過去と向き合う

煤元良蔵

第一話・北河原亮我

 三留みとめ街ベモラ村から出されていたゴブリン討伐の依頼を終えた北河原きたがわら亮我りょうがはゴブリン討伐の証を持ってギルドに帰還した。

 受付カウンターの上に少し異臭がする証を置くと、顔馴染みの受付――堀口カナが顔を顰めながら証を確認し始める。


「確認いたしました。少々お待ちください」


 そう言ってカナは証を持って奥の部屋に姿を消した。しばらく待っていると、カナが小さな袋を持って帰ってくる。

 

「こちら、報酬となります。お疲れ様でした亮我さん」


 手渡された袋の中身を確認すると、確かに十五ガルドの金貨がしっかりと入っていた。


「ありがとうございます。また俺に出来そうな依頼があったら受けに来ます……」

 

 袋をくたびれたコートの胸ポケットに入れ、北河原はギルドを後にしようとした。その時、一人の青年が北河原に声を掛けてくる。


「ちょいちょいおっさん」


「ん?俺ですか?」


 北河原が自分の顔を指さすと、青年は首を縦にブンブンと振った。その顔には満面の笑みが浮かべられている。


「なんですか……と、要件を尋ねる前に、初対面の相手にいきなりおっさんと呼ぶのは失礼だと思うのですが」


「あはははは。ごめんよ。確かに初対面で失礼だったな。で、おっさん」


「……」


 この青年は人の話を聞いていたのだろうか。

 北河原は痛む頭を押さえて小さく息を吐いた。最近の若者は……などと言う年齢にはなっていないが、定春さだはる国の未来が少しばかり不安になってしまう。そんな北河原などお構いなしといった感じで青年はペラペラと口を動かし続けている。


「…………でさ、さっきのベモラ村のゴブリン討伐依頼だろ?」


「まあ、そうですけど」


「それ、俺が狙ってた依頼なんだ。低ランク依頼だけど、しっかりとゴブリンを討伐するっていう実勢経験にもなるし、報酬もそこそこにいい。けど、おっさんが達成しちゃった」


「は、はい。それが何か?」


 青年の言葉に北河原は首を傾げる事しか出来ない。


「本当におっさんがゴブリンを討伐した?」


「いや、証も持ってきましたし……討伐しましたよ」


「そんなくたびれたコートを羽織ったおっさんが?武器も持たずに?魔力も感じられないのに……まあ、そんな話はどうだっていいんだよ。大事な話はこれからだ」


 そこで青年は言葉を止め、北河原の耳に顔を近付けてきた。


「報酬の金、俺に恵んでくれよ。ちょっと金が必要でさ。いいだろ?たった十五ガルドだぜ?」


「は?何を言ってるんだ君は。たったって言ったって十五ガルドだぞ?話にならない。大目に見てあげるから、早く帰りなさい。今の君の態度はギルドで依頼を受けるにはふさわしくない」


 失礼過ぎる青年に嫌気が差した北河原は話を打ち切り、歩き出した。


「あーあ。いいんだ。そんな態度とって」


「なんだって言うんだ?」


 北河原は呆れた顔で青年に尋ねると、青年はニタニタと笑う。


「おーい!みんな!俺は悲しいよ。命を賭けてゴブリンを討伐し、ベモラ村を救ったというのに、その手柄をこのおっさんにとられてしまったんだ。ベモラ村から帰る道中に討伐の証をひったくられ、報酬まで奪われた。こんな俺が可愛そうだと思わないか皆!」


「はぁ」


 声を大にして周りの冒険者に訴える青年を眺めながら、北河原は頭を押さえた。

 最近の冒険者は脳内お花畑が流行っているのだろうか。

 呆れる北河原の眼前では未だに青年が悲劇の人の演目を続けている。しかし、誰にも見向きもされない内に、青年は苛立ちを隠すことなく地団太を踏み始めた。


「おい!なんでみんな無視すんだよ!依頼をとった冒険者の風上にもおけない奴がいるんだぞ!なんでそれを黙ってみてんだよ」

  

「それは過去の自分の行いを見ればわかることでしょう」


 低く重い声がギルド内に響き渡る。声の主は三留街ギルドのギルドマスターを務める大豪傑賢豪だった。


「ぎ、ギルドマスターがどうしてここに?」


 青年は引き攣った笑みで大豪傑に尋ねるが、大豪傑は返事をしない。ただ、鋭い眼力で青年を睨んでいるだけだった。その迫力に、青年の全身からは汗という汗が噴き出てしまっている。

 

「ふぅ。先ほどのあなたの発言ですが、手柄の横取りが実際に起こったとしたら、我々の落ち度という事になります。我々、三留街ギルドは方々に監視員を置いており、不正撲滅に尽力しております」


「は、はは。そうでしたか。あれ、そういえば俺の勘違いだったかな。証を横取りされたってのは……」


 青年はハハハ、と笑いながら後頭部を掻く。その視線は焦点が定まらず、ぐるぐるとギルド内を見ている。


「さて、ここからが本題なのですが。藤袴くん、だったかな?F級ランク冒険者の」


「は、はい」


 大豪傑に名前を呼ばれ、青年は姿勢を正す。


「討伐者偽装、他冒険者への嫌がらせ行為や妨害行為……それら全てについて話を聞かせてくれないかな?」


「な、なんでそれを……」


「先ほども言った通り、我々は不正撲滅に尽力しているのだ。監視員からの報告で言い逃れできない証拠が大量にある。ゆっくり話を聞こうじゃないか」


 大豪傑に連行される青年を見送った北河原がギルドを出た時には、既に日が傾きかけていた。

 

「さて……報酬も入りましたし、少し飲んでいきますか」

 

 目立ちたくないのにトラブルに巻き込まれて注目を浴びてしまう。先ほどもギルド内にいる全員が北河原に注目していた。

 ボサボサの黒髪に曇った黒縁眼鏡、くたびれたコートを羽織っているから大丈夫だとは思うが……。

 一株の不安を抱えながらも、北河原は馴染みの酒屋に向かって歩き出した。

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2024年10月9日 16:00

過去と向き合う 煤元良蔵 @arakimoto

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