第18話

面白い部屋だなぁ。

俺は部屋の中を見渡す。

円形のその部屋には殆ど何もなく、椅子が数脚置いてあるだけだった。

地面には細い溝があり独特な幾何学模様が描かれている。

また壁に沿う様に道が2段あり、そこへは階段で登れる様になっている。

扉の数は1段につき10か所だろうか。

であれば計30個の扉がある事になる。

不躾に部屋を観察していると脇を小突かれる。

そこにいたのは何時まで経っても俺に名前を教えてくれない兵士さんがいた。

彼はいつも通り俺を睨んでいた。


「おい、キョロキョロするな。集中しろ。」

「ああ、ごめんごめん。興味深くて。」


この日、この場でスフマミと領主の取引が行われる。

俺はスフマミの殺害を決めた後、兵士さんと連絡を取った。

領主は今後の俺達の協力を任意とした。

その協力をさせて欲しいと願ったのだ。


あの文言はリクエラさんの協力が必要な事を踏まえて記載したのだろうが。

領主は今回の取引は帝王に秘匿して行っている為、あまり多くの人間を動かせない。

しかし、取引の場では相手が何をするか分からない。

不測の事態が発生した場合に備えて事情を知っている俺達を雇わないかと売り込んだ。

兵士さんは露骨に怪しんでいたが領主は了承した。

断られたらリクエラさんの協力を交渉の材料にしようとしたがスムーズに済んで良かった。

領主としても手持ちの兵士だけでは不安だったのだろう。

何せこの場には領主の娘も同席するのだから。


今はまだ、領主の娘も交渉相手のスフマミすらいない。

しかし兵士達は既にナーバスの様で顔色が非常に悪かった。

俺は彼らに笑顔を向ける。


「そんなに緊張しないで大丈夫だよ。超強い俺に任せておけば問題ないから。」

「本当に余計な事はするなよ……!お前はあの女に圧をかけるだけでいいのだ……!」


彼ら視点では俺がスフマミを積極的に殺す理由はないはずだがあまり信頼されていない様だ。

俺は苦笑して両手を胸の前で振る。


「貰ったお金以上の働きはしないよ。変な功名心は出さないさ。……あっ、来たみたいだ。」


その時、2階の扉が一斉に開く。

そこから現れたのは黒いプレートアーマーに身を包んだスフマミの部下達だった。

彼らは2階から飛び降りて下に降りてくる。

丁度俺達は囲まれた形になった。

兵士達はそれに反応し戦闘態勢に移行した。

しかし彼らはそんな兵士を完全に無視してある一つの扉の前に並列した。

主を出迎える準備をしている様だ。

彼女はこういった演出が大好きなんだな。

扉が開き現れたのはスフマミ。

リシアの仇だった。


彼女は余裕そうに黒騎士達で作られた道の真ん中を歩いてこちらまで来る。

そして俺を見つけて不快そうな顔をした。


「あら、何で貴方がいるのかしら。」

「付き添いだよ。君が恐ろしいから兵士さんにお願いされたんだ。」

「おい……」

「あっそう、ふぅ……。念のため依頼しておいて良かったわ。」

「ん?」


スフマミが指を鳴らすと黒騎士の一人が三階にある扉にカードを当てた。

扉が開かれそこから出てきたのはなんとスーニディさんだった。

彼女も心底不愉快そうに俺を見下ろしている。

この場で俺の事を好意的に見てくれる人は皆無だった。


「あーっ!オオヤ!」

「えっ?」


少ししょんぼりしているとスーニディさんの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

白いドレスに身を包んだ彼女はスーニディさんを通り過ぎ3階から飛び降りると俺に抱き着いてきた。


「ウェディちゃん?」

「久しぶり!なんでここにいるの?」


天真爛漫な笑顔を俺に見せてくれるウェディちゃん。

彼女の質問は俺の質問でもあった。


「ウェディ、そいつに近づくな!」

「えー……。ごめんね、また後でね、オオヤ。」


彼女はスーニディさんに叱られると彼女の元へ戻っていった。

スフマミは意外そうにそれを見ていた。


「ウェディちゃんと顔見知りなのね、あなた。随分懐かれているわねぇ。……貴方もしかしてこちら側?」

「人聞きの悪い事言うのは止めてくれるかな。彼女とは純粋なる友達だよ。ね、ウェディちゃん。」

「うん!私はオオヤの友達!」

「友達、ねぇ。……大丈夫なのでしょうね、スーニディ。」

「ちっ……、問題ないよ。どっちにしてもやるのは私だ。」


スフマミはスーニディさん達を今回の取引の立会いに呼んだのか。

彼女も彼女で保険を掛けていた様だ。

というかウェディちゃんは一切変装していないが兵士達に姿を見られても問題ないのだろうか。

スーニディさんがウェディちゃんを大事に思っているのは間違いないがそれにしては所々無警戒な部分が多い。

笑顔でこちらを見るウェディちゃんとは対照的にスーニディさんは俺に殺人光線を向けてくる。


「体、治ったんだね。良かったよ。」

「何を企んでいるか知らないけど前回の私と一緒と思うなよぉ。」

「何も企んでいないって……。本当にただの付き添いだよ。」


敵対しているのは領主側と闇窟側同士の筈なのに何故この場で俺がどちら側にも一番警戒されているのだろうか。

味方はウェディちゃんだけである。

しかし、彼女は確か人の願望が分かるんだったか。

もしかしたら彼女だけは俺の企みに気づいているかもしれない。

俺は少し心配になりウェディちゃんの様子を伺う。

彼女は俺の視線に気づきただ悪戯に微笑んだ。

えっ、やっぱり気づかれているのかこれは。


「ふぅ、もう良いわよ。さっさと取引を済ませましょう。それで、準備は出来ているのかしら?」

「……ああ。」


スフマミは埒が明かない俺の事については話を切り上げて本題に入った。

兵士さんは彼女の催促に応じ部下に指示を出した。

その部下は俺達の背後にある扉にカードを翳して扉を開けた。

他の扉よりかいくらか大きなその扉から入ってきたのはベッドに寝かされている女性、いや少女だった。

ベッドの四隅を持った兵士に運搬された彼女は部屋の中央までやってきた。


「ほっほ、星光の姫君と評されるだけはあるわぁ。随分美しいわねぇ。」

「黙れ」


スフマミの挑発に兵士さんは俺の知る限り過去最高の怒りの表情を見せた。

ライゼンハルト卿のご息女にして上流階級の間で星光の姫君と評される美貌を持つ彼女はベッドの上で苦しんでいる様に見える。

何故断定出来ないかというと表情が見えないからだ。

彼女の地肌は一切見えなかった。

何故なら本来地肌が見える服の隙間からは黒いモヤの様な瘴気しか見えないからだ。

驚くべき、そして恐ろしい呪いだ。

確かにこれほどの呪いを完全に解呪しようとすれば神の涙レベルのアイテムが必要だろう。


「さっさと神の涙を寄こせ……!」

「その前に金貨も持ってきなさいよ。」


彼女が現れたのと同じ扉から五つの箱が運び出される。

おお、こっちはこっちで驚きだ。

金貨50,000枚なんて俺の様な庶民では一生拝めない金額だ。

スフマミもそれをうっとりとした目で見ている。

なんか彼女と同類みたいで嫌だな。


「ほっほほほ、良いでしょう。じゃあ、カッシから伝えていたと思うけれど交渉の内容をおさらいするわ。神の涙の使用はこの場で行い、それにより本物と証明しましょう。ご要望通り金貨の運び出しはそれからにするわ。ただ、姫様の移動は金貨の運び出しが済んでからよ。」

「……分かった。」


神の涙の真偽の判断は聖教会の関係者ではない俺達には出来ない。

ならば実際に使用してみて判断するしかない。

なのでお姫様にこの場で使用させる。

金貨の運び出しはその後行われるがそれをこちらが邪魔した場合、お姫様に危害が及ぶ。

スフマミが求めているのはあくまで金貨でお姫様の命には興味がない。

金貨が運び出されるまでの人質である。

そして金貨が運び出された後、スフマミはこの場を去り、姫様はようやく帰る事が出来る。

リスクとリターンの関係でこの方法が取引を完結させるのに適した順番だと領主と彼女との間で決定した。


俺はスフマミを殺したい訳だがこの順序だと俺が彼女に手を出せるタイミングがない。

交渉終了後彼女がここを出てから殺害をしなければお姫様に危険が及び俺達は領主と完全に敵対する事になる。

だが当然この交渉の流れに関しては俺も事前に知っていた。

俺も俺で策を持ってこの場に臨んでいる。


スフマミは懐から小瓶を取り出した。

それを兵士さんに向けて投げる。

彼は慌てた様子でそれを掴んだ。


「なっ……!貴様!」

「ご要望の神の涙よ。早く使いなさい。」


小瓶の中には大さじ一杯程の液体が入っていた。

液体自体が白い光を発しており神聖な雰囲気があった。

兵士さんは震える手でそれをお姫様の元まで持っていく。


「零さない様に気を付けなさい。貴方の間抜けで取引が失敗したとならないようにねぇ。」

「静かにしていろ!」


彼は慎重に小瓶の蓋を外し姫様の口元へと飲み口を付ける。

そして徐々に瓶を傾けていき、彼女に液体を口に含ませた。


「おおー。」


効果はすぐに現れた。

彼女が纏っていた瘴気が音を立てて霧散していく。


「あら、どうやら本物だった様ね。良かったわ。」

「なっ……!どういう事だ!」

「だって、私達はそれをあの司教から手に入れただけだもの。本物かどうかの確証なんて無かったわ。試そうにもそんなちょびっとの量ではねぇ。」

「でもちょっと待って、瘴気は晴れているけど全然肌が見えないよ。」


口論をする彼らを俺は止めてお姫様に注目させる。

彼女の瘴気は確かに霧散しているが完全に解呪されている様子はない。

兵士もそれに動揺をした。


「な、何故だ……。」

「随分質の悪い呪いみたいねぇ。でもそれが神の涙であれば確実に解呪される筈よ。時間が掛かっているだけでしょう。」

「クソっ……!完全解呪を確認するまで金貨の運び出しはさせんからな!」

「ふぅ……。分かってるわよ。待ってあげるわ。でも金貨の検めはさせて貰うわよ。」


彼女はお姫様が解呪されるまでの間金貨を確認させろと要求してくる。

まあ、彼女からすれば当然の要求だろう。


兵士たちは金貨の山からランダムに金貨を取り出すと彼女の方に放り投げた。


「あら?さっきの意趣返しのつもり?」


椅子に座った彼女は地面に落ちた金貨を拾う様子がない。

そしてチラリと俺の方を見た。

えっ、もしかして俺に拾わせるつもりか?


「今後の事を考えて貴方に釘を刺しておきましょうか。ヴァンパイアを殺した経験があると嘯いていたけれど。私をただのヴァンパイアと同じと思わない方が良いわよ。」


どうやら違った様だ。

彼女がそう言った次の瞬間、地面に落ちた1枚の金貨がひとりでに弾かれて彼女の手元に飛んでいった。

成程、地面の溝はその為か。

スフマミは俺に挑発的な目を向けてくる。


「血の操作……。この前も見たよ。芸がないね。」

「あら……そうかしら?じゃあこれはどう?」


地面の細かな溝には血が流れていた。

彼女はそれを操作して地面に散らばった金貨を回収していく。

兵士達はその様子にどよめいていた。

彼女はその溝を埋めている血液全てを完璧に操れるとアピールする様に動かす。

そして彼女の部下の黒騎士の一人がその血で形成された刃に貫かれた。

彼は無言で殺され、他の黒騎士達はその暴挙を一切気にした様子はない。


「どうかしら?オブディウムで出来た鎧も殆ど抵抗なく貫く事が可能よ。」

「へー、凄いな。血液の魔力の伝達性は高いからね。君の血液操作と合わせれば確かに強力な武器になるだろうね。」

「……いまいち分かっていないようね」

「心配しなくてもこの場で俺は何もする気ないよ。」


この場ではね。

兵士たちはしっかりスフマミのパフォーマンスに圧倒されている様だ。

彼らにはもう強引にこの場を制しようという考えはなくなっただろう。

この場所はもうスフマミの血の領域なのだ。


スフマミは吸血鬼なので人間の弱点とされる場所を切り裂こうが簡単には死なない。

加えて血の操作による攻撃は広範囲に強力な攻撃を可能にする。

また彼女は肉体を眷属の姿に変えて移動する事も出来る。

しぶとさはその吸血鬼のランクにもよるが彼女は明らかに雑魚ではない。


吸血鬼との戦闘の何が厄介かというと耐久戦になる事だ。

ナクティスであれば強力な一撃で欠片一つ残さずに消し炭にする事が可能だろう。

しかし、例えば彼女の身体の一部を眷属に代えて隠しておけばそこからでも再生出来る。

当然大幅な魔力の消費がされるが。

何より彼女は逃げる事に何の躊躇いが無さそうだ。

これでプライドの高いタイプであれば死ぬまで殺し続ければ良いから楽なんだけれど。


太陽に弱いという明確な弱点があるが太陽の力を持つ鉱石は大変貴重な物だし、彼女も容易に陽の下には出てこないだろう。


俺ははったりではなくヴァンパイアを何人か殺した事がある。

だから彼女がアピールせずともその強さは理解している。

俺は彼女をこの場で殺す方法をいくつか咄嗟に考え始めたがすぐに思い直した。

彼女を殺すのはこの場ではないし、俺ではない。


俺はナクティスやリシア達と考えた作戦を再度頭の中で思い出す。

条件は違うけれど試行はしてみた。

皆優秀だ、俺が失敗しなければきっと成功するはずだ。


俺は自分の責任を再認識し久々に少し緊張してきた。



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