第13話会いたいと伝えて

「また、逃げるのね」


 マリカの歯に衣着せない言葉にセラフィは面食らった。

 学園に来てもう四年も経った。最初にできた友達はずっと仲良くしている。


「セラフィだって色々あるんだから。マリカ、そんな風に言わないであげましょうよ」


 セラフィの十六の誕生日に一度も帰らない、手紙も書いてこない弟にしびれをきらした兄イグニスが視察という名目で魔術学園へやってきたのだ。突然の訪問に驚く学園側だったが、セラフィは事前に察知していた。慌ててたまたま予定されていたケイトリンの研修に着いていって不在だった。


「セラフィは何故いないんだ!」


 イグニスの目的がセラフィだということはあっという間に知れ渡ってしまった。それも変な誤解を帯びたまま。


「殿下はとても嘆いてらっしゃったわ。私やランスが友達だと聞いてお呼びくださって『大事なセラフィをよろしく頼む』って、王太子様なのに頭を下げられたのよ! ケイトリンだってそこにいたら涙なしには見ていられなかったはずよ」


 イグニスの演技は相変わらずのようだ。今だからわかるけれど、イグニスは演技派だった。


「でもセラフィすごいな。凄いやつだとは思っていたけど、王太子様の恋人だったなんて……」


 マリカとランスが何故か誤解をしていて、セラフィがイグニスの愛を逃れてこの学園に逃げて来たのだと噂が立ってしまった。あえて弟だと表明せず誤解されるように話したのだろう。イグニスはそういうところがある。両親に身内であることを内緒にする約束をしているのかもしれないと、セラフィは誤解を正せないままモヤモヤしている。


「……誤解だから。違うから。今回だって、元々魔術師団の演習に参加は決まっていただろう」

「でもセラフィは二番目の演習の予定だったじゃない。一番目は先輩達の出番じゃない」


 水の守護を受けているこの国だが、守護の効き目の薄い端の国境では魔物がでるのだ。それを討伐する騎士団と魔術師団についていくのも魔術学校の生徒の訓練の一つだった。攻撃魔法を使えないものも多いから、ほとんどは後方で見学になる。

 セラフィは風の攻撃魔術が得意なので、急遽第一弾の危ない魔物のでる演習に参加することに決まった。

 イグニスが来る気配を感じて、師匠であるエドアルドにお願いしたのだ。


「僕は攻撃魔術が得意だし……」

「攻撃魔術だけじゃないでしょ……。地味だった花火をケイトリンの火の魔術とセラフィの風の魔術を組み合わせて、音と多彩な光で夜空に描けるようになったじゃない。魔術研究所からレシピをねだられたって聞いたわよ」

「それはケイトリンが火の扱いが上手だからだよ」


 実際ケイトリンは魔術研究所向きだった。大きな魔力はないものの繊細な操作ができて、作業が続いても集中することができる研究向きの性格だった。


「セラフィ、俺とも何か考えてくれよ」

「……水は沢山いるからな……ランスとじゃなくても別にいいし」


 ランスと術を組み合わせるならカリナとやったほうが効率もできもいい。


「水であることに悔しさを覚えたのは初めてだ」


 唸るランスにマリカが爆笑する。


「ランスにもモテモテね」


 マリカが茶化すと、ランスは真っ赤になって「そんなんじゃないからな!」と言って出ていった。


「マリカ、ランスは純情なんだから……」

「ランスにもててもな……」

「セラフィは人気じゃない。この前の先輩達の卒業式の後、何人に求婚されてた?」


 少し遠い目をしてセラフィは乾いた笑いを浮かべた。


「あれは求婚というより勧誘だと思う。さっきのランスと一緒だよ」

「まんざらでもないでしょ」


 セラフィは、ふとアレクシスのことを思い出した。もう昔のように胸が痛くなることはないけれど、少し口の中が苦く感じる。


「僕、好きな人がいるから……」

「ええ! 初心で、そんなことに興味のなさそうなセラフィが! セラフィにだけは負けないと思っていたのに」


 女性の方が成長が早いというけれど、マリカはどちらかというと女性の友達というより男友達に近いとセラフィは思っていた。


「マリカ、恋は勝ち負けじゃないわよ」


 恋人のいるケイトリンにそう言われて、マリカは目に見えて落ち込んでしまった。


「そうだね。勝ち負けじゃない……」

「意外だったわ。セラフィって皆に優しいけど、特定の人は作らないのかと思ってた」

「そう? 僕の大事な場所はもうその人で一杯で誰も入らないんだ。やっと、……自分の気持ちに素直になれたかも――」


 勝ち負けじゃない。ただ、自分の好きな人が自分のことを好きじゃないだけ。別にそれをごまかす必要もない、代わりを作る必要もないとセラフィはやっと心の落ち着く居場所にたどり着くことができた。こんなに時間がかかると思っていなかった。

 演習から帰ってきたら、ずっと箱にいれたままの手紙を読めるかもしれない。


「良かったわね」


 二人にそう言われて、セラフィは頷いた。きっと友達がいなかったらこんな気持ちになれなかっただろう。あの頃のセラフィには心の支えがアレクシスしかいなかったから。


「今回は間に合わなかったけれど――」


 アレクシスも相思相愛の人と結婚して、彼の道を歩いているだろう。子供もいるかもしれない。 


「今回? 王太子様のこと?」

「違う、イグニス様も大事な人だけど、……違うんだよ」


 イグニスのことをもう「兄様」と呼べないことに、こんなに時間が経ってから気づいてしまった。イグニスは呼んでもいいというだろうけど、ケジメをつけることが大事なことだとセラフィはわかっている。


「今度会いに行くって、お話できたら伝えてくれる?」

「王太子様に?」


 ギョッと驚く二人にフフッと笑って、セラフィは剣を剣帯にさして準備をする。父ジョセフが送ってくれた剣にはアレクシスとお揃いの護り石がついている。


「そう、イグニス様に。頼んだよ」


 イグニスはセラフィの様子を聞くためにマリカ達を呼ぶだろう。それにしてもイグニスが恋人とか嫌すぎる。雁字搦めにされて、自由がなくなりそうだとセラフィは思った。

 自分の大事な人がそれに勝るとも劣らないなんて気づきもせずに。

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