第15話

その後の話。

兵士達は闇窟の侵入の二日後にまた俺の宿にやってきた。

領主の許可なしに帰宅した事について何か言われるかと身構えたがそれについて言及される事はなかった。

代わりに彼らが行ったのは謝罪だった。

その際に彼らがした両手をこちらに見せ頭を下げるのは帝国においては最上級の謝罪の意を示す行為だった。

そのまま彼らは領主の沙汰を伝えた。


下級市民オオヤ、ならびに彼が運営するギルドに所属する者どもに対し、今回の捜査に協力したことに感謝の意を表し、相応の報酬を授与するものとする。また、聖教会司教ヤイ・マート殺害の嫌疑に関しては誤りであったことをここに認め、オオヤの名誉を回復する措置を司法および新聞社を通じて速やかに執り行う。

なお、今後においては捜査協力について任意の意思に基づくものとし、強制を伴わぬ方針をここに示す。


 兵士が読み上げた内容は今までの態度が嘘であったかの様にこちらを慮った物だった。

おそらくこちらが領主の弱みを握ったのと神の涙を手に入れる算段がついた為だろう。

領主はスフマミさんの交渉に応じる事に決めた様だ。

それにはリクエラさんの協力が必要だし俺達に余計な介入をさせたくないのだろう。

強引な策ではなく懐柔策を取ったのはアリヤース達が自分達の強さを兵士達に示した事も効いていそうだ。


「それでね、気になる報酬の方だけど……。なんと金貨300枚も貰えたよ!そもそもの依頼の神の涙の入手は出来なかったのにこれだけ貰えたんだから得したかな?アリヤース達は少なすぎるって怒っていたけど。」

「……。」

「それでね、君にも嬉しい知らせがあるよ。俺が聖教会を出禁になっている件を相談したら彼らに話を通してくれてね。治療を受けさせてくれる事になったよ。まあ、元々法律的には恣意的な治癒対象の選別は違法だしね。それに優先的に治癒の順番を回してくれてね。来週には君の手足を治せる事になったよ。」

「……。」


俺はベッドの上で天井を見つめるリシアに語り掛ける。

彼女が求めていた治癒の話なのに一切の反応を示さない。

俺の宿の機能で薬の影響は抜けた筈だが彼女は生気を失った様子で帰宅後から一言も口をきかない。


俺は切り分けた果物を彼女に差し出す。


「ほら、食べな。」

「……。」

「もう二日も食べていないじゃないか。断食後は果物とかスープとか消化の軽い物から食べた方がいいからね。」

「……て」

「ん?」

「ころして。」


久々に口を開いたと思ったらまさかの殺害依頼だった。


「はは、俺は君と違って暗殺者じゃないからなぁ。殺しの依頼は受け付けてないよ。」

「……」

「でも、食事をしないのは死にたかったからなんだ。残念だけどこの部屋にいたら多分飲まず食わずでも後一週間は生存できるよ。」


実際に試した訳ではないから分からないがスキルが伝える彼女の状態は悪くない。

彼女は水すら取っていないにも関わらずだ。


しかし彼女の様子はどうした事だろう。

生きる気力というものが一切感じられない。


スフマミさんとの関係、何故あそこにいたのか、何故今死にたがっているのか。

知りたい事が山程ある。

彼女は自分の話を積極的にしないので知らない事が思えば沢山ある。


「昨日、血痕がベッドにあったのは自傷行為をしてたから?でも生半可な傷じゃあこのベッドが治しちゃうし。死にたいならベッドから出て舌を噛むのが1番早いかな。」

「……」

「でも自発的に死ぬ事も出来ないのかな?……誤解されたくないから言っておくけど君の事を死にたいアピールしている半端者って言ってるわけじゃないよ。自殺をする人間の大半は精神が疲弊して判断能力が低下してしまったんだ。自らを殺す生物なんて普通に考えたらまともな状態じゃないさ。つまり君はまだギリギリ正気を保っているようだ。」


俺は手に持っていた果物を自分の口に放り込む。

彼女の無気力状態、5年前の自分を思い出す。

事情を聞き出したい。


「……うん、美味しいなぁ。それで、まだ生きるか死ぬか揺れているなら前向きに生きる方向に舵を切ってみない?君の友人として手助けぐらいはするよ。」

「もう……どうでもいいのよ。」

「どうでも良い……。何が?」


問い掛けてみるが彼女はまた押し黙ってしまう。

どうしようかな。


「よし、じゃあこうしよう。もし事情を話してくれたら君を殺してあげるよ。苦しみもなくまるで眠る様に。ただ、話さないなら君を無理やり生かす。残りの腕を切って何も出来ない状態にする。そしてヒーリングベッドに縛り付けて舌を噛もうが死ねない様にする。」

「貴方……、狂ってるわ。」

「そうそう、俺は狂ってるのさ。だから今言った事は必ず実行するよ。どうする?」


本当は殺す気なんてないし、強制的に生かすなんて非人道的な事もする気はなかったが話を聞かなければ始まらない。

俺の強引な説得は功を奏した。

彼女はため息をついて天井を見つめたまま喋り始める。


「……私には人生の目的があったのよ。随分前からそれを達成する為だけに生きていたわ。だけど……それを失敗したの。だから私にはもう生きる理由がないのよ。」

「へぇ、でも君はまだ若そうだし新しい生きる目的を探してみれば?」

「簡単に言ってくれるわね、なにも知らないくせに。」

「うん、だって知らないし。だから教えてよ。」

「……ずっと殺したい相手がいたの。そいつを殺すためなら何でもするって決めていた。」

「それって……スフマミさん?」


俺の言葉に彼女は否定をしない事で肯定をした。


「私は孤児院の出身だったの。バイカリー山の麓にあるシンタという町の小さな孤児院。周囲は自然豊かで、でも危険生物も少ない良い場所だったわ。生活は豊かではなかったけれどとても……そう幸せだった。」


彼女は話しながら過去を懐かしんでいるのだろう声には珍しく暖かみがあった。


「けれど、孤児院の運営者が急に変わった。前任者は別れの挨拶もなしで消えたわ。そして……そこから地獄が始まったわ。」


彼女の声は震え始める。


「孤児院の仲間達と一緒に別の場所で移動させられて、そこでさせられたのは殺しの訓練だった。新しい運営者は私達を暗殺者として育てるつもりだったの。」


暗殺者の養育所。

創作の設定としてはよくありそうだ。

しかし実際に体験をした人を目の前にすると言葉を失う。


「私達は起きている全ての時間を訓練に費やされた。不出来だった者は教官に見せしめで暴力を振るわれたり辱められたりしたわ。」

「待って、君たちその時いくつだったんだよ。」


彼女は俺の質問に薄ら笑いを浮かべる。


「さあ?元の孤児院の仲間以外もそこにはいたから。でもあいつらは幼い子供が好きだったみたいね。私はその時7歳だったわ。」


絶句する。

7歳というと日本では小学校2年生ぐらいの年だ。

人権侵害というレベルではない。


「あらゆる暴力がそこでは行われていたわ。そしてある日あいつがやって来た。」

「スフマミさん、か。」

「ええ、その場所の元締めはあの女だったのよ。奴は私達を眺めてこう言ったわ。使えない奴はいるか、ロリコンの客先が新しいのを求めているってね。」


あまりにも、残酷で救いのないその環境に俺は聞き入ってしまう。

俺も色々な事をこの世界で体験して来たがここまでの話はそうそうない。


「選ばれたのは私の友人だったわ。今でも目にこびりついて離れない。あの子の最後の姿が。そして奴はこうも言ったわ。使える奴はいるか。こっちの施設に空きが出たからって。……選ばれたのは私を含む数名だった。」


彼女はそこで言葉を止めた。

ここまでの話で既に彼女の過去がとても悲劇的であった事が分かった。

しかし、先を話すのを躊躇う彼女がこれから先、更に悲劇が続く事を示していた。


「そこからは更に過酷な訓練の日々だったわ。仲間同士での実践形式の対人訓練が主な訓練内容だった。だけどある時、殺しの実地訓練と言われて外に連れてかれたの。暗い森の中に顔を隠されて縛られた人たちがいたわ。教官は私にナイフを渡して彼らをただ殺す様に言われた。1時間以内に10人を殺せとね。」


そこまで話して彼女は乾いた笑いを漏らす。

人間は逃避行動として辛い状況から精神を守る為に笑う事がある。

まさに今の彼女のように。


「縛られていたんだもの。別に殺す事自体は難しくなかったわ。今なら1分で全員殺せるでしょうね。でも、私はまだその時は人を殺した事がなかった。だから20分程悩んだわ。その時は意外だったけれどいつも厳しい教官は何時まで経っても殺そうとしない私に何も言う事はなかったわ。……けれど1時間後、達成出来なかった時に何をされるか恐怖した私は結局ナイフで一人目の首を後ろから切り裂いたわ。訓練をしていたから人の殺し方は分かっていた。大分衰弱していたみたいで抵抗も無かったし初めての殺人は簡単に済んだ。一度殺したらその後は早かったわ。同じように作業的に首を切っていった。結局最初の殺人から20分で10人全員殺し終えた。」


この世界でも最初の殺人は誰でも忌避感があるらしい。

一部の貴族では幼いころに罪人を用いて戦の前に最初の殺人を済ませておく事が風習として残っていると聞いた事がある。

彼女の最初の殺人は身元不明の相手を対象に行われた様だ。

しかし、その相手はきっと。


「全て殺し終えた後に教官は汚わらしい笑みを浮かべながら死体から顔を隠していた麻袋を剥ぎ取ったわ。……彼らは私の孤児院の友達だった。」


俺の嫌な予感は当たっていた。


「ふふ……、本当に間抜けよね。あいつらのする事だから予想は出来たはずなのに。私は何も考える事なく、罰に怯えて友達を殺したわ。たった20分悩んだだけで、たった20分で全員。」


その後の彼女の話も全て凄惨極まる残酷な話だった。

ある日地獄の日々に耐えきれず自殺をした仲間がいたがその子は死後死体を見せしめに辱められたそうだ。

その事をえづきながら語るリシア、もし胃が空っぽでなければ彼女は吐いていたであろう。

選抜された者が揃うその訓練所の中で不出来だった者からスフマミは数名選び

彼女が運営する娼館に働かせた事を話す時は時折笑いが漏れていた。


「ここにいる私達は優秀だから簡単に捨てはしないから安心しなさいと言われたわ。ふふっ、あの女の直接関わる訓練所は女しかいなかった。女はいくらでも使いようがあると嬉しそうに話していたわ。あいつにとって女は暗殺者としては不合格でも他に利用価値があるからに扱っていた様ね。私が最初に殺した10名の中に女はいなかったわ。最初の訓練所にいた頃から性的虐待は不出来な子にされる罰だった……。私は罰を受けたくなかったから必死に訓練した。必死に訓練して私以外を地獄に落としていったわ。」

「それは……、君の所為ではないだろう。」

「そんな事はどうでも良いのよ。結果は結果よ。……従順だったのとスキルがあった事もあってその時の私はスフマミのお気に入りだったわ。直接訓練を受けた事もあった。それともう一人、スフマミのお気に入りがいた。」


そのスフマミのお気に入りのケープという少女の話をするリシアの顔には久々に純粋な笑みが浮かんだ。


「あの子は面白い子だったわ。表向きは私と同じように従順に従っていたけど裏ではずっとスフマミに反抗していた。隙を見つけて脱出してやるってよく息巻いていたわ。……同じ事をされてきたはずなのに心が折れた私とはまるで正反対だった。私は彼女に憧れたわ。私も彼女の様になりたいと思った。」

「そうなんだ、凄い子がいたんだね。」

「ええ、本当に……。だからあの時、私が失敗しなければ脱出は成功していたはずだったのに。」


彼女の語る話に希望はない。

それは最初から分かり切っている事だった。

自ら死ぬ事を決めたリシアの人生の話なのだ。


「ある日、私達の実務への運用の前に暗殺任務を試しでやらせる事になったわ。ケープはその日がチャンスだといった。幸いな事に私達は特別扱いだったから同じ任務に遣わされた。……それで、くっふふふ。ふふっ、言わなくても分かるでしょう?間抜けにも私だけ脱出したのよ。ケープは私のミスをフォローする為に……抜け出せなかったわ。」


彼女は詳細を語る事も嫌な様で狂った笑みで結果だけを話した。

しかし脱出に成功をした?

であれば何故リシアはこの都市で暗殺家業をスフマミの下でしていたんだ?

色々疑問があるがその前に……。


俺はピッチャーとコップをキッチンから動かし、部屋にいれた。


「とりあえず、一旦水飲まない?水分取った方が良いよ。」


ただでさえ水分不足なはずの彼女は話している間、涙を流していた。

よろよろとコップを手に取った彼女を見ながら考える。


リシアはスフマミの下で過酷な人生を送っていた。

しかし犠牲が伴ったが彼女の支配から一度抜け出した様だ。

だがリシアは俺と暗殺者として出会った。


そこに至るまでの経緯はこれからの話で知る事が出来るだろう。

だがこの時点で既に俺の心は決まっていた。

リシアには絶対に生きて貰う。


俺はブレイクタイム中に彼女を説得する方法についても考えを巡らせるのだった。

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