第9話

「殺せ!はや…」

「うるさい!」


喧しく喚く胸倉を掴んだ男をアリヤースは自身に向かってくる敵に向けて投げ飛ばす。


「ぐぉっ!」

「ちっ、邪魔だ……うぉ!?」


それに気を取られた彼らは自身の方に噴射される水砲を無防備に受ける事になった。

アリヤースの精霊術による水の高圧噴射は彼女の最も高威力の技だった。


「げぁ…ふっ…」


オオヤはそれを不壊効果のついたカーテンで無力化したがそれは通常なら肉を穿ち骨を削り容易に人体に風穴を開ける程の威力だ。

投げ飛ばされた男、そしてその男に当たった男。そして不運にもその二人と同じ線上にいた二人。

アリヤースの水砲はそれら4人の敵を一度の攻撃で貫いた。


やわねぇ!ねぇ、あんた達本当にこんな奴らにやられちゃったの?雑魚過ぎだわ。この都市の治安が悪いのも納得よ。」

「お、恐ろしい女だ。」


兵士は残虐に敵を殺した事を誇らしげにし、自身を罵倒するアリヤースに少し引いた。

高圧噴水された水は勢い余ってこの部屋の壁をぶちぬいてからアリヤースの元に戻ってくる。

それは明らかな隙に見えたが悪漢達はアリヤースの攻撃の恐ろしさに驚愕し動きを止めてしまっていた。


「えっ、何?あんた達寝ぼけてんの?弱い上にゴブリン以下の知能だわ。」

「あっ……ぎっ!」


彼女はその余りにも間抜けに隙を見せる彼らに呆れながら第二弾を射出した。

そしてまた一人彼女の攻撃により頭が弾き飛ばされた。

その射線上にいた男は咄嗟に魔力で魔法耐性を上げた。


「ぎゃば!」

「ち、違う!こいつの攻撃は魔法じゃない!魔法耐性じゃなくて物理耐性を上げろ!」


しかしそれも意味を為さずに上半身の右半分を吹き飛ばされた。

その様子に彼女の攻撃が魔法ではなく精霊術による水の操作だと感づいた男が叫ぶ。


「あら?勘の良いのもいるじゃない。」

「精霊術師は魔力操作が不得意で耐久力はない!遠距離攻撃で殺…ぶぎゃ!」

「まあ、生半可な物理防御障壁程度じゃ私の攻撃は防げないけれど。」


物理耐性を上げた敵はまるで紙を引き裂く様に高圧噴射によって切断された。

そして7人が何も出来ずに殺されてようやく闇窟の中層フロアを根城にする悪人達は戦闘態勢に入る事が出来た。


「ちょ、調子に乗ってんじゃねぇぞクソガキがぁっ!」


彼らは紛れもなくこの場の人間全てを全滅をするに足ると認識した脅威、アリヤースに向けてそれぞれの方法で遠距離攻撃を開始する。

ある者は魔法で、ある者はボウガンの矢で。

およそ10数名による遠距離攻撃の包囲はアリヤースに回避を諦めさせた。

最も彼女は最初から回避する気など無かったが。


「……」

「なぁ!?」


それは彼女の前に立つアルヴェンによって全て防がれた。

目にもとまらぬ速さで振るわれた拳によって攻撃は全て弾き飛ばされるかかき消されアリヤースには一つの傷もつくことが無かった。

魔法の攻撃もボウガンの矢も、ただの攻撃ではない。

魔法の熟練度は魔法学校5回生程の練度はあるし、ボウガンの矢も特殊な素材によって作られた物だった。

しかし事実、全て防がれた。


「な、あ、ありえねぇ…。」

「ありえない?何がありえないのよ。私からすればあんた達の貧弱さこそあり得ないわ。こんなんじゃストレス発散にもなりゃしない。」


事実、アリヤース達と彼らには歴然とした実力の差があった。

そもそも、カイドー達含め彼らのパーティーは自由の盟約の本店に推薦が予定されていた。

オオヤに5タテされたが所属冒険者数が大陸一のあの自由の盟約の中でも彼女達は上澄みの実力者だったのだ。

たかだが月に数人街の人間を殺すだけの闇窟の中層フロアの悪人と人間よりもよっぽど強力なモンスターを日々狩る冒険者の上位層とでは格が違う。


「ボ、ボスに連絡を……!」

「あっ、貴様ら!」

「ほっときなさい。」


その場にいた本能や直感に優れた悪人達がその生物としての差にいち早く気づき部屋から逃げ出す。

兵士はそれを追いかけようとするがアリヤースに止められる。


「上の連中が出てくるのなら好都合よ。そいつらからカードを奪ってやるわ。さて、早く来てくれると良いわねぇ。このフロアの人間が全員肉片になる前に。」

「……」


好戦的なアリヤースはとても頼もしくそして恐ろしかった。

更に領主直属の兵士は彼女の余裕を表すかの様に浮いたままの状態で放置されている毒々しい色の水球と炭酸水の様に中で気泡が音を立てて破裂している大きな水球を見て思った。


領主様に慰謝料及び報酬金の増額を進言しよう、と。


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「レイダリー。」

「……」

「気になるのも分かるが行くぞ。」

「……ああ、すまねぇ。分かってるよ。」


アリヤースの残虐殺戮ショーが開催されているフロアとは別の場所にて、カイドー、レイダリー、アルメーの3人と同行の兵士は広大な興行場にいた。


今日の興行場の演目は演劇だった。

内容は古い童謡が元になっており表の演劇場でも頻繁に行われている物だ。

しかしその演劇は大分リアル志向だった。


「さぁ!次に意地悪な継母に訪れる不幸はなんだぁ!」


舞台の傍らに司会のような男がいて観客たちを煽る。

舞台ではボロボロで火傷をおった女性がよろよろと逃げようと動いていた。

しかしその周囲はそれぞれ劇のキャラクターに扮した人たちによって囲まれており彼女が逃げる先はどこにもなかった。


「さて、恒例の投票タイムです!お好みの方に是非拍手をお願いします!まずは1番!はぐれゴブリンに残った足の骨を砕かれる!」


司会がそう言うと棍棒を持ったゴブリンのコスプレをした男にスポットライトが当たる。

彼は観客に向けて棍棒を高く掲げてアピールをする。

観客たちには彼に盛大な拍手を送った。


「2番!なんと、影姫の慈悲によって彼女は許され家に帰ることが出来た!」


観客達はその司会の言葉に一切拍手をせずに罵倒すらよこした。

司会はそれが想定の反応だった様で冗談だと示すように肩をすくめて見せた。


「ふふふ、どうやら皆様この悪女には酷い罰をお望みのようですねぇ。でしたらどうでしょう3番!発情期の豚に見つかり犯されてしまう!」


豚の扮装をしていた司会がふざけた様子で腰を振って見せる。

観客達はその下品なパフォーマンスに声をあげて笑った。

本当に醜悪で凄惨な催し物だった。


レイダリーは一度は目を逸らしたはずなのにやはりその光景に釘付けになってしまった。

カイドーはため息をついた。


「レイダリー、気持ちは分かるが…」

「だから分かってるって!」

「お前が俺たちの中で1番優しい男だってのは分かってる。だが俺達はオオヤの為にこの場所を探らないと行けないんだ、この場所での重要人物を見つけて、お前がそいつを罠にかけてカードを奪う。それにはここで混乱を起こすべきじゃない。」

「ちっ……」


レイダリーは舌打ちをする。

彼は盗賊団に属していた経歴から何度も胸糞悪い光景を見てきた。

そして彼自身の手でその盗賊団を壊滅させて冒険者になった後も数え切れないぐらい見てきた。

しかし、彼がそれに慣れることはなかった。

レイダリーはイラつく。

誰よりも薄汚れた過去なのにぬるい自身の覚悟に。

彼にとっても最優先事項はオオヤの救出だった。

しかし、目の前の理不尽な不幸の光景を無視することも出来ない。

自分の甘さ加減に彼は自分自身を心底軽蔑した。


すると飛んで興行場の客を見ていたアルメーが戻ってきた。


「いた。」

「本当に気づかれなかったのか……」

「当然、でなければ我慢して虫豆を食べた意味がない。」


兵士は周囲の人間にバレることなく探索を済ましてきた彼女に驚嘆する。

彼女は存在感が希薄になっていた。

それは彼女に当たった光の反射が通常より抑えられている為だった。

オオヤの虫豆のサラダの効果による隠密効果の上昇によるものだ。


「舞台の一番前の席の真ん中当たりで陣取ってる赤いドレスの太った女。あいつが一番この中で付き人の練度が高い。」

「成程な。おい、レイダリー。」

「……ああ、女からカードをスってくるよ。」

「いや、もっと派手にやらねぇか?」

「は?」

「貴様ら何を?」


カイドーは兵士とレイダリーの疑問に歯を剥き出しにして笑う。


「カードを盗んで使える扉を探すのも一々めんどくせぇだろ?なら女ごと攫っちまって尋問した方が手っ取り早い。」

「待て、混乱が起きるぞ。」

「どうせ次の所に行けばこのフロアがどうなろうが知ったこっちゃねえだろ。」


カイドーは反論してくる兵士と馴れ馴れしく肩を組む。


「あのクソみてぇな劇をアホ面で笑って見てる女だ。罪悪感に苦しむ必要もねぇしな。」

「カイドー、お前まさか…」

「ほら、お前の道具よこせよ。」


カイドーは照れくさそうに手のひらをレイダリーに向ける。

レイダリーはその時何故か涙を流しそうになったが我慢して彼にこぶし大の玉を三つ渡す。


「おおっと!どうやら皆様はより火をお求めの様だぁ!継母はゲレーラの槍によって貫かれ、その槍に雷が!そして哀れ継母は燃やされ焼け死んでしまった!なんと不幸な事か!出来れば私の槍で貫きたかった!さあ、それではこの悪辣な継母に罰を与えましょう!ゲレーラ!準備を!」

「よっしゃあ!」


「んじゃあ、作戦開始だ。」


観客投票の時間は終わった様で演目の内容が決まった。

それを見てカイドーは目を細めながらレイダリーより託された玉をお手玉の様にしながら作戦開始を宣言する。


「おい、待て、私にも説明をしろ。」

「必要ねぇよ。あんたは作戦には組み込まれて無いからそこで立ってろ、よっと!」


カイドーは玉を一つ片手に持ち変えると全力で舞台に向けて投球した。

そして走って位置を変えてまた一つ投げ飛ばす。

その玉は地面に落ちると煙を噴射しだした。


「な……!何が!」


劇の演者、そして前方で見ていた観客たちに混乱が起きる。

警備の者達が行動をすぐに開始しようとしたその時、玉はまるで巻き戻しをするかの様にカイドーの手元に戻って来ようとする。

煙を巻き散らしながら戻ってこようとするので煙はより拡散される。


カイドーのスキルは投擲物の引き寄せだ。

自身が投げた物体を手元に引き寄せる事が出来る。


「いったい何が……、げっほ、うぇ、げっほ!」


そしてレイダリー特製の煙玉には麻痺効果を起こす毒が含まれていた。

今回、彼が効果の弱い物を選んだのは劇にいる哀れな女性を気遣ってのものだった。

そして、この程度であれば麻痺耐性をオオヤの料理によって得ている彼らには効果がない。


「罰はクズのお前が受けろ。」

「えっ?…おぼぉ。」


滑空により一息で舞台に飛び降りたアルメーは鋼の槍をコスプレしている男から奪い取り喉を突き刺したそしてそのままうずくまる司会の男のケツに突き刺す。


「あぎゃあ…!」


舞台の上で役を変えて残虐ショーが行われている中、カイドーは狙っていた赤いドレスの女の肩にナイフを投げ刺した。


「ぎゃあっ!いたいいたいいたい!あ、あんた達助け…!」

「げっほげはげあ」


彼女は護衛に助けを求めるがせき込み満足に行動出来ない。

カイドーのスキルによってナイフが引っ張られ彼女は引きずられながら彼の手元の方に戻っていく。


「お、重っ!」

「レディに対してそりゃ失礼だぜカイドー。」

「う、うるせぇ。そんな事よりあの女性を……。」

「ありがとよ。もう助けられたよ。」

「……は、流石早いな泥棒。」

「うっせぇ、没落貴族。」


レイダリーはアルメーが司会の男の尻に槍を刺した時には舞台にいた哀れな女性を担いでいた。

そして今は彼女に麻痺の解毒をする薬を飲ませていた。

その一部始終を見ていた兵士は一瞬にして全てを終わらせた彼らの手腕に驚愕していた。

何故これほどの練度の実力者があんな僻地の冒険者ギルドに所属しているかと場違いにもそんな思考にすら陥った。


「……気持ち悪いやり取りしてないで早く行動しよう。」

「アルメー、お前マジで毒舌だな……。まあ、んじゃあ、レディ。時間もないしさっさと答えてもらうぜ」

「あ、あんたらこの私にこんな事してぎゃあ!」


怒鳴ろうとするドレスの女の肩に刺さったナイフを引き抜きそのままカイドーは彼女の足に突き刺した。


「時間が無いって言っただろ?だから尋問もスピード重視で行くぜ。まあ、あんなもんを喜んで見てたんだ。耐性はあんだろ?たまには自分でも体験してみな。」


弱者には優しく、悪人には残酷なまでに厳しい彼ら三人を見て兵士は昔、正義の為に兵士を目指した過去の自分を思い出した。

そして心の奥底で彼にはある感情が芽生えた。


……一から、町の衛兵さんに戻るってのも悪くないかもな。


こうしてカイドー達は彼らなりに闇窟の上層を目指すのだった。


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「これは凄いぞ、新記録だ。お願い、もう一度…、もう一度だ!」


ウェディちゃんが去り、話し相手がいなくなった独房の中で俺は世紀の瞬間を固唾を飲み込んで見守っていた。


「ほら!もう少しだ!いけ、頑張れ!あっ……」

「貴様ら!何を眠っている!」


独房の壁は水漏れによって壁は濡れておりその水滴が今3度目の合流を果たしてドンドン大きくなっていた、そしてついに4度目が訪れようとした瞬間に怒号が外から入り込み、その振動によってその水滴は結局合流前に地面に落ちてしまった。


「はぁ~あ。」

「はぁ、下層の連中は意識が低いな。……それで貴様は何をやっている。」

「見れば分かるでしょ。暇つぶしだよ。」


怒号を上げて外の警備を起こし、溜息を吐きながら入ってきたのはもう5日目の付き合いになる領主直属の兵士だった。

彼はこちらを見て呆れた顔をしていたが、すぐに何かに気づいた様で俺を睨む。


「貴様、何故怪我が治っている。」

「天使様が俺を憐れんで治してくれたんだ。」

「ふん、司教を殺した貴様をか?」

「だから俺じゃないって。」


彼は俺の言葉に溜息で返して近づいてくる。

そして俺の枷を外し始めた。


「あれ?どうしたの?」

「貴様が言った事だ。上層に行きたいのであれば連れていけとな。」

「えっ?連れてってくれるんだ。」

「ああ、中層フロアの探索を今日始めているが戦闘は避けられん。今回の作戦では必ず成果を上げなければならない。」

「成程、お姫様の状態あまり良くないみたいだね。」

「……。」


枷だけでなく首輪も外され俺は久しぶりに自由な状態となった。


「全部外して良いんだね。」

「問題ない、貴様の枷は今から俺自身だ。」

「ふぅん、自信家だね。」


俺は伸びをして体の調子を確かめる。

うん、ウェディちゃんのお陰で怪我も治ったし問題ない。


「それで上層フロアのカードはどこにある。」

「今渡しちゃったら俺を置いてっちゃうかもしれないじゃないか。カードが君の枷だよ。」

「ふん……。」

「でも急に心変わりなんて本当に時間がないんじゃない?急ごうよ。」

「……?何を言っている?」

「えっ?だって君達が今回の中層探索の俺の同行を許可しなかったんでしょ?ナクティスから聞いてるよ。」


俺は中層フロアの探索をすると聞いた時にナクティス達に兵士に俺の同行を申請して欲しいとお願いした。

上層フロアというエサを事前に撒いていたのと中層フロアの探索の失敗後では神の涙がより厳重に保管される危険性を伝えれば今回の探索に俺を連れて行ってくれるはずだと思ったからだ。

しかし、結果はナクティス達に聞いたが認可されなかったらしい。

なのに領主直属の兵士達の中で中心的に指揮を取っている彼がこの場に来た。

急な心変わりとしか思えない。


「何の話だ?お前の同行を許可しなかったのは貴様らの仲間だ。もし、連れて行けば協力しないと言ってきた。」

「……は?」

「今回の作戦は絶対に成功させる必要がある。だから奴らに提案したが断られた。しかし、やはり今回以外上層フロアのカードを有効に使えるタイミングはないと考えた。だから奴らが突入した後に遅れて貴様を連れていくと決めたのだ。」


成程。

どうやら俺は彼女達に騙された様だ。

多分、俺を心配しての事だろう。

しかし、そうか。


「……」

「急に何故黙る。なんだその顔は。……貴様、落ち込んでないか?どうした。」

「なんでもないよ、さっさと行こう。急いでるんでしょ?」


別に彼女達にのけ者にされて落ち込んでいる訳じゃない。

ただ彼女達が俺を心配するように俺も心配している事を分かってほしいと思っただけだ。

兵士は俺の言葉に返答せずに何故かジロジロと俺の顔を見る。


「……何か拗ねていないか貴様。」

「ところで君の部下ってなんで皆君みたいな喋り方なの?服装だけじゃなくて口調も規則で決まっているの?」

「……下らない事を話していないでさっさと行くぞ。」


俺から自分の求める回答が得られないと思ったのか彼は結局何も言わずに俺を先導して牢屋を出た。

さて、しばらく役立たずだった俺だけどようやくこの件で働く事が出来る。

うん、頑張ろう。ナクティス達に俺の凄さを分かって貰うためにも。






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