2.5章

アリヤースの話①

アンデッド騒ぎから一月とちょっと経った頃。

俺はすこぶる順調だった。


「ほら、お兄さん。これあげるよ。」

「えっ、こんなに良いんですか?何だか悪いですね。」

「いいのいいの、あんたらにはこの前助けられたからさ!」


果物屋の女性は朗らかな顔で俺にいくつかの果実をサービスで渡してくれた。

元々購入した分と含めてかなりの量になってしまった。

馬に食べさせても良いかもしれない。


俺は丁寧に彼女にお礼を言ってお店を離れた。


「おっ、兄ちゃん。良い魚入ってるよ!サービスすっから買ってくれよ!」

「オオヤちゃん!こっちこっち!飴ちゃんあげるよ」

「おーい!あんたの所、討伐依頼以外も請け負ってんのか?実は欲しい素材が……」


街を十数メートル歩くだけ様々な人に声を掛けられる。

その意図はそれぞれだが、共通しているのは俺に対して好意的であるという事だ。

以前までは考えられない光景だ。

要因はこの前のアンデッドパンデミックでの活躍だろう。


スフマミ死亡により発生したアンデッドの暴走は街を上げての協力により鎮圧された。

その中でも解決に中心的役割を担ったと国から評価されたのが俺達のギルドである。

公の場で俺達は大々的に表彰される事となった。

その結果、俺達のギルドは街の人達からの好感度を急速に上げたのだった。

ナクティスも前より不愉快な感情を向けられる事が減ったと言っていた。

俺にしても少し前までは司教殺しの大罪人だったのだ。

急な周りから向けられる感情の変化に正直まだ慣れていない。

まあ、流石に後一月も経てば周りも落ち着くだろうけど今は皆の好意をありがたく受け取ろう。


「ふふふふーん。」


そんな訳で陽気に鼻歌なんかも歌ってしまうぐらい俺は浮ついていた。

リシアの手足の問題。

冤罪。

今は全てが解決して喫緊で何かをしなければいけないという状況ではない。

それに冒険者ギルドの業務も段々と慣れ始めた。

久々に俺は何の不安もない状態で日々を楽しめている。


今日、宿にいるのはドドーロン兄妹とカイドーだ。

気分も良いし彼らの為に今日は気合を入れて夕飯を作ろうかな。


「いてぇ!」

「あっ、申し訳ない。」


そうして浮かれていたのが悪かったのだろう。

人とぶつかってしまった。

といっても俺は避けようとしたし、向こうにも避ける意志があればお互いぶつかる事はなかった筈だ。

なので俺は軽い謝罪で済ませて通り過ぎようとした。


「おい!てめぇ、人にぶつかっておいて謝るだけかよ!」

「えーっと、ごめんなさい。俺の文化だとこの場合は謝罪以外にする事はないんだ。」


しかしぶつかった相手は虫の居所が悪かったのか因縁をつけられてしまった。

だが悲しいかな少し前の俺を思えば好意的に接されるよりこういう手合いの方が慣れている。

しかし、やはり最近の俺はツいているのかその怒っている相手の連れが彼をなだめてくれる。


「落ち着けよ、こんな奴ほっとけ。」

「ちっ……!クソが!……ん?ちょっと待て、お前……もしかしてオオヤって野郎か?」

「あん……?……ああっ!そうだ、こいつオオヤだ!この前の表彰式で見たぞ!」


彼らは俺が誰か知っている様で俺の顔に指を突き付けて騒ぎ出す。

ふぅ、やれやれ。彼らも俺の、いや俺達の活躍をご存知らしい。

過剰な名声なんて面倒なだけだと思っていたけれど人に好かれるというのはやはり特権だな。

などど偉そうに考えていた俺は先程よりも顔を怒らせた彼に胸倉を掴まれた。


「ごらぁ!てめぇ、慰謝料払えやぁ!」


トラブルは回避出来たものだと楽観的に考えていた俺の耳に怒声が飛び込む。

逆に金を持っていると思われて強請られてしまった

やっぱり名声なんていらないや。

俺はため息をついて彼を半目で見つめる。


「勘弁してくれないかな。ちょっとぶつかっただけでしょ?怪我なんてしてないじゃないか。」

「ああっ!?よく見ろやぼけぇ!」


彼に言われて渋々下から上まで見る。

………。


「確かにケガしている様だけど。それぶつかったから出来た傷じゃないじゃん。」

「殺すぞ!この怪我の所為で俺は仕事に行けてねぇんだぞ!」

「いや、だから……」

「てめぇの所のアリヤースとかいう精霊使いのガキにやられたこの傷の所為でなぁ!!」

「はい?」


そう言われて今度はつぶさに彼の傷を確認する。

腹部と肩に包帯が巻かれている。

大した傷ではなさそうだが、格好から推察するに彼らは冒険者だ。

冒険者は肉体が万全の状態でなければ仕事をしたがらない。

それが命に直結するのだから当たり前の話だ。

確かにこの傷で冒険者の仕事は出来ないだろう。

特に肩を怪我していては武器の振り回しも出来ない。

これを……うちのアリヤースが?


「えーっと、どういう事かな?」

「この前、依頼で鉢合わせた時にあのガキが周りを考えずに馬鹿みてぇに精霊術を使った所為で巻き込まれたんだよ。」


気付けばなだめていた方も俺に厳しい目を向けている。

アリヤースに怪我させられたというのはどうも本当の様だ。


「それをあのガキ!そこにいるアンタが悪いとかぬかしやがった!てめぇの所の冒険者の所為で俺は食いっぱぐれだ!治癒に行く金も稼げやしねぇ!」


まさか、うちのアリヤースに限ってそんな事は……。

俺はまだ短い期間だが彼女と過ごしたこれまでを考える。

……困った。ありえないとは言えない。

彼女は俺のギルドに所属する冒険者の中で一番の過激派だ。

彼女は発生した問題に対して暴力で解決しようとするきらいがある。


結局俺は少し下手に出ながらも今、この場では真偽の判断が出来ないと言って彼らを一旦は退けた。

いやはや、後数か月は穏やかに過ごそうと考えていたが早くも厄介ごとが飛び込んできた。


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「ふ、ふぬ、ふぬぬぬ……。」

「……なにしてるの?」

「えっ?きゃあ!」


帰宅して早々、フロント前でなにやら踏ん張っているリシアを発見した。

俺が声をかけると彼女は両足を液化し上半身を床にぶつけていた。


「き、急に声を掛けないで頂戴!」

「ああ、ごめんごめん。そっか、肉体の固定化の練習をするって言っていたっけ。」


リシアは数週間前、俺によって両足と片腕をスライム化させられた。

魔力が潤沢な空間ではスライム部分を自由に固定化する事が可能だがそういった特殊な環境でもなければ維持には技量がいるそうだ。

スライムの先輩のリクエラさん曰く魔力を血液の様に常に循環させる必要があるため一朝一夕では習得出来ないだろうとの事だ。

スライム化といっても一部の為、コツを掴めばトントン拍子で人体の形成程度までならそこまで長い時間は要さないと言っていたが……


「苦戦しているみたいだね。」

「10分程度なら維持出来る様になったけれど……。これを意識しないで常に固定するのはまだ先になりそうだわ。」

「まあ、ゆっくりやっていけばいいさ。……おっ、ありがとう。」


俺が上着を脱ぐと壁から腕が生えてきた。

その腕に俺は上着をそのまま渡す。

すると腕は影の中に上着と一緒に消えていった。


「荷物も寄越しなさい。」

「悪いね、助かるよ。」


彼女は液状化状態の片腕も器用に動かして俺の荷物を影の中で移動させながら棚に置いていく。

上着はいつのまにかカウンター奥の上着掛けに掛けられていた。

リシアは正式に俺の宿に雇われてから人が変わった様に協力的になった。

今のように俺が帰宅してきた時には率先して動いてくれる。


俺は感謝しながら彼女がわざわざ引いてくれたイスに座る。

と同時にテーブルの影から暖かいお茶がズズッと現れた。


正直、表面上の態度とは別に献身的になり過ぎて恐ろしいぐらいだが彼女も今は自分の生き方を模索中なのだ。

それに俺もそんな彼女に助けられているしこの変化は素直に喜ぶべきだろう。


「うん……。美味しいよ。ありがとう。ところで今日はお客さんは……。」

「来たわよ。」

「うん、そっか…………えっ!?」

「冗談よ。……というか自分でも驚く程に【ない】と思ってるなら毎回聞くんじゃないわよ。」

「えっ、いや、はは。参ったなぁ。」


リシアにジト目で睨まれて誤魔化すように苦笑する。


「それに来た所で使える部屋なんて無いじゃない。」

「手術台があるじゃないか。」

「折角得た街での評判を反転させたいならそれも手でしょうね。」


そうなのだ。

俺の宿で唯一残っていたフリーの部屋は俺のスキルによって手術室に変えてしまった為、俺の宿には今は泊まれる部屋がなくなってしまった。

ナクティスは自分の家がこの街にはないし常に滞在している訳ではないがお世話になっているほぼ彼女専用の部屋を他の人に使わせたくはない。

本当に俺が今後も宿を経営していく気であるならば拡張が必要だ。


俺はスキル画面を開いた。

最早俺はギルドメンバーにはスキルの使用をわざわざ隠してはいない。

俺はスキル画面の項目の一番下にあり、大きな目立つそれを見る。


【グレードアップ】

条件:発展レベル x 20

対価:金貨 x 2,000枚 


おそらくこの項目が宿自体の規模を大きくする購入品だ。

金貨2,000枚。


少し気が遠くなるような金額だ。

これなら大工に頼んで作ってもらった方が安そうだ。

しかしそれには問題がある。

俺のスキルの関係だ。

果たしてスキルシステムから外れた方法での増築は許されるのだろうか。

スキルの所持者である俺にすら開示されていないがこのスキルには一定のルールがあるみたいだ。

例えば宿で稼いだお金以外は受け付けない事などだ。


まあ、どうせ増築にはどちらにしてもお金は必要なのだ。

確かに今、宿屋として不十分な状態だが幸か不幸か急いで増築する必要は殆どない。

ゆっくりお金を稼いでいけばいいだろう。

3年後ぐらいには増築出来たらいいなぁ。


スキル画面を閉じた。

画面が消えると俺を見ているリシアが現れた。


「ん?どうしたの?」

「ん……なんでもないわ。」

「そう……そういえばアリヤースって今いる?今日は仕事じゃない筈だけど。」

「……今はいないわよ。街に出ているわ。」


俺がアリヤースについて尋ねると彼女は何故か少し不機嫌そうに答えてくれた。

そうか、先ほどの件をアリヤースから聞きたかったんだけどな。

アリヤースは確かに少し過激な所があるが根は心優しき女の子だ。

件の彼らの言い分は幾分かバイアスが掛かったものであることは間違いない。

彼女の話を聞いてから今後の対応を決めたい。


「カイドーとアルヴェンは?皆で出ているのかな。」

「二人はアリヤースを止めに行ったわ。」

「ん?止めに?」

「購入したアイテムが不良品だのなんだの騒いで飛び出したアリヤースの後を追いかけにいったのよ。」

「そ、そうなんだ。」

「ちなみに、何に使うか想像もしたくないけれど水筒を持って出ていったわ。」

「……。」

「平和な生活を望むならあの女、少しは教育した方が良いと思うわよ。」


アリヤースは優しい女の子。

それは間違いない。

俺の為に人一倍働いてくれるし、大変な仕事も積極的に受けてくれる。

人と関わるのも積極的で俺の次にナクティスの友達となった。


ただ、そう、仕事熱心過ぎてたまにやり過ぎてしまうだけなのだ。

俺は彼女から聞く事情に少し悪寒を感じ紅茶で体を温めるのであった。

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