第5話

「お、やあナクティス。」

「ふふ、お帰り、オオヤ。それとアルヴェン。」


ウェディちゃん達にカードを返却した後、アルヴェンと宿に帰宅するとナクティスがフロントのテーブルに座っていた。

1週間ぶりの来訪だ。

彼女は家族がいる為、あの騒動の後に唯一俺の宿で暮らしていない。

しかし素材の納品に頻繁にここに来てくれる。


「今、紅茶を入れよう。」

「ああ、悪いね。」


彼女はキッチンに向かうと慣れた手つきでお茶を準備し始める。

俺はカウンターの下に荷物を置いてからテーブルに座ってそれを待つ。

以前であればお客さんだからと彼女を止めて俺が準備していた。

しかし、少し前に今更客扱いするなと言われたし、実際彼女は宿の利用者というよりは友人であり対等なビジネスパートナーである側面の方が強い。

これが公私混同にあたるのか分からないがカイドー達も含め、キッチンなどは共有の設備として使ってもらっている。


ますます普通の宿から遠ざかっている気がするが新規の客など1人もいない現状問題はないのでそのままにしている。

宿の経営も続けるのであれば俺が使うのとは別のキッチンを用意したほうが良いかもしれない。


「さあ、どうぞ。」

「ありがとう。……うん、美味しいよ。」

「ふふっ、私も中々上手くなったものだろう。」


彼女は得意気に胸を張る。

アルヴェンも美味しそうに飲んでいる。

ナクティスも席につきお互いに近況を報告しあう。


「私が言うのも何だが……。またトラブルに巻き込まれたのか……」

「でも、一応もう解決したよ。都市の地下にあんな広大な空間があるなんて知らなかったな。」

「……いや、どうだろうな。この都市は地下に水道がある。その場所の入り口は繁華街の賭博場だったのだろう?オオヤの言う通りの広大な空間と水道が干渉しないように機能を損なわずにその場所に共存させられるものなのだろうか。」

「確かにね。」

「実際に目にして見なければ分からないが、その取手のない扉を介して魔法を空間で繋げている可能性が高い。」

「そんな事が可能なの?」

「ああ、実際に魔界でも使われている魔法だ。こちらで目にしたことはないがな。だが距離にもよるが設置コストや維持費は非常に高いと聞く。明らかな非合法のその場所を隠匿する為の術なのだろうが。それが可能なほどその規模は大きいのだろう。」


ナクティスの考察を聞いてあの悪趣味な空間の事を思い出す。

確かにあの空間はこの都市の裏社会の繁栄を示す豪華な造りだった。

しかも、そこで聞いた話からもあそこはあの場所でもランクの低いエリアだったと考えられる。

空間魔法の事を考えると低層地域だけでなく、中層から上層の住民の利用者もいるはずだ。

この都市に蔓延る悪意が凝縮された場所と考えるとあの下品さも納得出来る。


俺みたいな一般市民からすればウェディちゃんの事も思うと気が滅入る話だ。

今の領主様が現状を改善してくれる事を祈る。


「ところで、ナクティスのご家族はどこに?」

「むっ、ああ。今は私の部屋にいる。呼んでくる、紹介させてくれ。」


彼女はそう言うと自室に向かっていった。

1週間前に彼女は俺にお願いをしてきた。

なんでも彼女の家族の魔力が一時的に大幅に欠乏し生活に困っているというのだ。

家庭の中でも家事や買い物などを担っている重要な人物という話だった。

なので回復に時間が掛かるのであれば俺の宿に来てもらった方が早く復帰出来るのではないかと提案したのだ。

大体どんな人物か聞いているが彼女の家族と会うのは初めてなので楽しみだ。


「待たせたな。私の仲間のリクエラだ。」

「やあ、初めまして。俺の名前はオオヤ。ナクティスの友人でこの宿のオーナーだよ。」


ナクティスはすぐに家族を

彼女は両の手のひらの上にぷるぷるとした光沢のある半透明の白い固体を載せている。

どこからどうみても魔法生命体モンスターのスライムだ。

アルヴェンは席を立ちあがり拳を構えたのでそれを抑える。


「落ち着いて、ナクティスのご家族だよ。」

「む……?ああ、すまない。そういえばアルヴェンにはリクエラについて話していなかったな。ほら、リクエラ挨拶をするんだ。」


ナクティスが促すとリクエラさんは自身の身体をぷるぷると揺らした。


「はあい、どうもぉ~、初めまして~。わたくし、リクエラと申しますぅ。御覧の通りケチな魔族の女ですがどうぞ、なにとぞお見知り置きを~」


露骨な程に腰の低い挨拶をした彼女はどうやら女性だった様だ。

御覧の通りだと言われたが失礼ながら一見では分からなかった。


「よろしく、リクエラさん。ナクティスにはいつもお世話になっているよ。俺の宿の使い心地はどうだい?」

「ええ、ええ。とてもすんばらしいですぅ。あそこまで魔素濃度が高い場所は魔界でも限られていますもの。あそこなら私の魔力も数日で全快しますわぁ~。」

「それは良かった。でも数日も掛かっちゃうんだ。もしかしてナクティスよりも魔力量が多いの?」


ナクティスの内包魔力量は今まで会った人物の中でも段違いでトップだった。

そんな彼女を超す人物がいた事に驚く。

リクエラさんはそれを慌てた様に訂正する。


「ああ、いえいえ。わたくしなんてナクティス様の足元に及ばない魔力量ですよぅ。ナクティス様は魔力量もさることながら魔素吸収効率が異次元に高いのですわ。」

「こ、こら。リクエラ。様付けをするなといつも言っているだろう。」


どうやらそういう事らしかった。

そしてやっぱりナクティスは魔界では貴族だったのだろうか。

しかし……、そうか。

あの魔力回復Lv10の部屋でも彼女の回復には数日掛かるのか。


「まあ、わたくしは御覧の通り流体型の魔族ですから魔素溜りの水源があれば効率的に吸収出来るのですけれども……。」

「成程ね、じゃあ宿のお風呂も使ってみてよ。」


俺は宿の風呂の一つの湯舟にも魔力回復Lv4の効果を与えている。

個々の部屋の効果を購入するより利用者全員に効果を与える事が出来ると考えたからだ。

まあ、実際には利用し続けちゃうとのぼせちゃうし利用時間を考えたら部屋に付与した方が良いと考え直したのだけど。


俺は彼女を風呂場に案内する。

日本人として俺はこの宿ではトイレと風呂に拘っている。

自動清掃機能をどちらにも付与しておりいつも快適で清潔な時間を提供している。


女性用の風呂場の前までリクエラさんを案内する。


「三つある内の一番左が魔素濃度が高いからね。」

「……とんでもない宿ですわねぇ。……ナクティス様、やはりこの方を我が陣営に迎え入れるのはどうでしょう。」

「ば、馬鹿な事を言うな!まだそんな事を言っているのかお前は!後様付けするな!変な目でオオヤに見られるだろう!」


ナクティスは彼女を叱りつけると風呂場の中に入っていきすぐに戻ってきた。


「とりあえず湯船に入れてきた。……すまない、あいつの言っていた事は気にしないでくれ。」

「うん、分かったよ。変に詮索しないさ。」



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「そういえばアリヤース達は今日はいないのか?」

「うん、皆仕事だよ。アルヴェンも一緒に行く予定だったんだけど……。皆が俺の事を心配してくれてね。彼だけ俺の為に残ってくれたんだ。」

「素晴らしい判断だ。オオヤは私達の要だからな。」


ナクティスの大げさな言い方は少し照れくさい。

なので話題を変える。


「リクエラさん、凄い礼儀正しい人だね。流石ナクティスの家族だ。」

「……う、うむ。いつもああという訳ではないが、オオヤに失礼の無いように念を押したからかもしれん。」

「そんなに気にしないで良いのに。」

「良い湯でしたわぁ~!」

「…!げほっげほっ!」


ナクティスとアルヴェンと会話中、リクエラさんが戻ってきた。

しかしその姿は数十分前とかなり変わっていた。

いわゆるモンスター娘。モン娘の様に人間体になっていたのだった。

白いまん丸の半透明の石のような彼女が、なんという事でしょう。

少しお風呂に入っただけで背丈は俺とほぼ同じ、頭からつま先まで流れるような流線型ながらも女性らしい肉体を形成したスライム娘になっていた。

しかし先ほどと変わらない所は一つだけ。

彼女は全裸だった。

それが俺がむせた理由である。

ナクティスは彼女の姿にツッコむ事なく喜びの声をあげる。


「おおっ、この短時間で真体にまで復帰したか。」

「はい、ガワだけですけれどね。それでは改めてオオヤさん。ナクティス様の従者のリクエラと申します。」

「う、うん。よろしく、リクエラさん。」


リクエラさんは丁寧にお辞儀してくるので俺も返答するが視線は明後日の方向を向いてしまう。

目のやり場に困る。

なぜナクティスもアルヴェンも普通にしているのだろうか

もしかして気にしている俺がおかしいのだろうか。

確かに、直接的な表現は避けたいが。

まるで全年齢対象のデッサンフィギュアの全裸の様に、その、アレやアレはない。

しかし、それでも女性を感じさせる彼女の肉体は俺には刺激が強かった。


「お、おい。リクエラ、だから従者とかそういう事を……。む?どうしたのだオオヤ。」

「えっ、いや。なんでもないよ。」

「むむぅ?どうされたのですかオオヤさん?」


彼女達の俺の様子を不審がられリクエラさんが更に俺の方に近づいてくる。

まずい。こちらの事はある程度理解した気になっていたがまだまだだった。

もしかして過剰に反応している俺はこの世界では変態になってしまうのだろうか。


「あっ、そうだ!リクエラさんにこの宿の看板娘を紹介するよ。」

「オオヤ?」


俺はこの場を一旦逃れる為に席を立ち自室に向かう。

とりあえず落ち着こう。

自室の扉を開ける。


「リシアー、ちょっと良い……。あれ?」


そして俺の部屋のベッドにいつもいるリシアがいないのに気付いたのだった。


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スキルでフロアマップを開いて確認し、リシアは別の部屋にいたり影に隠れている訳でもない事が分かった。

彼女の為に俺が作った車椅子も置いてあるままだ。(そもそも彼女がこれを使っている姿を一回しか見た事ないけれど。)


「リシアさんという方は両足がないのですよねぇ?そんな遠くに一人で行けるものなのでしょうか?」


リクエラさんが心配そうに尋ねてくる。


「彼女は影の中を移動出来るスキルを持っている。朝はいたから、おそらくは街に出掛けた俺とアルヴェンの影に潜んでいたんだろう。」

「それは……。奴はこの宿を自発的に去ったという事か?」

「もしかしたら愛想を尽かされたのかもね。」


俺は椅子に座り天を仰ぐ。

リシア、たった3か月程一緒に過ごしただけの彼女だが別れの挨拶もなしとなると少し落ち込む。

しかしそれもしょうがないかもしれない。

数日前の事もあるが俺は彼女の信頼を得ることが出来なかった。

見限られるのも致し方ないだろう。

しかし……。


「ただ、気になる事が一つ。」

「あら?それはぁ……。」


俺は冷凍保存していたリシアの両足、片手をテーブルの上に置く。

結構猟奇的な光景でリクエラさんは引いた顔でテーブルから離れた。


「彼女のパーツが残ったままだ。」

「パーツって……。」

「自分で手足を治す為に出て行ったにしては行動が矛盾している。」

「成程な……。それでどうするのだ、オオヤ。」


ナクティスは探る様に俺に問いかける。

彼女は放っておけと言いたげな顔をしている。

相変わらずリシアに対する彼女のスタンスはブレない。

だが俺に気を使って言わないのだろう。


「そうだね……。どういう理由かは分からないけど彼女が能動的に出て行った事は間違いない。彼女は俺が手足を治すという約束でここに留まってもらっていただけだ。そして彼女がどこにいったか明確な手がかりはない。」


実は少し目星はある。

リシアはあの場所の入室カードに興味を示していた。

もしかしたら彼女はあの場所に行きたくて俺たちに着いてきたのかもしれない。

しかしそれも無理矢理最近の出来事をつなぎ合わせただけだ。

それにもうあの場所に正規で行く手段も失ってしまった。


「気になるけど彼女を探すのに注力は現状しないかな。」

「そうか……。であれば私も、街に出た際についでに探すだけにする。」

「えっ?」

「貴方の事だ。口ではそうは言っても気にしているのだろう?奴の事は私は嫌いだが、貴方が悲しい顔をするのはもっと嫌だ。だから奴の事は私の方でも調べておく。あくまでついでだがな、余り期待しないでくれるとありがたい。」

「……ありがとね。」


アルヴェンも後方で腕を組みながら頷いている。

全く、ナクティス、いや、皆は俺に甘いな。


「あららぁ?あらあらあらあららららぁ?」


俺たちのやり取りを見ていたリクエラさんが日本の時代が早すぎた伝説的なHIPHOPクルーの様な言葉を発した。


「な、なんだリクエラ。」

「いえいえ、別にぃ?ただナクティス様にも春が来たのですねぇ~」

「ば、な……。何を言っているんだ!」

「あらあら、そんな顔を真っ赤にしちゃって。まあまあ。わたくし従者としてとても嬉しく感じますわぁ。」

「よ、余計な邪推をするな!後様付けをするなと何度言えば分かるのだ!」


彼女たちは本当に仲が良いのだろう。

怒鳴るナクティスの顔も心なしかリラックスしている。


「はは……。ちょっと待って誰か来る。」

「むっ、どうする。自室に戻った方がいいか?」

「……うん、悪いけどお願い。相手の目的が不明だ。ただのお客さんであればいいけど。」


俺は宿の近くに何者かが近づいてくるのを感知した。

ナクティスも俺が宿内であれば瞬間移動が可能である事を知っているのでここで俺の側にいるより自分がいる事での余計なトラブルの発生を心配していた。

ナクティスとリクエラさんは自室に戻り、アルヴェンと俺だけがフロントに残る。

そして1分後、宿の扉が勢いよく開かれる。

相手は衛兵達だった。


「やあ、いらっしゃ……」

「この宿の主人のオオヤはお前か!」

「うん、そうだけど、どうかした……」

「貴様には司教殺害の疑いが掛かっている!我々についてこい!」

「貴様らオオヤに何をする!」


俺の歓迎の言葉は遮られ、罪状と来訪理由を語った衛兵はすぐに俺を拘束にかかる。

そして部屋に戻ったナクティスもその様子を見てすぐに出てきてしまった。

たった数秒で穏やかな時間は一瞬で壊れてしまった。

激昂したナクティスが衛兵に掴みかかりそうだったので止める。

どうやら彼らの目的は俺だけの様だ。

魔族である彼女が捕まるのは不味い。


「ナクティス!俺なら大丈夫だから!」

「しかしオオヤ……」

「大丈夫、ちょっと誤解されているだけだよ。すぐに間違いだって気づいてくれるさ。少し待っててよ。皆への説明頼んだよ。」


俺は彼女に微笑んで衛兵達に着いていった。


追剥ぎの連続襲撃、都市の暗部との遭遇、リシアの失踪、そして司教殺害容疑。

この短期間で頭を悩ませる問題が続出だ。

だがスーニディさんに言った様にこういう時こそ素直に誠実に行動するべきだろう。

そうすれば自ずと事態は良い方向に改善していくはずだ。


少なくとも俺は司教殺害はしていない。

すぐに誤解は解けて解放されるだろう。

そう俺は楽観的な気持ちで衛兵に連行された。


そして3日後、爆速で俺の裁判は終わり1審で絞首刑が確定したのであった。


いやはや人生ままならないね。









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