2章

第1話

「オオヤ、多分あそこだわ。今度こそ間違いない。早く行こっ!」

「ははっ、ウェディちゃん。人にぶつからない様にゆっくり歩こうよ。」


俺は前を歩く少女に手を引かれてキャンディーショップへと歩いて行く。

ディスプレイに陳列されているキャンディーを目を輝かせて眺めている微笑ましい様子の彼女

そんな彼女とはつい数時間前に知り合ったばかりだ。

最初に弁解しておくと未成年者略取の要素は一切ないので安心してほしい。


俺の名前はオオヤ。

この大陸一番の都市にて宿屋を開き、1年も経たない内に冒険者ギルドの真似事をする事になった日本人だ。

立ち上げも間もなく納品された素材の売り先に困っており、最近はよく街に出て来て店を回って営業している。

そして今日も街に出てきたわけであるが、この少女が路地でチンピラ崩れの冒険者に絡まれている所を見かけて声かけたのが切っ掛けで今は彼女と行動を供にしている。


ウェディと名乗った彼女は友達とはぐれてしまった様で大人の責任として彼女の保護者探しに付き添っている。

日本では即通報案件かもしれないがこの異世界では少女と明らかに血のつながってない成人男性がいる事はそこまで珍しいという程でもない。

彼女の見た目の美しさに注目はされていても俺を訝しげに見る人はいない。

小間使いとでも思われているのだろう。


「ウェディちゃん、どれが食べたいんだい?」

「えっ?買ってくれるの!?」

「勿論さ。可愛いウェディちゃんの為なら、おじさんは何でも買ってあげるよ。」

「オオヤ好き!」


だからこんな怪しさ満点の会話を表で喋っても問題ないわけだ。

いや、店員から凄い不信な目で見られているな。

ふざけすぎたか。


そのキャンディーショップで銅貨40枚弱の買い物をしたおかげか無事通報されずに済んだ。

しかし、彼女もよく食べるもんだ。

噴水近くのベンチに座りキャンディーを頬張る彼女を眺める。

実はもう既に彼女にはチョコレート、クレープ、串肉、菓子パンなど様々な物を大量に買っていた。

この一時間で食事に銀貨3枚も使っている。

彼女の保護者に怒られても仕方がないぐらい暴食をさせている。

本来なら、人探しに集中する様に誘導した方が良いのだろうか彼女の不思議な魅力に俺はほとんど言いなりになってしまっている。


しかし、そろそろ衛兵の詰め所に行ってみるか。

もしかしたら彼女の保護者も来ているかもしれない。

幼い彼女を衛兵に預けるのは不安なので結局その後も付き添う事にはなりそうだが。


俺が声を掛けようとしたタイミングで満点の笑顔でウェディちゃんはこちらを見た。


「オオヤ!キャンディー美味しかった!買ってくれてありがとう。」

「はは、気にしないでいいさ。ウェディちゃんの笑顔が見れたんだからね。」

「えへへん、オオヤも私の魅力にやられちゃった?」


彼女は俺の誉め言葉に唇に手を当てて可愛らしく微笑んでくれた。


「あっ、そうだ、お礼にこれあげる!」

「ん?」


そして彼女は急に思い出したような顔をすると肩からかけた小さなポーチから何かを取り出した。

それは彼女の手のひらサイズの小さな紙だった。

その差し出して来た紙を俺は受け取る。

特殊なデザインのそれは上半分中央に見た事のない紋章があった。

まるで何かの会員カードみたいだ。


「ありがとう、これは?」

「招待状!それがあれば私に会いに来れるから絶対に会いに来て!」

「へー、ありがとうね。うん、必ず行くよ。」


怪しげなカードだが、キラキラとした瞳でこちらを見る彼女の手前、俺は素直に受け取った。


「ウェディちゃん、これってどこで使えば……」

「あっ!いた!」

「えっ?」


俺はカードの詳細について聞こうとしたその時に彼女は人込みで何かを見つけたようだ。

ベンチから立ち上がりその人物の元まで駆けていってしまった。


その人はかなり背の高い女性だった。

2メートルありそうな彼女は黒い礼服で身を包んでおりウェディちゃんと対照的だった。


「スーニディ!」

「はぁ……、ようやく見つけた。」


彼女はウェディちゃんに抱き着かれながら気怠そうにしていた。

俺はウェディちゃんから貰ったカードをポケットにしまって彼女達に近づいていく。

スーニディと呼ばれた彼女は近づいてくる俺を胡乱な目で見てくる。

俺は怪しさを払拭する為に朗らかな笑みを浮かべて話しかける。


「やあ、どうも。貴方がウェディちゃんの友達かな?」

「……ウェディ、怪しい人には着いてっちゃダメだっていつも言ってるだろぉ。」


どうやら失敗した様だ。

彼女は腰に抱き着くウェディちゃんの頭を撫でながらそんな事を言った。


「えっ?オオヤは怪しい人じゃないよ!お菓子とか一杯買ってくれた!」


無邪気な笑顔でウェディちゃんが俺を擁護してくれたが黒礼服の彼女はその擁護で完全に不審者と認定したらしく俺を見る目が心なしか先ほどより更に冷たい気がする。


彼女はポケットに突っ込んでいた片手を抜き出すと指で何かを弾いた。

それは空中でゆるやかなカーブを開き俺の目の前に落下してくる。

咄嗟にキャッチする。

手を開くとそこにあったのは金貨だった。


「彼女の面倒をありがとぉ……、それ、お礼。じゃあね。……ほら、行くよウェディ。」

「あっ……オオヤ。」


彼女は俺と会話をする気はなくさっさとこの場を離れたかった様でウェディの背中を押して目の前から去って行こうとする。

ウェディは名残惜し気に俺の方を振り向いていた。


彼女は俺について一切興味が無くどういった理由でウェディと一緒にいたかについても聞く気がなく、金貨1枚で関係をさっさと終わらせたかったのだと理解した。

なのでめちゃくちゃムカついた。


「おーい。」


後ろから呼びかける俺を無視して去っていく彼女の後ろで俺はマジシャンの様に金貨を手の中で回す。

そして先ほどの彼女と同じように金貨を指で弾いた。


それは円を描き、歩いていた彼女の上着のポケットにスポッと奇跡的に入った。


「…!」

「あっ、こっち向いてくれた。」


するとスーニディさんは冷たい顔に少し驚愕を滲ませてこちらを振り向いた。

ウェディちゃんは何が起きたか見てなかった様で不思議そうに彼女の顔と俺を見ている。


「えーっと、スーニディさん?お礼はいらないよ。ウェディちゃんにお礼は既に一杯貰ったからね。ね?」


俺はウェディちゃんにウィンクする。

スーニディは明らかにイラついた顔で俺を見る。


「ウェディ、こいつに何を……。」

「えっ、えっと……」

「勿論、彼女の笑顔さ。」


俺はダンディな男を意識して頬を歪ませる。

ウェディちゃんには俺のハードボイルド仕草が好評だった様で顔を輝かせて頷いている。

しかし


「きっも……」


スーニディさんには大不評だった様でまるで痴漢に向ける様な視線で俺を罵倒した。


思わず日本にいた頃、教室でふざけていた時に同級生の女の子に同じ事を言われた時の事を思い出してしまった。

男は女性にキモいと言われると十何年前の事で別世界に渡った後でも不意に思い出してもだえてしまうので女性諸君には軽々しく男性にキモいと言わない様にお願いしたい。


俺の心にかなりの大ダメージがあったが心を奮い立たせてウェディちゃんに微笑む。


「ウェディちゃん、また会おうね。その怖いお姉さんにもよろしくね。」

「うん!またね!」

「……早く行くよ、ウェディ。」


しっかりとウェディちゃんと再会の挨拶をした俺は彼女達とその場で別れた。


ふぅ……、さて帰るか。


そうして、馬車を止めていた場所に戻り宿へと帰ったのだった。


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「だからね、子供の目の前でお金のああいったやり取りっていうのを見せるべきじゃないと思うんだよね。仮に俺が本当に貴族のお嬢様みたいな彼女を金目当てに相手してたとしてもだよ。まだ幼い彼女がそんな打算で付き合われていたと思ったら絶対に傷つくじゃないか。うん、だから俺の対応はかなり正解だったと思うね。」

「……あなたの自慢話はどうでも良いのだけれど。結局何が言いたいの?」

「だからちょっと気障に振舞ったっていうのは認めるけどキモいって言うのは言い過ぎだと思うんだよね。子供の前だからあえて、あえてそうした部分もあるし。」

「貴方も傷つく人の心があったのね。」

「うん、だから今の君の言葉にもちゃんと傷ついたよ」


宿に帰宅後、事務仕事を済ませて俺は自室でリシアと話していた。

リシアは興味なさげに俺の話を聞いている。


「それで、今日は……」

「客なんて来てないわよ。」


俺の問いかけを予想していたのか言い切る前に回答が帰ってきた。

彼女は溜息をついてから俺を見る。


「その無意味な恒例の質問やめてくれないかしら。客なんて来るわけないでしょ……この定型文も何回言ったか分からないわ。」

「万が一の可能性があるじゃないか。」

「無いわよ。それに客が来ても客室として使えるのなんて一室しかないでしょ。」

「うーん、増設が必要かな。」

「無いわよ。」


俺の宿は元々客室が8つあったが冒険者ギルドを始めてから6室を所属冒険者用に調整してほぼ専用部屋にしてしまったので普通の客室は今は2室しかない。

それに加えて残りの1部屋は俺の寝床になっているので使えるのは実質1室だ。

これでは宿とは言えないだろう。


リシアは今後の経営に頭を悩ませる俺に溜息を吐く。


「……オオヤ。私と貴方が出会ってからもう3か月経つわ。」

「えっ、ああ、もうそんなに経つんだ。懐かしいな。あの時のリシアの強者の余裕を見せながらの登場は……」

「いつになったら私の手足を治してくれるのよ!」


彼女は俺の昔話を怒号で遮る。


「ねえ、貴方約束してくれたわよね。私の手足を治してくれるって。その約束をしてから3か月、ザナークの問題を解決してからでも1か月以上経っているわ!私はいつまで貴方のこの過疎宿屋の受付なんて間抜けみたいな仕事をしてなきゃいけないの?私を虐めて楽しんでるの?」

「いや、そんなつもりはないよ。ちゃんと君の治療については進めているさ。」

「それも何回聞いたか分からないわ!ねえ、聖教会のプリーストは人数が少ないとはいえこんなに時間が掛かるものなの?お金を割り増しで払えば順番を飛ばせたりしないの?貴方ちゃんと教会に依頼に行っているのよね!?」


こんな風に彼女が怒るのは初めての事じゃない。

彼女が怒るのも当然だろう。

この宿から外に行けない彼女が実際に俺が治療の為に動いているか確かめる術はないのだ。

不安で疑心暗鬼になるのも頷ける。

仕方がない、タイミングをみて言おうと思っていたが今言う事にしよう。


「リシア、君への治療が遅れている事、本当にごめんね。でもちゃんと進めているよ。それで、その……」

「なに!?」

「ああ、いや、今日ようやく進展があってね。」


俺の言葉に彼女は少し顔を明るくする。


「治療の予定が決まったのかしら?」

「ああ、うん……なんていうか、その」

「……?どうしたのよ。」


回答を言い淀む俺を訝しむリシア。


「えーっと、その。……まず、リシア。ここまで君の治療が遅れているのには理由がある。実は俺、この街の聖教会にめちゃくちゃ嫌われているんだ。」

「……は?」

「そもそも、俺がこんな僻地に宿を構えているのも彼らとのトラブルが原因なんだけど。それでね、まあそれでも毎日教会に通って色んな人にお願いして回ったんだ。丁度俺を特に嫌っている幹部がその教会を離れていたのもあったし、ただ、この前その幹部がついに教会に帰ってきて……」

「………」

「その、……3年間出禁だって。」

「………」


俺はその日、初めて彼女の涙を見た。


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子供の様に泣きじゃくっていた彼女を寝かしつけた頃には外はすっかり真っ暗になっていた。

彼女には大変申し訳ない。

しかし、俺は出来るだけ約束は守る主義だ。

残念ながら聖教会の手を借りるという正攻法は今は使えなくなってしまったがそれならばプランBだ。


つまりそれは俺のスキルだった。


俺は自身の自宅運営スキルのウィンドウを開く。


【ヒーリングベッド】Lv.1

使用者を感知して全身にヒールをかけます。

Lv.1では聖教会アコライト級治療師と同レベルのヒール効果があります。

アップグレード費用:金貨10枚


まず一つの手はこれのアップグレードをするという手だ。

費用は高いがこれのレベルを上げるというのはつまりヒーリング効果の向上だろう。

しかしアコライト級の次はヒーラー級である。

その次がプリースト級だ。

この事からプリースト級にまでにするには後2回のアップグレードが必要だと考えられる。

この次の費用がどれほどになるのかは分からない。

もし金貨100枚の要求となったら所属冒険者のナクティスやカイドー達も頑張ってはくれているがすぐにそこまで資金を稼ぐ事は出来ないだろう。


俺は第2案の特殊効果を見る。


【手術室】

部屋の一室を特殊フロア【手術室】に変更する。

このフロアでは生命体への治療行為及び改造行為が可能です。

必要対価:金貨15枚


俺はどちらかというとこちらの方に興味を持った。

部屋一室を丸ごと特殊なフロアに変更出来るようだ。

前の世界の手術室と同じであれば3ヶ月前に切断された四肢の接合は不可能かと思われるがここは異世界だ。

しかもこのスキルでの金貨15枚は高額な部類である。

その分期待は出来る。


しかし何にせよこれを買うお金も今はない。


正直、リシアの治療について後回しにしていたのは自覚していた。

冒険者ギルドを始めたばかりというのもあってナクティス達のサポートのために時間もお金も使っていた。

それはどこか俺の中で彼女の今の状態を自業自得だとして軽んじていたのかもしれない。

しかし、どんな経緯があろうと彼女を治すと約束したのは俺だ。


「……なんとかしないといけないよな」


そう呟いた。

しかしだからといってナクティス達のサポートにも手を抜くわけにはいかない。

本当に宿屋を始めたての頃では考えられない忙しさと悩みだ。


俺は胃に痛いものを感じながら眠りについたのだった。

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