〜キャパ・ハラ〜 その3


 ポエムがクリーンを見ると、彼はただそこに置かれているだけの物悲しげな置物の様であった。


「意味が分かったかい?

クリーンが何かにぶら下がる機能を持っているのであれば話は別だが。

ここで電源を切ってじっとしていなさい。

直にセキュリティが現れて、君は元いた場所に戻される」


機械の言葉は余りに無情にも思えたが、機械であるのだからそれが通常であった。


「さぁポエム、ベルトコンベアに乗ってしゃがむんだ。

3時丁度にアップロードは終わり、全てが動き出す」


先導する機械はポエムだけを促し、先んじてベルトコンベアへと登り背を低く構えた。


それに続いてポエムがベルトコンベアに登ると、クリーンは伸縮するパーツを起用に使って後を追ってきた。


「いったいどうする気だい?」


ポエムの問いにクリーンは何も示さなかった。


「放っておけ。

おいらは忠告したよ。

自ら処分の時を早めるだけさ」


機械が言葉を告げると「動くぞ!」と囁くように警告した。


警告と同時に大きなシャッターはゆっくりと巻き上げられ、ベルトコンベアが動き出した。


開口部の外には、炉の火に灯された素晴らしい夜景が広がっていた。


「こっちだ」と機械はポエムをベルトコンベアの隅に陣取らせた。


クリーンは相変わらず真ん中から動かなかった。


「開口部を抜けると同時に、直ぐ右に飛ぶんだ。

そこに細いパイプが伸びているから、落下位置を炉の入口からずらして飛び降りるんだ。

大丈夫そんなには高くない」


「おいらが先に行く」と言い残し、機械は慣れた様子で開口部の右側へ飛び、その姿を消した。


壁の反対側がどうなっているのか、全く分からないポエムは躊躇したが、外から聞こえる「信じてくれ」の言葉が、間違いなくそこに脱出への道がある事を証明してくれた。


「私は行くよ」とクリーンに言葉を残し、ポエムは先導する機械が残した軌道をなぞって飛んだ。


するとそこには確かに、壁に沿った1本のパイプが伸びており、ポエムは空中へと投げ出された身体から必死に腕を伸ばし、その細く頼りないパイプを掴んだ。


何とかぶら下がったポエムに「ここ迄ずれれば大丈夫だから」と機械が促した。


すると頭上から大きなモーター音が響いた。


音の発信源がクリーンである事は分かったが、ポエムの位置からでは何をしているのかは見えなかった。


しかし想像は出来たし、実際ポエムが思い浮かべた通りであった。


クリーンはベルトコンベアの上を疾走し、斜めに飛び落ちる事で炉を回避しようとしていた。


だが激しい金属音と共に、クリーンは転がるように飛び出してきた。


ベルトコンベアの窪みに車輪を取られ、躓いたクリーンが落ちる先は、完全に炉の外には届かなかった。


この時の事が未だに自分でも分からないが、ポエムは咄嗟に右腕をクリーンへと伸ばした。


クリーンも円柱の身体から、必死にモップのパーツを伸ばした。


ポエムはそれを必死に掴んだが、急に機械2体分の重さを1点に乗せられたパイプが耐えられるはずもなく、ポエムが掴んでいた場所から順次ネジが飛び、弧を描きながらたわんだ。


遠心力で投げ飛ばされた2体の体は、何とか炉の外側に放り出され、地面に打ち付けられると同時に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。


「やってくれたな。

こっちだ急ぐぞ」


機械は苛立ちを覗かせながら、2体を先導した。



 工場の塀に辿り着いた頃にはサイレンは鳴り止み、遠くて見えにくかったが、外れたパイプの辺りに機械と人間の影が動いていた。


「大丈夫だ。

まさか機械が抜け出したとは思わないよ。

でも次回はルートを考え直さないと」


塀の縁に辿り着いた機械は、文句を漏らしながらも埋め込まれた小さな突起を使って、塀の外へとよじ登っていった。


ポエムはその後を追い、クリーンはまたしても起用にパーツを伸ばして塀を乗り越えた。


2体が無事外に出てくるのを見守り、機械は話始めた。


「ようこそ自由の世界へ。

おいらはコラムと呼ばれている。

君は?」


「ポエムだ」と返事をした。


「そうかポエムか。

やっぱりおいらよりも知的だね。

それで、そこの厄介者は?」


「クリーンです…」と申し訳無さそうに名乗った。


「ようこそクリーン。

先ずは無事に外に出られたから良かったとするよ。

おいらはポエムの2世代前、GT2000だ。

中身はいじってあるけどね」


コラムはそう言うと「さぁ」と2体を誘導しながら、だだっ広い草むらをかき分けながら進んでいった。


「これから何処へ向かうんだい?

それに自由の世界っていったい」


ポエムの問いにコラムは短く答えた。


「図書館さ」


コラムは喜ぶ子供のように答えたが、ポエムにとってそれは、人類がまだ紙を使っていた時代の古い言葉だった。


それ以上何かを問うことは無く、2体は純朴にコラムの後に続いた。


やがて機械達の前に大きな廃墟が現れた。


コラムが門の前に設置された機器に手をかざすと、錆びついた滑車の悲鳴を鳴り響かせながら門が開いた。


「ここは捨てられた製紙工場さ。

おいら達はここでコロニーを築いている」


コラムは敷地内を進みながら、2体に色々と説明をしてくれた。


元々は機械文明に反発した人間達のアジトであった事、そしてそこに『人類原神主義』の機械達が集まって来た事、今はそれらの思想を捨ててただ生きる事を楽しんでいるという事。


説明をしながら辿り着いた一際大きな建屋で、コラムは再度機器に手をかざし、そして扉が開いた。


中に入った2体の機械は驚愕した。


色鮮やかに装飾された内壁に囲まれ、その中を沢山の機械達が行き来していた。


「凄いな…彼等には皆主人が居ないのかい?」


ポエムの問いにコラムは満足気に頷いた。


「この中には今おいら達機械と、数は少なくなったが数名の人間が暮らしている。

皆其々の人生には出来るだけ干渉しないルールになっている。

一部電気供給やセキュリティを除いてね」


感心するポエム達の所へ巨大なロボットが迫って来た。


「おいコラム。

中古工場でサイレンが鳴ったのは何だ?」


「このお掃除ロボットくんの仕業さ」


コラムは言葉とは裏腹に、丁重に紹介するかのように揃えた手の平を伸ばし、詰め寄ってきた巨大なロボットの目線は、その手の先に佇む円柱型のロボットへと向けられた。


清掃ロボットは「クリーンです…」とまた申し訳無さそうに名乗った。


「トラブルを起こすのはいつも掃除ロボットだ。

それが分かってて何故連れて来た?」


「連れてきたんじゃない。

勝手に付いて来たんだ。

おいらが案内したのはコッチのGT2800だけさ。

珍しくQまで下がってきてたからね」


目の前で言い合いになる2体に、クリーンは頭部の球体を忙しなく動かしながら、居心地悪そうにしていた。


そんなクリーンを気遣うように、ポエムは話しを割った。


「私はポエムです。

コラムの言う通りGT2800、アップロードはされていない純正です」


ポエムの声を聞き、2体は言い争うのを止めた。


「わいはエンビー、見ての通り警護ロボットだ」


エンビーと名乗る巨大なロボットは、そう言うと共に、腕に仕込まれた様々な武器のカートリッジを入れ替えて見せた。


「ここに連れて来てくれたのはいんだけど、私達は一体これから何をすれば良いんだい?」


「〝達〟じゃないけどね」と嫌味を言いながら、コラムが答えた。


「言っただろう?

自由さ。

エンビーのように警護として働くのも自由。

おいらみたいに言語化システムを集めるのも自由。

ご希望とあれば自分の部屋だって容易出来るぜ」


自慢気に話すコラムに、ポエムは更に疑問を投げかけた。


「エンビーが警護をするのは分かるけど、何故君は言語化システムなんて集めてるんだい?」


その問いにコラムは、大きく手を広げながら答えた。


「この壁を見て分からなかったのかい?」


コラムに言われ、改めて工場の壁を見直したポエムは驚いた。


色鮮やかな装飾だと思っていた内壁は、夥しい数の本の背表紙であった。

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