アリヤースの話⑤
【アリヤース視点】
森の中を駆けるアルヴェンの背中に引っ付いて進んでいく。
精霊術使いの私は魔力の使用を自ら禁じている。
だから魔力による身体能力の強化も出来ない。
なので急ぐ時はカイドーや降霊術によって身体能力が向上したアルヴェンに移動を任せている。
前を走るカイドーが舌打ちする。
「あいつら着いてきてやがるな。」
「気にしなくていいわ。町の人間の目がある場所で露骨な妨害はしてこないでしょ。」
「その自制が出来るだけの知能がありゃいいけどな。」
「それよりサルモの討伐よ。」
町につくまで数分程度。
それまでに魔獣を殺す策を考えなければいけない。
「第一に町中での戦闘はなしだ。住民に被害が及ぶ可能性がある。避難している人を積極的に襲わないが攻撃されたら話は別だろう。」
「なら襲撃後町から森に戻る間にやるしかないわね。」
「ああ、遮蔽物もない原っぱでな。」
最悪な条件だ。
私の水砲には再準備に時間が掛かる。
避けられたら次の装填前に逃げられてしまうだろう。
同時操作可能なのは3球。
アルヴェンの肩を掴む手が緊張で汗ばむ。
「……心配するな。今日失敗しても誰も責めやしない。」
「お兄ちゃん……」
カイドーに聞こえない程度の声量で会話する。
分かっている。
私のこの焦りはあくまで自発的な物だ。
「森を抜けるぞ!」
結局大した作戦も立てられないままリミットが来てしまった。
鬱蒼とした森を抜けると陽が照りつける原っぱへと出る。
少し離れた町が遠目にも騒がしくなっているのが分かる。
町人はこの時間は家に閉じこもっているから被害はないだろうけど……!
「なんだ?荒らされるのは畑だけって話じゃなかったのか!?」
サルモは町の家畜を襲って喰い殺していた。
町の人間の話ではサルモは家畜に手を出すことはなかったらしい。
行動が過激化している。
「……今までのは【試し】だったの……では。」
「ああ!成程、そういう事か!無駄に頭を使いやがる!」
アルヴェンの指摘で思い当たる。
サルモにとって作物荒らしは町の戦力を計る為の下準備だったのだ。
奴はここ数回の襲撃で町に自分の脅威になる存在はいないと判断したのだろう。
そして今回、本格的な襲撃を決行した。
「まずいぞ、こりゃあ!町の人間も襲われるかもしれん!」
「アルヴェン!急ぎなさい!」
魔獣が人を積極的に襲うのは内包する魔力に惹かれてだ。
だから魔獣にとっては果物よりも家畜よりも人間が魅力的な食糧なのだ。
もしかしたら今回は家畜を襲うだけで済ませてくれる可能性もあるがそれは楽観的過ぎる考えだ。
住民達に被害を出す訳にはいかない。
アルヴェンはカイドーを超すスピードを出して急いでくれているがその時サルモが近くの建物、宿屋に目を向けた。
まずい!
まだあそこまで着くのにはどう考えても1~2分は掛かる。
町の警備程度で魔獣であるサルモに時間稼ぎが出来るとは思えない。
私が冷や汗をかく中、宿屋の扉が開かれた。
「か、掛かってきやがれぇ!」
「はあ?」
剣を片手に出てきたのは冒険者だ。
「さっきあの連中が言ってた町で待機している冒険者って奴か!本当にいるとはな!」
不幸中の幸いだ。
冒険者なら多少の時間稼ぎぐらいは出来るだろう。
その冒険者は魔法を発動し火炎球をサルモに向けて放った。
それは当然の様に避けられた上にそいつはサルモを見失っている様子だ。
「ぎゃあ!」
「よっわ!」
そしてあっけなく背後から爪で切られた。
彼が出てきてからわずか10秒程度の出来事だ。
時間稼ぎにもなっていやしない。
しかし、そこでサルモは以外な行動に出た。
今しがた倒れ付した自身の敵をなぶり始めたのだ。
そいつを足蹴にしながら爪に付着した血を舐めている。
顔には醜悪な笑みがあった。
「はっ!本当に無駄に知能があるようね!」
おかげで間に合った。
私はアルヴェンの肩に乗りながら水球を操作する。
そして圧縮完了と同時に射出した。
「ぎぎっ!」
「クソッ!」
しかしそれは当然の様に避けられた。
確かにサルモの知覚能力と反射神経はそこらの冒険者より圧倒的に高い。
闇窟で雑魚狩りした時の記憶を思い出して悪態をつく。
やはり自分より弱い相手を何人倒そうと成長にはつながらない。
だが向こうが戦う気ならこちらにも勝機がある。
私達のいつものスタイルで戦えるからだ。
カイドーが近距離で戦闘をし、私がその後ろから精霊術での援護、アルヴェンは私の警護と臨機応変な状況への対応。
これならマンティコアにも負ける気はしない。
サルモは攻撃をした私の方を向きその醜悪な顔面をより醜く歪ませる。
そして甲高く鳴いたと思うとこちらに向けて突進して来た。
来い来い。そのアホ面に私の水砲をぶち当ててやる。
しかし……。
「はあ!?」
サルモは待ち構えていた私達の頭上を空気を掴んで飛び上がり通り抜けていった。
「に、逃げた!?」
「あの野郎!俺達は脅威と判断したらしいな!」
「追いかけて!」
私達は反転し来た道を戻る。
けれどサルモの動きは原っぱでも縦横無尽かつ素早かった。
奴はどんな魔法なのか空気を掴み、まるで木々を移動するかのように空中を飛んでいる。
余りにも早すぎる。
まともに走っていては追いつけない。
ならどうする?
ここでみすみす逃すのか?
ここで逃がしたら次は町の人間の命が失われるかもしれない。
私のミスの所為で。
ありえない!
能力がなければ知恵を出し、知恵が無ければ身体を張る。
私はそうする事でしか成長出来ないんだ。
サルモは私達を追いかけて森から出て来た冒険者達に向かっていた。
どうやら私達が追いつけないと判断して丁度良く出て来た食糧を頂く気の様だ。
だが、仮に追いつけたとしても先ほどと同じように近づきすぎたら逃げられるだけだ。
どうすればいい。
私は自分の能力と観察したサルモの特徴を頭の中で高速で整理した。
そして出来上がったのはふざけた策だった。
二人に言えば確実に反対されるだろう。
実現する可能性も五分五分な賭けの策だ。
「アリヤース!?」
「止まらずに走りなさい!」
私は走るアルヴェンの肩から降りた。
カイドーとアルヴェンは驚きながらも私の指示を聞いて走り続ける。
「どうする気……!?」
「うらぁ!」
私は水球を操作し、自分を水で殴った。
身体の骨がきしむ音がする。
魔力で耐性を強化出来ない私の身体は脆い。
その衝撃で私は空中を吹っ飛んだ。
そして私はサルモと腰を抜かしているカス冒険者の近くに落下した。
右腕で体を庇った結果腕の骨が折れた感覚がする。
オオヤの料理で肉体が強化されていなければもっと酷いケガをしていたかもしれない。
「ぎぃ……!」
サルモも予想外だった様で逃げもせずにこちらを驚くように見た。
私は肩にかけていた水筒を開き中で圧縮していた水を放つ。
だがそれは想像通りなんなく避けられてしまう。
「アリヤァァァアアアアアアアス!!」
アルヴェンが叫ぶ声が聞こえる。
私の吹き飛んだスピードについて来れず水球は私の周囲に一つもない。
つまり、私の周囲には武器が何もない状態だった。
そんな状況で私は魔獣サルモの前にいた。
奴からすればカイドーとアルヴェンが来る前に私を切り裂き連れ去る事など朝飯前だろう。
現に醜悪に下卑た笑い声をあげている。
奴は私に抵抗する力はもうないと判断しているのだ。
言ってしまえば私の後ろで無様で腰を抜かしているカスと同じ扱いだろう。
奴からすれば私は武器もなしに急に現れて自爆した食糧以外の何ものでもない。
「ぎゃっぎゃっぎゃっ!」
精々笑うと良い、その間抜け面のまま死なせて……
「わ、悪く思うんじゃねぇぞ!」
立ち上がろうとした私は後ろから蹴られて体制を崩して地面に再度倒れ込む。
見ればカスが私を囮にして逃げようと目論んだ様だ。
間抜けに倒れた私を見てサルモは更にケタケタと醜く笑う。
全く……良い援護をしてくれた物だ。
奴には私に対する警戒心が完全になくなったように見える。
サルモはこの短時間に散々見せた様に嗜虐的な顔で私に近づいてくる。
アルヴェン達がやってくる僅かな時間で殺す前に楽しむ気なのだろうか。
奴の顔が私の痛みで歪む顔をよく見ようと近づいてくる。
ふん……やはり、多少知恵が回っても所詮は獣ね。
「ひね。(死ね。)」
ただの肉袋だと思って無警戒にも近づいてきたサルモに私は口を開いた。
「ぎぃっ!?」
私の口の中には口内で圧縮していた水球が浮かんでいた。
この少量では威力は弱く奴の皮膚を貫く事など出来ないだろうが
「ぎゃひやぁあああ!!」
私の水砲はサルモの目を貫いた。
血しぶきをあげた目を押さえてサルモはのけぞった。
虚を突かれた奴は完全に動転しており地面に倒れ込み暴れている。
馬鹿め、そんなに動き回ると薬の回りが早くなる。
サルモが気付いた時にはもう遅い。
段々と動きを鈍らせ、先ほどまでの俊敏性は見る影もない。
だが腐っても魔獣だ。どうせ数分で動けるようになるだろうけど……。
「アリヤース……お前、馬鹿野郎……!」
「ふん、褒めてくれても良いじゃない。」
その前に到着したカイドーとアルヴェンに撲殺されるのがお前に相応しい末路だ。
断末魔をあげながらカイドーに切り刻まれ、アルヴェンに殴打されるサルモを見ながら私は息を吐いた。
サルモは予定通り今日中に始末した。
しかし予定外の負傷を負ってしまった。
オオヤの宿なら一日も掛からずに治せるが……
私は怪我を見て悲しむオオヤの顔を想像する。
その顔を考えると私にはもう既に達成感など無くなってしまった。
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【オオヤ視点】
「はあ、疲れた。」
俺は外に出るやいなや愚痴を吐き捨てた。
昼前にこのギルドに入ったのにもう夕方になっていた。
人相の悪い中年男性と顔を突き合わせて話をしていた時間は地獄の様だった。
俺はため息を吐いて馬車までの道を歩いていく。
今日俺はこの前冒険者に絡まれた件でその二人が所属する冒険者ギルドに来ていた。
俺達に金を払う義務はない。
だから別に冒険者たちが何を言おうが突っぱねれば良いだけの話だ。
しかし、もしアリヤース達が仕事中にトラブルを起こした冒険者と鉢合わせたら面倒だ。
意味のない諍いで危機的状況に陥ったり仕事が失敗する可能性がある。
それはお互い有り得る話だ。
だから俺は直近トラブルを起こした冒険者ギルドと話に行くことにした。
それは出来るだけ仕事場が被らない様に裏で根回しをしておく事だった。
相手のギルドマスターには大分高圧的な対応をされたが結局は向こうも合意した。
金にもならない無駄な争いなんてお互い望む事でない。
これが応急処置的な対策で根本的解決にはなっていない事は分かっている。
早いうちに手を打った方が良いだろう。
こういうのが得意な人は誰かいないだろうか。
裏工作が好きそうなスーニディさんとかに聞けたら良いが闇窟の騒動後彼女にもウェディちゃんにも会えていない。
そして俺のその消極的な場当たり的な対応の失敗を俺はすぐに自覚する事になった。
「良いから帰るぞ!」
「いや!あんた達だけでとりあえず帰りなさい!」
「馬鹿な事言うな!お前の怪我を治すには帰らないと……」
「いや……!こんな無様な姿、オオヤに見られたくない!明日聖教会で治療するから!」
不意に誰かが言い争う声が聞こえる。
この声は……カイドーとアリヤース?
仕事に出かけたのは昨日だ。
最低でも4日間は掛かると思っていたがもう帰って来たのか。
「いい加減にしろアリヤース!」
「アルヴェン?」
アルヴェンの大声を聞いてこれはただ事ではないと思った俺は群衆をかき分けて声のする方に急いだ。
「ちょっとちょっと、皆どうした、の……。」
そしてその先にあった光景に俺は言葉を失った。
カイドーとアルヴェンに労わるように支えられているアリヤースは身体中が擦り傷だらけで
そしてその庇うようにしている右腕はどう見ても折れていた。
三人は急に現れた俺を驚いた様子で見てくる。
だが俺はそれよりも間の抜けた顔をしている事だろう。
「オ、オオヤ……」
「その傷、どうしたの?」
仕事の内容はサルモの討伐。
三人の手に負えない相手ではないと考えていたが甘かったか。
いや、もしかして……。
俺はカイドーからざっくりと事情を聞くと
直ぐに先ほど出たばかりの冒険者ギルドに戻った。
「おい、ちょっと何勝手に……」
冒険者が賑わう大部屋の横の階段を受付を無視して上がる。
そして俺はギルドマスターの部屋の扉を叩いた。
「あん?誰だ?」
「オオヤです。」
「は?まだ何か用があんのかよ。こっちは忙しいんだよ。」
「分かりました。」
面談の拒否をされた俺は扉を叩いて壊した。
「な、なあ!?」
「お邪魔するよ。」
あたふたと狼狽した様子のギルドマスターの元に近づく。
「て、てめぇ!何のつもりだ!おい、誰か!」
「何って話合いに来ただけだよ。」
部屋内にあったソファーに座った俺は腰を浮かした彼を下から見下す。
「君の冒険者のしでかした事の落とし前についてね。」
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