第9話セラフィの失恋
秋にある騎士任命式の一週間前だった。
家族が個別で遊びに来てくれることはあるけれど、全員が揃うのは週の真ん中、水の日の昼だけだった。離宮も人が増えて、普段の静けさはどこかへいったかのように騒がしくなる。
セラフィは家族で昼食をとる中庭に向かっていた。アレクシスは離宮でただ一人の護衛騎士(見習い)なので水の日は忙しくてセラフィの側にいないことが多かった。
今日は家族に何を話そうと考えながら歩いていると『アレクシス様が? 本当に? うっそー』という侍女の話し声を拾ってしまった。最近離宮に施された魔力抑制の許容範囲を超えてしまったのか、散らしても残った魔力の残滓で風が音を届けてしまうことが多くなっていた。
侍女の二人は食器を準備しながらおしゃべりをしていたようだ。盗み聞きするつもりはなかったけれどセラフィは思わず木の陰に隠れてしまった。アレクシスの名前が出てきて、気にならないわけがない。
「相思相愛ですもの。おめでたいわ」
「本当に。でもアレクシス様はお家を継がないでしょう。身分は大丈夫なのかしらね」
「そのうちきっと王太子殿下の護衛になって、騎士団長への道を進まれるんじゃないかしら? ほら、セラフィ殿下は魔術師だから王族から離籍されることは生まれた時から決まっていることだし。魔術学園に入られるまででしょう」
「殿下、心細いわよね。ずっと一緒だったんですもの」
セラフィは二人に気づかれないように隠れたまま木の幹にもたれかかり、ズルズルと座り込んでしまった。
「そうか、アレクの言いたいことって、婚約が決まったという話だったのか。確かに僕には辛い話だけど、アレクにとってはいい話だね……」
成人した貴族の男子だから、そういう話がないわけがない。次男とはいえ、侯爵家の血筋で、王太子とも懇意にしている。見目麗しいだけでなく、剣技にすぐれ、頭もいい。婿にと望む声も大きいだろう。同性婚も許されている国だから、血を残すことだけじゃなく生涯のパートナーとして望まれているかもしれない。
セラフィは自分が何故こんなにショックを受けているのか考えて、アレクシスのことを好きだということにたどり着く。セラフィにとってアレクシスを好ましく思うことは、あまりに自然な感情だったために、そんなことすら気付けなかったのだ。
「僕にとってアレクは特別だけど、六歳も違うんだから、きっと弟みたいに思ってるんだろうな。婚約が決まったのに告白なんてしたらアレクは優しいから困っちゃうだろうな」
気づいた瞬間には失恋してしまった。
人の気配が増えるまでのほんの少しの間だけ泣いた。嗚咽も風が散らしてくれるので、セラフィは声を抑えなくてすんだ。
「お父様、お母様、兄様。ごきげんよう」
「セラフィ、いい子にしていたか?」
父ジョセフはセラフィが八歳の時から、いつもそう尋ねる。
「お父様はいつもそれですね。セラフィがいい子なのはわかりきってるのに」
イグニスにそう言われて、ジョセフはムッと顔を顰めた。
「イグニスはもう少しいい子になって欲しいものだが」
「とばっちりだ」
イグニスはセラフィを抱きしめ、額にキスをした。
「あれ、セラフィ、目が充血してるよ」
「昨日遅くまで本を読んでしまって……。あ、お母様、この間のケーキ美味しかったです」
セラフィは、イグニスの視線から逃れながらアリシアに報告した。アレクシスにプレゼントしたケーキを二人で食べてしまったので、アリシアには美味しかったことを伝えようと思っていたのだ。
「まぁ良かったわ。セラフィはお菓子作りも上手でしたよ。初めて作ったとは思えないくらい。喜んでもらえた?」
アリシアは声を潜めて、セラフィの耳に尋ねながら後ろのアレクシスに視線を送った。
「はい」
セラフィの笑顔と微笑むアレクシスを交互に見つめて、アリシアは頷いた。
「また一緒に作りましょうね」
微笑んでいるのにアリシアの顔が少し寂しそうに見えて、セラフィは不思議に思った。
昼食を食べ終わると、ジョセフとアリシアは用事があるのだと早々に帰ってしまった。少し寂しく思いながら見送ると、イグニスが深くため息を吐いた。
「二人とも狡いんだから。私もこんな役目やりたくないのに――」
セラフィはイグニスの言葉で覚悟を決めた。アレクシスの婚約のことだと思った。
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