第7話護り石

 セラフィは箱の中にある宝石を見つめた。アレクシスの目と同じくらいの大きさで、色も彼の瞳と似ている。楕円形の丸い宝石を半分に切って、裏側に守護の魔方陣を書いた。キラキラ煌めくようにと宝石の表面もカットした。全てセラフィの風の魔法だ。大きな風を操るよりよほど難しく、制御するのに集中力でクタクタになるほど大変だったけれど、セラフィは満足している。

 夏の終わりが近づいた今日が、アレクシスの誕生日なのだ。


「受け取ってくれるかな」


 秋になると成人した見習いたちは一斉に正騎士となる。任命式が王宮で行われるけれどセラフィは離宮から出ることができないから見に行くことができない。

 これを正騎士として受け取った剣につけてもらいたくて、セラフィは何度も失敗しながら頑張った。

 風の魔術書をみながら、カリナにアドバイスをもらい石を加工していった。風の魔術師はあのネグレスが一番上だっただけあって、この国にはあまりいない。海と川、湖に恵まれたこの国は水の女神の加護を受けていて、ほとんどが水の魔術師なのだ。

 母アリシアに青い宝石が欲しいとねだった。最初は笑って宝石を譲ってくれたアリシアも五度目にねだった時には少し笑顔が引き攣っていたように見えた。駄目と言わず、「アレクシスに上げるのでしょう? 頑張りなさい」と励まされた。アリシアの宝石を四つ粉砕してしまったけれど、応援してくれて嬉しかった。

 最初の練習は河原に落ちている石から始めた。その時は簡単だったのだ。こんなに難しいとは思っていなかった。


「綺麗だ……。半分使って、後半分を僕の護り石にしようかな」


 同じ石からできたものを半分ずつわけあうのだと思うと、何が何でも成功させてみせるとセラフィの気持ちも昂ぶった。


「もらってくれないと意味がないんだけどね……」


 護衛騎士は基本同じように扱わなくてはならない。だから一人だけに宝石を護り石にしてプレゼントしていいものかとセラフィは悩んだ。


「美しいですね」


 真剣に悩んでいたので、カリナが後ろから覗いているのに気づかなかった。


「カリナ先生。ありがとうございます。先生が魔力の制御を教えてくれたお陰です」

「いいえ、風の制御は小さな力ほど難しいといいます。頑張った自分を誇ってください」


 セラフィはカリナに相談することにした。


「これをアレクがもらってくれるのか不安なんです」

「アレクシスの仕事が終わってからもう一度来てくれるようにお願いしたんでしょう?」


 仕事というか、誕生日を祝う会食でもあるならその後でもいいと言った。今日のうちに渡したいと思うのは自分の我が儘だから。


「はい」

「アレクシスがもらえないと言うなら、自分のことは棚に上げて……と言ってやってください」

「棚に上げる?」

「セラフィ様のおやつ、たまにアレクシスが差し入れてるんですよ。街で人気のお菓子だとか、長い列に並んで。離宮の侍女達が文句を言ったりしないように侍女達の分まで」


 セラフィはポカンと口を開けて、間抜けな顔をカリナに向けた。


「ええっ」

「セラフィ様が甘い物を好きだからと、色々リサーチしてますよ」

「僕のおやつを?」

「ええ。でも内緒にしてるんです。だから受け取れないと言ったら、いつものお返しだと言って渡せばいいのです。でも、受け取ると思いますよ。セラフィ様が一生懸命作っていることは知っていますからね。自分のためだなんて気づいてないでしょうけど」


 内緒にしたかったけれど、どうしても時間がかかるためにバレてしまったのだ。護衛騎士見習いのアレクシスはどこにでもセラフィを探しにいける権利があるから。


「ありがとう、カリナ先生」


 お菓子のことも内緒にするように言われているはずだ。


「いい結果になるように祈ってますね」

「はい。先生はどうしてここに?」


 カリナはふと考えるように沈黙してから口を開いた。


「一週間ほど学園に呼ばれているので、留守にします。この本を読んでおくように。後は魔術の制御の訓練を続けてください。私がいなくても大丈夫ですね? 制御の練習はアレクシスのいるときにするんですよ」


 制御を失敗して怪我をすることもあるので、カリナやアレクシスのいないところでしないように言われている。だから内緒にできなかったのだ。


「はい、わかりました。石の加工でもいいですか? 自分の分も作ろうと思って」

「いいですよ。ふふっ、アレクシスとお揃いですね」


 セラフィの考えなど筒抜けだったようだ。照れながらセラフィは頷いた。


「道中気をつけてください」

「ありがとうございます」


 カリナは魔術学園の教師でもある。今は出張ということでセラフィに教えているはずだ。呼ばれていくことは珍しくなかったので、一週間の不在に寂しさは覚えても、セラフィはいつものことだと思っていた。

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