第19話

ここに至るまでの話をしよう。


スフマミの殺害を決めた後に俺とリシアはナクティス達に相談をした。

リシアの過去をざっくりと伝え、スフマミとの因縁、それに彼女の悪行を話すと皆は俺の行動を支持してくれた。


俺の元居た世界でも、こちらの世界でも子供は庇護対象だ。

その子供を道具の様に利用するスフマミは満場一致で排除するべき悪人だった。


「だがどうするってんだ?その女は交渉が終わるまで手出し出来ないんだろ?それで交渉後に姿を隠す可能性が高いっていうとなぁ……。また闇窟に侵入して一から探すか?」

「彼女はヴァンパイアだ。そして俺達よりも組織力がある。一からってなると年単位になるだろうね。」


カイドーは目をつむって悩ましい声を出す。

スフマミの所業は許しがたい。

しかしその為に皆の人生を長期間浪費はさせたくない。

なにより、肝心のリシアがもう耐えられないだろう。

今、彼女は僅かに残った希望に縋ってギリギリの状態で立ち上がったのだ。

だから作戦は速効性を重視する。


「ヴァンパイア……か。」

「大本の真祖は魔界出身なんだろ?何か弱点とか良い案知らないのかよ。」

「ヴァンパイアは……一般的な種族というものではない。真祖という突然変異種が他種族を眷属に変え個体を増やす者達だ。奴らは太陽を嫌い魔界にいるが、魔界原産というのも眉唾物だ。……私も地上で判明している以外の事については詳しく分からん。」


レイダリーの問いかけにナクティスがゆっくりと口を開く。

彼女とリシアは反りが合わないが事情を知った彼女は少し同情的になり何の含みもなく協力を表明してくれた。


「交渉の場所に私を連れていきなさい。みじん切りにしてやるわ。」

「交渉成立前に手を出せば領主が黙っていない。」

「終わってすぐにぶっ殺せばいいじゃない。」

「あ~、それは難しいと思いますぅ~。」


強硬策を取ろうとするアリヤースにリクエラさんが困った顔で交渉の内容について説明してくれる。

リクエラさんは領主とスフマミの間にカッシという闇窟側の男に扮してパイプ役として立っていた。


「ちっ、面倒臭いわね。」

「交渉の場所は当然、闇窟の転移扉を利用出来る場所、か。まあ、そりゃそうだよね。交渉の場にするのも、金貨の移動をするのもその後に姿を消すのにも、それを利用しない手はない。」

「リクエラが油断しているそいつを罠にかけて捕まえるとか……。」

「うーん、それも難しいですねぇ。私のガワのカッシという男はたまたまあの場にいて交渉のパイプ役にされただけでスフマミからはそこまで重要視されている人物ではなかった様です。……まあ、だから私の正体を怪しまれていないのですれどぉ~。交渉の場に同席する事はなさそうですわぁ。」

「なにより彼女はヴァンパイアだ。不意をついたとしても完全に捕縛するのは難しい。」


議論が数秒止まる。

その沈黙の中でリシアが自嘲する様に鼻をならした。


「やっぱり不可能という事ね。」

「あんたの為に皆が頭悩ませてんのよ?態度改めなさいよ。」

「私はもう諦めていたのよ。その男の口車に乗っただけだわ。」


リシアがこちらに淀んだ目を向けてくる。


「別に責める気はないわ。貴方達には元々何の関係もないもの。交渉の場に連れて行ってさえくれればまたあの女の影に潜んで私一人でやるわよ。」

「それでまた失敗するの?同じ手で。」

「……それ以外、手はないじゃない。手足さえ治してくれたら交渉を邪魔する様な真似はしないわ。それで、十分よ。」

「それは自殺と変わらないよ。まだ会議は始まったばかりだ。もう少し検討をしよう。」

「……。」

「……あっ!はいはい!」

「はい、アリヤース。」

「待ち伏せとかどう?姿を隠すにしても交渉の場から移動するには転移扉を使用するのよね?それには準備が必要でしょ?スフマミだけでそれをするとは思えないわ。関わっている人間がいるはずよ。その場所を内部に入り込んでいるリクエラに探ってもらって交渉後来た所をレイダリーが罠にかけて捕縛してしまえばいいのよ!」

「アリヤース、100ポイント!」

「やった!」


議論が活発になるようにポイント制度を急に導入してみたが素直なアリヤースは素直に喜んでいる。

しかし他の皆は相変わらず渋面で悩んでいた。

アリヤースの案、悪くはない。

領主と敵対せずにスフマミを殺すタイミングは交渉成立後しかない。

しかし、彼女を一度逃がしてしまえば再度見つけるのは難しい。

アリヤースの言う通り最も特定しやすいのは彼女が交渉の場から最初に移動する先だ。


「けどよ、もう時間がねぇぞ。それに元々こういった場合に備えて準備はしてるかもしれないぞ?」

「文句言うなら他の案出しなさいよ!0点のレイダリー!」

「謎のポイントでマウント取るなよ……。」


レイダリーの指摘は最もだ。

交渉は2日後を予定している。

準備はもう済んでいる可能性が高い。

リクエラさん1人でその場所を探ってもらうのは確実ではないしそれが向こうに伝わったら場所を変えられるだろう。


「……いや、スフマミの移動先に罠を仕掛ける案。可能かも知れんぞ。」

「流石ナクティス!分かってるじゃない。」


アリヤースの作戦に同意したのはナクティスだった。

アリヤースの案は鼻で笑っていたリシアもナクティスが同意すると顔を背けながらも視線は彼女に向けていた。


「転移門、魔界でも使われている移動方法の一種だ。だがコストが大きいので個人で使用している人物は少ない。転移門には莫大な魔力が必要なのだ。」


彼女は俺が普段お知らせなどを書いている黒板の前に立ち転移門についてレクチャーをしてくれる。


「闇窟の転移門のシステムについてはこの前の潜入の際におおよそ予想がついた。対応する魔法陣同士の扉を繋げているが。使用魔力量は距離と門の大きさに比例して増える。元々魔界とは違い魔素も少ない地上でどうやってそのコストを支払っているか疑問があった。」


彼女は黒板に扉を複数個描き始める。


「下層フロアは大勢の利用者がいる。僅かな事だったので最初は気づかなかったがあの場所は利用者の魔力を吸っていた。」

「えっ?そうだったの?」

「ああ、そうだったなアルヴェン。」


ナクティスの問いかけにアルヴェンは頷いた。


「アルヴェンは体に内包する魔力量が極端に少ない。だからその僅かな変化に気付いた。闇窟の転移システムは利用者によって支えられているのだ。そしてあの場所のフロア数が多いのにも理由がある。」


彼女は今度は扉の周囲に波動の様な線を描き始める。


「転移の流れはこうだ。まず転移扉にキーとなるカードを当て術式を発動する。利用者から吸い上げた魔力がその手助けをする。転移術式はその扉に対応する扉にパスを繋げようとする訳だが。当然、距離が遠ければより強大な魔力を用いて効果範囲を広げる必要がある。その道中、ハブの役割を果たすのが他の扉なのだろう。目的の扉につなげるまでにいくつかの扉を介して魔力の供給が出来れば遠くの門まで繋げる事が可能だ。そして目的の扉が術式の発信に反応し、起動をしてそちら側も術式を発動する。そうして門が繋がるのだ。」


携帯の基地局の様な物か。

彼女の説明を聞いてそんな事が頭をよぎった。


「肝心なのはこれからだ。例えば対応する魔法陣の門が複数個ある場合。どの扉が優先される?」

「……発動した扉から一番近い扉?」

「正解だ、アルメー。私が言いたいのはそこだ。スフマミが逃げる先を特定するのは難しいかもしれない。……しかし奴が交渉の場から消える扉を特定する事は出来るのではないか?」

「……そういう事か。」


俺はナクティスの言いたい事が分かった。

彼女は魔界出身で転移扉のシステムについて理解があった。

だからこの案を思いついたのだろう。


「転移術式に割り込み転移先を変える。それが出来ればスフマミを罠に嵌める事が可能だ。」

「ナクティス……満点だよ。」

「ふふ、役に立てた様で何よりだ。……いくつかこれにも問題点があるがな。」


何点満点か聞いてくるアリヤースを止めるカイドーを後目に考える。

ナクティスの案を実行するのにまず必要な情報がある。

それはスフマミが利用する転移門の魔法陣の形状である。

大前提としてその情報は必要だ。

俺はリクエラさんの方を見る。


「リクエラさん、交渉の場所について何か知ってる?」

「残念ですけどぉ。場所については分からないですわぁ。あくまで私の役割は領主に交渉の方法を伝える事。領主たちは指定の扉から交渉の場所に移動する事になっていますわ。私もその扉の場所についてしか聞いておりませんわ。そしてそれを起動するカードについては当日に私が兵士に渡す事になっていますわ。私もまだ受け取っておりません。」

「そうなんだ。じゃあ、扉の魔法陣について知るのは当日じゃないと無理って事ね。」


交渉の場に立ち会う事は難しい事じゃない。

しかしまだこの策を実行するには越えなければならない壁がある。

それは魔法陣について外の待ち伏せ班に知らせる方法だ。

また術式に割り込む為に本来の転移先の扉がある場所よりも近くに罠を仕掛ける部屋を用意する必要がある。

問題点はいくつかあるものの俺はこの案が最も最善である様に感じた。

この案をベースに内容を詰めていくのが良いだろう。

俺はリシアの方を見る。

彼女も先ほどとは違い真剣に何かを考え込んでいる。


「俺が交渉に同行させて貰うように頼んでみるよ。」

「……危険ではないか?」

「いや、俺がやるしかない。だって外に魔法陣について伝えられるのは俺だけでしょ。」

「スキルか!オオヤの遠隔操作を使えば外に情報を伝える事が出来る!」


アリヤースの案を切っ掛けにドンドン皆から意見が出始める。

俺はその様子を落ち着かない様子で見ているリシアに言った。


「ね?色んな人と協力すれば良い案が生まれるもんだよ。なにより皆優秀だしね。」

「……自分が情けないわ。私は、するべき事もせずに命を絶とうと安易に決めたのね。」


彼女は珍しく皮肉も言わずに素直に自分を責めていた。


「君は若いんだしこれから学んでいけば良いんだよ。」

「私にそんな事が許されるわけないでしょ。……スフマミを殺した所で私がした事はなくならないのよ。」

「君が死んだり苦しんで生きた所で君がした事はなくならないよ。」

「……本当に取り返しのつかない事をしたわ。」

「ちょっ、えっ……。」


リシアは俯いたかと思うと地面にぽとぽとと水が落ちていく。

彼女は泣いていた。

泣いた姿を皆に見られたくないのだろう。

うなだれて出来るだけ顔を隠そうとしている。


「安易な行動と軽率な選択の連続で……。もっと真剣に……生きていれば。」

「……何度も言うけど仕方がなかったんだよ。君はその時、自分なりに悩んで生きてきたんだ。軽々しく過去を肯定しなよとは言えないけどさ。」

「……スフマミを殺す。……悪いけれど、貴方みたいに前向きに生きるなんて私は無理よ。ただ、もうあの女を殺す事を簡単に諦めたりしないわ。何でも……そう本当に何でもしてやるわ。」


リシアの赤く腫れた目には見るからに活力が宿っていた。

目的の達成後もそのまま生きてくれる事を願う。

それにはやはり彼女自身の手でケリをつけさせれなければならないだろう。

しかし、どうした物か。

後二日間でどうやって彼女をスフマミを殺せるぐらいに強くすれば良いのだろう。

彼女は何でもすると言っているのだ。

そのやる気に答えて俺も色々検討してみよう。


「ちょっと二人とも!何をこそこそ話しているの!」


リシアと話している所をアリヤースに見咎められる。

彼女はリシアに鼻息荒く詰め寄る。


「言っておくけれどオオヤは私の過去も知っているんだからね!悲しい過去のアピール程度でオオヤの特別になれるなんて勘違いしない事ね!」

「おまっ……恐ろしいぐらいデリカシーがねぇな!」

「なっ……。あ、貴方こそ何を勘違いしているのかしら。私は別にこの男に興味なんてないわよ。」

「じゃあ、そんな隅っこで悲劇の女アピールをするのはやめなさい!ほら、自分でスフマミをぶっ殺すんでしょ!もっと元気よく議論に参加しなさい!」


アリヤースは強引にリシアの椅子を動かしてテーブルに近づけさせた。

リシアは少しイラついた顔をしていたがすぐに皆と輪に入り話し合いに参加し始める。


リシアと彼女達の間には壁があったが今はそれが取っ払われている様に見える。

アリヤース達にとってそうなってくれた様に、リシアもここを新しく始める人生の居場所と思ってくれたら。

俺としてはそれ以上に嬉しい事はない。


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そして時は今に戻る。

現時点で予想外の事は二つある。

まず、想像していたより扉の数が多い事だ。

この沢山の扉の中からスフマミが交渉後使用する扉を特定しなければいけない。

そしてもう一つは……。

俺は椅子に座りプラプラと足を動かすウェディちゃんを見る。

彼女は俺の視線に気づくと椅子から飛び降りて俺の方にやってきた。


「ねぇねぇ、オオヤ。」

「うん、どうしたんだい?」


俺は屈みこんで彼女と目線を合わせる。

彼女は内緒話をするように耳打ちをしてくる。


「なんでスフマミを殺したいの?」

「……」


背筋に汗が流れる。

やっぱり彼女には俺の殺意がバレていた。


「えーっと、ね。」

「この前、スーニディを殺さないでくれてありがとう。そのお礼に黙ってあげてたんだよ?」

「あ、ありがとう、ウェディちゃん。」


ウェディちゃんは俺の友達だが闇窟側の人間だ。

スフマミへの殺意をバラされたら不味い。

俺の殺意がバレたらスフマミに警戒される。

それは作戦の失敗の可能性を上げてしまう。


「スフマミ殺しちゃメっだよ。」

「うーんと、うーん。そうだねぇ。」


俺は今久々に焦っていた。

ケーキあげるから見逃してと言ってみるか?

いや、ウェディちゃんは馬鹿じゃないしそんなアホみたいな事を言ったら機嫌を損ねるだろう。


「えーっと、ウェディちゃんはスフマミさんとは仲良いのかな?」

「ううん、全然。でもスーニディが殺されると困ると思うんだ。」


成程。

スフマミは闇窟の統率者の一人だ。

スーニディさんとしては闇窟の今後の運営の為にも彼女は必要なのかもしれない。


見るからに困った様子の俺をウェディちゃんは微笑みながら見ている。


スフマミは悪い人間だと教えるか?

いや、彼女には人の願望が分かるのだ。

そんな事はとっくのとうに承知しているだろう。

彼女もリシアと同じように特殊な育ちをしている事は間違いない。

表社会で通用するような倫理の話が簡単に通じない可能性が高い。


「オオヤ、困ってる?」

「うん、困ってるな。」

「ふっふっふ。オオヤが困ってるのなんか面白い!」

「ねぇ、お願いウェディちゃん。俺の殺意については二人の中での秘密にしてくれないかな。」

「ええ~。どうしようかなぁ。……それにぃ、すぐにスフマミに伝えないと遅くなっちゃいそうだしぃ……やっぱりそうなんだぁ。」


俺を困らせて喜んでいる彼女とは対照的に自分の顔色がドンドン悪くなっていくのが分かる。


やばい。

あんなに皆と打合せをしたのに俺のせいで失敗するかもしれない。


スフマミが彼女を呼んだ理由が分かった。

ウェディちゃん相手では本心を隠す事が出来ない。


「ねぇ、やっぱり黙っててあげようか?」

「うん、そうしてくれると嬉しい。」

「ふっふっふ、じゃあ勝負しよ!」

「勝負?」

「うん、オオヤが勝ったら言わない。でもオオヤが負けたら言うし、私の言うこと聞いて!」

「……分かったよ。」


勝負。


その内容は分からない。

しかし俺には受ける以外の選択肢はない。

いや、勝負の内容にもよるがそれを長引かせればスフマミに言われる前に罠にハメられるかも。

そうだ、卑怯な手だがお姫様の解呪まで時間稼ぎすれば。

あ、しまった。


ウェディちゃんは俺が勝負の承諾をすると自分の太ももを両手でパタパタと叩いた。

すると突然彼女の姿が消えた。

どこに……!


ウェディちゃんはベッドの上でもがき苦しむお姫様の元にいた。

しかし異常なまでに存在感がなかった。

まるで俺の料理で隠密効果が付けられたかの様に。

近くの兵士は気付いた様子がない。

彼女はそのままお姫様に触れるとまた消える。

そして突然俺の目の前に現れた。


「はい、あの子。後30分はあのままだよ。」

「……ウェディちゃん。君は一体?」


俺の時間を稼ぎたいという願望がバレて対策されてしまった。

どうやら勝負が決着するまで全員この場に留める気の様だ。


「オオヤとの勝負、久々に楽しめそう!」

「……お手柔らかにね。」


ここが正念場か。

俺はまさかの展開を前に動揺するが覚悟を決めた。

ウェディちゃん、大人げないけれど俺はこの君との勝負、何をしても勝つ。

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