アリヤースの話④

【アリヤース視点】

改めてパーティーとして結束を固めた私達は早くに仮眠を森の中で交互に取りまだ日が出る前から行動を開始した。

当たりをつけていた道から数十メートル離れた位置でサルモが現れるのを待つ。

カイドーは私の視界の範囲内で待機している。

サルモが現れた時に私に合図を送る為だ。

この道中にスピードを出して移動しているとは考えづらいが捕捉はどちらにしても早い方が良い。


私の周囲には3つの水球が浮かんでいる。

スピードと威力を維持して分離操作するのは3つが今の所限界だ。

私が今回用意した水にはレイダリーに調合してもらった麻痺薬が混ぜられている。

魔法由来ではない自然物質から抽出し高純度で精製して貰ったものでオオヤの宿で魔素を完全に取り除いた事で私の精霊術で操作可能となった。

水砲の先端にその薬部分を集積し放てばサルモの動きを鈍らせる事が出来るだろう。


本当は私の水砲で頭を一撃で吹き飛ばせれば良いが流石に魔獣は人間と同じようにはいかない。

魔獣の皮は装甲と称しても過言ではない硬さだからだ。


この仕事は銀貨40枚の仕事だ。

私達にとっては銀貨32枚の仕事、オオヤにとっては8枚程度の仕事。

酒屋で夕方から飲んでいる様な冒険者達は一月に銀貨2~3枚でも稼げればよく働いたと満足するだろう。

だが私が目指す所はそこじゃない。

きっと巨大になっていくオオヤのギルドの中でトップになるのだ。

この程度の依頼に一週間も使っていられない。


そこから更におそらく二時間程が経ちようやく日が昇り始めた頃、その時は来た。

カイドーが手を挙げて私に合図をした。

彼の指さした方を見る。


いた。


その怪物は思っていたよりデカかった。

ヒューマンの中では慎重が高い方のカイドーより一回り高い。

横の大きさで言えば2、3倍もありそうだ。

全身に白い体毛があり太陽の光に反射して目立っていた。

あれが魔獣サルモ。


初見の感想は作物が荒らされる様な被害でよく済んでいるものだと思った。


幸いにも歩行で移動しており、スピードはそれほどでもない。

偏差打ちの練習を空いた時間にしている私なら簡単に当てられるだろう。


こちらに気づかれなければ。


遠見鏡でサルモの動きと呼吸を合わせる。

集中力が高まり雑音が消えていく。

頭の中の照準が網膜に刻まれていく感覚がする。

その、照準が、今、あった。


殺せる。


「あぶなぁああああああああい!!」

「!?」


しかしその照準は突如響いた怒声によって搔き消えた。

それはサルモもだ。

音に反応した奴は一瞬にして私の目から消えた。


「な、なに!?」

「アリヤース!」


この異常事態にカイドーは直ぐに私の元に飛んできた。

周囲をざっと見渡す。

そして気づいた。


「おいおい、うるせぇよ。耳が痛いじゃねぇか。」

「いやいや、すまんすまん。でもほら、そこ木の根っこに足突っかかりそうだったじゃん。」

「へへっ、まあな。助かったぜ。ひひっ。」


怒声を上げたのは舐めた冒険者二人組だ。

ヘラヘラと笑いながらふざけた調子で少し離れた位置で突っ立っていた。

圧縮して、待機させていた水砲をあの馬鹿共の頭にぶち込んでやろうかと考えたが腹の皮をつねり我慢する。


「あんたら!」

「ん、なんか聞こえるか兄弟?」

「はは、凶暴な魔獣じゃねぇか。やべぇな早く逃げねぇと!ひゃははは。」

「舐めてんじゃねぇ、殺すぞ!」


私に続いてカイドーも怒号を上げる。

私と違い本当に心の底からキレている訳ではない事は分かる。

今はキレた方が良い場面だからキレているのだ。

私はカイドーの承認もあったので殺意を隠すこともせずにその二人に詰め寄る。


「あんたら、どういうつもり!?」

「あん?何がだよ。」

「人の狩りの邪魔をしてどういうつもりなのか聞いてんのよ!回答によっちゃその頭吹き飛ばすわ!」

「おー、こえーこえー。勘違いすんなよ。俺達はただ採集に来ただけだよなぁ?」

「なあ?こえーな、流石狂犬アリヤース。なんにでも噛みつきやがる。」

「ちっ……!おい、アリヤース。こいつらこの前の連中だ。」


カイドーに言われて気付いた。

この2人は私の攻撃の余波で怪我をしてオオヤに因縁をつけたカス冒険者二人だ。


「はん、暇人共が。この前の報復のつもりか?ダサすぎんぜお前ら。」

「何勘違いしてんだ?俺らはただ仕事をしに来ただけだっつの。まあ、暇ってのは否定しないけどよぉ。肩が痛くてまともに武器も振れやしねぇ。」

「お前が鈍臭いのが悪いんだろうが。転んだぐらいの傷で泣きわめくくらいならやめちまえよ、冒険者。」

「あんだと?」

「まーまー落ち着け兄弟。なあ、カイドー。別に俺らは本当に仕事をしに来ただけだ。この森で採集をしにきただけなんだよ。あんたらの狩りを邪魔したのは悪かった。でも別にこの森はあんたらの物じゃねぇだろ?今回は不幸な事故だと思えよ。こいつの傷と一緒だ。」


頭の血管が間違いなく何本か千切れた。

ヘラヘラ笑うこの連中を殺してしまおう

そう思った。

だがカイドーにさりげなく手で止められた。


「おー、そうかい。そっちがその気ならこの森の肥料にでもしてやるよ。」

「何を勘違いして熱くなっちゃってんだよ。同業殺しは嫌われるぜ。」

「そうね、誰かがあんたらの無様な顛末を語ってくれたら良いわね。」


私はもう既に水砲を二人に向けている。


「カイドー。良いわよね?ここまで喧嘩売られて黙ってられないわ。」


人を殺す自体に忌避感が無い訳ではない。

だが闇窟に巣食うクズ共やこの連中の様な敵を殺すのに躊躇はない。


「おいおい、まさか殺す気なのか?わざと邪魔した訳でもねぇのに。」

「そのふざけた口を永遠に聞けなくしてあげる。」

「待てよ、もし俺らを殺したらお前ら今の比じゃないぐらい冒険者達から嫌われるぜ。」

「それが何だってのよ。」

「かぁーっ!ケツの青いガキはこれだから。良いか?業界内で嫌われるとな、ギルドを超えて冒険者間で共有されるような情報が手に入らなくなるんだよ。それに冒険者関連の店とも関係が悪くなるぜ。業界内で嫌われている奴には対応を全然変えるぜ。」


私は直近の道具屋とのトラブルを思い出す。

結局不良品を代えさせてやったが確かにこちらを見下している様な態度だった。

同業から浮いている相手に何をしても商売には影響しないとでも考えていたのだろうか。


「国が発注する様なデカい合同依頼にも排除されるんだ。少し考えりゃ分かるだろ?冒険者同士でトラブル起こすような奴はいらねぇんだよ。」

「あんたがそのトラブルを今起こしてるんでしょ!」

「はは、そうか?でもよぉ仮にお前らが俺らをこの場で殺したとする。そしたらお前ら本当に終わりだぜ。ただでさえお前ら、ていうかアリヤース。てめぇは嫌われてるんだ。そこに加えて同業殺しをしたとなっちゃあ冒険者の中でのお前の評価は地に落ちる。冒険の最中に出くわした時には色々されちまうだろうなぁ。」


やる気なら今にやけ面をしているその男の顔面を一瞬で粉砕出来る。

それぐらいの実力差があるはずだ。

だが相手は余裕そうに私を挑発してくる。


「当然そんな奴と組みたいなんて奴はいねぇ。命懸けの冒険の途中にそんなトラブルメイカーと一緒にいたくないからな。」

「そのクソ理論があんたの貧弱な魔力防護の代わり?この場では何の役にも立たない事をジワジワと教えてあげましょうか。」

「まあ、待てよ。近くの町に俺らの仲間が待機している。もし俺らが帰ってこなかったらどんな話が業界内に周るかな?」

「雑魚冒険者が下手打って死んだ。どこでもある話よ。」


私は威勢よく反論しつつも考える。

確かに気にした事はあまりないが私の評判は冒険者の中でよくない。

仮にこのカス連中のカス仲間が噂話を吹聴すればそれは真実の様に信じられる可能性は高いかもしれない。


「ああ、そうなるといいなぁ。」

「……」


この状況は私のこれまでの行動が原因によって発生した。

ナクティスならどうしただろうか。

ナクティスならあんな妨害を物ともせずにサルモを排除出来ていただろう。

アルメーなら空からサルモを補足出来る。

時間をかければ追いつめて殺せるかもしれない。

レイダリーだったらルートを割り出してそこに罠を掛けていただろう。


私は劣っている。


私が誰にも負けないと思っているのは思いたいのはこの狂おしい程の焦燥感だけだ。

現状に対する焦りが私を限界に挑戦させる。

こんな小石共の所為で依頼が失敗したなど口が裂けても言いたくない。


「うぉ…!?アルヴェン、来てたのか。」

「……」


いつの間に森の外で待機していたアルヴェンが合流していた。


「……サルモは町に向かった。」

「あーあ、お前らが失敗した所為で町に被害が出ちまったなぁ!」


サルモはどうやら大声には驚いたが襲撃を止める選択は取らなかったようだ。

その程度で撃退出来るなら町の人間でも対処可能だから当然だ。


「……行くわよ。」

「おっ、俺らとやらねぇのか。珍しく賢明じゃねぇかアリヤース!」

「お前ら!」

「ほっときなさい。」


私は二人を連れて町の方に向かう。

他のルートを使う手もあるが待ち伏せの策はあの連中にまた邪魔される可能性がある。

依頼主にそれを訴える事はしたくない。

私が厄介ごとを持ち込んだと認識されるだろうからだ。

依頼の失敗なんて情けない報告はオオヤに絶対にしない。


条件の悪い平地での魔獣サルモの討伐。

この程度の課題乗り越えなければ私は追いつけない。

やってやる。


無理を達成するだけの力を私は手に入れるのだ。

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