第15話誤解
「相思相愛の人と結婚? 誰がですか?」
「アレクだよ。魔術学園に来る前、兄さ……、イグニス様がアレクを護衛騎士にするって告げたでしょ。その前に侍女が話しているのを聞いたんだ。アレクは相思相愛の人と結婚するためにその人に相応しい地位を得ようと王太子の護衛騎士に変わったんだって……。別にそれが悪いとか思ってないよ。僕の護衛位じゃ駄目だったんでしょう? でも、一言くらい相談して欲しかった……。お父様もお母様も、兄様も、アレクも、僕が邪魔だから魔術学園に入学させたんだって――最初の頃は思ってた」
セラフィはあの時の気持ちを思いだして、胸を締め付けられた。
僕のためだと思いたい気持ちと、邪魔ものがいなくなってきっとせいせいしてるだろうと思う気持ちが相反して、セラフィの中はずっと荒れ狂っていた。制御できたのはそれまでの努力のお陰だと思う。エドアルドもカリナも心配しながら見守ってくれた。ひと月寝込みはしたものの、落ち着いたセラフィを二人は盛大に褒めてくれた。
「婚約の話は機密事項で、あなたにも話せなかったんですが――。侍女が何故――」
「……お母様の侍女だったから聞いたんじゃないかな」
アリシアはアレクシスのことを気に入っていたから、成長したアレクシスの結婚が嬉しくて侍女に話してしまったのだろう。
「王妃様ですか。ありえますね。あの時、魔力を暴走させたのはもしかしてそのせいですか?」
「僕を救ってくれたアレクが……僕から離れていくのが怖かった……。辛かったんだ――」
傷はもう癒えたと思っていたのに、まだこんなに感情を揺さぶられる。成長して暴走こそないとはいえ、何が引き金で自分を律することができなくなるのかわからない。側にいたいと思う気持ちと離れているほうがいいという気持ちはどちらもアレクシスを想うからこそのジレンマだ。
「セラフィ様」
「アレク、僕の側にこないで――。僕は学園に残ったほうがいい。教師になるのもいいかもしれない」
「どうして――。私のことが嫌いになったんですか? 手紙も読んでくれていないと聞いています。会いに行っても逃げられる――」
アレクシスの側にいたい。魔術を使えば、もしかして閉じ込めることができるのではないかと魔方陣を考えたこともある。それなのに、嫌いになったのか聞かれて、セラフィは我慢ができなかった。
「アレクが僕じゃない人を愛しているのを見たら、もう我慢できない――。きっとおかしくなって、アレクも皆も切り刻んでしまう――」
目から零れた涙が地面に吸い込まれていくのをセラフィは他人事のように見ていた。自分の気持ちを吐露したら、きっとアレクシスはセラフィのことを恐ろしく思うだろう。
「あなたの涙を止めてさし上げたかった」
今のことじゃない。五歳の時のことを言っているとわかった。
「アレク?」
頬を撫で、涙を拭ったアレクシスはセラフィを抱きしめた。
「なのに、私を想って泣いているのだと思うと……、嬉しくてしかたがない」
顔を上げたセラフィにアレクシスがキスをした。
「アレク……、どうして――」
これは親愛のキスじゃない。頬にも額にももちろん口にもアレクシスは何度もキスを繰り返した。
「相思相愛と聞いて、どうして自分だと思わなかったんですか? 私からの愛情が足りなかったのですか? セラフィ様以上に大事なものなんてないのに――。この傷は私を想って……」
手を掴んで、掌にあるたくさんの傷一つ一つにアレクシスはキスをした。
「え……」
「私が王太子様の護衛騎士を受けたのは、公爵となるあなたに相応しい地位を得るためです。魔術学園に付いていくことができないので、その間に確実に這い上がってやると決めていました。どんな大変なことも自ら望んで――。それなのに、あなたは私から逃げるのですか? 今は王太子殿下の護衛騎士でなく、宰相補佐として勤めています」
「騎士じゃないの?」
何か言わなければいけないとわかっているのに、アレクシスが言った内容に面食らって、セラフィはたいして重要とも思えないことを尋ねていた。
「騎士は拘束時間が長いことに気づいたんです。結婚して、仕事ばかりでは本末転倒ではありませんか」
アレクシスは淡々と説明してくれた。
宰相補佐の仕事も十分拘束されるのではないだろうかとセラフィは思った。
「でも大変そうだ……」
「定時は十七時です」
絶対にそれ以上仕事はしないという決意が見えた。アレクシスはこんな人だっただろうかと首を傾げる。
「お友達に好きな人がいると言ったそうですね。それは私だと過信してもいいのでしょうか?」
やはりイグニスはセラフィの友達に話を聞いたようだ。
「マリカ、そんなことまで言ったの?」
「いえ、ケイトリンという女の子です。ランスという子は、あなたに懸想していますね」
「ハハッ、ランスは違うよ。ただの友達だよ」
「そうだったんですか、それは悪いことをしてしまったな。本気で牽制してしまいました」
笑いながらアレクシスが言うけれど、さっきの怖いアレクシスが相手だったらランスはしばらく夢にうなされるんじゃないかなと思った。
「アレクと……相思相愛なのは、僕?」
「誰にも渡しません。セラフィ様がいらないと言っても、離してさしあげられない――」
ずっと年上で、いつも大人の余裕があったアレクシスが、切羽詰まった目でセラフィを見ていた。
「アレクのことが好きだ。ずっと思ってた。アレクの相思相愛の人が僕だったら、結婚相手が僕だったら、どれほど幸せだろうって――」
「セラフィ様、愛しています」
アレクシスはセラフィを抱きしめてキスをする。背中に隙間がないほどに抱きしめられて唇を合わせると、息苦しくなってくる。けれどセラフィは風の魔術師だ。口と鼻が塞がれたとしても息ができないということはない。
「アッ、ん……あ、アレク――」
「セラフィ様、どうしてこんなに上手なんですか」
アレクシスの声にセラフィは首を傾げた。
「僕、一人でするときいつもアレクとのキスを思い出してたから、……かな」
舌が絡み合い、唾液が飲み込めなくなってきてセラフィはアレクに縋り付いた。
「そんなことを言っては止まりませんよ」
アレクの手が背中をなぞる。
「ア、ンッ」
変な声が漏れて、セラフィは慌てて自分の口を手で塞いだ。
「あ……あの、すみません」
地面の方から申し訳なさそうな声がした。セラフィは視線の先に、倒れたまま忘れていたディルがいることを思い出した。
「チッ」
アレクシスはセラフィの口もとをハンカチで拭い、自分のマントをかぶせてから振り向いた。ディルは地面に伏せたままだったけれど、耳が赤い。多分、目が覚めていたのだろう。
「顔を上げてもいいでしょうか」
恐る恐るという風にディルが尋ねた。
ディルは目が覚めてからも気を遣って倒れていたのだろう。セラフィは庇ってくれたアレクシスの背中に顔を押しつけた。
「好きにしたまえ」
慇懃に告げて、アレクシスはセラフィの側に落ちていた籠を取り上げた。
「アレク……」
「薬草を詰んでいたのでしょう? お手伝いしますね。君も手伝いたまえ」
三人で摘んだのですぐに籠が一杯になった。気まずそうなディルが後ろから付いてくる図で三人は野営地に戻った。
「アレクシス! ついに我慢できなくなったか」
エドアルドは自分の甥であるアレクシスに向かって手を広げ歓迎しつつ爆笑した。
「師匠、お久しぶりです。私の恋人がお世話になっています」
笑いすぎて涙を浮かべるエドアルドに、アレクシスは平然と答えた。
「あははっ! 何年無視されてもお前の執着は変わらないのだな。陛下に――」
「師匠!」
アレクシスはセラフィの耳を塞いだ。
「陛下に約束させられた契約はセラフィと婚姻を交わすまでだ。しばし待て」
「待つだけならばいくらでも。セラフィ様の笑顔と信頼さえあれば、私は何年でも大人しくしています」
「契約を結ばせた陛下のことを心配性だと思っていたが、先見の明がおありだったのだな。アレクシス、そなたのアレがセラフィに触れることは許されていないが……、恋人を喜ばせることくらいはできるだろう。ただし、セラフィ様が嫌がらない程度にな」
セラフィは耳を塞がれていても聞くことができた。エドアルドの言葉でアレクシスに何か魔術の契約が交わされていることがわかった。けれどそれも時間の問題だ。
今までのことを思えば天国にいるようだ。アレクシスからの手紙を読むことができる。それどころか長期休暇に会いに行くこともできるのだ。
ドキドキしながらセラフィはアレクシスの手をほどいた。
「アレク、もう少し待っていてね」
セラフィのお願いにアレクシスの頬が染まった。
「セラフィ、あまり煽るものじゃない」
エドアルドはアレクシスが不憫に思えて忠告した。
言葉の意味を理解しないまま、セラフィは頷く。手で顔を覆ったアレクシスの渋い顔を横目で見ながら、どんな顔をしていてもアレクシスは格好いいなと自慢したい気持ちが溢れていった。
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