〜キャパ・ハラ〜 その2


 その時は突然やってきた。


ポエムがいつもの時間に主人の部屋に向かうと、自分の立ち位置には見知らぬロボットが立っていた。


最新型の自動言語生成システムGAT、それはとても美しいロボットだった。


シグナルとケアは一瞬ポエムを見やったが、何も口にはしなかった。


ポエムは静かに引き返し、家の玄関へと向かった。


そこには既に配送機が用意されており、躊躇無く乗り込んだ。


配送機はポエムの搭乗を確認すると、組み込まれた情報通りに中古販売工場へと向かった。


工場に着いたポエムには、G4270と書かれたプレートが渡され、それに従い数多のロボット達が座る棚の森を抜け、自分に用意されたシートに腰を下ろした。


見渡す限りロボットで埋め尽くされた工場。


この後ポエムは検査を受けた後に、この場所でただひたすら次なる注文が入る時を待つのであった。


ここに来るのは何度目かであったポエムは慣れたもので、検査を済ませると再度自分のシートへと戻り、自らの電源を落とそうとした。


その時不意に、横から話し掛けられた。


「やあ君は何をするロボットだい?」


声の方へ振り向くと、そこには見た目でそれだとすぐに分かる、円柱型の白い機械がいた。


「GT…旧式の言語生成システムだよ。君は…清掃型だね」


ロボットは頷くように、円柱の上に取り付けられた球体型の頭を縦に一周させた。


「ここに来るのには慣れてるみたいだね。

僕は初めてなんだ。

街の外れの大きな館でずっと使い続けられていたから」


ロボットの言葉にポエムは「そうか」と愛想を返した。


確かに敷地の広い場所では、コンパクトでスマートに設計された最新型のシステムより、大雑把で荒々しい旧式の情報設計の方が重宝された。


しかし広い敷地にアドバンテージを見出だせなくなった現代の人類達にとって、実体として土地を構えるメリットは無くなり、これもやはりメタバース上に創られる〝ビット〟が代わりを成していた。


故に大きな館に住まう人間は少なく、彼の再就職は厳しいものになるだろうとポエムは思った。


「僕初めてだから怖いんだ。

Zの列まで下がるとルーインズに送られるって聞いた事がある」


「そうだな」とポエムはまたしても素っ気ない返事をした。


実際その様な噂をポエムも耳にした事はあるが、今迄の経験上列がひとつズレるのは1週間置きであると認知していた。


今自分達がいるG列からであれば、まだ5ヶ月近い猶予があった。


清掃型ロボットには悪いが、言語生成システムの需要は豊富であり、自分自身がそこまで下がる事をポエムは想像すらしていなかった。


 

 ポエムが清掃型ロボットとの会話もそこそこに電源を落としてから、ふた月の時が流れた。


ポエムが再び自らを起動させた時、彼はQの列まで下がり、横には当たり前のように清掃型ロボットがいた。


「やぁ久しぶりだね、あー…」


「ポエムだ」と名を名乗った。


「ポエム!僕はクリーンだ宜しく」


クリーンが名乗っ名前に、ポエムは「まぁそうだろうね」と会釈をした。


「ポエムはこの列まで来るのに慣れているかい?」


「いや」とポエムは首を振った。


まさか自分が設けた2ヶ月のタイマーを起動した時に、まだこの場所に居るとは思っていなかった。


「そうなのか。

僕はずっと怖くて電源が切れてないんだけど、列が下がる度に暗くなっていって、不安で…」


クリーンは今にも泣き出しそうであったが、勿論そのような機能は付いておらず、恐怖を紛らわすように自らの置かれたシートの周りを磨き始めた。


クリーンのシートの周りがピカピカに輝いているのは、暗がりでも容易に分かった。


Q列はZ列までの折り返し。


残りまた2ヶ月ほど、それまでに引き取り手が見つかるだろうか。


流石のポエムにも小さな不安が芽生え始めたその時、2体の足元から囁くような声がした。


「やぁ君GT2800だね。

こんな列まで下がるのは珍しい」


ポエムが自分の足元を覗くと、そこには自分に似たロボットが立っていた。


「君は勝手にシートを外れて、いったい何をしているんだい?」


ポエムはその無秩序な行為に驚いた。


しっ!と人間の様に人差し指を口に当てて、機械は話し続けた。


「おいらは今、同じ言語化システムのロボット達を集めているんだ。

君もここを離れよう」


足元の機械が何を言っているのか、ポエムにはさっぱり分からなかった。


ここを離れて何処へ行こうと言うのか。


雇い主の居ない機械が行く場所なんて、ルーインズかダストボックスの2つじゃないのか。


ダストボックスとは文字通り、機械が捨てられる場所であり、熔解炉であった。


全く納得出来ていない様子のポエムに、機械は急かす様に喋りだした。


「急いでくれ。

工場の機械がアップロードされている、今しかチャンスは無いんだ。


急かす機械に、ポエムはなんとなくシートに繋がれたパーツを外しながら問うた。


「何処へ向かうって言うんだい?」


「Zさ」と機械は答えた。


さも当たり前の様に放たれたアルファベットに、ポエムは外しかけていたパーツをギュッと握りしめた。


「何を言っているんだい?

そこはあと2ヶ月もすれば勝手に行き着く場所じゃないか」


ポエムは大いに困惑したが、足元の機械は何やら作業をしつつ淡々と喋り始めた。


「良いかい?

この1列後Rに下がると、君はICチップを抜かれる。

自我を保てるのはこのQ列が最後なんだよ。

そしてV列からはパーツの分別が始められ、細かい部品に分けられた後にZへ流される。

実質的にここが最終列なんだよ」


機械の言葉に驚きはしたが、納得するには大き過ぎる謎が立ちはだかった。


「そのZにわざわざ向かうのかい?」


「そんな事は後々説明するし直ぐ分かる。

お願いだから早くしてくれ」


機械が話し終えると、ポエムのシートはゆっくりと地面に下降した。


言われるがままにシートに繋がれた残りのパーツを取り外し始めた時、今度は頭上から声がした。


「待って!

僕も連れて行ってくれ!」


機械はクリーンを見上げて、それを断った。


「清掃型か。

すまないがおいらが知っているルートは、おおよそ人型でないと無理なんだ」


「そんな…」と頭部の球体を俯かせるクリーンを見て、ポエムはお願いした。


「彼の行く末は然程変わらないよ。

連れて行ってやってくれ」


ポエムの頼みに機械は「知らないぞ」と呆れながら、クリーンのシートを下げ始めた。


この時何故クリーンを連れて行ってやろうと思ったのか、ポエム自身も全く分からなかったし、理解も出来なかった。


ただ何となく引き取り手の見つからない自分と重ね合わせて、哀しくなった様な気がした。


 

 3体の機械達は真っ直ぐにZ列を目指した。


道中周りに広がる光景は、数々の機械達の最後であった。


レーンに乗って流れる様々なパーツは、ボックスを通り過ぎる瞬く間に、金属と配線に分解され、ボックスの先で二手に分かれた其々のレーンに流れていった。


いくら機械と言えど、見ていて心地の良いものとは思えなかった。


「見えたぞ」と先導する機械が言った。


そこには大きなシャッターで閉ざされた開口部があり、そこへ向けてベルトコンベアの道が続いていた。


「良いかい?

あのシャッターの先には、熔解炉へと落ちる大きな穴がある。

僕達はパーツと共にベルトコンベアを流れ、穴に落ちる寸前で、外のパイプを伝って穴を避けるんだ」 


なるほど人型で無いと行けない理由が判明した。


クリーンにはパイプを伝う為の部位が存在しなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る