第12話

「ゲリオ?お前そこで何しているんだ。」

「ほっほっほ、少しスフマミ様にお耳に入れたい事がありまして……。今起きている騒動について、ね。」

「ふん、お前もか。だがお前はその先に入る許可はないだろう。スフマミ様は自室から指示を出されるという事だ。私が行くからどけ、邪魔だ。」

「いえ、しかしとても喫緊で重要な……」

「はっ、お前ごときの持っている話を俺が知らないはずがないだろう……。待て、なんだその女は」

「ああ、これですが?今、調教中の奴隷ですよぉ」


ゲリオと呼ばれる肥満体の醜悪な男がリードを引っ張ると彼の巨体に隠れていた薄着の女の全身が露わになる。

高圧的に話をしていた男もその扇情的な姿に思わず鼻の下を伸ばす。


「ほーぅ、相変わらず良い女を仕入れているな。」

「ほっほ、これもスフマミ様のお陰ですよ。」

「くくっ、もしかしてその女はスフマミ様の廃棄物か?どれどれ。」


彼は急いでいた筈なのににやけた面でその奴隷に手を伸ばす。

それをゲリオは止めもせずにむしろ彼女を差し出した。

触られている女は恥辱に頬を染めて相手を睨む。


「むっ?なんだその反抗的な目は。おい、ゲリオ。調教が甘いんじゃないか?」

「も、申し訳ありません。まだ始めたてなもので……。ほら!奴隷らしくしろ!」


大男は奴隷の尻を叩いて男に媚びる様に怒鳴る。

彼女は苦虫を噛み潰した様な表情をしたまま男に甘えた声でしだれ掛かる。


「くくく……、まあこういう反抗的な女もたまには……。いや、今は忙しいんだった。おい、ゲリオ。この女、俺が後で買うから誰にもやるなよ。」


彼は奴隷の尻をゲスな顔で揉んだがギリギリで用事を思い出して彼女とゲリオを扉から強引にどかす。

そして入室カードを取り出そうとして気づく。


「むっ?カードが無いぞ」

「おやおや、大丈夫ですか?どこかで落としたんですかねぇ」

「いや、先ほど使ったばかりだ、それはあり得ない……。まさかその女!」


彼は今しがた接触した奴隷にカードをスられたと思い詰めよろうとする。

しかしゲリオに間に入られた。


「ちょっ、何をするのです。」

「その女にカードをスられた!どけ!」

「まさか……、勘違いではないですか?」

「いや、その女以外考えられ……。待て、何故奴隷を庇う。お前も怪しいぞ。」

「ちょっ……。勘弁してくださいよ。怪しいというなら貴方の方が怪しいですぞ」

「何?」

「何でも侵入して来た輩に擬態スキルを持つ者がいると情報が……。貴方、もしかして……」

「お前如きが俺を疑うのか!?」

「いえいえ、滅相もありません。しかし念のため……。自身のお名前を言えますか?」

「カッシだ!お前ふざけた事を言っているとスフマミ様に……」

「カッシですね、ありがとうございます。ナクティス様、もう良いですよ、十分です。」

「は?」


肥満体の男が急に声色を女声にするとその大きなまん丸のお腹から細長い腕が生えてきた。

そしてその指が高圧的な男、カッシの額を突く。

突かれた額を中心に男の肉体は体内から燃えて溶けだした。

断末魔もあげる暇もなく、開けた口からは火炎が吐かれその男は静かに燃えカスになった。


このフロアは闇窟の中でも上の階層に位置し人も少ない。

この静かなる暗殺が人の目に触れる事はなかった。


そしてその人を一人殺害した腕はまた肥満体の男の体内に戻っていった。


「さて……。カードは手に入れられましたか。シガタちゃん。」

「ああ、この通りな……。」


奴隷に扮したシガタと呼ばれる同行の兵士はまだ顔に恥辱を浮かべながらカードを取り出す。


「ほっほ、流石、優秀な奴隷ですねぇ。」

「ふざけた事を抜かすなよ、魔族が……!こんな屈辱は産まれて初めてだ……!」

「貴方が最初にナクティス様に奴隷の恰好をしろとふざけた発言をしたのです。ふっ、ざまあ!ですわ」

「おい……。さっさと先に進むぞ。」


目立たぬようにと奴隷の扮装をした兵士と肥満体の男に扮したリクエラの言い争いを彼女の体内からの声が止める。

リクエラはその声に反応し外装を肥満体の男から先ほどの高圧的な男に変えた。


「ん、んん……。こんな所か。」

「おい、先ほどの男より体が大きくないか?」

「この程度、誤差ですわ。私の中にいるナクティス様に狭い思いをしてほしくないですもの。さあ、さっさと先を急ぎますわよ。ほら、奴隷、扉を開けなさい。」

「貴様……」


また口喧嘩をする二人にナクティスはリクエラの体内で溜息を吐いた。

当初、兵士は魔族は目立つので奴隷の姿になるように要求したがリクエラはそれに激怒しナクティスを彼女の体内に潜ませる案を出した。

そして兵士を奴隷とする事で彼女達は怪しまれる事なく闇窟の先へと進んでいったのだった。


兵士はぶつくさ文句を言いながらも扉にカードを当てる。

開いた扉の先は通路となっている。

しかし、黒が基調となっており酷く怪しげな雰囲気があった。


「明かりに魔鉱石を加工した物を使ってますわね。魔素も多いですわ。」

「私には分からんぞ。」

「ぷっぷ、まあ獣人如きには分からないでしょうねぇ、この違いは。」

「ぐっ……任務でなければ貴様みたいな奴……!」

「はいぃ?貴方こそ依頼がなければ溶かし殺してやりますわよぉ」

「……仲良くしろとは言わないが良い加減にしろ貴様ら。ほら、急いで何処かに向かおうとしている奴はこのフロアには居ないのか?」


ナクティスに注意され二人は周囲を観察し始める。


「いましたわ、じゃあ着いていきましょうか。先ほどの話ではこの男は暫定最重要人物のスフマミと呼ばれる人物の元に行ける立場みたいですわ。後はわざわざ新しいカードを手にいれる必要はないでしょう。」


彼女達は小走りで前方に進んでいる人物に着いていく。

兵士はこのフロア中に充満する腐臭に顔をしかめる。


「ちっ……、なんだこの臭いは……!」

「さぁ?個室が多いフロアみたいですし、お楽しみの場なんじゃないでしょうか。」

「お楽しみ?」

「地上の人間も好きなんでしょう?弱者を嬲って凌辱するのが。血と精液とドラックの臭いですわよ。」

「な、なんだと……。」


エリートと呼ばれ、中流階級で育ち戦争の経験も無い若い彼女はリクエラの言葉に愕然とする。

その反応にリクエラは鼻を鳴らす。


「おい、余計な事を言うのはやめろ。この仕事が終われば関わらないとはいえな。」

「ああ、申し訳ありません。ナクティス様」

「ぬ……」


ナクティスは少し面を食らった。

何故なら彼女の眼前に本来のリクエラの顔が現れたのだから。


「この会話は外の兵士には聞こえていませんわ。おそらく目的の所にそろそろたどり着きますわ。」

「あ、ああ。ありがとう。リクエラ。」

「この程度、なんて事ないですわ。ナクティス様の命令ならば……」

「リクエラ……。何度も言うがもう私達には主従関係は無いんだ。そんなに畏まる必要も、私に従う必要もない。」

「私の主人は今も昔もナクティス様だけです。あの方を助けようと思ったのもナクティス様の為になると考えているからです。」

「リクエラ……」

「ナクティス様、あの方の宿屋は間違いなく私達に有用です。あの宿があれば魔力の補給が容易ですわ。あそこを拠点にすればこの帝国の侵略も可能……」

「リクエラ、私にそんな気はない。また国盗り合戦をするつもりも、ましてやオオヤをそれに巻き込むつもりもな。」

「しかし……」

「お前たちに苦しい思いをさせている事は申し訳なく思っている。だが、私にはもうあの国にも自分の立場にも未練はない。だからもう少しだけ我慢してくれないか、必ずお前たちに……」

「おい、扉に着いたぞ。」


彼女達の密談は兵士の言葉で遮られた。

兵士の言う通り後を追っていた人物が扉を開けて奥に進んでいった。

リクエラは溜息を吐いてその後に続く。


「な、なんだこれは!」


そして入ると直ぐに大声が彼女達の耳を苛立たせた。

先に入った男がそのフロアの惨状を目の前にして大声をあげたのだ。

フロアの地面には複数の黒い鎧に身を包んだ者達が倒れていた。


「これは……」

「ひっ……!……って、カッシか!お前も来たのか。」

「これは……どういう事だ。」

「知らん、俺も今来たばかりだ。もしかして侵入者がもうこのフロアに……!?おい、スフマミ様の元へ急ぐぞ!」

「あ、ああ。」


スフマミの部下の男はリクエラ達を先導する様に走り始める。

彼女達からすれば渡りに船だがそのフロアの状況に後ろ髪をひかれた。


「これは……。アリヤース達が先に着いたのか?」

「どうでしょう……。私達が一番早く着くと思っていましたが……。」


たどり着いた扉は一際黒く光り輝いており一目で重要な部屋である事が分かった。

その扉の周囲にも武装した者達が壁にめり込んでいたりで争いの跡が色濃く残っていた。


「な、なあ。カッシ、お前先行ってくれないか?ほら、お前の方がスフマミ様に気にいられてるし」

「ええ!?」


先導した男は完全にその光景に委縮した様でリクエラに順番を譲った。

彼は言い訳する様に手を振った。


「い、いや、ビビっているわけじゃないぞ?スフマミ様に余計な事は言うなよ?そ、そうだ。その奴隷の女連れてスフマミ様に会うのはまずいんじゃないか?俺がそいつの事を見といてやるから、ほら行ってこい。」


本当に自分がカッシと呼ばれる男だったらひと悶着が起きる所だったがむしろさっさと入りたかったリクエラは嫌そうな顔を作りつつ扉の前に立った。


「別にいいが、この奴隷も連れていく。実はこいつは俺が捕らえた奴らの仲間なんだ。」

「な、成程!流石カッシ!ほら、早く報告しに行けよ、スフマミ様も喜ぶぞ!」


彼女は飽きれつつも扉の先へと進んだ。

そしてその部屋には……。


「えっ?」

「あれ?ナクティス達だと思ったのに、どうやら君のお客さんだったみたいだね。スフマミさん。」


そこには捕まっているはずのオオヤがおり、きょとんとした顔で彼女達を迎え入れた。

そしてその隣には領主の直属兵士隊の隊長。それに対するのはおそらくスフマミと呼ばれる怪しげな女性。

しかし何より目を引いたのは部屋の中央に縛り上げられ、吊るされていた女だった。

彼女には両足がなく、片腕も無かった。


リクエラは知らなかったが彼女の名前はリシア。


オオヤを暗殺しようとし、最近彼の宿から家出した看板娘だった。








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