第20話

「どんな勝負にしようかなぁ~」


ウェディちゃんは純粋な笑顔で部屋の中を見渡している。

彼女も俺との勝負を元々予定していた訳ではないのでその内容についてはこれから考える事になる。

内容の決定前に罠を仕込み有利に勝負を進める。

そんな手は彼女には通じない。


それに彼女はディーラーでもあるのだ。

俺は彼女が納得する負け方をさせなければいけない。

だから彼女のルールを超えた場外戦法は取るべきではない。


勿論ただ何も考えずに挑み、負ける間抜けを晒すつもりはないけれど。


「……あっ、あれ使おう!」

「ん?」


ウェディちゃんは何かを思いついた様で金貨をいじくっているスフマミの元に行った。


「ねぇ、スフマミ。あいつら貸して?」

「あら……。何故かしら?」


彼女が指を指した先にいたのはスフマミの部下の黒騎士達だった。


「オオヤとの勝負に使う!」

「あらぁ?」

「勝負……?おい、お前ウェディに何を吹き込んだ。」

「別に、ただの遊びだよ。ね、ウェディちゃん。」

「うん!だって退屈なんだもん!」


勝負という言葉にスフマミとスーニディさんは不審な顔で俺を見てきた。

賭けの理由について開示をする事はその賭けの意味をなくすので当然誤魔化す。

それが分かっているウェディちゃんも俺に同意してくれる。


「……まあ、別にいいわぁ。」

「ありがとう!じゃあ、6体借りるね!後、部屋の中央を使いたいから皆どいて。」


金貨、お姫様、兵士達。

それらが部屋の壁側に移動する。

兵士達は抗議したが結局余計な争いを嫌い素直に従った。

兵士さんが充血した目で俺を睨んでいて少し怖い。


「その彼らを使うの、かい?」

「うん!」

「そうかぁ。でも人が死ぬ様な遊びは俺好きじゃないなぁ。」

「大丈夫!こいつらもう死んでるから!」

「えっ?」


ウェディちゃんは俺の懸念にほがらかに返すと黒騎士のヘルムを命令して取らせる。

顔色の悪いというレベルではない青白い顔がそこから出てきた。

アンデット。

ヴァンパイアの眷属か。


まあ、死体なら倫理観の問題はあるが拒否する理由は俺はない。

俺の様な人間ならともかくウェディちゃんも気にしていない事だけが気がかりだけれど。


「彼らを使ってどんな勝負をするの?」

「うーん……。盤上ゲームって分かる?」

「うん、得意じゃないけどね。」


盤上ゲーム。

チェスや将棋の様な駒を盤上で動かし勝敗を決めるゲームの総称だ。

この世界にも似たようなゲームがいくつもある。

引きこもり時代ゲームばかりしていた俺だがそういったボードゲームは門外漢だった。


「お互いに3体の駒を使って、えーっと、10x10マスの盤上を作って勝負……。うん、面白そう!」

「成程。3体の個々の能力とかは事前に決めておくのかな?」

「うん!でもそれだけだとつまらないよね!後は~」


彼女は今度は金貨の山におもむろに手を突っ込んだ。


「プレイヤーは1ターンごとに強化コインをドローして騎士に付与出来るの!」

「成程……?」

「二人零和有限確定完全情報ゲームなんてつまんないし運の要素もやっぱり入れたいよね!」

「……間違いないね。」


ふたりぜろわゆうげんかくていかんぜんじょうほうゲーム?


ウェディちゃんは急に難しい言葉を使いだす。

見栄っ張りの俺は分かったフリをしたが多分バレているだろう。

何故なら彼女はニヤニヤとした顔で俺を見ているからだ。


「ふっふっふ。普通にやったら私が勝っちゃうから手加減してあげるよ!」

「ありがとう。」


彼女は自分の額をトントンと叩いた。


「一時的に私の願望を知る能力を封じたわ!じゃあ、やろう!」


こうして俺と彼女の勝負がスタートした。


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成程ね。

俺は自分の騎士の一体が彼女の騎士に叩き潰されている光景を見てようやくこのゲームの全容を理解した。


プレイヤーは自ターンの最初にコインを一枚引く。

そのコインにはウェディちゃんが強化ポイントと呼ばれる物を付与している。

これを騎士に持たせると彼女の話ではポイント分強化されるらしい。

おそらく彼女の触れる物に何かしらの影響を及ぼすスキルの応用だと思うが本当に無法に何でもアリの能力だ。

強化コインは+1から+3までグレードがある。

当然強い金貨を手に入れた方が勝負を有利に進められる。

どの騎士に強化コインを渡したかは知る事はお互いに禁じられている。


「もーいいかい!」

「まーだだよ。」

「もう、はやくしてよぉ~」


彼女は壁側を向いて俺のコインの投資を待っている。

俺に残された騎士は残り2体。

投資先は慎重に決めなければならない。


このゲームの肝は駒が攻撃した時に強化ポイントが消費されてしまう事だ。

その関係上、最も良い勝ち方は強化ポイントが近しい騎士との勝負で勝つ事だ。

強い騎士で弱い騎士を倒すのは勿体なく、最終的に残った相手側の一体に蹂躙されかねない。


俺が悩んでいると様子を見ていた兵士さんが顔と目で何かを伝えようとしてくる。


「……兵士さん。勝負の邪魔するのやめてくれない?」

「なっ……馬鹿っ!教えてやろうとしたのに!」

「だから別にこれはただの遊びだよ。彼女との勝負の結果がどうなろうが君達に不利益はないからほっといてよ。」

「……本当だろうな?」


兵士さんは突然始まったこの勝負に何か意味があると思っているらしく俺を勝たせたい様だ。

しかし別にこの勝負の結果は彼らには本当に関係ない。

お姫様の呪いの解呪がまだ終わらないので疑心暗鬼になっているのかもしれない。


「ごめん、ウェディちゃん。余計な茶々が入った。」

「えーっ、やり直す?」

「兵士さんが伝えたい事が俺には伝わらなかったからこのまま続けたいんだけど良いかな?」

「うん!それならいいよ!」

「ウェディ~、そいつの嘘に騙されるな。ペナルティを与えるべきだ。」

「スーニディ、オオヤと私の勝負なんだよ?余計な事言わないで。」


俺とウェディちゃんの勝負にここにいる皆が注目している。

少し考えて俺は強化ポイント3と記載されたコインを一人の騎士に渡す。


俺は作戦の成功の確率を上げる為に運の向上をさせる料理を食べてきている。

今まで引いているコインは全て強化ポイントランク最高の3だった。

しかしウェディちゃんもそうであると考えるべきだろう。


彼女の駒の動かし方でどの騎士が彼女のジョーカーなのか推察をしなければならない。

勿論ブラフを見抜いてだ。


俺は騎士に命令して動かし彼女の騎士の1体に近づける。

彼女がやる気なら次のターンで、でなければ俺の次のターンで戦いが始まる。

もし逃げられたら他の騎士を動かして追い込む事も出来る。

その動きで3体の所持コインの推察をして……。


俺はゲームに真剣に取り組みながらも保険を打つ必要があると思った。

ウェディちゃんもこの思いつきのゲームをするのは初めてだろうが経験値が違う。

本当に運が味方しても勝てない確率の方が高いだろう。


俺はスフマミの方をちらりと見る。

彼女も椅子に座り勝負を興味深そうに見ている。


「スフマミさん……」

「あら、何かしら?」

「オオヤ!勝負中だよ!」

「ごめん、ウェディちゃん。でもこの交渉が終われば彼女と会う機会はもう無いと思うんだ。だから少し話しをしながらやらせて欲しい。大丈夫、勝負は真剣にやるさ。」


むくれた顔をするウェディちゃんを宥める。

本当に勝負は真剣にやる。

作戦の成功の為にも俺は彼女に勝たなければいけないのだ。


「リシアとの関係聞いたよ。」

「リシア……?……ああ、ベスの事ね。あの子そんな名前にしてたのよね。ほっほ、そういえばあの後使ったのかしら?」

「本当に下品な人だなぁ。……君のビジネスについても教えて貰ったよ。」

「あら……。そう?別にそこの兵士達に言ってもいいわよ。彼ら程度に全てをカバー出来るはずがないもの。」


彼女は俺の指摘に一切の動揺を見せない。

知られても問題ないと思っている様だ。


「君はとても悪い人間だね。」

「ほっほ、それは人の考え方次第よ。……貴方には分からないでしょうけど。犯罪をしなければ生きられない人たちというのはいるのよ。誰も彼もが幸せに表を歩ける生活を送れるわけではないわ。」


俺は彼女の話を聞きながら駒を動かす。


「貴方のお友達のウェディちゃんだってそうよぉ。そういう生き方を決められた人達は飢え死ねとでも言うつもりかしら?道を外れた人達の為にも闇窟の様な場所は必要なのよ。そしてその維持の為にはお金が必要よ。私はその為に動いているだけだわぁ。」

「おい、余計な事を言うな。」


スーニディさんはウェディちゃんに言及したスフマミを強く睨んだ。

別に彼女達は仲が良いというわけでもないらしい。


「それに、表の社会の人間では出来ない事をする役割もあるわ。例えば既得権益を享受する体制側の人間。彼らは表社会に強い影響を持つわ。そして不合理を下層に押し付ける。それを法に則って裁く事は出来ないわ。だってその法を決めているのは体制側の彼らなんだもの。そして表社会が裁けないのなら裏社会が裁くしかないわぁ。」

「ふざけた事を抜かすな!」


スフマミの演説に割って入ったのは兵士さんだ。


「何を言ったところで貴様らの存在は正当化されんぞ!貴様らはただのクズの犯罪者だ!」

「馬鹿は話に入ってこないくれるかしら?法律に則って事業を独占する商人、法律に則って罪を逃れる上流階級。色々な人間を見て来たわ。彼らは正しいと言える?オオヤちゃん。」

「正しくはないね。」

「そうでしょう?ただ表社会では彼らは正義だわ。だって金を持って階級が高いのだもの。しかも特に貴族連中なんかはただ産まれでその立場を享受しているのよ。私達の様な弱者が彼らに対抗するには表社会のルールの外に出るしかないのよ。」

「でも君は子供を巻き込んだ。」

「ほっほほほ、必要な犠牲という奴よ。私達は弱いんだもの。金も人もまだまだ全然足りないわぁ。」


スフマミは自分の哲学を語る。

彼女は彼女なりに自分の行動に理由付けをしている。


「君の理想の世界っていうのは法を外れた人間達の……裏社会の力を大きくすること?」

「ほっほ、そうねぇ。要はバランスよ。私は別に表社会のシステムを全て壊して狂乱の世界にしたいわけではないわ。ただ均衡をさせるのよ。表と裏をね。今は表の社会の力が強すぎるわ。だから私達はそこに影響力を持ちたいのよ。」

「ふーん、ちょっと今大事な場面だから少し黙って貰って良い?」

「……聞いたのは貴方でしょう?」


俺はウェディちゃんの騎士と勝負をずっと避けさせていた騎士の動かし方に悩む。

うーん、逃げられないな。

彼女の騎士の3体の内の1体を倒すしかない。

どいつにするかな。

俺は2分程悩んでから騎士を動かした。


「君の理論には一部同意出来るけど……。やっぱり君の所業には賛同出来ないよ。社会は不条理もあるけどある程度上手く回っている。大勢の人間がその社会の中で不満は抱えつつも生活をしている。」

「でもそのシステムに適合出来ない人間は排除されるわ。」

「うん、そうだね。そういった人達を助ける仕組みは必要だ。でもそれは表社会にもあるだろう。例えば孤児院、例えば自由の盟約の様な冒険者ギルド。」

「それだけじゃあカバー出来ないから私達が必要なのよぉ。」

「それはそうだね。この世に不幸な人間は多い。……でもそれじゃあ君のやっている事はおかしいじゃあないか。君は子供を利用し不幸な人間を増やしている。つまりシステムに適合出来ない人間を意図的に増やしているんだ。そういうのをマッチポンプっていうんだよ。」

「……。」

「オオヤ、勝負だよ!こっちに集中して!」


ウェディちゃんは手をブンブンと振ってアピールしてくる。

彼女と俺の騎士が盤上でかち合った。

勝者は……俺の騎士だった。


「やった!」

「えぇー!絶対勝ったと思ったのに!」

「ふっふっふ。これでイーブンになったかな?」


盤上にはお互いの騎士が2体残った。

さて今度は俺のターンか。

コインは……よし+3だ。

ウェディちゃんはまた壁に目を向けている。


「リシアは正しい。君は排除されるべき人間だ。表社会の既得権益がどうこう言っていたけど、君は裏社会の権力者だ。表でも裏でも過剰な力を持った暴走した人間は排除されるべきだ。力を持った人間は周囲を巻き込んで破滅の渦を作るものだからね。」

「……ほっほほほ、偉そうにお説教かしら?余程自分を立派な人間だと思っているのねぇ。じゃあこの場で私を排除してみるかしら?少しでも敵意を見せたらあのお姫様を串刺しにするわよ。」

「別にそんな気はないさ。……そうだ、君達には関係ないって言ったけどさ。実はウェディちゃんとのこの勝負には賭けている物がある。」

「えっ?オオヤ?」


ウェディちゃんは俺の暴露に驚きこちらを振り向く。


「ウェディちゃん、まだコインを振ってないよ。」

「あっ、わわっ、ごめんごめん。」


彼女は慌ててまた背を向けた。


「賭け……?ウェディ、あのクソと何を賭けている?」

「それは秘密さ。ねぇ、ウェディちゃん?」

「う、うん!絶対言わないからね!」


スーニディさんが俺をまるで性犯罪者を見るように睨んでいる。

誤解だがあえて弁解はしない。


「俺はただ今はウェディちゃんとゲームをしているだけ。賭けのことも別に何も心配しなくて良い。この勝負がどうなろうともう君と俺は2度と会う事はないよ。」

「……やっぱり貴方は疫病神ねぇ。……そうだ、下らない説教をしてくれたお礼に良いことを教えてあげるわ。」

「……?」


俺は保険を打ち終わりスフマミとの会話を終了する。

しかし彼女はまだ何か言おうとしていた。

彼女は盤上にいる俺の騎士の一体を指差した。


「貴方、ケープは知っているのよね?」

「……まさか。」

「ベスに良い土産話が出来るわよ。あの黒騎士の中身は……そのケープよ。」


リシアはケープは脱出が失敗した後殺されたと思っていた。

いや、実際殺されてはいたのだろう。

しかし彼女は死体になってなおまだスフマミに利用されていた様だ。


「あの子は中々優秀に育ったから……。廃棄処分するのは勿体なかったもの。ある程度の歳まで娼館で働かせて……その後はアンデットとして有効活用する事にしたわ。ほっほ、ウェディちゃんと賭けをしているのよね。私も特別賞をあげようかしら?その死体持ち帰ってもいいわよぉ。ほっほほほほ。」

「スフマミさん、もういいよ。」

「何がかしら?」


もう、良いんだ。

君を殺す事はもう決めているんだ。

だからわざわざもう、俺の感情をこれ以上刺激しなくて良い。


俺は彼女を無視してウェディちゃんとの勝負に全集中力を注入する。


そして……


「やったぁ!私の勝ちぃ!」

「あらら。」


2体目の俺の騎士が今盤上から排除された。

残りの俺の騎士はケープただ一人。

そして……この時点で俺の負けは確定した。


今、倒された俺の騎士には今まで引いた全ての強化コインを持たせていた。

一方ケープには一切の強化をしていない。


そう、だから失敗をした。



俺は続ける意味のない勝負を終わらせる為にサレンダーを宣言したのだった。

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