第13話
スーニディさんからカードを手に入れた後、俺と兵士は一度下層の賭博場に戻り、以前ウェディちゃんが使用した扉に入った。
ウエディちゃんは探し物を見つけてもう闇窟に戻ってきているのだろうか。
出来れば遭遇したくない。
「じゃあ総当たりをしようか。中層フロアのカードが使えない扉を探して、そこにスーニディさんから借りたカードを使おう。」
「ああ。」
「これは想像だけど、上層に行くごとにフロアの数も減ってくでしょ。だからそこまで時間は掛からないと思うよ。」
時間もないし、スフマミさんとやらは奥のエリアにいると決め打ちして上層フロアのみ探索する。
慌ただしい雰囲気があれば彼女がいる可能性が高い。
いくら部屋を空間魔法で分けようが、人と情報が行き交うのであれば探し当てるのは難しいことじゃない。
このカードを俺に渡したとウェディちゃんから聞いた時、スーニディさんはさぞ焦った事だろう。
人のいないこのフロアの中で黙々と扉にカードを当てていた兵士がぼそりと呟いた。
「先ほどは誤魔化されたが、今後貴様の博愛主義には付き合わんぞ。」
「別に俺は博愛主義って訳じゃないよ。」
「ではなぜあの女を助けた。」
「俺のポリシー。あまり積極的に人を殺したくないんだよね。ああ、でも人にそれを強要する気はないよ。」
「ふん、甘いな。それでよく冒険者をやれていたものだ。」
彼は皮肉げに吐き捨てて言う。
「ずっと薬草でも採っていたのか?お前のような奴が生きているのが不思議だ。」
「まあ、俺強いし。」
「いくら強かろうが騙し討ち、不意打ちされたらあっさり死ぬものだ。」
「そういうのを問題にしないから強いって言えるんだよね。」
「その自分を大きく見せようとするところは冒険者らしいな。……まずはこの扉だ。」
「お、ありがとう。」
俺は扉を開いて中の様子を伺う。
「うーん、違うね。なんかの実験室みたいで騒がしい様子は無いや。」
「……気になるが、分かった。」
彼はまた扉にカードを当てる作業に戻る。
しかし彼はそのまま会話を続ける。
必要なこと以外喋らない彼にしては珍しい。
「人殺しに忌避感は無いと言ったな。では理由があれば殺すのか?」
「えー、まだこの話続けるの?……まあ、良いか。暇だし。」
正直この話は自分からしたいと思わなかったがどうも兵士さんの知的好奇心を刺激してしまったらしい。
「理由のある殺人か……。人が人を殺す理由はいろいろあるけど。例えば兵士さんだったら忠義とか正義の為とか?」
「さてな……。質問しているのは私だ。どうなんだ。」
「そうだね、やっぱり人を殺すのには理由が必要なのかな。」
「なに?」
人を殺す理由。
恨み、お金、戦争、自己防衛、大儀、忠義、復讐、快楽、正義、悪意。
色々あるが人は自分の行う殺人について理由付けをする。
しかしその対象の命の価値が低ければその理由も同様に軽くなる。
例えば部屋の中に現れた羽虫なんかは鬱陶しいという軽い感情によって簡単に殺される。
外に逃すという選択肢もあるのに。
例えば18オーバー対象のゲーム、自由度が売りでプレイヤーはNPCを自由に殺せる物、では視界に入った相手を何となく殺す事もある。
もし俺がなんで殺したのかと問われたらこう答えるだろう。
なんとなく、と。
俺にとってこの世界の殺人はいつの間にか特別な物ではなくなった。
態々殺す理由を決める必要が無いほどに。
だが為政者側の彼にこんな思想をそのまま披露するわけにもいかないだろう。
「冒険者してた頃はさ、人を殺したくないなんてポリシーは持ってなかったんだ。だからまあ、沢山殺してきたわけなんだけど。俺には問題があった。」
「問題?」
「強すぎたんだよ。大して苦労もする事無く人を殺せてたからさ。それで俺にはその頃目的があって、それの為にほぼ毎日色々な所にいって色んな人を殺したよ。……あっ、安心してよ、指名手配とかされてないからね。」
多分、この大陸では。
「ちょっとオーバーに言っただけだからそんな目で見ないでよ。そうやって簡単に人を殺せると段々と殺した相手を本当に殺す必要があったか分からなくなったし考える事もなくなった。……そして結局は夢潰えて、俺は生き方を変える事にした。飽き飽きしたんだ。放浪し、殺す生活がね。」
「それが冒険者というものだろう。」
「うん、だからまず冒険者を辞めた。そして俺はなんとなく人を殺してたけど、今度は人をなんとなく殺さないと決めた。そして定住して社会の中で職を持つことにしたんだ。」
「ふん……、セカンドライフという奴か?確かに冒険者は途中で引退するか死ぬかだ。貴様の様に運よく引退出来る者もいないでもない。だが貴様は極端だな。」
「そうそう、俺は新しい生活を送る事にしたんだ。」
この世界で。
「だが、お前がなんとなく生かしたあの女は今後人を殺すぞ。ましてやそれはお前の近しい者かも知れん。」
「ははっ」
「……何がおかしい。」
「そんな理由で人を殺してたらキリがないよ。君は兵士だ。君も今後沢山人を殺すだろうけど俺は君を殺した方が良いかな?」
「私とあの悪人を一緒にするのか。」
「悪人か……。それは人それぞれの考え方だね。少なくとも俺個人の話では君達の方が俺をよっぽど傷つけているよ。あー、痛かったな足や指。」
俺の軽口に彼は舌打ちをする。
正義か悪か、それを明確に判断出来る程俺は人生経験を積んでいない。
ましてやここは異世界だ。
そんな事を考える事もなく、この世界について知る気もなく人と関わらず殺しを続けていた俺には軽率な断定は出来ない。
「貴様は気持ち悪いな。」
「シンプルな罵倒が一番傷つくね。」
「貴様が博愛主義ではない事は分かった。むしろそれと真逆だ。
「いまだに名前も教えてくれないもんね。」
出来るだけオブラートに包んだつもりだがやはり警戒されただけだった。
話していたら次の部屋を見つけたみたいだ。
目で促す彼と立ち位置を変わり俺はカードをかざす。
「……」
「どうだ?」
「……うん、ここも違うみたいだ。」
俺は中の光景に絶句するがそれについて言及せずに扉を閉めた。
そこはまるで礼拝堂だった。
そして中央にある巨大な石像はなんとウェディちゃんを象っていた。
兵士さんは溜息をついてまた扉を探す作業に戻る。
「貴様がどんな主義を持っていようが構わんが私の邪魔はするなよ。」
「だから俺は人に強要はしないって、人を殺されている所を見ても多分大きく感情が揺さぶられる事はないよ。」
残念ながら、今はまだ。
この世界の死で大きく感情が揺さぶられる様になった時、俺は本当のこの世界の住民になれたといえるのではないかと思える。
そんな毒にも薬にもならない会話を続け。
ついにそれらしいフロアを見つける事が出来た。
覗いたフロアは黒が基調だった。
その中を数人の人物が慌ただしい様子で動き回っている。
「見つけた。……準備はいい?兵士さん。」
彼が頷くのを確認してフロアに入る。
彼らはすぐに侵入者に気付いた様子で剣を抜いてきた。
上等な黒い鎧を着ている彼らがこのフロアの重要性を表していた。
3人の兵士が壁を利用しつつ変則的な動きでこちらに向かってくる。
よく連携が取れている動きだ。
俺は先ほどと同じように脱力した動作で彼らの動きに合わせて腕を軽く振る。
「あっ。」
しかし力加減を間違えてしまった様で鎧は砕け、血しぶきをあげて彼らは吹き飛んでいった。
あれは完全に死んでいるな。
「あーあ。スーニディさんってやっぱ頑丈だったんだなぁ。」
そして俺はその殺人に対して思った事は力加減を間違ってしまった。
それのみだった。
兵士さんがこちらに嫌悪の顔を向けている。
人を殺さない事がポリシーと言いつつ、実際に人を殺してもなんとも思っていないという事が分かったのだろう。
俺のリハビリはいまだ途上であるみたいだ。
この街で出来た友達やナクティス達、彼らが死んだ時、俺はちゃんと悲しめるだろうか。
彼らと過ごすのは楽しいしちゃんと一人の人間として自分なりに誠意を持って接してきたはずだ。
きっと大丈夫だ。
それが日本にいた頃の人の死と同じ価値と思えるか、リアルと思えるか。
それは分からないけれど。
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その後、スーニディさんより大分軟な彼ら向けの拳の振るい方を見つける事が出来た俺は彼らを命を奪わずに次々と戦闘不能にしていった。
そして見るからに他の扉と違う異色な豪華な黒い扉を見つける。
「こういう扉って他の扉と同じようにしていた方が隠れるには有効だと思うんだけど。見栄っ張りなのかな?」
「……さっさと行くぞ。」
「はいはい。」
俺は扉にカードをかざす。
「あれ?開かないや。」
「なに?」
「このカードはスーニディさんの物だしなあ。彼女とスフマミさんの仲があまり良くないのかな。」
俺は扉を守っていた兵士からカードを剥ぎ取りそれをかざす。
「おっ、反応したよ。」
俺はそのまま扉を開けた。
そして扉の先のフロアは異様だった。
まず目につくのは中央にデンと置かれているキングサイズのベッドだろう。
その周囲をまるで鑑賞席の様にテーブルが囲んでいる。
そしてそのテーブルにある席に座っている人物。
彼女は一言で言うなら年齢不詳だった。
見た目は大して歳を取っている様には見えない。
しかし老獪な雰囲気が全身から溢れておりそれが彼女の年齢を不明にさせている。
エルフ……という訳ではないようだが。
彼女は俺達の姿を見て溜息をついた。
「ふぅ……。あの子達、ここまで役立たずとはねぇ。」
「やあ、初めまして君がスフマミさん?」
「初めまして、オオヤちゃん。」
「あれ?俺の事知っているんだ。」
「まあねぇ、私の道具を何人も独房送りにしてくれたんだから。よおく知っているわよ。」
独房送り?
もしかしてザナークに雇われた暗殺者達の事だろうか。
彼女は自身の長い赤色の爪を見ながら気怠そうに話し続ける。
「貴方は私の疫病神みたいねぇ。貴方に司教殺しの罪を着せる……。一石二鳥の案だと思っていたのに……。失敗しちゃったわ。」
「随分簡単に色々自供するね。」
「まどろっこしい話し合いが好みなのかしら?」
「おい!」
兵士さんは俺と彼女の会話に割ってはいって剣を構えた。
「貴様がスフマミだな!司教殺害及び神の涙強盗の犯人として逮捕する!」
「司教は私は殺してないわよ。……そしてようこそ間抜けな領主の不出来な道具。」
彼女は瓶をこちらに投げてくる。
兵士さんはそれをキャッチする。
「……なんだこれは。」
「神の涙よ。良かったわねぇ、ご主人様に褒めてもらえるわよ。」
「ふざけるな!貴様の言葉なんぞ信じられるか!貴様を独房に連行し拷問して吐かせてやる!」
「ほっほほほ、本当に間抜けねぇ。着いていくわけないでしょ?」
「貴様に選択肢はない!」
彼は血気盛んな様子で彼女に詰め寄ろうとする。
しかし、その前に彼の手に握られた瓶が破裂し中に入っていた赤い水が彼の手を切り裂いた。
「ぐぅ……!」
「それは警告。血が抜けて冷静になれた?なれたら始めるわよ。」
「何を?」
手を抑えて呻く兵士さんの代わりに俺が会話をする。
「交渉よ。別に領主は私の首をお望みの訳ではないでしょう?神の涙、それがご要望の品。違う?」
「まあ、そうだね。」
領主の依頼は神の涙の入手だった。
「私も貴方達の所為で随分な痛手よ。駒たちが壊されてお店も壊されて、客達の信用も随分失ったでしょうね。」
「俺の仲間は優秀だからなぁ。」
「だけどそれでも、貴方達の本当の目的は果たされないわ。」
彼女は煙草を取り出して吸い始める。
いや、この臭いはもっと依存性の高いドラックかもしれない。
「神の涙。安心しなさいな。まだ使われていないわよ。ただ場所は私しか知らない。それが貴方達の目的が達成されない理由よ。」
「ならば貴様を拷問して吐かせるだけだ……!」
「ほっほほほ、だからそれが無理だから無理なのよ。貴方達に私を捕らえる事は出来ないわ。」
どうだろう。
彼女との距離はいくらもない。
足に軽く力を入れる。
一秒もせずに彼女の懐に入りこむ自信がある。
しかし、力加減を間違て殺してしまったら不味いな。
強者の雰囲気はあるが殺してしまう可能性はある。
彼女はあくまで余裕そうに振舞う。
「さあ、人間未満の道具?貴方にはこの場で判断出来るの?私の交渉に応じなければ神の涙は手に入らないわよ。貴方の判断で失敗し、その報告をあの領主に貴方は出来るのかしら?短絡的な判断で強硬し失敗し、貴方のお嬢様は死にますって。」
「クズが……!」
「愚図にクズと言われてもねぇ……。まあ、元々領主に売るのが一番利益があるとは思っていたわ。スーニディの事とリスクを考えて選択肢には入れていなかったけど。」
「ふーん、お金の為に神の涙を強盗したんだ。随分リスキーな事をしたね。」
「ほっほほ、逆よ。リスクが少ないからしたのよ。」
彼女は追いつめられているはずなのに愉快そうに笑う。
「神の涙を聖教会におねだりしたなんて帝王にバレる訳にはいかないものねぇ。」
「……!」
「聖教会と距離を置いている当代の帝王に教会との癒着が露見したらこの都市の統治権をはく奪されるものね。だから大々的に兵を動かす事はないと思っていたわ。けれど……。」
彼女はそこで始めて顔を不愉快そうにゆがめる。
「本当に私はついていないわ。そこの疫病神がここまで厄介だとは。いや、私は選択を間違えたのね。反省をしないといけないわ。でも終わった事は仕方がないもの。で、どうするの?交渉のテーブルに着くのかしら?」
「貴様なんぞ信用出来るか!」
「じゃあどうするのかしら?私は簡単に貴方達から逃げられるわ。そして勿体無いけれど暫く街を離れて身を隠すことにするわよ。お姫様が死ぬまで、ね。」
兵士は悔しそうに唇を噛んでいる。
彼には難しい判断だろう。
何故なら彼の主人はこの場にはいないのだから。
判断を仰ぐことは出来ない。
「兵士さんが判断出来ないなら俺が決めてあげようか。俺なら彼女を無力化出来るかもよ?俺の強さは実証済みでしょ?」
「ほっほほ、そうねぇ、貴方は怖いわねぇ。でも私は貴方に対する枷も持っているわ。貴方のお仲間、随分私のフロアで楽しんでいるみたいだけれど……彼らに、私のとっておきを派遣したわ。」
彼女は意地悪そうに笑っている。
「何が言いたいか分かるかしら?人質よ。余計な口を挟まなければ助けてあげるわ。」
「へぇ、でもそれは人質にはならないかなぁ。だって君のお気に入りより俺の仲間の方が強いと思うし。」
彼女は眉をぴくりと動かした。
「そうかしら?ただそれは今確認出来ないでしょう?貴方も判断を誤って失敗をしたいのかしら?」
スフマミさんは本当に意地悪な人みたいだ。
人の不安を煽り優位に立とうとしている。
ナクティス達は間違いなく一級の冒険者達だ。
しかしそれに付き添っている兵士はどうだろう。
運悪く死ぬ可能性はある。
「手ぶらで帰るのが嫌ならご褒美もあげようかしら?」
スフマミさんがそう言って手を叩くと彼女の後ろにある扉が開き、コウモリの軍団が中から現れて中央のキングベッドに群がる。
そして蝙蝠が去った時にそこにいたのは最近俺の宿から出て行ったリシアだった。
「えっ?」
「貴方、その女お気に入りなんでしょう?あげるわよ。」
彼女は天井にあるフックに紐をかけられ、縛られて吊るされていた。
焦点の合わない目でこちらを見ている。
「ちょっと尋問の為にクスリ浸けにしたけれど穴はまだ使えるわよ。」
「ちょっと予想外の展開で頭が追いつかないけど。リシア、ここにいたんだ。」
彼女に声をかけるが反応がない。
クスリ漬け、か。
スフマミさんに対する好感度が大幅に下がった気がする。
「殺さずに四肢をもぎ取って飼っていたんでしょう?手を一本残してたのは◯◯◯の為?貴方も業が深いわねぇ。」
「酷い誤解を受けているね。」
スフマミさんに対する好感度が大幅に下がった。
彼女はどうやら俺とリシアの関係を大まかに知っているようだった。
そういえばスフマミさんは先程俺を襲った暗殺者達を道具と言っていた。
リシアやあの暗殺者達は彼女の部下だったのだろうか。
しかしならばこの扱いはなんだ?
「私は出来損ないのその道具はもういらないしあげるわよ。何せ使い手を傷付けようとするゴミだもの。好きに使うと良いわ。」
「今気づいたけど君って物凄い悪い人だね。」
「ほっほほ、それは考え方次第よ。それでどうかしら?仲間の命、そしてそこのお気に入りの女。交渉成立にはまだ足りないかしら?それに神の涙の入手が貴方のせいで失敗したら貴方、領主に殺されるわよ?」
「俺の仲間は君の道具にやられるほど弱くはないし、リシアは物じゃないよ。」
「あら?貴方にとってこの女、意外と重要なのかしら?だったらついでにこの女の命も交渉の材料にしようかしら。大人しく引かなければこのゴミを殺すわ。」
よく見るとリシアの喉元に血液が滴っている。
先程彼女は血を操っていたな。
はぁ、参ったな。
場が膠着状態に陥った時、俺と兵士が入って来た扉がまた開かれた。
「おっ、どうやら俺の仲間が来たみたいだ。」
「ほほ、私の道具が帰還したみたいだわ。」
お互いに自分の都合の良い展開を予想して言葉を吐く。
そして扉から現れた相手は、なんと俺の予想は外れ全く知らない人物、つまりスフマミさんの部下だった。
「えっ?」
俺の顔を見て素っ頓狂な声をあげる彼。
しかし、そんな彼の横にいる人物には見覚えがあった。
独房で見た兵士だ。
「あれ?ナクティス達だと思ったのに、どうやら君のお客さんだったみたいだね。スフマミさん。」
俺は彼の正体に思い当たったが知らん顔で彼らを迎え入れるのだった。
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