第14話
扉から現れたのは俺の予想とは違いナクティス達では無かった。
大柄なその男はリードを持っておりその先にはあられもない姿をした女性がいた。
横にいる兵士さんが彼女を見て目を若干見開く。
「カッシ、取り込み中よ。」
「……は!申し訳ありません、しかしご報告がありまして。奴らの内の一名を捕えました。」
「あら?ほほ、オオヤちゃん、残念だったわねぇ。私の部下の方が優秀だったみたい。」
確かに連行された女性は見覚えがある。
領主が連れていた兵士の一人だ。
だが違和感が一つある。
何故彼女だけなのか。
兵士と俺の仲間達はチームを組んで行動している。
考えられるパターンは3つ。
1つは俺の仲間は殺された為いない。
2つ目は兵士だけを捕らえる事が出来た。
この2つの可能性は低い。
何故なら、どちらにしてもカッシと呼ばれた彼がその事に言及する様子もないからだ。
そして戦闘をしたにしては兵士の肉体に傷がない。
最後の1つのパターンは彼が偽物でリクエラさんが変装した姿である事だ。
「どうやら、そうみたいだね。」
「……ちっ。」
おそらく兵士さんも気づいた。
しかし、俺と同じ様にそれに言及しない方がいいと判断したのだろう。
お互いに悔しそうな演技をする。
スフマミさんは先ほどよりいくらか余裕そうな表情でこちらを見てくる。
「カッシ、その女をいつでも殺せるようにしておきなさい。……さあ、どうするのかしら?」
「うーん、そうだね。……どうする?兵士さん。」
俺は彼に視線で問いかける。
俺としてはここは一度要求を呑んだ方が良いと思う。
神の涙の所在が分からない今、自然な流れでリクエラさんを向こうの懐に送り込む事が出来る。
十分に近づいてから捕えれば……
しかしリクエラさんはただのナクティスの友達だ。
今更の話だがここまで協力して貰っていて良いのだろうか。
「……分かった。」
「ほほ、まあ貴方は頷くしか出来ないでしょうねぇ。」
要求が通りスフマミさんは嬉しそうに笑う。
「私の領域を荒らされて腸が煮えくり返りそうなくらいイラついているけれど、私は何の利益にもならない事はしないわ。そうね……、領主には金貨50,000枚で譲ると伝えて。」
「馬鹿な……、都市の1年分の運営費と相違ない金額だぞ……!」
「それだけの価値があるでしょう?あのお姫様、第3皇子と婚約が決まっているものねぇ。」
「えっ?そうなんだ。」
話のスケールが大きくなってきた。
俺の驚きにスフマミさんはにこやかな顔を向けてくる。
「上流階級では有名な話よ。でもまだ顔合わせも済んでいないのよねぇ。あちらは何度も場を設けようとしているのに……。お姫様はどうしたのかしらねぇ。」
「貴様……!」
「あの領主は俗物だもの。簡単な計算くらいは出来るでしょう。帝王の類縁になれる絶好の機会を逃すはずがないわ。だからリスクを冒してまで神の涙を欲していたのだもの。」
成程ね。
冷酷無比と市中で有名なライゼンハルト卿が娘には情を持っていた、そんな感動的な話かと思っていたが実情は出世欲という訳か。
まあ、イメージ通りだけれどガッカリだ。
「どちらにしても貴方の仕事は私との交渉ではなく私の言葉をそのまま領主に伝える事よ。」
「貴様が逃げないという保証はあるのか。」
「そこは信用してもらうしかないわ……。と突き放したい所だけれど私も歩み寄ってあげましょうか。この場所、貴方達が闇窟と呼んでいるこの場所。私が統括している訳じゃないのよね。数名の管理者によって共同で統治しているのよ。私はその一人。だから今回の騒動の所為で他の連中に責められるでしょうね。被害は甚大。上層フロアまで入り込められた。折角築き上げたこの場所も大幅に作り替えなければいけないわ。」
彼女は心底面倒くさそうな顔で紫煙を吐く。
「分かるでしょ?その費用と今回の件の解決に私は責任があるのよ。貴方達のご主人様はどうでもいいけれどあの連中は厄介だもの。それが私が逃げない理由。」
「君の責任感を信用する程、俺達ってお互いの事知らないと思うけど。」
「余計な茶々入れるのはよして頂戴。本当に、とんだ厄ネタを掴まされたわ。」
「君にそういう事を言われるのは心外だなぁ。自業自得って言うんだよ。」
だが実際俺に決定権はない。
俺達はあくまで雇われているだけ、この場の責任者は俺の横の難しい顔をしている彼だ。
「了解した。領主様に貴様の言葉を伝えよう。連絡方法はどうする。」
「そうねぇ……。カッシ、そいつらに着いていきなさい。」
「は、は!分かりました。」
「彼を仲介人して連絡を取りなさい。貴方達が去ったら直ぐにフロアの廃棄を行うけれど、私の場所へのルートは生かしておくわ。それについてはカッシに伝えておくわ。ああ、そうそう、拷問して彼からルートを聞き出して何か私を罠に嵌めようとしても無駄よ。」
彼女の身体が急に崩れ始める、そしてそれらはコウモリの大群に変化する。
その一瞬の変化に俺は瞠目する。
そしてすぐにコウモリの大群はまた集結し肉体を形成した。
「へぇ……。ヴァンパイアか。」
「ええ、見るのは初めてかしら?」
「ううん、何体か駆除した事があるよ。」
「ほっほ、面白い冗談……。それとも挑発かしら?」
面倒だな、今彼女が披露した通りヴァンパイアは肉体を蝙蝠やネズミなどの眷属の姿に変える事が出来る。
リクエラさん頼りで捕らえる策は失敗する確率が高い。
「私が伝えたい事は以上よ。さぁ、さっさと出て行って頂戴。ここから最短で外に出るルートを伝えるわ。」
「……了解した。」
兵士さんは無念そうにつぶやく。
「じゃあ、リシアは約束通り返してもらうよ。」
「あら……、本当にいるの?その女。そんな使い心地が良かったのかしら。」
俺がそういうと彼女を吊り下げていた紐は切断されて彼女はベッドに落下した。
「ここで使っても良いわ。特別サービスよ。」
「誤解しているけど、彼女はただの友人だよ。」
「えっ?あらぁ、それじゃあまだその女は処女なのかしら。安心しなさい、まだ客に使わせてなかったから私が知る限りはおぼこよ」
「君は下品だなぁ」
「自分を殺そうとした相手を生かす理由なんてそれ以外ないでしょ?」
「君らってどういう関係なの?」
俺は会話をしながらリシアに近づき彼女を抱きかかえる。
軽いな。
俺は彼女に触れないという約束を守っていたので初対面の時以来に彼女の身体に触れた。
「そうねぇ、その女の所有者といった所かしら。」
「雇い主って事?」
「ほっほ、そんな薄い関係じゃないわよ。別の言い方をすれば育ての親ね。けど、貴方にあげるわ。育て方を間違えて私に反抗するんだもの。お好きに使いなさい。」
育ての親と言った彼女にリシアに対する愛情は一切見えなかった。
育ての親か。確かに喋り方は似ているかも。
年齢に似合わない言葉遣いは彼女の影響だろうか。
俺はリシアの顔を見る。
この異世界では種族で寿命や老い方に差がある。
しかし彼女がヒューマン種だとすればどう見ても成人には達しているとは思えない幼い顔だった。
今は普段はしている化粧もしていないのでよりそれを顕著に感じる。
「じゃあ、遠慮なく娘さんは貰うよ。」
「ええ、さようなら。もう貴方とは二度と会いたくないわ。」
俺は何かしら今後の話している兵士さんとスフマミさんの傍らでリシアの顔を眺める。
君はここで何をしていたのだろうか。
親に対する反抗。
スフマミさんを殺しにきたのだろうか
彼女の頭を撫でる。
衰弱している様子だが俺の宿なら治るだろう。
そして回復したら彼女から事情を聴こう。
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「えっ!?オオヤ!」
「やあ、アリヤース、それにアルヴェン。」
スフマミさんの部屋から出るとアリヤース達と遭遇した。
見たと所二人に怪我はない。
問題ないと信じていたが少しホっとした。
彼女は目を丸くしてこちらを指さす。
「何であなたがここにいるのよ!」
「君達だけに任せるのは忍びなくてね。」
「もう!私達を信用してよ!」
「信用はしているさ。」
彼女は俺の身体を心配そうにペタペタ触っている。
少し気恥ずかしい。
「怪我は……。左手が折れているじゃない!」
「おい……。私を睨むな。」
「アリヤース、ただの自爆だから兵士さんは関係ないよ。」
彼女の肩を叩いて宥める。
「アリヤース達も怪我が無さそうで安心したよ。強い人とかいなかった?」
「ふん、雑魚ばかりだったわ。ちょっと骨のある奴もいるかと思ったけど期待外れね。」
遭遇しなかったのかは分からないがスフマミさんのとっておきとやらはアリヤース達には問題にならなかった様だ。
彼女は自慢げに腕を組んでいたが何かに気づいたような顔をした後に心配そうな顔になった。
「あっ……、私、別に殺人が趣味な訳じゃないわよ!誤解しないで、積極的に殺すのはクズだけよ。ね?」
「分かっているよ、君が優しい子なのは」
「本当?軽蔑しないでね。」
アリヤースは直情的だが人を殺すのをなんとも思っていないタイプではない。
俺と彼女は違う。
彼女には生命を奪う事に対して彼女なりのキチンとした哲学がある。
それが正しいかどうかはともかくとしてそれは誰にでも必要な物だ。
自分が正気だと思える様に。
彼女は安心した顔をしたかと思うと今度は憤怒の顔になった。
本当に感情豊かだ。
「で、何よそいつ。」
彼女は大柄な男性、カッシを指さす。
「後で紹介するよ。さあ、帰ろうか。」
「帰る?神の涙は見つけたの?」
「それについても後で話すよ。今はここを離れよう。」
リクエラさんが正体を明かすのはここを出てからの方が良いだろう。
その後、カイドー達とも合流し俺たちは皆で闇窟を抜け出したのだった。
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外はいつの間にか天気が悪くなり雨が降っていた。
事情を聴いたアリヤース達は微妙な顔をしていた。
彼女達の気持ちは分かる。
余り気持ちのいい結果とは思えない。
擬態を解いたリクエラさんは周囲に人はいないが街中という事もあり彼女の本当の姿のヒューマン形態……人肌で服を着た姿になっている。
「ふぅ……。疲れましたわぁ。」
「ありがとうね、リクエラさん。俺の為に」
「いえいえ~、なんていったってオオヤさんはナクティス様の大事なお方。この程度なんて事ないですわ。」
本当に彼女には申し訳ない気持ちで一杯だ。
この恩は必ず返す必要がある。
「皆もありがとう。俺の為に動いてくれて嬉しかったよ。」
そしてナクティス達にも俺は心からお礼を言う。
すると彼らの顔にも僅かながら喜びが混じる。
それに割って入るのは俺に同行していた兵士さんだ。
「……今後の事はまた伝える。行くぞ。」
「うん、分かったよ。じゃあ、またね。」
俺はナクティス達に別れの挨拶をして兵士についていく。
俺の冤罪は晴れて晴れた訳だけれど、領主の許可なしで解放するわけにもいかないだろう。
だが、流石にすぐに外に出されるはずだ。
しかし、それを止めたのはナクティスだ。
「おい……。オオヤをどこに連れていく。」
「牢屋だ。」
「……彼が司教の殺害と神の涙の強奪に関わっていない事は明らかになっただろう。その必要はない。」
「……要、不要を決めるのは領主様だ。」
その場にいる全員が分かっただろう。
ナクティスの怒りが。
あのアリヤースが彼女に任せて何も言わないのがその証拠だ。
「良い加減にしろ……!無実の罪でオオヤを捕らえ拷問し、下らん貴様らのいざこざに私達を巻き込み、全て明らかになったのにまた彼を閉じ込めるつもりか……!」
「私にこいつの解放についての決定権はない!」
「ならば私もお前と話す事などない!」
ナクティスは強引に俺の手を取って引っ張る。
そのまま彼女は俺の頭を抱きかかえる。
柔らかな肌と匂いが俺を刺激する。
というか凄い恥ずかしい。
「今回の件の全ての責任はあの領主にある!私達には何の関係もない!誤解で彼を捕らえた事までは我慢したが、彼に対する拷問、そして今後この件に彼を巻き込む事を私は許す事は出来ない!」
「私達、よ。ナクティス。」
先ほどまで黙っていたアリヤースはナクティスの前に立ってそう宣言する。
カイドー、アルメー、アルヴェン、レイダリーも同じように俺を守る様に兵士達に立ちはだかる。
「あのスフマミとかいう女への仲介はリクエラにさせてやろう。しかし仲介だけだ!もう私達はこの件に関わらん。これは貴様らの問題だ。勝手に下らん争いでも続けていろ!」
「貴様……!」
兵士は激高しそうになるが彼を止めたのは別の兵士だ。
彼は青い顔をして隊長の彼の肩を掴む。
「た、隊長。やめましょう。奴らの居場所は分かっているのです。領主様にもちゃんと事情を説明すれば……。」
「……」
確か彼はアリヤースに同行していた兵士だったか、必死に説得をしている。
ナクティスはもう用は済んだといった風に踵を返して歩き始める。
「あっ、おい!」
「領主に伝えろ。今後何かすれば貴様に協力しないし、帝王の耳に貴様の娘の呪いの件と今回の件を吹き込むとな。私達にそれが不可能かどうかについてちゃんと教えてやれ。」
領主は娘の呪いを帝王には知られたくないだろう。
帝王の息子との婚約が事実なのであればそれが立ち消えになる要因となる。
俺たちは今回、領主の弱みを握る事が出来たのだ。
それは大きな成果だった。
兵士さんはもう引き留める事はせず、ただ去っていく俺らを見送っている。
俺はなんだかんだ色々話した兵士さんに最後目線を向けて口を開く。
「いやあ、公務員は辛いよね。」
その言葉に彼は返答をしなかった。
こうして俺が捕まってからたった一週間ちょっとで宿に帰れる事になった。
皆で馬車に乗り込み帰り道を進む。
車内では久々に皆と鉄格子を挟まずに気楽に会話に花を咲かせる。
驚くべき事に帰宅までの間にアルヴェンが2桁以上も口を開いた。
そして30分程で宿に着いた。
俺が馬車を降りようするする前にアリヤースが何かを思いついた様に俺に先んじて馬車を飛び降りる。
「あんた達も来なさい!」
そして俺以外の皆も宿の前に連れ出すと彼女はせーのと音頭を取った。
「おかえりなさい!」
「うん、ただいま。」
彼らは気持ちの良い笑顔で俺の帰宅をお迎えしてくれた。
俺の宿。
自宅警備スキルが俺の家と認定した俺の宿。
この世界での俺の居場所と呼べる場所。
その場所に必要なのは安心、快適さ。
そして最も必要なのは心を通わせる仲間達に違いない。
俺はたった一週間ちょっとで帰れたと数分前まで思っていたが彼らにお帰りと言われた時にやっと帰れたという気持ちになった。
そして心底思ったのだ。
あの日彼らを殺さないで正解だったと。
君の事もそう思えると良いけど。
俺は彼らにお出迎えされながらリシアを抱え宿へと帰宅したのだった。
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