第11話

その後、

ザナークは宿の数10メートル先で血だらけで転がっていたのを見つけた。

ギリギリ宿の外に逃げられた様だ。

宿内にいたらナクティスの魔法によって灰燼に帰していただろう。

そして何故宿の外に逃げる事が出来たザナークが酷い外傷を負っているかというと。

彼は俺の宿にタックルされたのだ。


ナクティスの魔法は俺の宿を幸い壊す事はなかった。

しかし、俺の不壊効果はあくまで宿内に限る。

周囲の土地は当然だが不壊効果の範囲ではない。

つまり、彼女の魔法は俺の宿を壊す事はなかったが衝撃が宿の前にある土に伝わり、俺の宿の基礎ごと動かした。

俺の宿はこの度引っ越しをした、数メートル程。

ザナークはそれに巻き込まれて吹き飛んだようだ。

幸い命の別状はなかった。

彼にヒーリングベッドを使わせる程、俺は善人ではなかったのでザナークはその状態のままギルド職員達にお持ち帰り頂いた。


その他の後始末についてだけれど、ナクティスの魔法によって巨大なキャンプファイヤーにされたマンティコアの火は全く消える気配がなかった。

そして皮膚が焼ける程の熱を発しており、魔力で熱耐性を上げなければ迂闊に近づくことも出来なかった。

なのでカイドー達の安否を確認後、彼らの部屋の扉を解放して冷風機能Lv.3をアクティブにした。

5部屋から放たれる-100度の冷気に晒す事1時間、ようやく火は消えた。

使い道があるのかと自分の無駄遣いを後悔していたがまさかこんなにすぐに使う事になるとは思わなかった。


次に局地的大地震によって物が散乱した宿内の片付けをみんなと協力して始めた。

俺が宿の備品認定していない物に関してはサイコキネシスで動かせないので、少し苦労した。

なんて事をしているとナクティスが宿に来たのは昼頃だったが空はいつのまにかオレンジ色になっていた。


さて、ようやく落ち着いた現在、今回の功労者であるナクティスはいまだに落ち込んでいた。

彼女は浮かない顔をしながらマンティコアの燃えカスを箒で一か所に集めている。


「ナクティス、全力でやれって言ったのは俺なんだからそう自分を責めないでよ。」

「私は愚か者だ…、久しぶりだからといってあそこまで加減を間違えるとは…、私なんて知性のない魔獣と一緒だ……。」


今の彼女には俺の慰めの言葉も効果が無いようで自分を責め続けている。

というか、あの威力で全力では無かったらしい。

その事に内心今日一番驚いた。


「宿は壊れなかったんだから良いじゃないか。」

「でも貴方の育てていた花が……」

「花はまた育てればいいさ。」


確かに宿の前に見栄えの為に植えていた花は吹き飛んでしまった。

しかし、マンティコアとの戦闘でそれだけの被害で済んだ事は本来なら奇跡に近い。

俺は彼女の肩を優しく叩く。


「さあ、食事の時間だ。君の歓迎とマンティコア撃破記念、後諸々のゴタゴタのとりあえずの終幕を祝して今日はあるもので出来るだけ豪華な物を作ったから楽しんでよ。」


彼女は目を潤ませながらも頷いてくれた。


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今、宿屋内にいるのは俺含めて8人。

テーブルには俺が作った料理が並んでおりそれを囲う様に皆が席に着いている。

彼らは唯一テーブル近くに立っている俺の方を見て食事の始まりを待っている。

俺はわざとらしく咳をしてから話始める。


「えー、色々ありましたが大体解決しました。皆、長い間我慢してくれてありがとね。乾杯。」

「大分端折ったわね。」


各々、お互いを探りながらも俺の乾杯の音頭を契機に食事を始めた。


「……挨拶まだだったわね。私はアリヤース。」

「ぬっ?あ、ああ、初めまして、私の名はナクティスだ。」

「魔族と話すのは初めてよ。マンティコアを1人で倒すなんて……、その……やるじゃない。」

「何で上からなんだよ。」

「うっさい、カイドー!」


ナクティスとカイドー達の間には余所余所しさがあるがアリヤースがそれを飛び越えてナクティスに話しかけた。

良いことだ、ナクティスにはもっと人界の友人が必要だ。

しかしアリヤースがこちらをチラチラ見ているのが気になる。

どうしたのだろうか。


「私はブリザードゴーレムを倒した事があるわ!」

「一人でじゃないだろ。」

「だからうるさい!……後、エルダーグレイトワームも討伐した事あるし、後は~」

「そ、そうか。凄いな。」


大分一方的な会話だがナクティス相手にはあれくらいが丁度良いのかもしれない。

仲立ちしなくても問題なさそうだと判断し、俺が飲み物の追加をキッチンから持ってこようと思い席を立つとみんなの視線が急に俺に集中した。


「ん?どうしたんだい?」

「ああ、いや……、何でもない。」

「そう?……ああ、そうだ。食事の途中だけど今の内に話しておく事があるんだ。少し聞いてくれるかな?」


皆の会話が止まり、俺に視線が集中したので丁度良いと思い口火を切る。

全員、俺の問いかけに何も答えずただこちらを見つめて続きを促していた。

何だか緊張するな。


「えーっと、まずは皆お疲れ様。ザナークは破滅して、問題は大方解決したのだけど……。明日からすぐに前と同じ生活に戻れるって訳じゃない。自由の盟約では今後、ザナークの横領、職権乱用について調査が行われるだろう。それによって君達がどうなるかも決まってくると思う。」


俺はカイドー達の方を見る。


「まずは、カイドー達。君達は過去や立場を理由にザナークに脅された訳だけど。君達の教えてくれた経歴をザナークが個人で調べたっていうのは考えづらい。ほぼ間違いなく自由の盟約が組織的に君たちを調べたんだろう。」

「ああ、そうだろうな。俺らは経歴もバラバラで、出身地も違う。あの野郎が一人で街や国をまたいだ情報を手に入れられるとは思えねぇ」


レイダリーが俺の考察に同意してくれる。


「自由の盟約はギルド訓に過去の経歴を問わないと謳っている。なのにも関わらず君達の過去について詮索していた。これは彼らにとってはスキャンダルのはずだ。表沙汰になったらギルドと所属冒険者の間での信頼関係にヒビが入る。実際、その情報を使ってギルド職員が所属冒険者の君達を脅した訳だからね。だから、自由の盟約が君達に対しては何かしらのアクションを起こすと思うよ。」

「上等よ、返り討ちにしてやるわ」


アリヤースが拳を握りしめて息巻く。


「やる気出している所悪いけど、彼らが強引に隠蔽の為に君達に何かをするってのは今の所考えづらいかな。そんな危険性の高い策を損得勘定と確実性を考慮せずに彼らが実行するとは思えない。どちらにしても君達はその内ギルドに呼び出されると思う。そこで君達にお願いがある。」


俺はナクティスの方を見る。


「ナクティスもその場に連れて行って欲しい。」

「私を?」

「うん。これは双方にとって利のある話だ。ギルド職員達はナクティスがマンティコアを倒したと認識している。それは君達が協力関係にあると示すことはギルドに強引な策を取らせない事に繋がる。その強引な策を実行するのにはナクティスが壁となるからね。そして、ナクティスも自由の盟約の弱みを握っていると彼らに認識させれば彼女に対しての不当な扱いの抑制にも繋がる。」


俺は大袈裟に両手を広げる。


「どうだろう、これで君達の問題は解決する筈だ。ナクティスはようやく自由の盟約から正当な報酬を受け取れるようになり、カイドー達は自由の盟約の口を閉ざす事が出来る。細かい内容を打ち合わせして詰めて彼らとの会話に備えれば都合の良い条件で彼らと決着出来るはずだ。」


俺の語った内容は希望的観測に過ぎるところがあるかもしれないが打算で考えれば自由の盟約は俺の言う通りに行動する確率が高いと思われる。

だが、明るい話をしたはずなのに彼らの表情は少し暗かった。

そして先程まで黙って聞いていたリシアが手を挙げて発言した。


「ちょっと、私について忘れてる訳じゃないわよね。この手足どうしてくれるのよ。」

「そ、そうだ!この女の手足を接合するのにはお金を稼がなければ行けないんじゃないか?」


普段、リシアに対して自業自得だと断ずるナクティスが珍しく彼女側に立った。


「問題ないよ、彼女は今後受付として俺の宿の看板娘になってもらうことにしたから、それで解決だ。」

「ぶっ殺すわよ。」

「こんな破廉恥な女を受付に置いたら空気が澱んで客が来なくなるぞ!」

「……殺したいわ。」


ナクティスの桁違いの強さを知ったせいかリシアの反論の言葉は弱弱しい。

そんな彼女を見ていると嗜虐心しぎゃくしんがムクムクと湧いてくるのは気のせいだろうか。


「本当の所を話すと彼女を治すお金は持ってるよ。ゴタゴタが解決するまでは目立った動きをしたくなかったから、待ってもらってただけさ。」


俺の言葉にリシアはほっとした顔をする。

嘘ですと言った時の彼女の顔を見たいと思ったがそんな事をしていたら話が何時まで経っても進まないのでグッと我慢した。

自宅運営スキルに使えないだけで俺も貯金は持っている。

もしかしたら彼女の手足を接合するのにはお金が足りないかもしれないが久々に冒険者としてお金を俺が稼ぎに行っても良い。


「それは……、オオヤに負担が掛かるじゃないか!」

「彼女の怪我については俺と彼女の問題だよ。彼女が俺を襲い、俺が結果的に彼女を傷つけたんだ。俺と、後彼女がお金を出すべきだよ。リシア、君だって蓄えはあるんだろう?」

「勿論あるわ……、拠点を教えたくないから後払いにさせてもらうわよ」

「構わないさ。」


不意に俺の服が誰かに引っ張られる。

アルメーだ。

彼女は不安そうな顔で俺を見ている。


「オオヤ……。あの部屋、もう私に使わせてくれないの?」

「えっ……?はは、いやいや何を言っているんだいアルメー。ここは宿屋だよ?当然いつでも泊まりに来てよ。」


アルメー、彼女は身体的な問題を抱えており、俺の宿に付与している効果によってその問題の症状を抑制させている。

俺は何かを言いたそうにしている皆に向けても言った。


「こんな僻地にある宿屋だけど、また皆是非泊まりに来てよ。いつでも歓迎するからさ。」

「私をオオヤの冒険者にさせて!」

「わっ、馬鹿っ!」


アリヤースが俺に向かって威勢よく言葉を発し、それに対してカイドーが慌てて彼女の口を塞ごうとする。

彼女はカイドーの手を噛んでそれに抵抗する。


「ちょっと!何するのよ!皆も同じ気持ちでしょ?……自由の盟約は信用ならないもん!あんな奴らの所になんて居たくないわよ!」

「なんで皆あえて言わなかったか考えろっ!」

「アリヤース。」

「ねぇ、お願いオオヤ。ナクティスの素材を扱ってたんでしょ?さっきの話聞いてくれてた?私だってあんたの役に立てるわ。」

「ありがとう、でもねアリヤース。俺はただの宿屋の店主なんだ。」


アリヤースの提案に俺が断りを入れるとナクティスを筆頭に皆の顔がより落ち込む。


「ナクティスの素材を俺が扱えたのは最初だからなんだ。俺の乏しい販路ではこの先は先細りで君達に報酬を支払うのは難しい。君達の生活を考えると自由の盟約の冒険者で居続ける方がいいよ」

「……なによ、それ。そんな事私は…!」

「……アリヤース。」


アリヤースの話を止めたのは一言も言葉を発してなかった彼女の兄のアルヴェンだ。


「オオヤに……、無理を言うな。……俺たちの我儘でこれ以上……迷惑をかけるべきではない。」

「……分かってるわよっ!」


アリヤースは兄の言葉にそう吐き捨てて返すと席を立って自室に行ってしまった。

彼女が強く扉を閉める音が室内に響く。

アルヴェンとカイドーは俺に対して申し訳なさそうな顔をする。


「すまねぇ……オオヤ。あいつの言っていた事は気にしないでくれ。」

「いや……、俺もごめんね。期待に応えられなくて。」

「あんたが気に病む事じゃねぇさ。あいつには俺らがちゃんと言って聞かせるよ。」


そう言って彼らはアリヤースの部屋に向かっていった。

レイダリーは気まずい空気をぶち壊す為にか大げさな咳をした。


「ううん、うぉっほん。……オオヤ、どうするかはお前の自由だけどよ。こんな僻地の宿屋じゃ宿泊費だけじゃ稼ぎなんてねぇんじゃねぇか?アリヤースの提案、俺は悪くないと思うぜ。ま、まあ別に俺には関係ないんだけどよ。……ま、そのなんだ。何か手伝える事があったら言ってくれよ。借りがあったままじゃ気持ち悪いしな。」

「うん、ありがとね。レイダリー。」


俺のお礼にニヒルな笑みで返した彼は食事を続けてその後は何も語らなかった。

アルメーはまた俺の服をくいっと引っ張った。


「オオヤ……、私も部屋を貸してくれるお礼に手伝える事があったら手伝う。」

「そうだね、まあお客さんなんだからそんな事する必要はないけど……ってごめんごめん。」


俺のやんわりとした拒絶にアルメーは露骨に悲しい顔をしたので謝った。


彼らと出会ったのはたった1週間前だが随分仲良くなってしまったみたいだ。

それは今の特殊な状況が原因だろう。

彼らもまた新しい日々が始まればきっと俺に生活を預けるのがどれだけ不安定な事か分かってくれる筈だ。


俺は今は押し黙って下を見ているナクティスを見る。

彼女は帝国でも間違いなくトップの冒険者だ。

魔力の温存という大きすぎる枷を己に課していた彼女だが俺の宿を利用することでそれを外す事が出来る。

ザナークの様な小悪党が今後絡む事がなければいくら彼女が魔族という差別される立場であったとしてもその内に厚遇されるに違いない。


義理堅い彼女をやろうと思えば俺は独り占めする事は出来ただろう。

しかしそれでは彼女と対等な関係とは言えないし、ザナークとやっている事とあまり違いがない。


結局、この日はめでたい日の筈だったのに暗い雰囲気のまま終わってしまった。

これは参ったね、どうも。


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その後、話は俺の想定した通りに進んだ。

自由の盟約はカイドー達と話し合いの場を設けて過去の詮索とそれによるザナークの脅迫行為について詫びた。

彼らに聞いた話では、自由の盟約が彼らの過去を詮索したのは本部に推薦をする為だった様だ。

彼らはこの都市に拠点を二つ持っており、下層地区にある支店、そして中層地区に本店がある。

ナクティスとカイドー達が利用していたのは支店である。

自由の盟約の本店は選ばれた冒険者達のみが利用可能でそこの冒険者にするのに経歴を調べるそうだ。

彼らは驚く程素直にカイドー達に全てを語った。

本店に推薦予定だったという事は彼らは支店内で評判の良い冒険者達だったのだろう。

カイドー達はそれに対して当然の事ながら激しい嫌悪感を示したそうだ。

それに対して自由の盟約は平謝りをし、本店への推薦と高額の依頼の優先的斡旋、報酬割合の割り増しを提案したそうだ。

ザナークの様な愚か者でなければ暴力的手段は最終手段なのは当然だ、彼らやはり懐柔する方向で動いた様だ。

今は、その和解案について擦り合わせ中の様だ。


えっ、なんで俺がそんなに詳細を知っているのかって?


カイドー達はわざわざ都市の中央から俺の宿に帰ってきてその件についてフロントのテーブルで打ち合わせをしているからだ。

ありがたい事に彼らは継続して俺の宿を使ってくれている。

それは、ナクティスもだ。


彼女についても話が進展し、カイドー達と同時に話が進められている。

彼女は人界に来てあんなに人間に頭を下げられた事はないと苦笑していた。


彼女は納品以外にも誰もやらない様な報酬が少なく労力が掛かる依頼もこなしていたようで、彼女が来なくなってから急にその手の依頼の達成率が低くなり自由の盟約は困っていた様だ。

ザナークへの調査を進めている内にそれがナクティスが来なくなった事が原因だと気づいたようだ。


彼女に対しては今までのザナークに横領された報酬の分割払い、加えて報酬の完全透明化と彼女への報酬の支払いの際は責任者を定期的に変更して複数人で対応する事を提案されたそうだ。


こんな魔族一人にご苦労な事だ。


とは彼女の言葉だ。


それは自由の盟約が彼女の価値を認めた事に他ならない。


そんなこんなでマンティコア襲撃事件から一月が経とうとしていた。

この一か月間、皆バタバタしており疲労困憊気味だ。


「うーん、今日の紅茶は失敗したなぁ……。渋みが効きすぎだ。リシア、君はどう思う?」

「……もうすぐ一か月経つけどいつになったら私の手足は治るのよ。」

「しょうがないじゃないか。信徒でもない俺らが急に行って予約に割り込みなんて出来ないよ。俺だってここ最近は街に通って教会にお願いして回ってるんだ。もう少しの辛抱だよ。」


リシアと会話をしながら穏やかな時をフロントで過ごしていた時、宿の入口が勢いよく開かれた。

ナクティスだ。

彼女はいつか見たあのワンピースを着ていた。


「オオヤっ!私とデートしよう!」


彼女は俺の姿を視認するやいなやそう言い放った。

デート、彼女と初めて街に出かけたあの時の事を思い出す。

そういえば、次は彼女から誘って欲しいって言ったっけ。

俺は見るからに緊張している彼女に向かって微笑んだ。


「うん、俺で良ければ喜んで。」


こうして、俺と彼女との2回目のデートが急遽決まった。



「という訳でいつも通り店番頼むね。」

「客なんて来ないじゃない……、ねぇ、本当に私の手足治してくれるのよね?受付にさせるとか言ってたの冗談よね?……ちょっと何か言いなさいよ、ねぇ。」



俺は宿をリシアに任せ、彼女と街まで片道3時間の道をまた歩き始めた。

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