第21話
「ウェディちゃん。」
「ふっふふふ~。追いつめられたねぇ、オオヤ!それともこれも作戦の内だったり?さあ、オオヤのターンだよ!」
「いや、もう俺の負けだよ。サレンダーする。」
「えええぇぇ!!」
俺の敗北宣言に彼女は口を大きく開き驚く。
すぐに彼女は不満そうな顔を作って俺を責める。
「もっと真剣にやってよぉ~。勝負は最後まで分からないよ?」
「いや、もう俺の負けは決定しているよ。だって残りの騎士には強化コインを振っていないんだからね。逃げられても後2ターン。その2ターンで運よく+3コインを2個振った所で君の2体には勝てない。」
「ええー、そうなんだぁ……あれ?」
「ウェディちゃん、俺は君との勝負。真剣にやったよ。自分なりにね。……だから残念だ。」
「……今私が倒した騎士にはコインを何枚待たせてたの?」
「全部だよ。」
ウェディちゃんは黙り込んだ。
彼女はやはり俺なんかよりも遥かに頭が良い。
今の僅かな情報で違和感を見つけたのだ。
俺は本当に真剣にこの勝負に臨んだ。
一人の騎士に強化を全振りするのも一つの策だ。
残りの2体を完全に囮とし相手の強化を削り最後の一体で全員を倒す。
そういう策だった。
でも彼女には及ばなかった。
俺の狙いもほぼ見破られていただろう。
だから彼女は先程の一体は囮だったと思っていたに違いない。
「ほっほほ、流石ウェディちゃん。完璧な勝利だわぁ」
「くっくく、良くやったぞぉーウェディ〜。後でキャンディ持ってくるからなぁ〜」
スフマミとスーニディさんはウェディちゃんの勝利を喜んでいた。
しかし当のウェディちゃんは無表情だった。
そして勝負前にしたのと同じように自分の額を叩いてから俺を見る。
「……そっか。」
「ウェディちゃん……。何度も言うけど俺は本当にこの勝負に真剣だったし、最後まで勝つ気だったよ。」
「うん、分かるから。大丈夫。」
「あらあら、敗者がいちゃもんをつけているのかしらぁ?」
スフマミは勝負中に俺に自身の事を否定された事を根に持っているのか煽ってくる。
見るからに俺が負けた事を喜んでいた。
「ほほほ、それでウェディちゃん。この負け犬と何を賭けていたのかしら?」
「勝った人は負けた相手に一つ言う事を聞かせられるんだ!」
「あらあら、ほほほ。オオヤちゃん、残念だったわねぇ。ウェディちゃんに私に何かをさせるつもりだったのかしらぁ?」
「……ウェディ?」
ウェディちゃんはスフマミの質問に笑みを浮かべて返答した。
そして、そのまま彼女から離れた位置にある椅子に座った。
スーニディさんはそのウェディちゃんの姿に何かを感じた様でニヤニヤ顔が不安そうな顔になった。
一見して彼女はいつも通りなのでスフマミはいまだに自分が大きなミスをした事に気付いていない。
「……あら?ようやく呪いが解けたみたいねぇ。」
そしてウェディちゃんによって遅延させられていたお姫様の解呪が済んだ。
その間、ウェディちゃんは一言も喋らなかった。
俺のスフマミに対する殺意と策謀についても。
彼女は俺との勝負に勝った。
しかし彼女は自らの意思で結局はそれに関して口を閉じたのだ。
お姫様を覆っていた黒い瘴気は完全に晴らされた。
成程、確かにこれは美しい少女だ。
衰弱した様子だがそれでも気品のある美しさを感じる。
「姫様!」
「待て、落ち着け……。呪いは解けた様だがまだ完全に回復した訳ではない。ご無理をさせるな。」
兵士達が歓喜の声をあげる。
良かった良かった。
ようやく取引の第1段階が終了した。
「ほほほ、良かったわねぇ。じゃあ、金貨は頂いていくわよ。……オオヤちゃんはそこから一歩も動かないで頂戴。」
「分かったよ。」
1段目の10個の扉の内、5個の扉が開かれる。
これで彼女が出て行く扉の候補が更に絞られる。
今開いた扉が選ばれる可能性は少ない。
金の移動先は関わる人間が多く、情報が漏れる危険性が高いからだ。
2階の最初に黒騎士達が出てきた扉も使われる可能性は低い。
残りの扉の候補は13個。
その13個の候補をナクティス達に伝える。
そこから今の彼女のいる位置から使われる可能性が高い扉をピックアップし最有力候補を決める。
スフマミが扉の転移術式を発動させる前に外で魔法陣の準備をする必要がある。
候補は少ない方が良い。
スフマミに警戒されない範囲で探りを入れてもう少し確度を高めるか?
俺は直立不動で候補の扉を観察していると誰かの視線を感じる。
ウェディちゃんだ。
彼女は俺をジッと見ていた。
俺が視線を返すと彼女はそっと、ただ目線を逸らしただけかの様に自然に目を動かしてある扉を見た。
成程、スフマミは随分彼女に嫌われた様だ。
俺はウェディちゃんが示した扉の魔法陣を外部に伝える。
「ふぅ……。金貨の移動、無事終了ね。スーニディ、約束通り闇窟の復興金の一部は預けたわよ。」
「ああ、分かっているさぁ。奴らにも言っておくよぉ。」
スフマミは金貨の移動が終わり安心した様に椅子から降りた。
「じゃあ、さようなら皆さん。……永遠にねぇ!」
「なっ……!」
「……冗談よ。別に貴方達を殺しても何のメリットもないもの。」
その演技に一切反応しない俺を見てスフマミはようやく警戒を緩めた様子だ。
もう面倒臭いので言うつもりはないが彼女の死ぬ場所はここではない。
彼女はチラリと俺の方を見てからウェディちゃんが先ほど目で示した扉の方へと向かっていった。
彼女は途中、ウェディちゃんの前を通り過ぎる。
「じゃあ、ウェディちゃんもさようなら。しばらく会えないと思うわぁ。」
「うん、バイバイ。」
ウェディちゃんは笑顔で彼女に別れの挨拶をした。
そしてもう口を開かなかった。
「スフマミさん。」
「……なにかしら?」
俺が後ろから声を掛けると彼女は心底嫌そうな顔で振り向いてくる。
「さようなら。」
「……ええ、さようなら。さっさと知らない所で野たれ死んでくれる事を祈るわぁ。」
さようなら、スフマミ。スフマミさん。
君をさん付けで呼ばない未来は……流石になかっただろうなぁ。
俺はありもしない未来を少し想像しやっぱりあり得なさ過ぎてすぐに頭から消した。
そうしてスフマミはカードを取り出し、扉に当てようとする。
そのタイミングで俺は外に実行を伝えた。
それから数秒もなく彼女のカードが扉に当てられる。
目には見えないが転移術式が対応する扉を探し始めた。
それに追従する様に部屋の中に凄まじい魔力の波動が流れてくる。
「なっ……!なんだ!?」
フロアにいた全員がその異常事態に動揺する。
そして何故がすぐに全員俺の方を見る。
俺は肩を竦めた。
「魔穴がどこか近くで開いたんじゃない?」
「貴方、一体何を……!」
どれだけ俺を怪しもうがもう遅い。
君が転移術式を発動した時点で策は成った。
なにより、今の君の警戒はむしろ作戦の成功の確率を上げているだけだ。
スフマミは自らが起動した転移扉に背を向けて俺の方を見ていた。
彼女にとっての地獄の門は俺の方ではなく彼女の背後で開こうとしているというのに。
そして扉は開き、スフマミはその扉の先に身体が吸い込まれていった。
「なっ……!これは!?」
「スフマミ!……ウェディ?」
スーニディさんはスフマミを吸い込んだ扉の方に行こうとしたがそれをウェディちゃんが服を掴んで止めた。
そして扉はすぐに閉じられる。
ふぅ……。
俺は天井を眺めて一息つく。
俺の役割は終わった。
後は君がやる事だリシア。
「お前何をしたぁ!」
「スーニディ、うるさいよぉ。」
スーニディさんは今度は俺の方に掴み掛かろうとしてくるがウェディちゃんは彼女の服を離さない。
彼女はウェディちゃんの方をぐりんと向く。
「ウェディ!あいつが何をしたか知っているのか!」
「秘密だもん。だからスーニディにも教えない。」
「ぐっ……。この、ウェディを弄びやがってぇ~」
「誤解だよ。」
兵士達も完全に俺に疑いの目を向けてきている。
別に彼らは取引後にスフマミがどうなろうが知ったこっちゃ無いと思うが。
「……何で君たちがそんな目で俺を見るのさ。スフマミさんもいなくなったしさっさとお姫様を連れて安全な場所に帰ったら?」
彼らは俺の言葉にハッとした顔になる。
そう、もう彼らもここにいる意味はない。
兵士達は何故か俺に警戒の目を向けながらお姫様のベッドを掴む。
そしてその時ベッドの上でうなされていたお姫様が上体を起こした。
病み上がり?呪い上がり?だから無理をしない方が良いと思うが。
彼女は緩慢な動作で周囲を見渡している。
彼女の周りには心配や歓喜の目を向ける兵士達がいる。
だが彼女はそんな彼らではなく俺を凝視していた。
なんだ?
俺と彼女に面識は無いはずだが。
「カッ……!?ヒュ、カク……げほっ、カッ!」
「ひ、姫様!?落ち着いてください!」
彼女は必死の形相で俺に手を伸ばしてくる。
喉の調子が悪いのか言葉が出てきていないが俺に何かを言いたいみたいだ。
ちょっ、えっ?
やめてほしい。絶対勘違いされる。
「オオヤ、貴様もしかして……」
「もしかしてなに?俺、彼女と面識ないけど。錯乱してるんじゃない?早く安静にさせた方がいいよ。」
口早に弁明する。
むしろ怪しまれそうだ。
兵士さんは俺を完全に疑いの目で見ていたが結局お姫様の安全を優先し入ってきた扉にベッドごと彼女を動かした。
お姫様はいなくなる最後まで俺に向かって手を伸ばしていた。
なんだったのだろう?
厄介ごとの気配がする。
正直最近色々あって疲れている。
しばらく休ませて欲しいというのが俺の素直な本音だ。
ナクティス達に弱音は見せたくないけれど。
こうしてこの部屋には俺とスーニディさん、そしてウェディちゃんが残された。
彼女はスフマミがいなくなるまでしていた貼り付けた様な笑みではなく頬を膨らませて不満そうな顔をしている。
俺はすぐに彼女の所に行き平謝りした。
「ウェディちゃん。ありがとう、そしてごめん、折角の君との勝負だったのにね。」
「……」
「俺だって、本当は君とちゃんと勝敗を決めたかった。」
「……良いよ、別に。私を騙そうとした訳じゃないんだし。」
俺も彼女から少し嫌われてしまったかもしれない。
しかし彼女はスフマミではなく俺を選んだ。
俺の目的はスフマミの謀殺だった。
彼女との勝負はそれの成功を賭けたもの。
ウェディちゃんに俺の策謀をスフマミに伝えられたら困るから俺は真剣に勝負した。
ディーラーである彼女の機嫌を損ねない様にあくまで正々堂々と盤上で勝敗を決めようとした。
ただ勝負が不成立になってもいいと考えていただけだ。
ウェディちゃんとの勝負はこの部屋で行われ、そして使われたのはスフマミの黒騎士達だ。
俺はこの時点でスフマミの介入を危惧した。
ウェディちゃんと俺との勝負をただの遊びだとスフマミが思ったとしても彼女は俺を嫌っているのだ。
軽い気持ちで俺が不利になる様に仕組む可能性は十二分にあった。
「……はぁーあ、折角のオオヤとの勝負だったのに。……余計な事考えなきゃいけない勝負にしちゃったのは私だし、もうそんな謝らなくていいよ。」
「ありがとう、本当にごめんね。」
ウェディちゃんは不満はあるだろうが俺の事は許してくれた。
だが彼女はスフマミを許さなかった。
俺と彼女との勝負に不正を働いたスフマミの事は。
勝負を決めた俺が強化コインを全振りした黒騎士の敗北は有り得ない事だった。
あの段階では彼女は一度の勝負で俺のあの黒騎士を倒す事は不可能だったのだ。
それは勝負の展開を見ていれば分かる事だった。
だからウェディちゃんは俺の残りの一体に強化コインを振っていない事に疑念を持ったのだ。
だがスフマミには分からなかった。
だから俺に思考を誘導されたとはいえ彼女は安易に分かりやすい不正を実行した。
彼女は勝負の瞬間に自らの眷属を自壊させた。
それは余りにも雑過ぎてあまりにも露骨な不正で、そんな物で俺とウェディちゃんの勝負は台無しにされた。
彼女はプレイヤーでもありディーラーでもあった。
彼女はこの不正による勝利に納得をしなかった。
だから彼女は口をつぐんだのだ。
勝負を台無しにしたスフマミの危機について。
俺にとっての最善はゲームの勝利であったことは間違いない。
しかし、もし負けるとするのであればその勝負を不成立にしたかった。
だから俺はスフマミとの会話の中で彼女の疑心をあえて煽った。
そして結果彼女は俺が勝ったら自身に不利益があると思いあっさりと勝負に介入した。
ウェディちゃんは勝負をフェアに行おうとした。
彼女は俺とは違い遊びのつもりだったと思うがその遊びをルールの上で楽しんでいた。
そんな彼女が他者の不正による勝利を受け入れることはないだろうと考えた。
俺が最初からスフマミの不正を考慮して手抜きで戦っていたら話はまた変わっていたかもしれないが俺はあくまで盤上での勝負は真剣だった。
それは彼女自身の能力で伝わっているはずだ。
そしてウェディちゃんは俺とスフマミを天秤にかけてスフマミを切り捨てた。
スフマミは失敗をした。
彼女は軽率な行動で自身の蜘蛛の糸を切ってしまった。
彼女は何もせずに見ているべきだったのだ。
ウェディちゃんが勝つ可能性の方が高かったのだから。
「ウェディちゃん……こんな事で謝罪にはならないと思うけど、俺に命令する権利は勿論行使して良いからね。」
「は?お前はウェディに負けたんだから当たり前だろぉ?何を偉そうに言ってるんだ?」
「……じゃあもう一回勝負したい。今度は本当に2人だけで。」
「うん、勿論だよ。」
ウェディちゃんには申し訳ないことをした。
俺が勝負外に意識を向けていた事は伝わってしまっているだろう。
子供の気持ちを弄んだ俺はスフマミと同類かもしれない。
俺もこんな事を続けていたらいずれ罰を受けるかもしれない。
だが取り敢えず今日一足先に裁かれたのはスフマミだ。
彼女は自己の哲学を語り自身を正当化したが子供であるウェディちゃんに自身の行いで嫌われ、見捨てられた。
そもそもこんな遊びの賭けの対象にされてしまう程の関係性しかウェディちゃんと作れていなかった事が失敗だ。
俺よりよっぽど過ごした時間は長かっただろうに。
先ほどの勝負もこれからスフマミに起こる事も過去の清算なのだ。
自分が正しいと思うのであれば是非その哲学を持ってリシアと対峙してほしい。
自分の歩んできた道にどんな末路があったのか、後で地獄で会った時に聞かせてもらいたい。
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