第10話

マンティコア。

野獣の身体に人の顔を持ち、尾はサソリのに毒を持っているとされる伝説上の生物である。

この世界では実在する生き物で、魔獣と分類される化け物だ。


牙や爪は人体を容易く引き裂き、知能が高く、魔法すら操る。

最大の武器はサソリの尾で人界最強の生物種、ドラゴンの皮膚すら貫きその毒はフェニックスを2度殺すと評される。


それが今、僻地にある俺の宿に放たれた。

これで俺の宿が出来てから3度目の戦闘である。

普通の宿屋の筈が最早コロシアムと何が違うか分からない。


マンティコアは宿のフロントの半分以上を占拠する程の巨体だ。

出口も塞がれてしまっている。


「ひゃははははは!!簡単にくたばんなよ?てめぇにはまだまだ俺の為に稼いで貰わなきゃいけねぇんだからなぁ!!」


あの、スクロール。

隷属効果をマンティコアに付与しているのか。

最も近くにいる捕食対象のザナークにマンティコアが興味を持った様子はない。

誰が捕縛したか分からないがかなり高位の冒険者によるものだろう。

金貨1000枚。

その金額が安く思える程、マンティコアの戦闘力は段違いだ。


「おら!さっさとやれ!!その魔族の女以外は殺しても構わねぇからよぉ!!」


最早、今後どうなろうと彼がギルド職員として働く事は無理だと思うが狂気に染まり正常な思考が出来ない様でまだそんな事を言っていた。

ザナークの指示でこちらの様子を伺っていたマンティコアはただ前右足を振りぬく。

それはジョッキ達を狙っていた。

その時、俺の眼前を一筋の疾風が駆け抜けた。

ナクティスだ。


「ふっ…!」


彼女は直剣で攻撃を受け流した。

受け流された拳は宿の床に爆音を立てて激突する。

彼女はジョッキ達を守るように立つと怒鳴った。


「下がっていろッ!爪が少しでも掠ったら臓物がさらけ出されると思え!」

「あ、ああ。た、助かった。ありがとう。」

「オオヤも出来るだけ隅に………オオヤ!?何処に…!」


マンティコアの傍らに突っ立ているザナーク。

彼の手元のスクロールは未だ怪しげに光っていた。

それが魔獣をコントロールしていると思い俺は奴の側に瞬間移動して奪い取ろうとした。

しかし、ザナークも警戒していたのか俺の手は空を切った。


「あらら、流石にそこまで間抜けじゃないか。」

「おっと、危ねぇなぁ!マンティコアァ!」


俺はザナークに蹴りを放つ。

しかし、それも強力な魔法障壁によって阻まれる。

これはザナークではなくマンティコアが張っているな。

蹴りの反動でその場を脱出して俺を狙った爪の攻撃を避ける。


「うーん、ザナークを制圧するのが手っ取り早いかと思ったけど…。マンティコアを排除しないと彼には手が出せなさそうだ。さて、どうしようかナクティス。」

「ば、な……危ない!!」


作戦会議をしようとナクティスに声を掛けると彼女は顔面を蒼白にして俺の肩を掴んだ。


「い、今貴方は死にかけたんだぞ!頼むから軽率な行動はしないでくれ!」

「大丈夫だよ、俺結構強いんだぜ。」

「そうだとしてもだ!……ここは私に任せてくれ。」


彼女は自らの直剣に魔力をまとわせる。

見たところ彼女の武器は特別強力な武器という訳ではなさそうだ。

先ほど、マンティコアの攻撃を受け流せたのは彼女の技量によるものだろう。

彼女は敵を強く睨みつけている。

マンティコアの堅い皮膚を切り裂くには確かに魔力で武器の強化をしなければならないだろう。

しかし、マンティコアは魔法耐性も非常に高く、ナクティスの普通の武器をいくら魔力で強化したとしてもその耐性を突破するのは難しいだろう。


そして、俺の今の手札でも奴に傷を付けられる手はない。

リシアとカイドー達は万が一の事を考えて参戦させない様に扉をロックしている。

マンティコアの攻撃が彼らに致命傷を与える危険性があり、この狭い中で彼らを守りながら戦うのは難しいからだ。

後、何か出来るとすれば俺の自宅運営スキルによる設備強化だが。

ここで久々に皆様に俺の貯金を公表しよう。


【銅貨:220枚。銀貨:15枚。金貨:0枚。クリスタル硬貨:0枚。】


お金…、使い過ぎちゃった。


俺は余裕を周囲にアピールしてザナークが破滅するのを待つのみと格好つけて言っていたが、ナクティスが俺を守る為に仕事に行けなくなったので彼女が唯一の収入源だった俺の収入は少なくなり、であるのにも関わらずカイドー達を無傷で無力化する事などを理由に付与効果の購入をしていたので貯金は大幅に減っていた。


なので、マンティコアを無力化出来る強力な物を買う事は今は出来ない。

まさしく手詰まり……って訳でも実は無いんだけど。

本当の所はマンティコアを簡単に殺す手段は存在する。

しかし、それにはジョッキ達、そして俺が邪魔だ。


「ナクティス、魔力の余裕はある?」

「…いや、ここに帰ってくるまでの間に何度かモンスターと戦闘をした。すまない、状況を考えて温存するべきだった。だが、心配ない。あの魔獣を叩き切り貴方の宿は私が守って見せる。私の恩返しをそこで見ていてくれ。」

「オッケー……。じゃあ悪いけどここは君に任せるよ。…ナクティス、全力で魔法を使っていいからね。」

「なに?」

「何ぺちゃくちゃ喋ってんだぁ!?」

「…!」


ザナークがマンティコアを蹴ると、魔獣は低く唸り尻尾を鞭の様にしならせて叩きつけてくる。

たった数秒の間に俺の認識出来る範囲で30回以上ナクティスの剣が俺を守る為に振るわれた。


「ちっ…。しつけぇなぁ!!大金払って、てめぇを買ったんだからよぉ、もっと働けや!」

「君の金じゃないじゃん。」


俺の突っ込みは無視され、ザナークの罵倒に答える様にマンティコアは周囲に火球を複数個出現させる。

ナクティスの額に汗が一筋流れる。

彼女一人では問題ない攻撃でも俺を守るという条件が彼女を焦らせているのだろう。

毒の尾の高速攻撃と間隔をずらして放たれる魔法から完全に俺を守るのは音ゲーの最高難易度を初見でクリアしろと言われる様な物だ。

そして、この場にいたら彼女は自分を傷つけても俺を守ろうとしそうだ。

さっさと行動した方がいいな。


「俺はこれからそこの腰を抜かしているギルド職員達と一緒に安全な場所に逃げる。そしたら君はいつものあそこに行くんだ。扉は開けとくよ。」

「オオヤ…?頼むから危険な真似は。」

「危険な事はしないさ。むしろ俺は今、君に全部お願いするって言ってるんだ。ナクティスに言う事は二つだけ。俺は瞬間移動出来るし一人で逃げられるから俺の事は気にしないで、後、君が全力を出してもこの宿は絶対に壊れないから遠慮しないで。じゃ、任せたよ。」

「あっ、オオヤ!」


俺は瞬間移動してジョッキ達、ギルド職員の元に出現する。


「ジェットコースターとか好き?」

「は?えっ?」


俺の問いかけに目を白黒させる彼らをカーテンで一まとめにして巻く。


「間抜けがよぉ!わざわざごみ処理しやすい様に集まってくれてありがとなぁ!」

「オオヤ!」


ザナークはマンティコアに指示を出し、発現させた火球を俺に向けて放ってくる。

俺はカーテンとギルド職員で作った浮遊台の上に乗り、それを動かして火球を避ける。


「ふっふぅ~。中々スリリングだ。」

「うわぁあああああ!!」

「あ、危ない事はやめろと言ったじゃないかぁ!」

「今の隙に早く部屋に入ってね」


火球の着弾音とギルド職員達とナクティスの叫び声で場はカオスとなった。

適当に攻撃を誘導した後に宿の中を突っ切り俺はカウンターの奥にある俺の自室に職員達を放り込む。

俺自身も部屋に逃げる前にナクティスに声を掛ける。


「ナクティス!俺の宿の頑丈さを知ってるだろ!この宿の壁は何物も通す事はない!君の全力を見せてくれ!」

「逃がすかよぉ!!」


マンティコアの毒の尾が襲い掛かる寸前で俺は扉を閉めた。

完全防音がされたこの部屋は音すらも遮断し魔獣の攻撃を完全に防いだ。

さて、これでナクティスを縛る物は無くなった。

後は彼女に任せれば良い。


「…騒がしいわね。」

「君は逆に珍しく落ち着いてるね。」


突然の侵入者をベッドの上で迎え入れたリシアは切れ長の目を更に細くしていた。


「何かあったの?」

「えっ…?あっ、そっか。」


そういえばここは完全防音なのだからリシアは外の状況を一切知らないのか。


「いやぁ、実はマンティコアをザナークに召喚されちゃってね。」

「は?」

「命からがら今この部屋に逃げ込んだ所。」

「……またからかっているのかしら。」

「いや、本当だって。ねぇ、皆さん。」

「…完全に伸びてるわよ、そいつら。」


ギルド職員に同意を求めるが彼らは気絶していた。

どうやら絶叫系アトラクションはあまり得意ではなかった様だ。

彼女はどうやら俺が冗談を言っていないと分かったようで顔を青くして爪を噛み始める。

思えば彼女が俺に余裕を見せていたのは初対面の数分だけである。

口調から与える印象とは対照的に彼女は非常に不安症だ。


「マンティコアの召喚…?あの小物がどうやってそんな事を……。というかどうするつもりよ。」

「んー、あいつの魔法障壁を俺では破れないし…。今の俺じゃあどうしようもないね。」

「……いつもの俺強い自慢はどうしたのよ。」

「ああー、現役時代だったらマンティコアごとき余裕だったのになぁー、後装備と金のどっちかがあれば絶対余裕で勝てたのになぁ。」

「ダッサいわ。」


彼女の言葉のナイフは相変わらず鋭かった。

俺の心を無残に刺したリシアだが、彼女の肩はカタカタと震え、俺に縋るような目を向けてくる。

人を傷つけるのは得意だが相変わらずストレス耐性がゼロな彼女だ。


「……大丈夫なのよね。」

「うん、問題ないよ。ナクティスに全部任せたからね。」

「あの魔族に……?」


ナクティスの強さに疑問があるのかリシアの不安は拭えなかった。


「安心してよ。ナクティスは俺が見てきた中で間違いなく最強の冒険者だよ。」

「……あなたは何でも大げさに言うから信じられないわね。」

「本当だって、数分後には君はザナークがナクティスじゃなくて俺の殺害を依頼した事を神に感謝すると思うよ。だって買い物帰りに襲ってきた君レベルの実力者を彼女はチンピラ扱いしてたからね。」


マンティコアは、召喚されてから今の今まで能動的にこちらを攻撃する事はなかった。

あくまで隷属関係にあるザナークが命じた時に限り攻撃した。

マンティコアは怯えていたのだ、部屋の中に存在していた絶対強者、つまりナクティスに。


俺は彼女に背を向けてスキルを使いフロアマップを開く、ナクティスは…

どうやら無事に部屋に入れた様だ。

俺は部屋をタップし情報を表示する。


【ナクティス・シャドウフレア。体力:66%。魔力:22%。満足度:80%】


俺が初めてスキルで彼女の状態を見た時も魔力の数値は20台だった。

そして俺は魔力回復Lv.1の部屋で一泊した次の日の彼女の魔力の数値を見て驚いた。


たった5%しか回復していなかったのだ。


魔力の保有量は人によって異なる。

しかし、魔力の保有量が平均より多いらしい俺でも魔力回復Lv.1で一晩で全回復するのに十分だった。

彼女の魔力の保有量はまさしく桁違いなのだ。


図書館で調べたが、魔族は魔力の保有量が多く、地上に住む人類に比べて魔力への依存度が高いと書いてあった。

彼女はマンティコアの幼体を何とか退けたと言っていた。

しかし、それは正確にはどういう意味だろうか。


彼女には家族がおり、その一家の大黒柱は彼女だ。

そして地上の低い魔素濃度では簡単に魔力は回復しない。

ザナークに不当に安くコキ使われて、まともに休む暇もない毎日。

そんな中で賢い彼女はかなり安全マージンを取っていたはずだろう。

魔力の消費を出来るだけ節約し、危険な深追いをせずに、効率的に金になる素材を手に入れようとして来た。


しかし、であるならば、そんな劣悪な条件でもマンティコアから一番重要なパーツの毒針を採取してみせたナクティスが魔力の残量を気にする必要がないのであれば、彼女の本来の実力を出せるのであれば、マンティコアは彼女にとって脅威なのだろうか。


俺は彼女専用の部屋と化していた客室の情報をタップした。


【状態:使用中。清潔度:高。特殊効果:体力回復lv.3。魔力回復lv.10。】


俺はお金を稼がせてくれた彼女に感謝し、彼女の部屋を優先して設備の強化をした。

真っ先に上げたのは魔力回復のレベルだ。

今、あの部屋は彼女の生まれ故郷の魔界よりもきっと魔素濃度が高いだろう。

それに掛かった費用はたった金貨1枚と銀貨50枚だ。


ザナークは横領というズルで金貨1000枚を使ってマンティコアを使役した。

俺はスキルというズルを使ってこの宿に投資してきた。

スキルなんて特別な力なんかなくても、彼が彼女に金貨1000枚を彼女に投資したらどれほどの利益を得ることが出来たろう。


ザナークは目利きも利かず価値あるものが分からず金の使い方も分からず組織や他人に寄生する悪性腫瘍だ。

本来なら自由の盟約の仕事だが、これ以上社会に悪い影響を与えないようにナクティスに切除してもらおう。


俺に出来ることはもう無いのでゆっくりと目を閉じた。


「えっ、寝るの?……貴方どれだけ脳天気なのよ。」


目を閉じると俺の瞼の裏にフロントの映像が描写される。

自宅警備スキルの能力の一つで俺は自宅内のあらゆる場所を監視カメラの様に見る事が出来る。

さて、ナクティスの全力は俺も見たことがない。

楽しみだ。


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【ナクティス視点】


マンティコアの注目がオオヤに行っている内にここ3ヶ月で都市での私の活動拠点となっていた客室に飛び込むように入室した。


入った瞬間すぐに気づいた。


オオヤ、また魔素の濃度を上げてくれたのだな。


一月前まではこの宿の利用者は私だけだった。

そして私がここに来る度に部屋の使い心地が向上していた。

それは明らかに私のためだった。


私はオオヤに厄介ごとばかり持ち込んで、彼の世話になってばかりだ。

ただの他人である私に彼は多くのものを与えてくれた。


「ひゃははは!おい!野良犬!飼い主に見捨てられたみてぇだなぁ!俺の靴を舐めるならまた俺が飼ってやってもいいぞぉ!」


害虫の鳴き声が私の耳を不快にさせる。


私は人界でいくら不当な扱いを受けようと魔族である事に誇りを持っていた。

人界に来ると選択した事を悔やんだ事も一度もない。

後悔は意味がなく、愚か者の泣き言だと断じ、自分自身に言い聞かせていたからだ。


しかし、オオヤ、彼と出会い日々を過ごすうちに私は思ってしまった。

なぜ、私は魔族なのだろう、と。

私が魔族でなければ、彼に迷惑を掛けることもなかったのに、私が魔族でなければ何の後ろめたさもなく彼と対等な関係になれたのにと、そう思ってしまった。

オオヤは私と彼は対等な関係だと言ってくれるが、私はそう思うことが出来なかった。

余りにも私は与えられすぎている。

彼は環境が悪いと言ってくれるだろう。

しかし今思い返すと、私は自分の立場に甘んじていたのかもしれない。


「袋小路にわざわざ行って何がしてぇんだ!そこがてめぇの犬小屋かぁ!?」

「ザナーク、貴様は私の後悔そのものだ。」

「…あん?」


私の残存魔力は少ない。

こちらに来るまでの道中でついでだからと素材の回収をしようとしたのは迂闊だった。

しかし、この部屋にある魔素を使えば…

私は両手を開き魔法の構築をする。

魔界の魔法を人界で行使するのはこちらに来た当初以来だった。

あまりに魔力の消費が激しく、回復が遅い為使用を自ら封じたのだ。

使用をするのは実に7年ぶりなので私は丁寧に、思い出す様に魔力を練る。


「貴様の行為を仕方がないと本気で反抗する事をせずに私は現状を変えようとしなかった。」

「あん?てめぇ、何して……」

「結果、私はオオヤに助けられ、私が放置していた私自身の問題を彼に解決させてしまった。彼には何の関係もないのに。」


マンティコアは部屋の中にいる私を見ながら唸り声をあげている。

奴も魔力を練り、毒の尾に強化魔法を付与し始める。


「私は……、彼を巻き込むべきじゃなかった。貴様とのケリは私自身でつけなければならなかったのだ。」

「あ、ああ、そうだよ。てめぇは俺にずっと首輪を付けられてたら良かったんだ。だからあの間抜けは死ぬんだよ。全部てめぇのせいだ!」


魔法の構築が無事終了したので周囲の魔素を発動の為に取り込む。


「貴様は私の今までの怠惰の象徴だ。後悔そのものだ。しかし今更過去を悔いても無駄な事だ。何を悔もうと私のスタートラインはここからなのだ。私はお前を私の人生から排除し、そこからようやくオオヤと対等になる道を歩む事が出来る。」


魔法を装填した片手をマンティコアに向ける。

同郷の魔獣よ、貴様には何の恨みもない。

だからせめて一瞬の苦しみも与えずに滅してやろう。


「ザナーク……、死にたくなければ離れている事だな。こちらも貴様とは公的にケリをつけたい。」

「マ、マンティコア!その女に攻撃しろ!何もさせるな!」


無能の司令塔が余りにも遅すぎる指示をする前に自らが出来る最大の攻撃の準備をしていた魔獣は奴の一言を切っ掛けに魔力を最大まで込めた毒の尾を甲高い音を立てて回転させる。

こちらに毒針を射出する気か。


私は、彼の大事な宿を壊したくなかった。

なので魔法を使わず、剣のみでマンティコアを倒そうと試みたがオオヤは全力を出して問題ないと私に言った。

彼が問題ないと言うなら私はそれを信じるのみだ。


赫焰轟炎閃光砲かくえんごうえんせんこうほう。」


かくして魔界で私が煉獄冥姫と評される切っ掛けとなった魔法が数年ぶりにオオヤの宿にて放たれた。


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これは、想像以上だ。

俺はナクティスの両手が客室の魔素を枯渇させる勢いで吸収しているのを見る事が出来た。

俺は自分のスキルに絶対の信頼を置いている。

しかしその彼女の片手に封じ込められた莫大な魔力が俺に一瞬自らの不壊を疑わせた。


「赫焰轟炎閃光砲」


そして彼女の掌から極小隕石の様な魔法が放たれるや否や、宿全体が大地震に襲われた。


「きゃぁあああああ!!」


瞬間移動して衝撃で壁に叩きつけられそうになったリシアを庇う。


「ぐぅあっ!」


壁とリシアに挟まれ息が一瞬止まる。


「げほっ!うぇえ…」

「な、なにが起きたの?」


俺は胃の中の物が全部出そうになるのを我慢する。

不壊効果が付与されている宿屋全体を揺らすなんてとんでもない威力だ。

本当に想像以上だった。

俺はザナークの安否を真っ先に心配してしまった。

彼女の魔法が放たれる直前に宿の外に逃げようとしていた彼の姿が映っていたが大丈夫だろうか。

今後や彼女の立場を考えると奴はまだ生きていた方が都合が良い。


俺は咳をしながらもフロントに向かった。


扉を開けた先に広がっていた光景は正に俺に地獄を感じさせた。

マンティコアは室内の中央で現代芸術のオブジェの様な形となって燃え盛っていた。

その周囲は俺の不壊効果によって可燃物はないはずなのに火の海の様な有様になっていた。


ナクティスは何処だ?


俺はナクティスの姿をその中から探す。

居た。

彼女は元マンティコアのオブジェの脇に佇んでいた。


彼女は俺の存在に気づくとゆっくりと緩慢な動作でこちらに顔を向ける。

彼女は……涙目で落ち込んだ顔をしていた。


「……オオヤ。申し訳ない……やり過ぎてしまった。」


大陸最強の魔獣の一角、マンティコアを一撃で葬ったナクティスは勝利を誇る事無く最初の言葉は俺に対する涙声の謝罪だった。

そのギャップが彼女らしくて俺は地獄絵図と化した宿の中で思わず笑ってしまった。


こうして、彼女と出会ってから3か月、俺らの関係に間に挟まっていた小石であるザナークがついに排除された。





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