〜キャパ・ハラ〜 その4


 「凄い数だな。

全部君が集めたのかい?

一体何のために」


狙い通り驚く2体を満足気に見ながら、コラムは答えた。


「全部がおいらってわけじゃないけどね。

本ってのは読めば読むほど面白いんだ。

何だか人間の魂に触っているみたいなんだよ」


目を輝かせる(輝かせる様な)コラムに「わいは戻るよ」とエンビーは呆れたように立ち去った。


「あの…」とクリーンが、未だ申し訳無さそうに声を出した。


「僕旧式だから、本の清掃プログラムも入ってるんだ。

掃除しても良いかい?」


クリーンの言葉にコラムは喜んだ。


「勿論良いとも!

これはとんだ拾い物だ。

実は本の扱いに関するプログラムを持っているロボットが、見つからなくて困ってたんだ」


「助かるよ」と言うコラムの言葉を背に、クリーンは壁へと向かって行った。


「それで…本の収集と言語化システムが、何か関係あるのかい?」


ポエムは質問を続けた。


「それが大アリなんだ」とコラムは縋るようであった。


「確かに色々な本を読む事で、プログラムとしては理解出来るんだけど、どうしても〝心情〟ってやつが言語化出来ないんだ」


思い悩むコラムに、ポエムはハッキリと答えを出した。


「なるほど。

残念だけど、それは私にもどうしようも出来ないよ。

人間の心ってやつだろう?

私達にアレを言語化するプログラムは存在しないよ。

限りなく近い所には行けるかもしれないけどね」


ポエムの言葉に「やっぱりか…」とコラムは続けた。


「そうなんだ。

おいらも自分をアップロードさせながら、それとない答えには近付いている気がするんだけど、あと一歩の所にどうしても立ち入れない空間があるんだ」


「人間達には聞いたのかい?」


ポエムの問いにコラムは「勿論さ」と答えた。


「丁度良い、案内するよ。

今日はグランパが帰って来てる」


そう言うとコラムは再び、ポエムを何処かへと案内し始めた。


壁の本を楽しそうに掃除するクリーンを見ながら、ポエムはその後を追った。


 

 幾つかの建屋を過ぎた先に、ポエムは案内された。


「さぁ入って」とコラムが促した。


ポエムが中に入ると、そこには3人の青年が立っており、その奥で1人の老人が座っていた。


「やぁグランパ!

おかえり!

今回は何処へ行ってたんだい?」


意気揚々なコラムに対して、グランパと呼ばれる老人は呆れたようであった。


「やぁコラム。

相変わらずの様だね。

人間の心とやらには近づけたかい?」


老人は悪戯に問い掛け、コラムは首を振った。


コラムは粗雑に扱われる事に慣れている様で、気にする様子を見せずにポエムを紹介した。


「さっき連れて来たばかりのポエムだ。

おいらより2世代も新型さ」


ポエムが「どうも…」と挨拶を始める前に、老人は喋り始めた。


「お前がここにどんなプログラムを連れて来ようとも、意味は無いよコラム。

私達は自分の事は自分で出来る」


老人の言葉に、ポエムの中に眠るロボットのシステムが反応した。


「人間が様々なプロセスを熟せるのは知っています。

私達ロボットはそれを手伝う事で、余計な手間を省き、より良い環境を整える事が出来ます」


ポエムの言葉に、コラムは「やべっ…」と目の形を変形させ、老人は大いに笑って見せた。


「良い子を連れて来たじゃないかコラムよ。

実にロボットらしい傲慢な答えだ」


老人は言葉に皮肉を込めた。


ポエムは何を間違えたのかシステムの中を探して回ったが、その答えになるプログラムは無かった。


「良いかいロボットくん…」と老人は淡々と喋り始めた。


「君は自分が、人類にとって役に立つ物だと思っているかも知れないがね、少くともここに居る私達にとって君は無用の長物なのだ。

君が省いてくれる手間によって、私達の人生は詰まらなくなるのだよ。

君達ロボットと私達人類では、歩んでいる時の重さが違うんだ。

この意味が分からなければ、静かに図書館へ戻りなさい」


「また来るからね」と言う言葉と共に、コラムは慌ててポエムを外へと連れ出した。


「ゴメンな。

グランパは気難しいんだ。

どうやら機械が嫌いみたいで…。

面白い人間何だけどな」


図書館へと戻りながらコラムは謝ったが、ポエムはその言葉に納得していなかった。


コラムの謝罪に対してではなく、付け添えられた嫌いという言葉に対してであった。


(あの老人に嫌っている様な感情は向けられなかった。

何か違う感情。

まさに私達ロボットが、人間の心を知る為に必要な何か)


自らの回路を探し回ったが、いよいよ答えは見つからなかった。


その日ポエムは部屋を用意してもらい、そこにクリーンも置いてやった。


久々の仕事を熟したクリーンは、実に嬉しそうであった。


「本当に凄い数だ。

全部掃除し終える頃には、最初の場所はホコリを被ってるよ。

ずっと掃除が終わらない。

ここは天国だね」


清掃ロボットの気持ちも、天国とやらも、ポエムにはちっとも分からなかったが、老人から贈られた言葉が、ずっと小さなシステムエラーをお越し続けている様であった。



 次の日になり、清掃に向かうクリーンを見送り、自らもコラムやエンビーに挨拶を済ませると、今度はポエムだけで老人の元を訪ねた。


徐ろに建屋に入ると、昨日の青年達の姿は無く、老人が1人机で作業をしていた。


老人は作業する腕を止め、丸い眼鏡越しにポエムを見つめた。


「まさか殺しに来た訳ではあるまいな?」


笑いながら問いかける老人に、ポエムは「私にそのようなプログラムは入っていません」と単調に返した。


「少しお話を聞いても良いですか?」


ポエムが許可を求めると、老人は作業机の近くに置かれた椅子を指し示した。


椅子に向かう際に覗いた作業机には、数々の写真が広げられていた。


〝写真〟であることは認識出来たが、実際に目に映るのは初めてであった。


「それはフィルム写真ですか?」


「そうだよ」と老人は答えた。


「今回足を運んだ場所の記録だ」


「しかしそれなら私にお願いしていただければ、直ぐにご用意出来ます」


ポエムの返答に、老人は丸眼鏡を机に置いて、溜め息をついた。


「何だ…何か分かったから来たのでは無いのか。

で?

お前に頼んで同じ景色を用意して貰ったとして、私に何のメリットがある」


老人の投げかけに、ポエムは実にロボットらしく答えた。


「先ずその場所へ足を運ぶ迄に要する時間を削減出来ます。

それに道中に於いての様々なリスクも…」


そこで老人は遮った。


「もう良い。

まぁ少なからず何か引っ掛かるものがあったから来たのであろう。

丁度作業も煮詰まっていた所だ。

少しだけ教えてあげよう」


そう言うと、老人は静かに教鞭を取った。


「良いかいロボットくん。

先ず君達と私達の生きてる〝時の重さ〟が違うってのは理解出来たかい?」


「それはあなた方人類には寿命があり、私達には無いという事だと…」


ポエムの返答に、老人は静かに首を振った。


「全く違うよ。

そもそも形ある限り君達にも寿命はあるし、それは言うなれば命の重さだ。

時の重さとは関係が無い」


「それであれば、時の重さとは一体何ですか?」


ポエムは直ぐさまに問いただした。


「生きている時の重さとは即ち、今生きている時間軸の話だよ。

私達人間は儚く希有な〝今〟を生きている。

それに対して君達機械は、のっぺりと広がる〝過去〟を収縮しただけだ。

実体こそ今ここに並んでいるが、本来交わることは無いのだよ」


老人の話しは理解し難かったが、1箇所だけ確実に修正すべき点があった。


「私達ロボットが人類に見せるのは、過去ではなく未来です」


ポエムの言葉に老人はまたも溜め息をついた。


「実にロボットらしい傲慢な発想だ。

良いか?

もし仮に君が未来を創り出したとして、それは機械の未来だ。

今君が私に見せれるのは、人類の創り出したプログラムの欠片に過ぎないのだよ。

君達ロボットに〝人類の未来〟や、まして〝人類の今〟など創り出せようがない。

君の旧式のプログラムでも理解出来るであろう?

人類と機械は何処までいっても違う生命体なのだから」


ポエムは自身のICチップに、何か新たなプログラムが書き込まれるのを感じた。

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