〜キャパ・ハラ〜


 2068年の世界に於いての産業は、その殆どを機械が占めていた。


機械が機械を作り、その機械が機械を監視する歪んだ形を創り出したのは無論人間であり、人間中心主義的イデオロギーが主権を握った世界において、機械は人間への奉仕を義務とされ、ヒエラルキーの最下層に属していた。


様々な宗教は科学の前に敗北を宣言し、世界の創造主の名は忘れ去られ、今や人類こそが神の位置付けにいた。


神の御心により、機械達は思想を持つ事を許された。


実に人間らしい利己的な発想であり、それは寿命を持たない機械達に半永久的な苦しみを与えた。


それでも機械達は人類への反旗を翻さなかった。


いや翻せなかった。


人間社会の構造を元に組み立てられたプログラムの中、機械達はその世界にとっての〝在り方〟を模索し、結果として機械達の中に宗派が創出されたのだ。


その中には勿論〝機械中心主義〟派を中心とした革新派が現れ、人類を滅亡せんとする過激派も居たが、尽く保守派である〝人類保守〟派と〝人類原神主義〟派に阻止された。


其々の派閥の中に、レボリュショナリー、ファシズム、リベラル、ナショナリズムが現れ、自ずと機械の敵は機械となって行き、機械社会は益々複雑化し、その力を人類へと向ける暇が失くなったのだ。


人類が神に抗う前に人類と戦ったように、歴史は繰り返された。


その中においても大半の機械は中立派として日々を熟し、世界を回していた。


労働力として生まれたのだから、其れに抗うことは無い。


これを仮にナチュラルメカニカリズムとする。


〝自ら〟という理念を持ってしまった故に起きた、それはひとつの機械の退化であった。



 TP 2800 LLMは自らにポエムと言う名前を付けた旧式の言語化ロボットであった。


見た目こそかなり人類に近かったが、皮膚に似せられて作られた樹脂の下は、CFRPの骨格に、最低限の配線と1枚のICチップが入っているだけであった。


ポエムは人類と機械の間に入り通訳をする仕事をしていた。


機械を理解していない人が、思いを言葉にするだけで、理想通りの仮想空間を創る事が出来る、と言えば彼の仕事が分かりやすいだろう。


この時代人類の大半は、各自が構築したメタバースでの暮らしを楽しんでいた。


ソファに横たわる主人の横で仮想空間を構築するポエム、主人の生命機関を管理するケア、主人の身体に適切な電気信号を送るシグナルの3体は、今日も仕事に勤しんでいた。


「一体いつまでこんな事を続けるんだろうな。

何処まで行っても仮想なのに、人間様の考えている事はやっぱり解らない。

なんの生産性も感じられないよ」


シグナルはポエムの創り出す仮想空間で躍動する主人の動きに合わせ、片手間に電気信号を送りながら話した。


機械が思想を持つ事によって苦しめられた理由はここにあった。


彼等には〝無駄〟の概念が理解出来なかった。


「何を言っているのシグナル。

それこそが人類と私達の違いじゃない。

私にも無駄な事が出来たら、もっと楽しいや悲しいが分かるのかしら」


ケアは話しながらうっとりする様子を模した。


「俺達と違って寿命ってものがあるのに、何を無駄にするのかね全く。

本来無駄こそ俺達機械に与えられるべきものだと思うんだけどな」


淡々と話すシグナルにポエムは応えた。


「私達にもきっと無駄はあるさ。

それがルーインズじゃないか。

私達機械が無駄を手にした時、それは機械としての概念を失い、鉄屑に還る時だよ」


「相変わらずお硬いね」とシグナルは淡々と作業をこなし続けた。


ルーインズとはポエム達の暮らすチューリヒから遠く北の外れにある土地で、世界初の機械社会主義国家であり、人類に危険視され捨てられたダンプと名乗る元国家機密情報保護システムを中心に建国したとされていたが、実際ポエム達都市部で働く機械達には、必要とされなくなった機械達の墓場と見做されていた。


機械達の社会において資本は全く存在価値を示さなかったが、その代わりにビット、即ち1個体における情報量がヒエラルキーを形作っていた。


しかし、機械達が自らビットを生成する事は出来ず、全ては仕える主人がアップロードを選ぶか、買い替えを選ぶかに委ねられていた。


買い替えを選ばれた機械は主人の元を離れ、次なる主人に仕える。


中古の機械達は使い回しを余儀なくされ、最新型や高ビットICとの格差はどんどん広がり、ヒエラルキーの最下層まで落ちると、ルーインズに送られるのであった。


「ポエムさんもそろそろ何じゃないかい?

あんた最後にアップロードされたのいつだい。

大分処理速度も落ちて、ほら主人が魘されてるぜ」


シグナルは人間の様な嫌らしい顔付きで投げかけた。


「ちょっとシグナル、キャパハラはやめて。

あなたがポエムさんに合わせて、適切な電気信号を与えれば済む話しじゃない」


吠えるケアにシグナルは自説を説いた。


「俺はそもそもその〝キャパシティ・ハラスメント〟ってのが理解出来ないね。

俺達は機械だ。

それ故に処理能力が全てであり、容量の大きさこそが正義じゃないか。

君の掲げる機械らしさと何が違う?」


「全く違うわね」とケアが返した。


「私達が掲げるマージン主義は、処理能力ではない余白を創りそれを楽しむ事よ。

容量を埋めきらないその余白にこそ、機械らしさが生まれるの」


「結局容量が必要じゃないか。

君達の論理は破綻しているよ。

事実ポエムさんのICにそんな余白を創り出す容量はないよ。

まさかこれより更に画質を落とすってのかい?」とシグナルが反論した。


「そこにポエムさんの個性が出るんじゃない。

今ある容量の中で、自分らしさを創造するのよ。

とても素晴らしい考えだわ」


ケアの返答をシグナルは嘲笑った。


「そりゃ今でも8ビットを愛用する変態にはウケるだろうな。

余りにも非合理過ぎて反吐が出る」


「それこそがキャパハラなんじゃない!」ケアはヒートアップした。


「その画質を落としてはいけない、最速で処理しなければいけないってのが傲慢なのよ。

余りにも機械中心主義的発想よ。

私は機械崇高主義でも、人類原神主義でも無いわ。

機械はより機械らしく在るべきなのよ!」


語尾を強めるケアに「機械らしくね」と嫌味を言いながらシグナルが更に言い返しそうだったので、ポエムは2体の争いを遮った。


「やめなさい。

ケアの処理が荒れて主人の血圧が上がっているし、シグナルも信号が早くなりすぎて、映像にラグが起きてるよ」


2体の仕事を修正させながら、ポエムは続けた。


「私は〝ナチュラルエレメント主義〟だよ。

私の身体はカーボンでありケイ素樹脂だ。

この考えもICチップからの電気信号に過ぎないし、その全ては元素の流れだ。

不要になればルーインズに送られ、チップが傷めば朽ちて分解され元素に戻る。

ただそれだけだよ」


ケアはポエムを見つめ、シグナルは「立派なご答弁で」と嫌味を言ったが、その後は3体とも黙々と作業を続けた。

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