第23話

スフマミとの取引の1日前。

俺は自分の宿の一室にいた。

リシアの手足の接合を今日この場で行うのだ。

先程まで騒いでいたリシアだが手術台に付与した安眠効果Lv.3によって深い眠りについた。


【安眠効果Lv.3】

利用者の快適な睡眠をお約束。

一度眠れば外部情報を完全にシャットアウトし何があっても脳の睡眠状態を維持します。


この効果は麻酔のような物だと俺は認識した。

これからリシアの手術を行うわけだが少し緊張する。

何故なら俺の最終学歴は中卒なので当然医師免許も持っていないし初めての執刀だからだ。


「手術を始めます。」

「はぁい、先生。」


しかし俺には助手のリクエラさんとスキルがある。


金貨15枚を投資し自宅運営スキルによって宿の部屋の一室を手術室へと変更したのは今日の朝の事だった。


【手術室】

部屋の一室を特殊フロア【手術室】に変更する。

このフロアでは生命体への治療行為及び改造行為が可能です。

必要対価:金貨15枚


領主の計らいで聖教会での彼女の手足の治療も可能になったがもう取引の日まで時間がない。

元々この購入品はリシアの治療に使えそうだと記憶していた。

購入後、部屋は瞬時に室内のレイアウトが変わった。

しかし俺が予想していた手術室とは少し違った。

俺も医療ドラマ内でしか見たことがないが患者のバイタルを見たりする機械類が沢山ベッドを囲んでいた気がするがそんなものはなかった。

木造のキャスター付きの棚やテーブル。

そしてその中にはメスの様な小さな刃物類とハサミのようなものが入っている。

後はかつて小学校に通っていた時に使ってた気がする裁縫セットの様なものがポツンと置いてあった。


正直人の体を弄るにしてはかなりしょぼい設備な気がするがこれがこの世界の手術室なのだろうか?

アップグレードすれば設備が充実するのかもしれないがそれには金貨500枚を必要とするのでこれでやるしかない。


この手術室、調理場の様に使用者の技量に依存する物ではあるみたいだがそれよりは親切な仕様があった。


俺はこの部屋で唯一メカニカルな設備の天井から吊り下げられた明かりを動かして台の上で眠るリシアを照らす。


その明かりは物体をスキャンして情報を教えてくれる。

視界の右端にあるパネルが患者の状態を映し出す。


【リシア】

種族:ヒューマン

状態:安定

身長:151cm

体重:24.2kg(分離部は含まない。)

性別:女

血液型:AGh型

現病:自律神経失調症、過敏性腸症候群

詳細▶︎

治療の提案▶︎

改造の提案▶︎


詳細のタブをタップすると彼女の肉体の情報の更なる細かい内容が出てくる。

だが今はこれには興味がない。


次に治療の提案をタップする。

すると明かりが部屋全体をスキャンする様に光り輝く。

棚に置いて解凍していたリシアの手足が淡く輝く。


【治療の提案】

左腕の接合:成功率30%

右足の接合:成功率24%

左足の接合:成功率23%

XXXの接合:成功率X%(必要素材が不足しています)


パネルには治療可能な項目の文字が明るく表示されている。

成功率の低さは俺の手術能力の低さが関係しているのだろう。

無免許医師にしてはそこそこ高い様に見える。

リシアを手術台に載せる前にそこら辺にいた蛙のような両生類で試しにやってみたが提案をタップするとかつて携帯ゲーム機で発売されていたお料理ナビの様に手術の手順を指導してくれる。

更に切り取り線や縫合線を患者の肉体に表示してくれるので初心者でも安心だ。


ただ接合するだけならこの手順に沿ってやればいい。

しかしリシアにはスフマミを倒せるようになるまで強くなってほしいのだ。


俺は改造の提案のタブをタップしてみる。


そこにも様々な項目がズラッと並んだ。

だが隠されている状態のものが多い。

興味深そうに俺の作業を見ていたリクエラさんに声を掛ける。


「ごめんね、手伝ってもらっちゃって。」

「いえいえ、構いませんよぉ〜。それで……私の肉体の一部を使いたいと言っていらっしゃいましたねぇ。」

「うん」


俺は改造の項目の一つに注目する。


肉体のスライム化:成功率0.001%

必要素材:スライム系の超越個体(必要量は改造範囲によります。)、またはその同等品。


「リシアのスキルは弱点が多い。それを補えないかなって思ってね。」

「えーっと、彼女のスキルは影への潜伏……でしたよねぇ。」

「うん、それと影を媒介にした体の分離も可能なんだ。不意打ちには強力なんだけどねぇ。ヴァンパイアみたいな初撃で殺せない相手だと正直いまいちかな。」

「私の肉体があればその強化が可能なのですか?」

「そうだねぇ……例えばさ、リシアの今切断されている手足がリクエラさんの肉体みたいに分離と接合が自在に行えたら凄い強くなれると思わない?」

「えっ……?そ、そりゃあ強いとは思いますけれどぉ。要するに私が彼女のスキルを使える様になるのと一緒という事ですからぁ。……そうですねぇ、色々使えそうだと思いますわぁ。でも私の肉体を彼女の新しい手足にする事は出来ませんよ?あくまで私の肉体は私の肉体ですわ。彼女の手足に擬態したとしても動かすのは私で、彼女の手足のフリが出来るだけですから……」

「いや、違う。リシアのこの手足自体をスライム化する。」

「は、はぁ……」


リクエラさんが貴方こそ今すぐに治療が必要なんじゃないですか、頭の。という様な顔をしたので慌てて説明する。


「俺のスキルによるものなんだけどさ。この部屋では肉体の治療と改造が可能なんだ。」

「……は、はい?」

「例えば鉄と人体を素材に使えばアイアンゴーレムの様な人間に改造出来たりする感じかな。」


パネルに表示されている改造の提案の項目は殆どが隠されている。

しかし、この手術室内にその改造に必要な素材を持ち込めばその隠されていた改造内容が開示される。

実際、鉱石をこの部屋に持ち込んでみたが鉄と両生類の改造案を提示された。


「でも鉄と人体は相性が悪いのかな?ほぼ不可能みたいな成功確率だったけど。それか必要な器具が揃ってないのかもね。」

「ちょ、ちょぉっと待ってください!」

「ん?」

「えーっと、つまりですよ?この部屋で私の肉体と彼女の肉体を素材にしてリシアさんを私の様な魔族にする……と言う事ですかぁ?」

「あー、そうだね。言ってしまえば。」


リクエラさんは今度こそ狂人を見るような目で俺を見てくる。


「いや、あのぉ……。失礼ですけれど、人体への異種混合魔法は禁忌ですよ?それは倫理的問題だけではありません。失敗例ばかりだからですわ。アルメーさん、あの方もこの宿に来るまでは暴走の危険性があったのですよね?彼女だって人の形をしているだけで稀有な成功例です。」


淡々と俺の行動をたしなめるリクエラさん。


「そもそもそんなリスクを冒してまで彼女を無理矢理強化する必要はあるんですか?この宿にスフマミを誘導出来ればもう貴方にとっては敵ではないのでしょう?貴方じゃなくても逃げられない室内に監禁できたのであればヴァンパイア如きナクティス様が一瞬で焼却出来ますわよ。何故リシアさん自身にやらせる事に拘るんですか?」

「うーん、そうだねぇ……」


リクエラさんの言っている事は正論だ。

スフマミを殺す事自体は俺の宿に入室させた時点で完了したような物だ。

宿の機能を使えば簡単に殺害出来る。


「納得の為かな。」

「はい?」

「スフマミ殺害は彼女の人生の目標だったんだ。それを横から搔っ攫うなんて不粋でしょ?」

「はぁ……、仰っている事は分からなくも無いですけどぉ。……でもリシアさんはもう生きる意思も無いのでしょう?それって意味があるんですか?」


リクエラさんは意外とドライな考えをしている様だ。


「そうだね、でも俺としてはリシアには今後も生きて欲しいんだ。」

「お優しいですねぇ。」

「優しさって訳じゃないけどね、単純に彼女の未来に興味があるんだ。彼女自身の手でスフマミにケリを付けれたら何か彼女の考えも変わるんじゃないかと思ってね。理由はそれだけさ。」


リクエラさんはいまいち納得していない様だ。

リシアと俺は少し似ている。

目的の為に他者を犠牲とし失敗し過去を後悔し絶望した。

結局俺は開き直って生き方をまるっと変えた訳だけれど。

それはある種逃避行動とも言えるだろう。


俺はそれが正解だったのかどうかはまだ答えを出せていない。

だから興味がある。

俺には出来なかった目標を達成し、その後彼女がどういった選択をし、どういう人生を歩むのか。

それが幸せに繋がるのであれば尚良い。


リシアを助ける理由なんてそんな自己中心的な考えからだ。

それと孤児院を利用するスフマミの事は個人的に気に入らないというのもある。


「さて……じゃあ始めようかな。」

「ええ……。本当にやるんですか?はっきり言って絶対に失敗しますよ?」

「そうだね、多分成功確率は0.001%ぐらいだろうね。」


俺はスキルが提示した成功確率を見てそう言った。


「もしかして何かと理由をつけてリシアさんの身体を弄りたいだけだったりします?」

「いやあ、はっはは、そんな事はないよ。流石に何が起きるか分からないし本体にはしないさ。」

「?」

「丁度分離している事だし。切断された手足を改造する。これなら何回か試行出来るだろうしね。改造後の手足を繋げるだけなら比較的確率は高くなるからね。」


この数分でリクエラさんの俺への評価が大分地に落ちた様に思える。

彼女は絶句して俺を凝視していた。


「それと、サイコロで同じ目が7回連続で出る確率が大体0.001%らしいよ。だから、まあ大丈夫だよ。」


俺は黄金虫で作ったジュースを飲む。


「はぁ、そ、そうですかぁ。まあ、オオヤさんとリシアさんが納得しているのなら私は何も口を挟みませんよ、ええ。」

「本当にありがとね。ずっと協力してもらっちゃって。」

「お気になさらないで結構ですよ。ただ……」

「うん、今度ナクティスとリクエラさんのお家にお邪魔させて貰うね。」

「ふふふ、ええ是非是非。」


リクエラさんに今までとこれからの協力へのお礼をしたいと言ってみたら彼女は一度家に来て欲しいと提案された。

それが何のお礼になるのか分からないが勿論了承した。


俺はリクエラさんから譲り受けた肉体の一部とアダマンタイトを手に持った。

まずはリクエラさんの肉体にアダマンタイトと混ぜる。


「アダマンタイトも使うんですか?」

「うん、魔物のスライムは自分の肉体の形状を変更できるけどさ。材質まで変更できる個体なんてそんなにいないでしょ?リシアがいきなりそれを使いこなせるとは思えないからね。けど材質変化は元の材質と近しい程変化が可能と言われているよね。」


リクエラさんは自身の肉体を形状から材質から自在に変化させているがそれは彼女の異常な熟練度が為せる技だ。

リシアには時間がない。

だから時短の為に肉体の方を鉱物に近づけさせる。


「しかし、先ほど肉体と鉱物は相性が悪いと仰って言たような……。」

「そうだね、でもリクエラさんの肉体は優秀だよ。全ての物に対して適合率が高い。リクエラさんの肉体とアダマンタイトを混ぜてからリシアの手足と融合させる。この手順なら問題はない……と思うよ。」


俺は片手に持ったアダマンタイトに力を籠める。

手の中でアダマンタイトが割れていくのが分かる。

リクエラさんがその様子を目をまるくして見ていた。


「ア、アダマンタイトを素手で……!?」

「粉状にして君の肉体と混ぜて捏ねないといけないからね。なんかパン生地を作ってるみたいで楽しいね。」


俺はそれを何度か繰り返しアダマンタイトを粉末にする。

それをすり鉢にリクエラさんの肉体と入れてこね始める。


「はぁー……本当に規格外ですねぇ、オオヤさんは。……ところで取引の場には本当に私はいなくてよろしいんですか?」

「うん、何があるか分からないしね。俺だけでいいよ。」

「果たして上手く行きますかねぇ……。」

「まあ、やってみるしかないさ。」


スフマミを罠に嵌める方法については粗方固まった。

彼女を逃がさない為に強固な閉所に彼女を誘導する必要がある。つまり俺の宿に。

それは転移術式への割り込みによって実現する。

転移術式の割り込みに必要なのは対応する魔法陣の形の情報だ。

更に本来の対応する扉に繋がる前に割り込む必要がある。


「えーっと、魔法陣の情報は遠隔でオオヤさんが教えて下さるんですよね?」

「うん、それで魔法陣の問題は解決だね。」

「繋げるのはオオヤさんの宿の一室……。しかし街の中心地とは距離がありますからねぇ……。」

「だから馬車を使う。」


俺の馬車には扉がついている。

帆馬車という物で後方側には大きな隙間があるけれど。


「まず馬車の扉と宿の扉を繋げる。その状態で馬車には街の中心地に行ってもらう。」

「ワープゲートの維持には大量の魔力が必要ですけれど……。」

「ナクティスの部屋なら高純度の魔素が無制限に生成されている。昨日試しにやってみたけど少なくとも5時間程度は繋げたままに出来るよ。」

「……常設のワープゲートなんて魔界でも国宝級の筈なんですけどねぇ。」


思ったよりも混ざりにくいな。

俺は肉体強化魔法を強くして強めに捏ね始める。


「取引の場所と本来の移動先の特定はほぼ不可能だ。何もしなければ割り込む前にゲートは繋がってしまうだろう。第一段階はワープゲートを宿と繋げた馬車を街の中心地に設置する事。」

「次は……転移術式の同時発動ですね。」

「そう、これはナクティスにやってもらう。俺の合図と同時にナクティスに宿側からも転移術式を発動してもらう。転移術式の同時発動……多少距離が遠くても宿の方の扉に繋がる可能性は高いだろう。」

「ナクティス様なら広範囲に魔力波を届かせると思いますわ。」


俺のスキルを使えばスフマミの転移扉の起動とタイミングを完璧に合わせる事が出来る。

合わせて発動された転移術式は宿の扉に繋がったまま街の中心地に設置された馬車から発信されスフマミの扉へと繋がるだろう。


「ですが……ナクティス様が本気で魔力を解放すればおそらく勘付かれますわよ?」

「扉は自動的に開くからね。開いた瞬間にスフマミを引き入れてしまえばいいよ。例えば部屋内に人工的な台風を作り出すとかね。」

「は、はい?そんな事が可能なんですか?」

「アリヤースに協力して貰えば小規模な物なら作れると思うよ。」


ようやく生地を捏ね終わる。

さて、次が本番だ。

俺はナビに従ってメスを持つ。


「……オオヤさん、絶対私達は良い関係でいましょうね?」

「えっ?そりゃ当然だよ。……さて、これから本番だ。今言ったことを成功させた後、最後を決めるのはリシアだ。その為にはこの手術は絶対に成功させないといけない。」


俺は深呼吸をしてリシアの左腕にメスを当てる。


リシア、舞台は用意する。

武器も与える。


これは俺がやりたくてやっていることだ。

見返りは必要ない。

ただ後悔のないように、それだけが俺の望みだ。


そして新人無免許医師の俺は成功率0.001%の手術へと臨むのだった。

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