第14話アレクシスとの再会

「後一体!」


 声の大きな騎士の声に「おう!」と応じる壮年の騎士。


「隊長、行ってください!」

「セラフィ、護りは任せた!」


 展開していた魔術が完成し、魔物討伐隊の隊長フレッドの前に風の防御陣が光った。


「最後だ!」


 気合いの入った声と斜めに魔物を切り裂く音、フレッドに飛んだ返り血を防ぐ防御陣の音を最後に一瞬静寂が訪れた。その後で続く歓声にセラフィはホッと息を吐いた。


「ご苦労様、セラフィさすがだ。十分魔術師団で戦えるな」

「師匠! いえ、難しかったです。守られているからできただけで……、フレッド隊長、ありがとうございました」


 背後で見学を決め込んでいたエドアルドが労うように肩を叩いた。

 褒められて、セラフィは首を振った。今回は騎士団の補助をしていただけでセラフィは攻撃していない。強い魔物とはいえ、五体という数だったこともあって落ち着いて周囲を見回すことができた。

 フレッドは魔物討伐隊の隊長で、学生のセラフィと組んでくれた人だ。今回同行した学生はセラフィをいれて三人だが、二人は魔物に会う前の野営の中で自分の特技を発揮していた。エドアルドが同行したのは、学生が無茶をしないように見張るためと、騎士団との仲介のためだ。

 魔術師の中には、魔術を使えない人間を見下すものもいるし、過剰にいいところを見せようと張り切りすぎて騎士に迷惑を掛ける人間が少なからずいるからだ。


「セラフィは制御も展開も見事だったな。これは魔術師団に是非入ってもらいたいものだね」


 セラフィは魔物から放たれる粘液の攻撃を風の盾で防いでいた。最初こそ、粘液が飛ぶと自分で避けていたフレッドだが、セラフィの的確な盾の発動を確認して、後半は防御なしで突っ込んでいった。その結果、討伐がとても早く終わった。

 今回は学生の適性をみるための演習なので魔術師団と言えるのはエドアルドだけだが、魔物討伐は騎士団と魔術師団の合同と決まっているので、騎士団にしても魔術師団に優秀な魔術師が入ってくれることは好ましいことだという。


「セラフィは本当に強いんだ。頼もしいぞ」


 自慢げなエドアルドに少し照れながら、礼を言う。


「ありがとうございます。師匠、もう撤収されるのですか?」

「早く終わったから、薬草の採取でもしようと思っている」

「魔物が他にいないとも限らないから騎士と組んで行ってこい。セラフィは、ディルと行ってくるといい。まだ新人だが、将来有望なんだ」


 フレッドが指定したのは、攻撃に参加していた騎士だった。学生の演習に付き合うだけあってフレッド以外は皆若い。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 愛想良く笑うディルと連れだって、セラフィは泉の側の薬草を採ることにした。


「うわぁ、珍しい薬草ばかりだ」

「ここは癒やしの泉という名前がついているんだ。小さな傷や、魔力の消耗も癒やしてくれるというよ。セラフィは魔力を沢山使ったから水浴びでもしたら?」


 目を奪われるくらい珍しい薬草が多いはずだ。効能が高そうな美しい葉形をしている。


「いえ、魔力は残っているので……」


 水を浴びるより薬草をとるほうが大事だ。セラフィは屈んで薬草を収穫する籠をとりだした。

 魔方陣で圧縮された籠は、元の大きさに戻すとセラフィが片手で抱えられるギリギリの大きさに変化する。沢山入れた状態でまた陣を発動させると今度はそのままの状態で圧縮されて、元に戻すと陣を発動させたときと同じ状態に戻る。これで沢山の荷物を持つことができるようになった素晴らしい魔術具である。どういった構造なのか果物をいれても新鮮なのに、人や動物などをいれると圧縮できないようになっている。非常に高価な物であり消耗も激しく、魔力のない人間には使えないので世間ではお目にかかることは滅多にないらしい。


「セラフィは、魔術師団に入るんだろう?」


 ディルは愛想のいい男で、昨日の野営の時も学生を気にかけてくれいた。


「さぁどうでしょうね。わかりません」


 魔術師団にも誘われているが研究所の方にも誘われている。最近はカリナのように教師を目指すのもいいかもしれないと思い始めていた。


「絶対魔術師団にしたらいいよ。それでさ、俺と組もうぜ」


 ランスを彷彿とさせる人だなとセラフィは笑った。


「なんで笑うんだよ」

「いえ、まだ卒業じゃないので――」

「セラフィはさ、恋人、いるの?」


 どうしてだれも彼もセラフィの恋人が気になるんだろうと思いながら「いません」と言った。


「なら、俺とさ――っ」


 あまり興味がなかったこともあり、薬草を採りながら答えていたセラフィは一瞬でディルの気配が消えたことに驚いた。


「なっ、魔物か!」


 セラフィは籠を放り出して剣に手をかけながら振り向いた。


「どうして言ってやらないんですか? 好きな人がいる――と」


 昨日の魔物が可愛いく思えるくらいの圧を感じて、セラフィは息を飲んだ。


「……アレクに、擬態した、魔物?」


 忘れられない銀の髪、青い瞳は凍るほどに冷たく感じた。アレクシスがこんな表情を自分に向けるはずがない。けれど記憶と寸分違わぬ姿にセラフィは泣きそうになった。


「魔物? あなたにとって……、私は魔物に成り下がった。ということですか?」


 綺麗な微笑み。唇は笑む形をしているものの、それが微笑みには見えなかった。


「いや、ディル。死んだ?」


 アレクシス似の魔物も気になるが、ピクリとも動かないディルも気になった。


「まさか。あなたを後ろから襲おうとしていた男など切り刻んでも許しがたいけれど……、あなたは血を好まないから――」


 だから首を絞めて落としたのだとアレクシスの顔をした魔物はディルを横にぽいと放り投げた。魔物としか思えないのに、アレクシスの顔をしているだけでセラフィは逃げることができなかった。風をディルの肺に送るように魔力を調整しながら、セラフィはアレクシスを凝視した。


「……どうして。だってアレクはここにはいないはずだから……」


 セラフィは確信をもっていた。


「やはり、護り石ですか。私の位置がわかるのではないですか? 前回、イグニス様と視察に来た時は、たまたまだと思っていたけれど、今回はあまりに不自然すぎました。イグニス様に、剣を預けてきました」


 アレクシスの剣帯には何も刺さっていなかった。服も騎士の服ではなく、危険なこの場所に相応しい旅装なのに、他の剣をさしてこなかったのが不思議だ。

 たった二度目で護り石のことに気づかれるとは思っていなかった。セラフィが護り石の効用に気づいたのは魔術師学校に来る途中だった。アレクシスの護り石がどの方向にあるのかわかり、距離が離れていくのを朦朧としていたセラフィにも感じとれた。

 アレクシスが魔術師だったなら、セラフィの護り石を感じることができただろう。一つの宝石を二つに分けたからか、宝石の特性なのかわからないけれど。

 去年の誕生日、イグニスというよりアレクシスがこちらに来ることを感じたセラフィは、ケイトリンの研修に急遽同行したのだった。今回演習を早めたのは、アレクシスの訪問を感じたから。

 まさか気づかれるとは思っていなかった。


「さすが魔術の使えない魔術師ですね」


 アレクシスの知識は魔術師といっても過言でないほど豊富だった。


「ええ、勉強したことが役に立ちました」

「どうしてここが?」

「演習にエドアルド様がついて行っていると聞いたので、一か八か。間に合って良かった」


 何故だろう、いつのまにか手の届く位置にアレクシスがいた。


「アレク?」


 トンと、肩を押されて、セラフィは薬草の生える草むらに転がった。


「今年度の卒業式では沢山求婚されたそうですね」


 アレクシスはセラフィに覆い被さり、ゆっくりと肩を草むらに押しつけて尋ねた。笑顔のまま、なのに目が笑っていない。セラフィは悪いことをしたわけでもないのに、責められているような気がして言い訳をした。


「求婚ていうか、勧誘だから。一緒に仕事したら効率がいいからって――」

「それを信じたんですか?」

「えっと……、うん。でも断ったから!」


 一応元王族で公爵なので自分の思いつきで結婚などできるわけがない。


「当然です」


 アレクシスは怖い笑顔を浮かべたままだ。アレクシスってこんな怒り方をする人だったかな? と考えて、セラフィはやっとアレクシスが怒っているということに気がついた。


「アレク、怒ってる?」


 自分に怒りを向けるアレクシスなんて初めて見た。

 セラフィが戸惑いながら尋ねると、アレクシスは一度目を強く瞑った。開けた瞬間、セラフィは射貫かれたように心臓を跳ねさせた。

 やっぱり、好きだ。どうしよう、苦しい。アレクシスはもう誰かのものなのに。

 

「……無防備すぎます! こんな体勢になる前に風で切り刻むことくらいできるでしょう」


 アレクシスは無茶を言う。切り刻んだら死んでしまうのに。


「アレクなのに?」


 ソッと頬を撫でられて、セラフィは目を閉じた。こんな近い場所で視線を交わせば、余計なことを言ってしまいそうで怖かった。  


「私だからです」


 唇に柔らかいものがあたって、セラフィは目を見開いた。覚えのある感触、セラフィは怒っているはずのアレクシスにキスされていた。


「ん……」


 無意識のうちに唇が開き、もっと側に寄りたいと上に覆い被さっているアレクシスの首に手を回した。


「あなたはっ! 誰にこんなことを教えられたんですか!」


 セラフィは離れがたくて、腕に力を込めた。

 アレクシスが悪い。セラフィの気持ちを知らないで、こんなことをするなんて。

 身体を起こしたアレクシスに抱きつくようにして引き上げられた瞬間、アレクシスの匂いがセラフィを包むように香る。安心を匂いにするならこんな匂いだなと、セラフィは思った。


「アレクだよ……。だって、キスしたことあるのアレクだけだもの。大人のキスと自慰を教えてくれたのはアレクじゃないか。どうしてこんな……」


 キスなんてしたんだろう。

 言いがかりをつけるアレクシスの胸を叩いて非難した。


「あの……」


 戸惑うアレクシスの声を聞いて、セラフィは思い出した。もうあの頃じゃない。アレクシスは結婚して、パートナーもいるし子供もいるはずだ。アレクシスも親愛のキスをしただけなのに、セラフィが勝手に盛り上がって困ってしまったのだろう。狼狽といってもおかしくないアレクシスの様子に、セラフィは冷水を頭からかけられた子犬のようにうなだれた。


「ごめん、僕……アレクに会えて嬉しくて――。相思相愛の人と結婚したんでしょう? おめでとう」


 アレクシスは名残惜しげに離れたセラフィに手を伸ばしかけて止まった。セラフィと同じように薬草が香る地面に座る。

 こうして正面に座ると、二人が交わす目線の高さが、昔と違うことに気づいた。そして、立場も。一歩にも満たない距離なのに、セラフィは体温を感じなくて寂しさを覚えた。

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