第8話

闇窟。

一般人が受容する様な幸福では満たされず、また力がある為にその底なしの欲望を満たそうと蠢く人間達が集う場所。

領主はこの都市の管理を帝王より任されてから闇窟の調査を始めたが通称下層と呼ばれるフロアまでしか調査を進められていない。

下層フロアはオオヤとアルヴェンが入った賭博場フロアだけではない。

裏マーケット、興行場等の表の世界では違法とされているサービスがフロア毎に提供されている。

闇窟は扉を介してフロアを繋げるという特性の為かその場所にある扉の数は異常である。


例えば賭博場の下層フロアには扉が52か所ある。領主側が把握している外からの入口の数は9か所。そして、それ以外で頻繁に利用される扉が21か所。時折利用者がいるのが13か所、利用者を片手で数える程しか確認していない扉が6か所。そして一度も利用されている所を確認した事がない扉が3か所。


「そして神の涙の重要性から下層フロアに保管されているとは考えづらい。少なくとも我々が調査を進められていない中層以上の階層にあるだろう。……話を聞いているのか貴様ら」

「ぐァつぐァつぐァつ!」


現在、第2回目の闇窟捜査の前にオオヤの宿にてブリーフィングが行われていた。

領主直属の兵士が説明をしている傍らナクティス達は昼食を食べていた。

野菜で出汁を取ったスープを飲み込んでからアリヤースが返答する。


「ん、んぐぐ……。聞いてるわよ。あんたらが無能って話でしょ。食事中なんだからそんな分かり切っている愚痴をぐちぐち言わないでよ。」

「一々煽って空気悪くすんなよ。食事中なんだから。……あ、おいそこの肉取ってくれ」

「……能天気だな。」


アリヤース以外のメンバーも食事に夢中で片手間に聞いている様な調子だった。

テーブルの上には何かの記念日かと思う様に豪華な食事が並んでいる。

各々美味しそうに食べている中でアルメーは目の前の皿を見て苦虫を嚙み潰した様な顔をしている。


「頑張れ、アルメー!オオヤを助けるんだろう!さあ食べるんだ。」

「分かってる。食べるから。……うぇええ。」

「なんでわざわざ大事な仕事の前に苦手な食べ物の克服をさせているんだ…?」


横で彼女を鼓舞しているナクティスに促されそれを口に含み吐きそうな顔をするアルメー。

そしてキッチンからはレイダリーが現れる。


「おーい、追加の飯だぞ。」

「どれだけ食べるんだ貴様ら……。というか、おい。厨房に誰もいないのに何故追加の料理が出てくるんだ。」

「あっ、おい立ち入り禁止だよ。」


キッチンを興味深そうに入ろうとする兵士をレイダリーが止める。

実際入られたら身の毛もよだつ異常な光景を見られる事になるのでそれは正解だった。


キッチンには誰も立っていない。

しかし、包丁等の調理道具が一人でに動きドンドン料理を作っていっている。

オオヤの牢屋からの遠隔調理だった。


「えーっと、リアキノコのシチュー、サーサラン肉の串焼きを食ったな。これで睡眠耐性とスタミナ補強だっけか。」

「ああ、このスープも飲んどけ。暗い所があるかもしれないから暗視効果もあった方が良い。」

「検証は進んでいないが、付けられる効果数には制限があるのだ。美味しいからと言ってなんでも食べ過ぎるなよ。……特にアリヤース。」

「分かっているわよナクティス!」


あくまで食事を続けるナクティス達に兵士は飽きれるが彼らにとってこれは立派な作戦準備だった。

オオヤは冒険に出かける彼らが安全に帰ってこれる為に自分が出来る事を考えてスキルを使っている。

部屋に回復系の効果を購入して万全の状態で冒険に生かせる事は出来ていたが、彼はそれにプラスアルファが欲しかった。

それで購入したのが【加護の調理場】という付与効果だった。


【加護の調理場Lv.1】

キッチンの機能を向上させる。

調理された料理に様々な加護効果を付与する。

料理に使用される素材、調理方法によって付与される効果は異なる。

購入対価:金貨3枚


オオヤはこの調理場の購入後様々な料理を作り検証を進めていた。

10種類程の料理がどういった効果がもたらすかをその検証の末に解き明かした。


状態異常耐性。

スタミナ効率向上などの基礎能力に影響を与える物。

他でいえば例えば幸運の付与など。


オオヤの料理は冒険に出かける彼らに強力なサポートとなった。

何より弁当にして持っていけば宿を離れた後も彼らの助けになれるのだ。

オオヤは宿の機能の中で【加護の調理場】を特に気に入っていた。

効果の検証に宿の周囲を走りながら魔力を操作したり的当てをするといった奇行を連日する事になったが。


30分後食事が終わり、ようやく兵士は話を続けられた。


「……連日早朝から深夜まで動いていたのに随分元気な物だな。まあ、いい……。昨日の下層フロアの探索の結果、この件に関わりがある違法ギルドのグループの特定及び、その連中が使用していた中層フロアの入室カードが手に入った。」

「私達のおかげでね!あんた達が何年も掛かっても無理だった中層フロアに私達はたった五日でたどり着いたのよ。」

「ほぼ、リクエラさんのお陰だろ。あの人働き過ぎの影響でまだ風呂場で寝てるんだぞ。」

「私もカードの所有者をぶちのめしたり貢献したでしょ!」

「リクエラの事は気にするな。疲れているのではなく風呂が気に入っているだけだ。」

「……話を戻すぞ。なにも中層フロアの入室カードを我々は手に入れた事がないと言った覚えはない。」

「は?あんた達下層フロアの探索までしか進められてないんでしょ?」

「ああ、つまり、中層フロアのカードは手に入れたが情報を持ち帰る事が出来なかった……が正しい。送り込んだ兵士は誰一人として帰ってきていない。」


兵士からの情報に多少の緊張感が部屋の中を包む。

しかしアリヤースは調子の変わらない様子で鼻で笑う。


「ふん、だからそんなにビビッて事前に打ち合わせしたいだなんて言った訳ね。あんた達エリートなんでしょ?情けないわね。」

「中層フロアは下層とは段違いであちらの警戒のレベルが高いという事をよく認識しておけ。下層フロアのカードは紹介と入会金程度で手に入れられるが中層フロアは通常闇窟の管理者側の認可が下りなければ与えられない。」


兵士は最早アリヤースの煽りを無視するようになった。


「つまり……。中層フロアに入れば私達の行動も監視され目的もバレるという事か。」


ナクティスの指摘に兵士は頷く。

下層フロアでナクティス達が暗躍出来ていたのは管理者たちがそのフロアに大きな興味が無かったからだ。

しかし中層フロアでの行動の監視が強いのであれば目的も容易に看過されるだろう。


「戦闘はあるものとして考えろ。それも多対少数のな。そして今回の行動では必ず成果を上げろ。いたずらに奴らの警戒レベルを上げただけなんて結果に成らぬようにな。」

「ふん、望むところだ。私達にとって殺し合いなんて都市で小競り合いをしている連中よりもよっぽど日常の事だ。私達、冒険者にとってはな。」


ナクティスは不敵な笑みでそう言い放つ。

そして席を立ち部屋の皆を見渡す。


「皆、行くぞ。いつまでもオオヤをあんな所にいさせる訳にはいかない。彼の家はこの宿で、私達の所だ。」


ナクティスの言葉に彼らはそれぞれの反応を示し、装備を持って宿を出て行く。

そして彼らが馬車に乗り込むとそれは御者もなしで動きだした。

それを見て兵士はポツリとこぼした。


「……ここは幽霊屋敷なのか?」


幽霊屋敷ではないので反応はなく、彼とその部下の兵士達もナクティスの後を馬に乗り追うのだった。


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闇窟の中層フロアの探索。

領主も積極的に注力していた訳でもなかったがそれでも選抜された兵士達ですら一度も成功した事がない任務だった。


それに挑むのは最近旗上げされたばかりの弱小冒険者ギルド。

しかしそれに同行する兵士達には奇妙な安心感があった。

この数日の行動で彼らの優秀さを十分に認識したのだ。


メンバーは三手に分かれた。

大人数での行動は目立つし、広大な闇窟捜査の上での効率を求めてだ。


中層フロアは下層フロアと違い、悪趣味な程に豪華を強調する様な装飾はされておらず洗練されていた。

しかし使われている物のランク自体は下層とは段違いで高価である事が一目で分かる程だった。


アリヤース、アルヴェン、そして同行の兵士はそのフロアに侵入すると同時に違和感を覚えた。


「下層と比べると随分静かね。」

「……中層は利用者が下層と比べて少ないからな。それにここは賭場やマーケットでは無いようだ。」

「……見られている。」


兵士は驚いた。

アルヴェンの発言にではなく、彼が発言した事、それ事態にだ。

何故ならこの五日間彼の声を兵士は聞いたことがなかったのだ。

アリヤースは兄が発言する時はよっぽどの事だと理解しているので不敵に笑う。


「上等、早速ってわけね。」

「おい…戦闘は避けられないと言ったが積極的にやれとは言ってな…」

「本命はナクティスとリクエラの方でしょ?ならこっちは混乱を起こすだけ起こしてやるわよ。」


アリヤースは廊下をどんどん進んでいき部屋に入る。

そこには人間が十数名いた。

入ってきたアリヤース達にその場の人間全員が一瞬目を向けた。

そしてすぐに興味を失ったかのように目を逸らす。


その場所はまるで酒場のようだったが兵士は瞠目した。


壁に貼られているのは地図だった。

それは国の重要施設の銀行や主要ギルドの物だ。

それは内部の一部の人間しか知らないような情報まで事細かに書かれているように見えた。

そして最も恐ろしいのはそれがなんてことのない情報かのように壁に貼られていることだった。


動揺する兵士を他所にアリヤースは酒場のカウンターに立つ人物の所まで歩いて行く。


「ねぇ。」

「……」

「ねぇ!耳ついてないの?穴大きくして上げたほうがいい?」


アリヤースの言葉を完全に無視するその男にムカついたのか彼女は胸ぐらを掴んだ。


「舐めてんの?クズが余計な時間使わせんじゃないわよ。」

「なっ…!ちっ、おい、さっさと殺しちまえよこの馬鹿共、何やってんだ管理は。」


店主はアリヤースの突然の行動に驚いたがすぐに鬱陶しそうに何者かに指示する。


それを合図に一般人では目で視認できないスピードで魔力の矢がアリヤース、アルヴェン、そして兵士の頭に放たれた。

姿を隠し、予備動作を見せずに放たれた魔法だ。

自分が死んだことにも気付かずに頭をぶちまけることになるだろう。

彼女達がただの一般人であればの話だが。


アルヴェンは飛んできた矢をなんて事のないように拳で弾き飛ばした。

兵士はそれに驚くがアリヤースもアルヴェン同様動揺を見せない。

むしろ顔を悪魔的に歪ませて微笑む。

その場でまるでアリヤース達に関心を寄せていなかった利用者もその顔を見て一様に浮き足立つ。


「良いじゃない、あんた達。分かりやすくて。こっちはずっとストレス溜まってたのよ。オオヤは無実の罪で捕まるし拷問されるし、それやった兵士や領主ぶっ殺そうとしたら止められるし。……やっと暴れられる。しかも相手はクズで大変嬉しいわ。」


アルヴェンが担いでいた三つの水袋の紐が開けられる。

その中から3種類の水が宙に飛び出しアリヤースの周囲を回り始める。


「一応、聞いておくわ。あんた達、神の涙か上層行きのカード持ってない?」

「こ、殺せ!こいつらを殺せ!」

「あ、そう。じゃあ死体から漁る事にするわ。いつもモンスター相手にやってるみたいに。」


こうしてまずは中層フロアに侵入早々にアリヤース達が殺し合いを始める事となった。

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