第3話

「えーっと、これで本日2回目か。」

「……。」

「アルヴェン、そのままだと彼、窒息死しちゃうから離してあげて。」


相手の首を片手で締め上げていたアルヴェンは俺のお願いを聞き、手を離した。

完全に気絶をしていた強盗はそのまま地面に倒れ伏した。

アルメーが強盗を撃退してから3日目、既に連日複数回悪漢に襲われていた。

一昨日はアルメー、昨日はアリヤース、今日はアルヴェンが撃退してくれており、俺は何もしていない。

しかし、原因は俺である可能性が高いので大変申し訳ない。

流石に偶然という事はないだろう。

しかし、確証を持って言える原因が分からない。

ただ、この襲撃はあの白い少女と出会ってから始まっている。

つまり、この俺の手元にあるカードを彼女に貰ってから。

これが原因ならさっさと手放してしまった方が良いが、ウェディちゃんの笑顔を思い出すと放り捨てるのも気が咎めた。

しかし、これが本当の原因なのだとしたら皆に迷惑を掛ける事になる。

今、俺は正直非常に気持ちの悪い気分だった。

ウェディちゃんからお礼として貰った物が俺をどっちつかずの気持ちにさせて苦しめている。


どういった選択をするにせよこんな状況を把握できていない状態で決定したくない。

それにはこれについて探る必要があるが、そうすると仲間に迷惑を掛ける可能性がある。

思考の袋小路にハマってしまいそうだったので俺はアルヴェンに一度意見を聞いてみる事にした。


「アルヴェン、多分今俺が連日襲われているってこのカードの所為だと思うんだけど、確証がない。」

「……。」

「これを捨て去ってみるのは簡単だけど、今の何も分かってない状態での判断で後々、後悔もしたくない。だから皆に大分迷惑かけると思うけどこのカードについてこのまま調べても良い?」

「……。」


俺の卑怯な言い回しにアルヴェンは黙ったままだ。

いや、まあ彼は基本的に無口なのだけれど。


「……アリヤースに危険が及ぶ可能性がある選択を……俺は支持できない。」

「まあ、そうだよね。」


結果は予想通り否定だった。


「しかし……」

「ん?」

「アリヤースなら……、オオヤの選択を肯定するだろう……。」

「えーっと、つまりOKって事?」


アルヴェンは首を縦に振った。

確かに俺に甘いアリヤースなら俺のしたい様にさせてくれるだろう。

俺はアルヴェンの肩を叩いた。


「ありがとね。まあ、アルヴェンがなんて言おうと調べようと思ってたんだけど。」

「!?」

「一応聞いたのはこれからそうするからごめんねって意味だったんだ。」

「……。」


俺は初めてアルヴェンに脇腹を強めに小突かれたのだった。

最近初めての経験が多くてまだまだ人生が楽しめそうだと思った。


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「あれれ、これってまた俺の勝ちってこと?」

「……その通りです。」

「ええ?何だか悪いなぁ。」


俺はテーブルに置かれていたチップを全て手元に持ってくる。

俺の傍らのテーブルにはチップが山盛りに積み上げられておりそこに新たに手に入れたチップを加えた。


今、俺とアルヴェンは賭博場に来ていた。

来るのは初めてだったがとりあえず賭け始める事2、3時間。

順調に持ち金を増やしていき今はこの場の最高レートでギャンブルを楽しんでいる。

やっているゲームはカードゲームでディーラー1人とプレイヤー3人で役を作って勝者を決めるポーカーっぽいゲームだ。

何しろ先ほどルールを知ったばかりなので詳しい戦略なんてのは分からない。

しかし持ち金を増やせているのは俺に付与されている幸運付与の効果によるものだろう。

少なくとも幸運付与はこんなギャンブルであれば余裕で勝てるぐらいの運を与えてくれているらしい。

仕事に出かけている皆の役に立っている事を実感出来て嬉しい。


俺が笑顔なのと対照的に他のギャンブルに興じている皆は怒りや絶望で顔を染めている。

うーん、スキルに使えるお金には出来ないけどこの幸運があれば簡単に稼げそうだなぁ。

俺は掛け金を先ほどと同じように最大までベットする。

しかし…


「あれ?」

「おいおい、クソガキ。ビキナーズラックの幸運は尽きたみてぇだな。」

「どうやらそうみたいですね。いやぁ参ったなぁ。」


ディーラーから配られたカードは珍しく役無しだった。

つまり俺の負けだ。

俺はニコニコ笑顔のままチップを勝者に渡す。

そしてそのまま順調に負けを続けていき何時の間にかチップの残数は風前の灯火だった。

同じ客が俺を嘲笑うのはともかくディーラーも少しニヤけているのは頂けない。

うーん、付与された幸運が尽きたか


「えー、急にこんなに勝てなくなるなんて」

「勝てる時もあれば負ける時もある、それがギャンブルだよ。坊ちゃん、勉強になったか?」

「イカサマじゃないんですか?」

「ああ?」

「お客様、その様な発言をするのであればご退席頂くことになりますが…。」


俺のイチャモンにディーラーの目が怪しく光る。

うーん、ギャンブルで楽々生活はやっぱり現実的じゃないのかな。

俺は諦めて懐からカードを取り出した。


「ごめんごめん、冗談だよ。ところでこれを見て欲しいんだけど。」

「あん?何だそりゃ…」

「……!そ、それは。」


客は知らないようだがディーラーは知っていた様だ。

ふぅ、ようやくか。


実は既に賭博場を3件ハシゴしている。

そしてカードに反応した人はこれが初めてだ。


リシアが反応したので反社会的店に関係するものの可能性が高いこのカード。

そしてスーニディさんの慣れたコイン捌きを思い出し、俺は取り敢えず賭博場に行ってみることにしたが俺の方針は正解だった様だ。

やはり今日の俺はツイテるらしい。


ディーラーは顔を青くして俺に頭を下げた。


「も、申し訳ありません。会員様とは知らずに……。」

「ああ、良いの良いの。たまにはこっちで楽しもうと思ってただけだから。謝る必要はないけど、荷物運んで貰っていい?」


彼に案内してもらう為に俺は先ほど街で買った物を指さす。

彼はうやうやしくお辞儀をした後に他のスタッフに仕事を任せて歩き出した。


「よし……、アルヴェン、行くよ。」


俺は近くで待機していたアルヴェンを呼び彼の後を着いていった。


豪奢な装飾がなされた空間の奥に地下へ続く階段があった。

一般客が入れない様に隔離されたその階段を降りると魔法陣が描かれた扉があった。

ディーラーはその前でまたお辞儀をした後に買い物袋をアルヴェンに預けると去っていった。


ここから先は俺たち自身で、という事みたいだ。

どうやらディーラーの彼もこの扉の先に行く事は許可されていないようだ。


この扉、取っ手が存在しない。

まさかと思いカードを扉に近づけると魔法陣が輝き扉が自動的に開いた。

この世界は科学とは違う原理で発展した異世界なのだと改めて思わされた。


扉の先はまた通路だった。

先に進もうとすると肩を掴まれる。

アルヴェンだ。


「……嫌な匂いがする。……気を付けろ。」

「うん、分かったよ。」


寡黙な彼がわざわざ言うのだからこの忠告には耳を貸すべきだろう。

だがどちらにしても進むしかない。


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「これは……」

「……」


その場所を一言で表すなら酒池肉林だろう。

先程と同じような賭博場に見えるがこちらは下品極まる。

目に痛い程に豪華絢爛な装飾がこの場所が先ほどとは比べ物にならない程賭けるレートが高額である事を教えてくれている。

いや、賭けているのはお金だけとも限らなそうだ。

客の後ろに首輪をつけられた奴隷と思われる人が立たされている。

負けた客がもう一方に1人差し出していた。


うーむ、明らかに非合法な空間だな。


人身売買は帝国領では表向き禁じられている。

奴隷のような契約を交わされている人間もいるが、ああいったあからさまな扱いをされることはない。


アルヴェンは表情に出にくい彼にしては珍しく嫌悪の表情をありありと見せていた。

俺だってこんな空間好きではない。

しかしこんな場所の入室カードを持っていたウェディちゃんは何者なのだろうか。


「あら、貴方見ない顔ね。」

「ん?ああ、初めまして。」


俺とアルヴェンがその空間に圧倒されていると謎の貴人に声を掛けられた。

何故謎かというとマスカレイドの様なマスクをしているからだ。


「随分みすぼらしい格好ですけれど、どちらが奴隷なのかしら?」

「はっは、どっちだと思いますか?」

「……怪しいですわね。」


彼女は俺たちの格好を見て不審に思い声をかけてきた様だ。

俺も一応礼服を着ているが確かにここにいる人々の服装から考えると大分見劣りするだろう。

俺はこの服、シンプルで着心地がよくて気に入ってるんだけどな。

不法侵入者だと思われているのだろうか、こんな非合法な空間に不法ってなにと思うけれど警備員を呼ばれて騒ぎが起きたら面倒だと思いカードを取り出す。


「すみません、実は来るのが初めてで適当な服できてしまいました。でも、ほらご覧の通りちゃんと正規の方法で来てますよ。」

「あら……、ごめんなさいね。……えっ?そのカードは……」


彼女の誤解は解けたようだが代わりに顔には驚きが浮かんでいた。

なんだ?


俺が彼女と話していたその時、急に周囲がざわつき出した。

次から次へと落ち着かせてくれない空間である。


「リトル・フィクサーだ……」

「久々に見たわ…」


俺は騒ぎの原因が気になりマスクの貴人に会釈をしてそちらに向かった。


「あっ。」


騒ぎの原因はあの白い少女、つまりウェディちゃんだった。

彼女は何かを探しているようでキョロキョロしている。

そして俺の顔を見つけると指をこちらに差した。


「オオヤ!」


大声で俺の名前を呼ぶとこちらにバタバタと白いスカートをはためかせて走ってくる。

そしてそのまま俺に抱きついてきた。

たかだか数時間一緒にいただけだが随分懐かれたものだ。


「オオヤ!来るのが遅い!それになんでこっちに来たの?」

「ごめんよ、ウェディちゃん。でも君にもらったカード、どこで使えば良いか分からなかったんだ。」


会話する俺達の周囲の人間がざわざわと騒ぎ出す。

どうやら彼女はこの場所で特別な立場のようだ。

彼女は少しその騒ぎに苛立った表情をする。


「ウ、ウェディ様。フロア3に御来場頂きありがとうございます。よろしければそちらのお連れ様と別室までご案内…」

「邪魔。」


そしてスタッフと思われる人が声をかけてきたがウェディちゃんは不快な顔をして彼に触れようとした。

俺はその手を咄嗟に取ってその場でまるで舞踏会での踊りの様にターンした。

彼女の手がそのスタッフに当たったら不味い事が起きる予感がしたからだ。


びっくりした顔をしているウェディちゃんを刺激しないように微笑む。


「ウェディちゃん、ここは騒がしいね。どこか静かな場所を知ってるかな?」

「え?…うん!知ってる!」


笑顔で返答してくれた彼女に連れられて俺はこの悪趣味な空間の奥へと進んでいくのだった。

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