第17話

リシアはもう話す事はないという態度で俺に殺されるのを待っている。

俺はそんな彼女をこれから説得する。

彼女をこのまま殺してしまう事は俺の中の選択肢にはなかった。


「君が……これまでしてきた事に後悔している事は分かったよ。それが取り返しのつかない事だっていう事も。でもスフマミを殺す目的自体は間違っていたのかな。」

「ふっふふ、何を言うかと思えば……。諦めずにスフマミを殺せっていう訳?その為に私は後何人殺して後何人の子供を地獄に落とせば良いのかしら?」

「彼女を殺さなければ同じ事だよ。」

「じゃあ貴方がやりなさいよ!」


彼女はコップを俺に投げつけてくる。

中に入っていた水が俺の服を濡らす。


「私よりよっぽど強くてよっぽど経験も積んでいるんでしょう!?やりたいなら貴方がやりなさい!ふっふふ、ごめんなさい。出来ないわよねぇ!?だって今やあの女は領主に守られているもの!」


彼女は俺の話をしっかり聞いていた様だ。

スフマミは領主と交渉中だ。

少なくとも神の涙の譲渡が終わるまでは彼女に手が出せない。

それは領主に歯向かう事と一緒だ。

神の涙が失われ領主の娘が死んだ時、彼がどういう行動をするか分からない。


「あの女は貴方を警戒していたわ。もう金の受け取りが終われば容易に近づかせてくれないでしょうね。……で?それでも諦めずに頑張れって?あの女を殺す為にまた一から殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺せっていうの!?軽々しく言ってんじゃないわよ!」


彼女は喉が裂けそうな程に怒声をあげたかと思うとまた急に項垂れる。


「……本当に、もう、お願いだから殺して。私は、もう疲れたの。スフマミを殺すなんて目的も言い訳の目的でしかなかったんだわ。……私があいつの暗殺に失敗した後の第一声はなんだと思う?……ごめんさい、許して下さい、よ。……私はあの女に許しを、求めたのよ。」


生きる気力を失い、自分のこれまでを否定されたリシア。

彼女を説得するには表面的な一般論では不可能だろう。

俺は目を閉じてよく考える。


「……リシア。スフマミを、殺そう。」

「……私を馬鹿だと思っているのかしら。まあ、そう思うのも無理もないけれど。貴方の事は信じられないわ。どうせ私の手足の様に誤魔化しで先延ばしにされるだけでしょう?それでその内新しい生きる目的でも持つと思っているの……?」

「君の手足も治すし、スフマミも殺す。」

「だから……!」


今度は彼女はピッチャーを投げようとしてくるがその前に俺は彼女の顔を両手で挟み俺と目を合わせる。

彼女は突然の事で固まりピッチャーを手から落とした。


「リシア、君の手足の事を後回しにしてしまって本当にごめん。でももう待たせる事はしない。」

「ちょっ……と、離しないよ……。」

「そして約束を破ってしまった事も。でも俺の目を見て話を聞いてほしい。」


俺は彼女の顔からそっと手を放す。

彼女は幸いにも目を逸らさずに俺の事を見てくれた。


「俺は君の人生を肯定する。」

「……サイコパス偽善者が適当言っているんじゃないわよ。」

「残念だけれど、スフマミの想定通りに君は行動をした。それは仕方がない事だ。人は自らの人生の経験からしか選択を選べないのだから。でも君は一点、スフマミの想像を超えた。彼女を殺すと決めた事だ。」

「ただの、言い訳の目的よ……」

「それでも彼女にとっては意外だったはずだ。それが出来ない様に恐怖を植え付けていたんだろうからね。君は彼女の支配から抜け出している部分もあったんだ。」

「でも、結局同じ事よ。失敗したのだから」

「まだ失敗していない。」


言い切る俺に彼女は目を少し見開く。


「彼女の搾取構造は既に出来上がっているけれど大本の彼女を殺せば被害に遭う子達は大幅に減るはずだ。彼女を殺す事は間違っていない。」

「だから、なんだっていうのよ。」

「俺が君のスフマミ殺害の手助けをする。」

「だから、あの女を殺せば領主が黙っていないわ。貴方は、あの魔族達より私を優先するというの?」


領主と敵対するという事はナクティス達を巻き込む事になる。

軽々しく出来る決断ではない。


「私、貴方にそこまでしてもらう程親しかったかしら?お生憎様、私は貴方の事が大っ嫌いよ。」

「君の為だけに言っている訳じゃないよ。俺は過去の経験から孤児院に少し思い入れがあるんだ。俺自身が孤児だった訳じゃないけどね。」

「貴方が……?」

「俺も大勢の人間を殺してきた。そして君と同じように目的を失い今までの殺人の罪に苛まれた。そしてある日、俺が殺した人の子供がいる孤児院に行った事がある。で、その子供に襲われたわけだけど。」

「なにやってるのよ……」

「運営の人にも色々話を聞いたよ。そこは地域の人達の寄付によって成り立っていて就職先の斡旋もしてるらしくてね。犯罪に手を冷めることなく手に職を付けられるって。」

「……良い所ね。」

「うん。そして俺はその時こう思った。社会っていうのはなんて素晴らしいんだと。」

「……は?」

「俺は何も考えずに人を殺していた。その人に家族がいるとかそういった事は一切考えずにね。」

「貴方が殺したんだから相手は悪人でしょ?」

「それは人の考え方次第だね。少なくとも俺は別に相手が悪人だから殺すとかそんな考えはなかったよ。ただ本当に軽々しく殺していた。俺のせいで多くの不幸が生み出されただろうね。」

「……」

「そんな俺の尻拭いをしてくれていたのはこの世界の住人が作り出した社会だった。社会が残された子供達を助けていた。だからその社会の構造を乱すスフマミの事は……うん、好きになれないね。」


俺の話は身勝手なものだ。

しかし本心を話している。


「俺は目的を失った後に、この素晴らしい社会に属したいと思った。その一員となって社会に貢献し、人々の役に立てる様な人間になりたいと思った。」

「贖罪って、事かしら?」

「いや、違うよ。もっと自分勝手な理由さ。俺は後ろ向きな理由でそう思ったわけじゃない。だってそんな事は別に贖罪にならないだろう?それこそ偽善的な事だよ。俺は今までの人生が否定されて、でも死ぬ気になれなかったから前向きに生き方を変えただけだ。」


彼女はポカンとした顔で俺を見る。

こんな事普通なら絶対に他人に引かれるから言えない。

しかし今は彼女の説得の為にさらけ出す。


「貴方……なんて自分本位なの。」

「君の今の気持ちも俺は分からないでもない。でも一度生きる方向に舵を切って前向きになるのも悪くないよ。何だかんだ今、俺は楽しいし。」

「私は貴方のように開き直れないわ。」

「そうかい、でもスフマミを殺してからなら前向きになれるんじゃない?俺の目的は元々が自分の為だけの理由だったけど彼女を殺害する事は社会のためになる。君の個人的な利益というわけでもない。」

「だから、それは不可能でしょう。」


彼女は頭痛に耐えきれないかのように頭を振った。


「あなたが、スフマミを殺す個人的な理由を持っている事は分かったわ。でもそれは彼女達を巻き込んでまでやる事なの?本当に後悔しないと言える?」

「別に彼女を殺すイコール領主と敵対するという訳でもない。」

「あいつは間違いなくしばらく姿を消すわよ。次のチャンスが来るまで私に馬鹿みたいに待てと言うの?」

「いや、例えば取引成立後すぐに殺すとか。」

「……どうやってよ。」

「さあ?思いつかないね。」

「貴方ね……!」


コケにされていると思ったのかリシアは鋭い眼光で俺を睨む。


「俺達じゃ思い浮かばないならナクティス達に相談すればいい。協力をお願いすればいい。」

「あいつらには何の関係もないのよ?協力してくれるわけないでしょう!」

「それは決めつけだよ。それを言うなら俺だってさっきまで君に協力する気なんて無かったさ。一度話して見なければ分からない。」

「屁理屈ばっかり……!」

「さっきも言ったけど。人は自分の経験からしか選択肢を選べない。だから人は勉強して多くを知り、人と関わり多くを経験する必要がある。それが選択肢を増やし自分の人生を豊かにする。」


元引きこもりで大量虐殺者が面の皮の厚い事を宣っているのは自覚している。

だが俺の言っていることは間違っていないはずだ。


「だから皆に意見を出して貰おうよ。良い案が出てくるかもしれない。」

「なんで……貴方はそう前向きに考えられるのよ。」

「自分の人生を後ろ向きに生きてなんの意味があるんだよ。」


俺の粗野な口調に彼女は驚いた顔になる。


「俺は大勢殺した。大勢の人間を不幸にした。自分のやってきた事は間違いだったと思った。でもそれで自殺して何の意味があるんだ?被害者の気が少し晴れるのか?晴れたからなんだっていうんだ?それは俺が死んでまで晴らさなきゃいけないことなのか?もしくは罪を思って毎日贖罪をするのか?自分不幸です反省してますって面で生きれば何か意味があるのか?……俺は無いと考えた。だから前向きに生きている。」

「貴方、頭がおかしいんじゃないの?」

「……人生はどうやっても主観で生きるしかない。なら前向きに楽しく生きたほうがいいよ。きっと。俺もまだ生きている途上だけどさ。」


俺は彼女に再度果物を差し出す。



「スフマミを殺そう。殺す方法を前向きに検討しよう。話はそれからだ。それから自分の生き方をまた決めればいい。その後の君の決定には俺は口出さないよ。」

「……」

「というか俺は君がこのまま死のうが彼女を殺すよ。良いのかな?もしかしたら君のやってきた事は間違ってなかったかも知れないんだぜ?それを知らずに死んだら勿体無いと思わない?」

「本当に……本気なんでしょうね。」


リシアは俺の強引な話にようやく食いついた。


「うん、本気だよ。なんなら君に依頼しようか?スフマミの暗殺を。」

「……不要よ。」


彼女は俺の手から果物を奪い取って齧った。


「良いわよ……上等よ。貴方の口車に乗るわ。どうせ死ぬならあいつを殺してから死んでやるわよ。」

「うーん、もっと前向きに考えて欲しいけど。君がやる気を出してくれて嬉しいよ。それで暗殺を断られたけど、やっぱりスフマミには君自身の手でケリをつけるのが良いと思う。」

「……正直、私の手足が治療されてもあいつを殺せるイメージが出来ないわ。」

「まあ、君って正直クソ弱いもんね。」

「殺すわよ。」


まだ無理している部分もあるだろうがリシアの調子が段々戻ってくる。


「勿論手助けはするさ。」

「……あいつを本当に私自身の手で殺せるなら私はなんでもするわ。」

「オーケー……じゃあ、早速ナクティス達に相談しよう。」


こうして俺はもう関わる必要がなくなったと思った闇窟に今度は自らの意思で関わる事になった。

そう決めた一番の理由はリシアの未来に興味があるからだ。

スフマミの殺害という目的を達した後、彼女はどういう生き方を選択するのであろう。


俺は部屋を出てナクティス達をフロントに呼んだのだった。



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後日……


「ここはなに?……手術室?手術室って何よ。何、この明かりは……。というか私はなんで縛られているのよ。カルト宗教の儀式が思い起こされるのだけれど、あなた私を生贄にでもするつもりなの?手術をする?だから手術って何よ!この拘束を解きなさい!私の手足をくっつける?馬鹿言うんじゃないわよ!何よそのナイフは!……接合手術?貴方聖教会に接合治療の手配をしたと言っていなかったかしら?……ちょっ、近づかないで!……えっ?ええ、確かにあの女を殺すなら何でもすると言ったわよ。でもそれがこの生贄の儀式と何の関係があるのよ。私の強化をする?……ねぇ、本当に何かの儀式をするつもりなの?私の理性は大丈夫なのよね……?……なんで何も言ってくれないのよ!っていうか貴方もやった事がないから知らないんでしょう!ちょっ……そこの魔族!なんでいるか知らないけどこのイカレを止めて頂戴!助け……」

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