第12話送られてきた手紙
教室で勉強するようになって一週間経ったある日の朝、教室に沢山の木箱が並んでいた。セラフィは魔術の練習に使うのかと思いながら席に着いた。後からきたマリカが驚きながら隣の席へ座る。
「わぁ、凄い数ね。今日は家族からの手紙や荷物を渡してもらえる日なのよ」
セラフィは嫌な予感がした。あの箱のうち、いくつが自分の分なんだろう。
このクラス担任は、最初の挨拶の時にいた若い男の魔術師オリビスだった。
「さぁ皆名前を呼ぶから取りに来るんだよ」
一クラスは二十人程度で、順番に呼ばれていく。
「お母さんからだったわ。お母さんのクッキーとても美味しいの。セラフィとケイトリンも一緒に食べようね」
分厚い手紙と、小さな木箱を抱えてマリカが嬉しそうにセラフィに告げる。
魔術師学園は制服も普段着る服も全て学園が支給している。送られてくるのは子供が喜ぶお菓子やお茶、嗜好品などが多いらしい。
セラフィは最後だったので、皆の喜ぶ姿を見ていた。家族からの手紙がない子は無関心を顔に貼り付けていたり、下を向いている。
意外だったのはランスだ。てっきり貴族の末息子かなにかで甘やかされて育ったのだろうと思っていたが、手紙も荷物もない。セラフィの視線を感じたのかフイッと目を逸らされた。あの日から、ランス達には遠巻きにされているが、特に問題はないのでセラフィは気にしていなかった。
「セラフィ!」
呼ばれて前に取りに行くと、三通渡された。踵を返すと「荷物も!」と大量に残っている箱を示された。五箱あった。一人では運べないので、セラフィは箱の側面に持っていたインクを取り出して、魔力で魔方陣を描いた。同じ魔方陣だから五つを一度に描くと、歓声が起こってセラフィは驚いた。
「素晴らしい! セラフィ」
オリビスの満面の笑みと拍手につられて周りからも拍手が起こった。
「初級の魔術ですから」
セラフィは褒められる意味がわからなかった。荷物を軽くする風の魔術の一つだ。
「一度に描けるのも、こんな綺麗に描けるのも凄いことだよ」
「ありがとうございます」
とりあえずそう返せば話は終わるだろうと思って、セラフィは席に戻ろうとした。ふと封筒の差出人の部分が見えて、身体が強張った。
「アレク……」
まだ心がざわついて見られないとセラフィが思った瞬間、魔力で手紙が半分に切れた。
「セラフィ!」
オリビスにはセラフィの感情の揺らぎ、魔力の揺らぎが見えたのだろう。
「……すみません――。大丈夫です」
セラフィは謝って、下に落とした手紙を拾った。
「セラフィ、手紙をもらえない子もいるんだ。気に入らない人からの手紙でもせめて部屋に戻ってから破りなさい」
教師らしい声で、オリビスは言った。
魔力が暴走しそうになったことを怒られるのならセラフィも謝罪できる。けれど、家族からの手紙をイベントのようにするのは違うのではないかと思った。学業での順位をひけらかすのならまだわからないでもない。次こそはと、やる気を鼓舞するのはあることだろう。けれど、これは茶番だ。手紙を喜んでいる子を見つめる寂しそうな子や、見ないようにしている子だっている。
「先生、僕はここで手紙を渡す意味がわかりません。各自の部屋に配ればいいのではないですか」
セラフィの疑問にオリビスは眉を顰めた。
「私達教師も共に喜びたいと思うんだよ」
オリビスはきっと幸せな家に生まれてきて、彼の子供も同じように愛されるのだろうなと思った。
「なら、もらえない子やもらいたくない子の悲しみも共に味わってくれるのですか?」
「セラフィ! 言いがかりは止めなさい」
オリビスの厳しい声が教室に響いた。
「セラフィの言うとおりです! いつまで待っても俺に手紙は来ない。それを毎月確認するこの時間が苦痛です」
ランスが立ち上がってオリビスに訴えた。
まさかランスが援護するとは思っていなかった。セラフィは驚きながら彼を見た。今まで目線を合わそうとしなかったランスが、セラフィに向かって少し照れながら笑う。初日に見た偏見だらけの嫌な笑いではなく、同年代の少年の顔だった。
「……そうか、ランスは――。すまない。一部屋ずつまわるのが面倒だったこともあってこのやり方でいつも配っていたんだが、配慮に欠けていた。これからは各自、水の日の内に私の部屋に取りにきなさい」
オリビスはランスに謝った。
「……共に喜びたいって……」
マリカが唖然とした顔で呟いた。生徒の信頼を少しだけ落として、オリビスはやり方を楽な方に変えた。
「カリナ先生、ごめんなさい」
「あら、オリビスをやりこめたこと?」
カリナも聞いたようだ。夕方、カリナの部屋に呼ばれたセラフィは、てっきり怒られると思っていた。
「魔力を暴走させかけたこと――」
「気にしなくていいわ。学園は魔力暴走が一定量を超えると働く魔方陣があるから」
魔力が持ち主の手を離れてしまうとどれほど小さくても暴走と言われる。
「彼からの手紙、読んだの?」
「……読めなかった、全部」
手紙は両親からのものと、兄イグニスのものと、アレクシスからのものだった。
封を開けようとすると息が苦しくなって、何度か試した後でセラフィは諦めた。
「そう……、捨てたの?」
「ううん、箱に入れてある」
「もう少し心が落ち着いたら読んでみるといいわ。荷物は?」
「友達が部屋に来て、開けてくれた……。これ、カリナ先生が好きなお菓子と紅茶、珈琲豆も入ってたから持ってきた」
「友達?」
カリナが目を瞬き、嬉しそうに立ち上がった。
「セラフィ、もう友達ができたのね」
「多分、友達だと思う……」
初めての友達、マリカとケイトリン、そして何故かランスもセラフィの部屋に遊びに来たのだ。部屋の端に詰まれた箱をみて興味深そうに「開けないの?」と聞くから「面倒くさい」と誤魔化すと、楽しそうに皆で開けて整理してくれた。お礼にとお菓子を開けて皆で食べた。まだあるから来た時に出そうと思っている。
ランスは伯爵家の子息だけど黒髪に生まれてきたせいで跡継ぎ候補から外されたそうだ。そして母親はそのことで父親と離婚してしまったらしい。物心ついてから一度も会っていない母親と、後妻とその子供達を愛する父親から手紙が来るはずもなかったから、セラフィがオリビスに言ってくれてスッキリしたと話してくれた。
黒髪の魔術師は結婚しても子供ができないことが多いせいで、跡継ぎになれないという事案はよくあることだった。それ故に魔術学園に入ってくる子供達の少なくない人数が、家族との軋轢を抱えていることを教師もよく知っている。
「封の強いものだけ持ってきた」
何が入っているかわからないので、普通に開くものだけ頼んだ。その中には珈琲や紅茶、香水や髪留めなど、母アリシアが用意したんだろうなと思うものが箱の中の袋に纏めて入っていた。
「あ、このお菓子、私大好きなのよ。セラフィ覚えてくれてたのね。ありがとう。髪留めも素敵だわ」
「カリナ先生にってお母様が入れたんだと思うよ」
髪の短いセラフィには必要のないものだ。手紙にはカリナへ渡すように書いているのだろう。
「まぁ嬉しいわね。お礼を書いていいかしら?」
年が離れているけれど二人は友達なのかもしれないとセラフィは思った。
「喜ぶと思います」
「箱、一緒に見ましょうか?」
「お願いします」
一人で開けて、暴走しないようにとセラフィはカリナのところに運んだのだった。
「剣……と、杖ね。後は……練習用に使えそうな宝石も入ってるわね。後、高価なものを保管するための護り石と……。そうね、私達が強奪するようにセラフィを連れてきたから渡せなかったのね。用意してくれていたのに」
「僕が拒んだから……。カリナ先生と師匠は僕を助けてくれただけです」
「セラフィは優しい子ね」
「優しくない。気にしてくれてるのに手紙も読めない。会いに来ないで欲しい。手紙も寄越さないで欲しい。荷物もいらないって、……言ったら皆悲しむよね」
セラフィは家族とアレクシスがどれだけ自分想ってくれているかわかっている。けれど、感情を制御できなくなるのもわかっていた。
「セラフィ、会いに来ないように言えるわ。手紙もまだ読めないと伝えられるけど」
「うん、僕を心配して色々送ってくれてるのはわかってる。名前を刺繍してくれたハンカチ嬉しかったよ。でも僕から手紙は書かない」
哀しげなカリナの顔を見ると辛いけれど、皆の顔を思い出しながら手紙なんて書けない。きっと涙で紙がしわしわになってしまう。
「わかったわ。王妃様にお手紙で伝えます。セラフィが少しでも大丈夫になったら……、教えてちょうだい」
カリナは間に立って辛い思いをするだろう。それを微塵も感じさせずセラフィを気遣ってくれる姿は、凛として美しかった。
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