〜カフェ・ハラ〜 その2
そうと決まれば!とジェームズはパソコンを脇に抱え、コーヒーと鞄を持ってカウンターの方向へ首を振った。
ジェームズ
「ゲームには審判が必要だ。
爺さんにやってもらうから、カウンターへ移動しよう」
イシマツ「なるほど、分かりました」
そうして二人はカウンターへと移動し、店主に事の顛末を説明した。
店主
「それは面白そうだ。
ここに来るのは大体が常連さ。
公平に見てやるよ」
ジェームズ
「良いね。
お!噂をすればだ。
先ずはアイツだな」
この時、カフェの入口には1人の青年が立っていた。
その青年は爽やかなスポーツスタイルに、彫りの深い顔立ち、スラッと背は高く、小さめのリュックを手にぶら下げていた。
ジェームズ
「これは簡単だな。
私はガールフレンドとの待ち合わせに、一票入れさせて貰うよ。
中々にハンサムだしな」
イシマツ
「私は大学の生徒と推測します。
席に座ったらリュックからパソコンを取り出して、課題に取り組むんじゃないですかね」
二人は各々の推理を身勝手にも青年に向け、そんな二人の視線を身に受けながら、青年は窓際の席へと座った。
青年
「お爺さんいつものセットをお願いします」
店主
「ホットコーヒーとアップルパイだね」
そう言うと、店主はまたマイペースに珈琲を淹れ始めた。
ジェームズ
「彼は良く来るのかい?」
店主
「あぁ、毎週金曜日に来るよ。
いつもこのセットさ」
イシマツ
「どうやらジェームズさんは外れですね」
ジェームズ
「何でだい?」
イシマツ
「だってこの後ガールフレンドが来るなら、
自分の分だけのアップルパイを頼みますか?」
ジェームズ
「甘いねイシマツ君。
君はこの店のアップルパイを見た事が無いだろ?
もとい『fluffy』のアップルパイなんだが」
店主
「何処で作られたかなんて関係無いさ。
事実このアップルパイをより美味しく食べられるのは、向かいではなく、私の店だと思っているよ」
そう話しながら、店主はカウンターの上にアップルパイを取り出した。
ここでイシマツは、自分の読みが外れた事を確信した。
用意されたアップルパイは、小ぶりではあったがホール状だった。
イシマツ
「これはやられましたね。
まさか丸ごととは…」
ジェームズ
「そう言う事だよイシマツ。
この後ガールフレンドが来て分合う、第1試合は私の勝ちだね」
店主
「それもどうかな」
店主がホットコーヒーとアップルパイを青年に運ぶと、青年は窓の外に向けて手を振った。
すると青年の爽やかさとは似つかわしくない、ケバケバしいマダムが3人、カフェに入って来た。
青年
「やぁ皆さん。
調子はどうですか?」
マダムA
「調子も何も、貴方のお陰で私達人生が見違えたようよ!
そうでしょ?」
1人のマダムが他の2人に感想を振ると、鼻につく香水の匂いを漂わせながら、そうねそうよと身振り手振りを付けて応えていた。
ジェームズはあからさまに顔を顰めていた。
ジェームズ
「おいおいありゃ何だい?
一体全体あの席はどうなってるんだ?」
マダム達にお紅茶を出し終えて帰って来た店主は、ジェームズの質問に笑みを含ませながら答えた。
店主
「君も不正解って事だよ先生さん。
ありゃどう見てもガールフレンドじゃ無いだろ?」
ジェームズ
「ガールフレンドであってたまるか。
あの青年はこれから売れ行くニューシンガーか何かかい?」
店主
「まさか。
見てみろ、あのマダム達はハリボテだよ」
イシマツ
「マスターは彼がこのカフェで何をしているのか、知っているのですか?」
店主
「勿論だとも。
さっきも言ったが、彼は毎週金曜日に来る〝マダム狙いの詐欺師〟さ」
ジェームズ
「コイツはやられた。
とんだカフェでの過ごし方だよ」
イシマツ
「詐欺師と分かっているのなら止めなくちゃ!」
店主
「おいおい日本人の坊や。
このゲームの主題を忘れていないかい?
私はこの店で(詐欺禁止)なんてしていないよ。
彼にはここで詐欺をする自由があるし、店主はそれを咎めていない。
君がしようとしているそれは『カフェ・ハラ』じゃないのかい?」
イシマツ
「なるほど。
危うく私がハラスメントをする所でした」
店主
「とりあえず今回は、私が君達から珈琲を頂けるって事で良いのかい?」
ジェームズ
「あぁ良いぜ爺さん。
直ぐに奢らせてやるさ」
そう言うとジェームズは、カフェの入口を睨んだ。
イシマツもそれに続いて入口を見た。
すると今度は、何とも見窄らしい格好をした老人が入って来ようとしていた。
髪や髭は伸び放題、羽織っているジャケットはヨレヨレで、襟元は何色か形容し難い、変色の色彩をしていた。
しかし、老人はどことなく強い眼を持っていた。
ジェームズ
「おいおいまさかアレも常連って言うんじゃないだろうな?」
店主
「まさかも何も常連さ。
お前達が座っていた席の、二つ隣に座るよ」
マダム達の嫌な視線を集めながらも、老人は確かに店主が言った通りの席へと座ったし、店主はオーダーも聞かずに一杯のビールを持って行き、そのまま少しの間老人と会話していた。
イシマツ
「何者でしょうかあの老人。
私はてっきりホームレスの方かと思ってしまいました」
ジェームズ
「私もだよイシマツ。
だが確かに常連であるらしい。
さてどうしたものか」
店主
「推理は終わったかい?」
そう言って店主は、カウンターへと戻って来た。
ジェームズ
「口裏合わせをしたんじゃ無いだろうな?」
店主
「おいおい私は実に公正だよ。
彼とは歳も近くてね。
店主の仕事として、ただ確認をしただけさ」
イシマツ
「僕はさっきの彼の件もあるし、ちょっと深読みしてみますよ。
そうですね。
実は彼は名のあるミュージシャンで、古き良き時代のヒッピー文化を受け継いでいる。
そして今日はこの後、同年代のミュージシャン仲間が集まってくる、ってのはどうでしょう?」
ジェームズ
「それは大博打に出たなイシマツ君。
では私も博打に出るとしよう。
あの老人を呼んだのは実は店主で、スバリ奴はスリさ。
狙いは毎週金曜日に青年が連れて来る、あのマダムの財布ってのはどうだい?」
イシマツ
「それは面白い推理ですね!
マスター嘘は駄目ですからね!」
非れもない憶測を飛び交わさせながら、目をキラキラ輝かせる大人2人に向けて、店主は呆れた様に言った。
店主
「言っただろう?
私は実に公正さ。
彼を呼んでなどいないし、今夜の答えも直に分かるさ」
店主はそう言うと徐ろに時計を見やり、二人には分からない注文を作り始めた。
二人はワクワクしながら、店の奥でビールを進める老人をチラチラと見ていたが、答えはまたしても入口から入って来た。
それは二人にとって、予期せぬ女性の登場だった。
店主
「やぁアニー。
今日も素晴らしかったね。
カルフォルニアで今君は、確実に1番輝いているよ」
アニーと呼ばれる女性
「とても素晴らしいお世辞をありがとう。
ジェイコブ居るわよね?」
店主
「いつもの席だよ」
そして女性は先程の老人の席へと向かって行った。
このカフェに余りにも似つかわしくない可憐な女性で、地味な服装で繕っていたが、溢れ出るものを全く隠せていなかった。
詐欺師の青年の前に座るマダム達を、店主が〝ハリボテ〟と表現したのも納得出来たし、そもそも二人はこの女性を良く知っていた。
ジェームズ
「アン・ミッチェル?」
イシマツ
「まさか!
だってついさっきまで、壁のテレビでニュースを読みあげてましたよ?」
店主
「そのまさかだし、今回の正解は〝ガールフレンドとの待ち合わせ〟だよ」
ジェームズとイシマツ
「ガールフレンドだって!?」
アン・ミッチェルは、先程までカフェの店内に流れていたテレビ番組、KCBSのイブニングニュースを担当する、人気アナウンサーであった。
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