アリヤースの話③
【アリヤース視点】
私は劣っている。
タイダンラビットの血抜きをしながらそんな事を考える。
今、私達のパーティーは都市から馬車で半日掛からない程度の近くの町。
更にその町近くの森にいた。
血抜きが終わり、解体をして肉を切り分けていく。
「おっ、慣れたもんだな。」
「これぐらい当然よ。」
アルヴェンが燃料として集めた木にカイドーが魔法で着火して火を起こした。
私は持ち込んだ野営道具の一つの調理用の鉄板をその上に設置して肉に火を通し始める。
以前は食料の解体作業はカイドーが率先して行ってくれていたが最近は私がする様になった。
サバイバル技術を磨く為にオオヤの弁当を断る事もある。
今回がその日だった。
まだ、日が落ちるまで時間があるが今の内に夕食を済ませておく。
今回私達が討伐を依頼されたのは町の作物を荒らす魔獣である。
ヒト型のその魔獣は長い手足を使い縦横無尽に森の中を動き回り、サルモと呼ばれている。
サルモは他の魔獣と同様に魔力の保持量が多く戦闘能力も高い。
しかし積極的に人を襲う様な真似はしない為危険度は高く設定されていない。
だがこうして街に時々出没しては作物を荒らす為討伐の対象になりやすい。
私は十分に火が通った肉にかじりつく。
肉汁が口の中を満たす。
オオヤの作った弁当とは比べるべくもないが、これも中々美味しい。
「……美味しい。」
「ああ、良く処理されてる。随分上手くなったな。」
「ふふん。」
アルヴェンが口を開いて私が処理した肉の味を褒め称える。
食事をしながら今回の討伐の流れを再確認する。
「今回の作戦は暗殺よ。」
「ああ、サルモの知覚能力は尋常じゃないからな。視覚、聴覚は当然として、魔力への反応も魔獣一だ。なおかつ警戒心も高いと来てる。少しでも異常を感知したら逃げられるからな」
今回の依頼はただ向かってくる敵を殺せば良い単純な物ではない。
対象は頭が無駄に周り、気付かれたら逃げに徹されてしまうのだ。
森と町までの道中で待ち伏せする案は却下だ。
開けた場所ではこちらの存在が気づかれてしまう。
だから私達は森の中に潜む。
「初撃は私の圧縮水砲でかますわ。それで動きを止めた所を二人で叩いて頂戴。」
私の精霊術は魔力を使わない。
サルモでは感知は不可能だ。
「ああ、分かった。上手く誘導されてくれりゃあ良いけどな。」
日中、私達はサルモの痕跡を探った
それに加えて町の人達への聞き込みでサルモの移動ルートをいくつか割り出した。
私達は複数あったそのルートのいくつかに野生動物の死体を置いておいた。
警戒心の強いサルモにそのルートを使わせないためだ。
魔力の痕跡を残せばより確実だろうがそこまでしてしまうと村への襲撃まで延期される可能性がある。
これによって待ち伏せをするルートを絞った。
「往路と復路は同じ道を使うはずよ。警戒心の高い奴がわざわざ道を変えるとは考えづらいもの。最初に待ち伏せしたルートを通らなかったら場所を変えて復路を狙えばいいわ。」
「そうだな。ま、期限は1週間貰ってるんだ。気長にやるか。」
「いえ、明日終わらせるわ。」
「おいおい、焦っても良い事ないだろ。」
「出発する前にオオヤが他に依頼があるって言ってたでしょ?」
「ありゃ戻ってくるアルメーとレイダリーがやるって話だったろ」
「その前に戻れば私達でやれるじゃない。」
私の反論にカイドーは呆れた顔をする。
そして急に真剣な顔となった。
「アリヤース、お前最近焦り過ぎじゃないか?依頼を強引に早く終わらせようとしたり、やる気があるのは良いがそれが他の冒険者と軋轢を産んでいるんだぞ。」
自分の行動が間違っていると思わない。
私に文句つけてくる連中は自業自得だ。
普通なら恥ずかしくて私に表立って文句など言えやしないだろう。
だがカイドーの言う通り、トラブルを回避する選択もあった。
しかし……
「焦らないと追いつけないんだからしょうがないじゃない。」
「追いつく?何に?」
「ナクティスの成績によ。今月は絶対に私達が一番になるって言ったでしょ。」
「えっ、あれ本気だったのかよ。」
「当たり前でしょ!」
腑抜けた事を言うカイドーを怒鳴る。
ナクティス。
私達と同じくオオヤの宿に所属する冒険者の一人だ。
「ナクティスは今月、家の方が忙しくて殆ど仕事が出来ないと言っていたわ。だから今月は絶対に追い越さないといけないのよ。」
「あ、あのなぁ。別に競い合ってもしょうがないだろ。ナクティスは敵じゃないんだ。」
「知ってるわよ。ナクティスが憎くて追い越したいって言ってるわけないでしょ。彼女は目標なのよ。」
オオヤは一部のギルドが所属冒険者にやる気を出して貰う為に導入しているような優劣を決めるようなランクシステムや成績の可視化なんて事はしていない。
だから私が毎回月末にナクティスの稼いだ金額と私達が稼いだ金額を個人的に聞いている。
現状、一度として私たちが彼女を越した事は無い。
「ナクティスの拠点は都市じゃない。離れた町よ。それに家族がいて私達よりも仕事に使える時間は少ない。なのに私達は3人いて一回も勝った事がないのよ!」
「勝つ必要ないだろ。俺らだって十分働いてんぞ。自由の盟約に居た頃に比べれば3倍以上稼いでんだ。」
「全ッ然足りないわっ!」
「おまっ……。それを言うならアルメーとレイダリーはどうなんだ?」
「……」
カイドーもアルヴェンも私が言いたい事を全く理解していない。
「はあ……。あの二人はいいのよ。」
「……おい、眼中にないとでも言うつもりか?俺達は仲間なんだ。そんな考えはオオヤだって良い顔は……」
「勘違いしないで。そういう事を言っているんじゃないの。良い?よく聞きなさい。」
私はこの機会に意識を共有する事にした。
考えすぎだとどうせ言われると思っていたので今の段階で言うつもりはなかったのだが。
「アルメーとレイダリーは特殊な技能があるでしょ。レイダリーは罠の作成、アルメーは長時間の連続飛行。現に二人だけしか出来ない仕事はいくつもあるわ。戦闘しか出来ない私達とは違うのよ。」
「何が言いたいんだ?」
「私達がオオヤの冒険者の中で一番劣っているって話よ。戦闘能力の一番はナクティスよ。それだけじゃない。価値のある素材や魔獣に関する知識も私達より遥かに優れている。だから特殊な技能のある二人とは違って私達は明確にナクティスの劣化版なのよ。」
「お、おいおい。そんなに自分自身を貶める必要があるか?俺達も凄いが、ナクティスはもっと凄い。それじゃ駄目か?」
「駄目に決まってるでしょ!」
カイドー達には危機感がない。
私のこの懸念を共有する事は出来ないかもしれない。
「私達は成長しなきゃいけないのよ。このままじゃ、いずれオオヤの視界にすら入らなくなるわ。」
「……オオヤは、そんな奴じゃない。」
「ああ、アルヴェンの言う通りだ。オオヤはナクティスより俺らが劣っているからって優劣をつけるような奴じゃないだろ。」
「感情的な話じゃなくて理論的に私達が不要になる日がいずれ来るって話よ。」
「分からん。アリヤースが何を心配しているか全く分らんぞ。」
喉がカラカラと乾き始める。
私は水を呷るように飲んで舌を潤わす。
「オオヤは……異常だわ。」
「お前今日は全てに悪口を言うと決めてんのか?」
「茶化すな!……カイドーも分かるでしょ。オオヤが普通だったら私達は生きていないし、ナクティスもあの宿にいなかった。」
「まあ、……そうだな。」
私達はオオヤを襲いに行き彼と出会った。
本来ならその場で殺されているはずだったのだ。
ただオオヤが普通とは違うから私達はたまたま生き残った。
「自分を害そうとした人間を生かす所か、その後の世話までするなんて異常よ。そんな奴、あの巨大都市にだってオオヤ以外いないと思うわ。」
「確かに、俺も色んな国を放浪したがオオヤみたいな奴とは会った事ないな。」
彼自身は平和に過ごしたいと考えているがその異常性が余計なトラブルを呼んでいる。
この前の闇窟の騒ぎだってリシアを最初に殺していれば関わる事はなかったはずだ。
「予言するわ。そう遠くない内にこの前の闇窟なんて比じゃないぐらい大きな騒動にオオヤは関わるわ。彼の異常性が騒動を引き寄せるのよ。」
カイドーはそれに考えすぎだとは言わなかった。
それが良いものであれ悪いものであれ異常者というのは人や厄介ごとの渦中に置かれてしまうのだ。
それにオオヤは精神性が異常なだけではない、その能力も異常なのだ。
「その中で敵も増えていくけれど、私達の様に彼の仲間になっていく人たちもいるはずよ。」
「そりゃ、良い事だろ?」
「そうね、それで私達はいつか不要になるでしょうね。」
「いやいや、別に俺達より優れた奴らが増えようが今の俺らの仕事がなくなるわけじゃないだろ?」
「そんな物には何の価値もないわ。」
私はいつの間にか焦げてしまっていた肉をかっ食らう。
「オオヤのギルドは確実に大きくなる。その時、私達は今のままじゃ彼の手札の中に入れないわ。」
「手札……?」
「私達は今ですら彼の手札の中で次点。ナクティスには頼めて私達には頼めない仕事もある。この先、私達の優先順位は更に落ちていくでしょうね。大きくなっていく宿の中で私達はいつの間にか隅の方に追いやられるわ。……私は怖いのよ。」
「……。」
「何か大きな事をやろうっていう時に私達は留守番にされるんじゃないかって。オオヤは過保護だわ。だからこそ残酷に能力を評価して劣った人間には関わらせないでしょうね。」
「……だからナクティスを追い越したいのか?」
「あくまで目標よ。重要なのは成長する事。その為だったら私は誰に文句を言われようと進み続けるわ。」
「アリヤース……」
今はもう肉となったタイダンラビットを眺める。
こいつも集団から逸れている所を狩ったものだ。
集団に置いてかれたのは怪我をしていたからだろう。
属した集団についていけない個体は自然と排除される。
オオヤはお人よしだ。
宿を追い出す事はしないだろう。
まるで不要になった玩具の様に宿の奥に仕舞われるだけだ。
それが私には許容出来ない。
「……オオヤの助けになりたい。本当にオオヤが困った時にそれに見合う能力を持っていたい。ナクティスじゃない、今は名前も知らない誰かじゃない。私が彼の隣に立って支えたい。」
「……悪かった!!」
「カイドー……?」
私の話を全て聞いたカイドーは大声で謝罪し頭を下げた。
「アリヤースの言う通りだ。俺が間違っていた。元々は俺達は救ってくれたオオヤに恩を返したくてあいつの宿にいるんだ。現状に甘んじているようじゃ駄目だよな。」
「……アリヤースの言う通り、オオヤはこれからも厄介ごとに巻き込まれそうだ。」
「俺らも気持ちを切り替える。本当に悪かった。俺の意識が低かったから相談してくれなかったんだよな。これからは3人で方針を考えていこう。」
「カイドー、アルヴェン……。うん……、ありがとう。」
私が二人に考えを共有しなかった理由はいくつかあるがやはり自分の中でも不安があったのだろう。
威勢よくそう行動していたがそんな事は不可能なんじゃないかという弱気な考えが。
そんな気持ちで二人を巻き込みたくなかったのだ。
でも、話してよかった。
やっぱり私達は最高のパーティーだ。
この最高のパーティーをオオヤにとっても最高のパーティーにしてみせる。
私達は結成時の時の初心に立ち返った様な気持ちで今後のあり方について眠るまで議論したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます