アリヤースの話②
「おかわり!」
「うんうん、まだまだ沢山あるからね。」
俺はこちらに元気よくお椀を突き出すアリヤースに微笑みながらスープを注ぐ。
今は夕食の時間、街から戻ってきたアリヤース達とテーブルを囲んでいる。
彼女はいつも通り元気よく、よく食べ、よく話している。
彼女がいると場が活気づき楽しいものとなる。
「そんであの道具屋ときたら頭にくるわ!不良品を売りつけといて壊したのはあんただろ何て言うんだから!」
「だからって急に怒鳴り込みに行くなよなぁ。」
「冒険者は舐められたら終わりなのよ。交換だけで済ましてあげたのは優しいぐらいよ。ねぇ、アルヴェン?」
「……。」
「ほら!」
「何も言ってないだろ。」
俺はニコニコしながら和気藹々とする食卓を眺める。
しかし、約一名、俺に冷めた目を向ける人物がいた。
リシアだ。
彼女は早く切り出せよといった顔で会話に加わらずに冷たい目をしている。
分かっている。
でも分かって欲しい。
あの話をするという事は内容はどういったものであれこんな楽しい雰囲気は霧散してしまうだろう。
せめて食事が終わるまでは待って欲しい。
活発に笑うアリヤースの表情を曇らせるのは俺にとって心理的抵抗がかなりあった。
「今までは見逃していた所もあったけど、今後私たちが成功するにはああいう商売人と対等にやりあう経験も必要だわ!ねぇねぇ、オオヤ。貴方が現役冒険者だった頃って店の連中とどう付き合ってたの?」
「えっ?う、うーん。そうだね、俺は殆ど何かを準備する必要はなかったからあまり経験はないかな。でも、舐められないっていうのはアリヤースの言う通り必要かもね。素人だと思われたら足元見られると思うし。」
「でしょ?ね、ほらほらカイドー。」
「あんまアリヤースを甘やかすなよオオヤ。すぐ調子に乗るんだから。」
胃が痛い。
引きこもりの俺に学校に行こうと切り出したお父さんもこんな気持ちだったのだろうか。
でもお母さん(リシア)に冷たい目で見られているし早めに切り出さなければいけない。
「ご馳走様!」
そして遂に食事が終わってしまった。
俺にとってのタイムリミットが来たという事だ。
さて、腹をくくるか。
「うん、お粗末さまでした。……それでアリヤース、その、話があるんだけど……。」
「えっ?どうしたのかしら?」
「実は……」
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「よし、殺しに行くわ。」
「待て待て待て」
鼻息荒く袖をまくり外に出ようとするアリヤースをカイドーが止める。
俺から話を聞いた彼女は想像通り即決で殺人を決めた。
「アリヤース。」
俺に声を掛けられたアリヤースは肩を跳ねさせて俺の方を振り向いた。
「事情を聞かせてくれないかな?」
「違うのよ?」
何がだろう。
どちらにしても俺が扉を開けなければ彼女が外に行くことは出来ない。
完全に閉じられた俺の宿に自由に出入り出来るのはこの場ではリシアだけである。
彼女をイスに座らせて事情聴取を開始した。
彼女はふんぞり返って堂々とした様子だ。
本当に自分に悪い事など一切ないと態度で示している。
その姿だけで安心させられる程だ。
「まず、最初に。私の精霊術でそいつらが傷ついたというのは間違いないわ。」
「成程、でも事情があったんだろう?」
「勿論よ!私と討伐対象の戦闘の最中にあいつらが周りをウロチョロしていたのよ。わざとじゃないわ。」
「う、うーん。」
俺はその場にいなかったのでニュアンスが分からない。
本当に不用意に近づいたのであれば彼らが悪い。
だがそもそも彼らは何でそんな危険な場所にいたのだろうか。
俺はカイドーの方を見る。
彼は頭を掻いて苦笑している。
「あー、この件、アリヤースにも悪い所はあったが……」
「一切無いわ!」
「聞けって。……アリヤースにも、まあ少し反省点はあったかもしれないが、俺はアリヤースに味方するぜ。」
いつも暴走しがちなアリヤースを抑えるカイドーが彼女を擁護した。
アリヤースを信用していない訳ではないがカイドーのその言葉を聞いて俺はようやくホっとする。
「そもそも、俺らは近隣の村から討伐の依頼を受けたんだ。元々依頼していた冒険者が手こずっているっていう話でな。」
カイドーの話では彼らが別件での仕事の帰り道にその村の酒場に寄ったそうだ。
その際、そんな話を聞きつけた仕事熱心なアリヤースは自分達がやると立候補したそうだ。
「依頼主にクビを切られたのはそいつらの仕事ぶりの所為だ。俺らには関係ねぇ。実際に依頼主が別の奴を雇うなんてのはよくある話だ。だが連中が面倒な事を言いだしやがった。」
元々雇われていた冒険者達は討伐はもうすぐ出来るという事で、余計な介入はするなと言い出したそうだ。
「ただ、手伝うぐらいならしても良いとか言い出してな。多分、金の為じゃない。冒険者なんてのは見栄を大事にするだろ?依頼主にクビを切られるなんてのはその見栄を一番傷つける出来事だ。だから苦肉の策で共同でやったっていう建前が欲しかったんだろう。提案された分け前も妥当な所だった。揉めるのも面倒だからそれを受け入れても良かった。……だが。」
横目でアリヤースを見るカイドー。
彼女は腕を組んでふんぞり返っている。
「アリヤースが固辞した。」
「当然よ!なんで無能とわざわざ一緒に仕事をしなきゃいけないのよ!」
「まあ、こんな調子でな。奴らの事情を俺らが慮る必要なんてのは当然ない。ただそれがトラブルの原因になる事もある。案の定、連中はプライドを傷つけられて勝手に着いてきた。後はアリヤースの言う通りだ。討伐対象に不用意に近づいたあいつらがアリヤースの攻撃の余波を受けて怪我をした。」
カイドーは説明を終えると肩をすくめた。
成程ね。
俺は全身を脱力させてイスに寄り掛かる。
「良かったぁ~。アリヤース悪くないじゃん。」
「ふふん、当然よ!」
話を聞いてみればアリヤースに落ち度はない。
怪我をした原因は彼ら自身の行動の所為だ。
例えばそれは台風の時に川を見に行くような物だ。
危険だと分かっている場所に自ら行って怪我をして後から文句を言っているだけだ。
(現役の頃の)俺だったら確実に彼らを故意に殺していた事を考えればアリヤースの対応はかなり優しい。
だが俺の安堵とは対照的にカイドーとリシアは微妙な顔をしていた。
「いや、オオヤ。確かに俺もこの件はアリヤースを擁護する。けどな、こういうのはどっちが正しいとかじゃないだろ?」
「……世渡りが下手な女ね。」
「なっ……!あんたに言われたくないわよ!」
カイドーはアリヤースを支持しつつも彼女の行動全てを肯定している訳ではないようだ。
「恨みを買うってのは面倒だ。特に冒険者ってのは感情で行動する連中が多いからな。冒険者の仕事をする上で重要なのは舐められない事、それと余計な因縁を作らない事だ。俺一人だったら奴らの提案を受け入れていただろうな。別に金額的に割の良い仕事って訳でもなかったんだ。」
「ふん、突っかかってきたら排除するだけよ。」
「そりゃ、俺らに直接来たらそれでも良いけどな。今回は雇い主のオオヤにシワ寄せが行ってるんだぞ。」
「うっ……」
カイドーの指摘にアリヤースは言葉を詰まらせる。
彼女は俺をおずおずと見てくる。
身長差がある為自然と彼女に上目遣いで見つめられる形になる。
彼女に落ち度はないと俺は思っているのでその姿は少し哀れに見えた。
「……ごめんなさい。」
「アリヤースは悪くないんだ。謝る必要はないよ。」
アリヤースは時々過激な行動をするが俺はそんな彼女を気に入っている。
同調圧力や勝手に作られた常識を無視し自ら決めた道を選ぶ彼女を見ていると活力が湧いてくるのだ。
こんなつまらない事で彼女の個性を縛りたくはない。
ただ、恨みを買うというのはカイドーの言う通り厄介だ。
俺に来る分には問題ない。
権力を持たない冒険者に因縁をつけられようと一人で対処可能だからだ。
しかし冒険に外に出ているアリヤース達は違う。
ちょっとした嫌がらせ行為をされただけでもそれが命の危機になってしまうのだ。
冒険者を守るのはギルドの役目だ。
俺は落ち込んでいるアリヤースを皆で元気づけながら今後の対応に頭を巡らせた。
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次の日。
俺の宿は驚天動地の大繫盛になっていた。
残念な点は彼らはお金を払いに来たのではなくお金を貰いに来た所だろうか。
「この傷!わかるか?これあの精霊術を使うガキにやられたんだよ!」
「そんな小さな傷なんてどうでもいいだろ!それよりこっちだよ!あいつが俺の事を吹っ飛ばした所為で1か月足を骨折してたんだよ!その間稼げなかった金補填してくれよ!」
「あいつ俺のバッグを吹き飛ばしやがった!採集した素材が入ってたのに!この前、領主から表彰されてたよな?金あんだろ?」
耳を塞いでも隙間から矢継ぎ早にアリヤースの悪口と金を請求する声が入ってくる。
カウンター前で騒いでいる彼らは見たところ10人弱はいる。
朝方に2人来たかと思うとその後続々とやってきた。
内心舌打ちする。
これは俺の失態だ。
昨日、俺は因縁をつけてきた冒険者に弱気な対応をしてしまった。
俺は今は良くも悪くも目立っている。
その様子が冒険者達の間で共有されたのだろう。
そこでアリヤースとトラブルがあった冒険者は考えたはずだ。
もしかしたら金を強請れるんじゃないかと。
冒険者は舐められたら終わり。
それはそんな彼らを束ねるギルドマスターも当然含まれる。
俺はどうやらまだまだ未熟であるようだ。
その時、宿の扉が開いた。
彼女はオフの日はそこまで朝は早くないがこの騒ぎに流石に起きてしまったようだ。
部屋の中で内容は既に把握していたのだろう。
そこには修羅がいた。
「あんた達……」
「あん?……ひっ!」
そんな彼女、アリヤースを見た冒険者達は人が変わった様に怯え始める。
「ぶっ殺す!一撃で全員頭ぶち抜いてやるから縦一列に並びなさい!」
「に、逃げろぉ!」
身の危険を感じた彼らは一目散に去っていった。
ここで扉を閉めて彼らを軟禁してみたらどんな反応をするのかと悪い知的好奇心が湧いたが流石に自重した。
「はぁ……こりゃ暫くは来そうだな。」
「……」
憤怒の表情で仁王立ちするアリヤース。
そんな彼女を呆れた顔で見る苦労人カイドー。
全てを受け入れた様な顔をしている菩薩的なアルヴェン。
彼らはとても優秀で仕事熱心だ。
何せ元々は大陸最大手のギルド、自由の盟約の中でも目立って優秀なパーティーだったのだから。
そんな彼女達を活かせるかどうかはやはり未熟なギルドマスターである俺に掛かっているだろう。
アリヤースの事を言えないぐらい暴力で物事を解決してきた俺にはかなり荷が重いが泣き言を言わずにやるしかない。
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