その3


 予期せぬ有名人の登場に、二人の質問は続いた。


ジェームズ

「いったいあの老人は何者だい?」


店主

「ジェイコブはKCBSのプロデューサーさ。

彼はモテるし気の利く男だ。

今日はどの子が来るのかを確認して、私がオーダーを用意してあげるのさ」


イシマツ

「まさか人気の女子アナだけじゃなく、他にも彼女が?」


ジェームズ

「全くそんな風には見えなかった」


店主

「あんたらも大学の先生やってるなら、もう少し人を見る目ってのを養わなきゃな。

人間の素晴らしさってのは眼に映るんだ。

それは見てくれや装飾品なんかじゃ、繕えはしない。

とりあえず今回は、煙草を貰うとするよ。」


ジェームズ

「まさかこの店で真理を学ぶとはな」


イシマツ

「マスターの言っている事は一理ありますよ。

我々も生徒の本質を見抜かないと」


2人が自分達の未熟さを思い知った丁度その時、店の入口が音を鳴らした。


次にカフェへ姿を現したのは、まだ小さな男の子であった。


店主

「やぁリル。

カウンターには大人が居るんだ。

そこのテーブルでも良いかい?」


リル

「僕は何処でも良いよ!

ありがとう!」


突然の少年の登場に、二人の大人は困惑した。


ジェームズ

「ルール違反かも知れないが、これだけ確認させてくれ。

アレは爺さんの孫かい?

それともまさか、アレも常連なんて言う訳じゃないよな?」


店主

「常連だよ」


店主の返答に、2人は目を丸くして見つめ合った。


イシマツ

「アナウンサーと待ち合わせする敏腕プロデューサーの次は、年端も行かない少年ですか。

ジェームズさん。

貴方は余程素晴らしいコーヒーショップに、出会ったみたいですね」


ジェームズ

「皮肉は止してくれイシマツ。

私もこの時間の『liberation』は始めさ」


時計は夜の7時を指していた。


イシマツ

「このロサンゼルスで、夜の7時に…。

マスター!

ココは何時に閉店ですか?」


店主

「1時間後、夜の8時だよ」


イシマツ

「そうと来れば簡単です。

彼の持っているナップサック。

とても幼稚なナップサックです。

スイミングスクールなのか何かは分からないですけど、あの少年はお母さんの迎えを待っています」


ジェームズ

「そうだな。

私も同じ答えだよ。

それ以外は考えられん。

いや、自分でやり始めておいて何だが、私は考える事に疲れたよイシマツ。

さて、実際はどうなんだい?」


店主はゆっくり首を振った。


ジェームズは大きな溜め息をついた。


3人の間に沈黙が流れた。



 その間に、青年とマダム達は帰り、老人とアナウンサーのカップルも帰って行った。


そして店内には、店主、ジェームズ、イシマツ、そして少年が残された。


閉店まで残り20分となった7時40分。


急に店のドアがけたたましい音をだして、乱暴に開いた。


入って来たのは、物騒な男5人組であった。


男達の1人は、入るや否や「爺さん〝プレミアム〟を6つだ」と告げ、カウンターに座る2人を見つけると「…くそ…8つだ」と何かを付け足した。


少年が「その2つに対して、僕も、お爺さんも関与は無いからね」と言うと、男達の1人は「分かってるよ。さっさと済ませよう」と急かした。


その後5分も経たずして男達は店を去り、その去り際に、何とも非日常的なチップをカウンターに投げて行った。


少しの間を置いて、少年は店主に深々とお辞儀をしながら帰って行った。


イシマツ

「今何が起こったのですか?」


ジェームズ

「イシマツ、私は分かってしまった。

爺さん、あの少年はまさかディーラーかい?」


店主

「あぁそうだよ」


イシマツ

「ディーラーって…カジノとかのですか?」


ジェームズ

「そうじゃない事くらい気付いてるだろ?

あの少年は薬物のプッシャーだ。

彼等が頼んだ〝プレミアム〟は、〝黙秘料〟と捉えて良いのかい?」


店主

「その通りだよ。

これが〝プレミアム〟だ」


そう言いながら、店主は2人に100ドルずつを配った。


ジェームズ

「どうやら私は、とんでもない店の常連だったらしい。

でもイシマツ君、カフェとはこれくらい自由なのだと、是非日本人の友達に伝えて上げてくれ」


イシマツ

「本当ですね。

日本でも『YAKUZA』が取引をする喫茶店があったりしますが、ひとつのカフェの中に、こんなに沢山の人生が落ちてるなんて、何だが『カフェ・ハラ』なんて言っている日本が、恥ずかしくなってきました」


ジェームズ

「今日の出来事と関連付けて、自国を恥じるか…。

イシマツはやはり日本人だな!

とりあえず今回は完敗だ。

爺さん会計を頼むよ」


店主「またいつでも、自由に使っておくれ」


店主がそう言って伝票の計算を始めると、1人の女が入って来た。


店は閉店10分前であった。


ジェームズ

「おいおい爺さん。

まさかこれも常連かい?」


店主

「いや新規だ。

君、うちはもう閉店だが何の用だ?」


女は何も語らず、ただ沈黙しながら入口に立っていた。


ジェームズ

「おいイシマツ。

まさかだと思うが、君にも見えているよな?」


イシマツ

「安心してください。

幽霊じゃなくて人間です」


ジェームズ

「最後に賭けるかい?」


イシマツ

「良いですよ!

でも少し店主が可哀想ですけどね」


カフェの入口で佇む女は、不意に自らの右太ももへと手をやり、その腕が上がった時には、立派な銃が構えられていた。


ジェームズ

「爺さん、俺達は今最後の賭けをして、見事に当てた。

後は爺さんがこの〝過ごし方〟を、認めるかどうかだ。

どうする?」


店主

「私は今まで全てを許して来た。

ここに来て『強盗だけは禁止』なんて貼れないさね」


ジェームズ

「そう言うこった強盗さん。

俺達は君の過ごし方を拒否する権限が無い。

君はゆっくりと強盗を楽しんでくれ給え」


「liberationの名の下に」


2人はカフェを立ち去り、そしてこのカフェには二度と近付かなかった。


これもひとつのリベラルであり、ハラスメントを防ぐ最善策であった。

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