第9話

「美味い!もう一杯くれ!」

「私も!私にも頂戴!」

「………どうなってるのよ。」


襲撃から1週間後。

俺とリシア。

そして襲撃犯の5人とカウンター前のテーブルでご飯を食べていた。


剣士カイドーと精霊使いのアリヤースが皿をこちらに突き出している。

俺はそれにシチューを盛り付ける。


「はは、まだおかわりはあるからね。ゆっくり食べな。」

「どうなってるのよ。」

「ん?リシアもおかわり欲しいのかい?」

「そういう事じゃなくて………。はぁ、あなたと話していると頭が痛くなってくるわ。」

「えっ?ヒーリングベッド壊れちゃったのかな。」

「………」

「黙っちゃった。」


リシアの疑問は分かる。

何故一週間前に俺の両腕を切り飛ばそうと襲ってきた5人と団欒する状況になっているかと聞きたいのだろう。

一週間前彼らを倒し部屋に監禁した後に俺は彼らにザナークとのいざこざが解決するまではこの部屋に監禁すると宣言した。

当然激しく抵抗されたが宿屋の備品であるベッドに寝ていた彼らが俺に敵うはずが無かった。

そして俺は監禁した彼らと何をしていたかと言うと…

恋愛シミュレーションゲームをしていた。


俺はキッチンに追加の料理を取ってくるついでにスキル画面を出現させた。

そして彼らの情報を表示する。


【アリヤース・ドドーロン。体力:93%。魔力:100%。満足度:83%】

【アルヴェン・ドドーロン。体力:99%。魔力:94%。満足度:79%】

【アルメー。体力:90%。魔力:80%。満足度:93%】

【レイダリー。体力:100%。魔力:93%。満足度:74%】

【カイドー・ドネック。体力:80%。魔力:99%。満足度:88%】

【リシア。体力:100%。魔力:100%。満足度:44%】


当初、満足度が全員最低値の0だったがこの1週間でここまで上げた。

俺はザナークの現状と彼が俺を襲いに来た経緯を知りたかった。

なので彼らと友好的関係を0から作る必要があった。

それに役に立ったのがこの満足度である。

俺はこれを好感度ゲージの様に使い、彼らとの会話や料理を作る際に満足度を見ながら対応した。

監禁されている彼らの場合において、この宿の満足度とは俺への好感度と相違ないと思ったからだ。

結果、彼らの心の中を数値でカンニングしつつ、徐々に彼らの心を解きほぐし無事彼らの心の内側に入る事に成功した。

えっ?ストックホルム症候群だって?

そんな難しい言葉は知らないな。


まあ、ここまで上手くいったのも彼らの事情によるものだろうが。

彼らの協力を取り付けた俺は部屋の中に監禁する事をやめた。

しかし、宿から出る事自体はまだ止めている。

ザナーク側に情報を与えたくないからだ。


「誰だ貴様らッ!」


おっ、ナクティスがやってきたみたいだ


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「成程…、私が離れている間に…。やはり留まるべきだったか…!」


経緯を聞いた彼女は後悔で顔を歪ませている。

それに俺は笑って訂正する。


「えっ、いやいや。違うよ。それを狙ってわざわざナクティスには一旦家に帰って貰ったんだから。」

「なに?」

「ザナークは、ナクティスがいる限り俺を襲えないと思っているだろうからね。ほら、最近………、君が家に帰るまでの買い出しの時は必ずナクティスに付き添って貰っていただろう?」

「ああ、そうだな…。」

「その時、帰り道で何度か襲われたのを覚えてる?」

「ああ、あのザナークの差し金のチンピラ共だな。」


チンピラ…ね。


「うん、そしてそれを全て退けてくれたのはナクティスだ。それで無駄だと思ったのか他の理由か、刺客が来なくなったからね。ナクティスがいなくなったらまた来てくれると思ったんだ。」

「何故、そんな事を?」

「ザナークは、俺にリシアを仕向け、刺客を仕向け、そして冒険者パーティを仕向け、俺を排除しようとした。だがそれは無尽蔵に出来るという訳じゃない。奴は失敗する度に余裕が無くなっていく、1か月前の段階で既にザナークは追い詰められている様に見えた。カイドー達…、ナクティスという俺を守る盾がいないという好条件で切られた彼らは最も強力なカードだ。それを切らせたかった。」


俺は紅茶を一口含む。


「ふぅ…、そして自分の手札を全て切ったザナークはどうするだろうね。大人しく諦めるだろうか。普通の人ならそうするだろうね。だが彼にはもうまともな判断を出来る様には見えない。手を出してはいけない物に手を出してしまうんじゃないかな。」

「それは…つまり?」

「さぁ?もし、彼がまだ諦めていないなら、芸もなくお金で刺客を雇うんじゃないかな。でも今更金貨1枚で雇える激ヨワ暗殺者じゃ無駄だと流石の彼も思うだろう。」

「誰の事を言っているのかしら?」

「だけど、もう金が無い。しかし今更立ち戻れない。じゃあ彼はどうするんだろうね。………まあ、少し待とうじゃないか。次、彼が行動した時はもう彼は崖を転がっているのさ。」

「成程…、な。しかし…」


ナクティスは気まずげな顔で佇んでいる冒険者5人をちらりと見る。


「こいつらは…、貴方の事を襲撃したんだろう?なぜまだ宿屋に置いているんだ?」

「いや、むしろ俺がお願いしていてもらっているんだ。彼らは…別に金で雇われた訳ではない。自由の連盟所属の冒険者だ。」

「何…?ではなぜあの小悪党に協力など?」

「彼らは脅されたのさ。…自由の連盟は犯罪者だろうが異教徒だろうが受け入れる事で有名な冒険者ギルドだ。正確にいうと名前だけで登録出来るからどんな経歴だろうと所属出来るギルドだ。」

「ああ…、私もその噂を聞いて登録した。」

「だから…、特別な事情を持っている人たちが多く所属している。周囲にはバレたくない弱みがあったりとかね。そんな人たちの受け皿になっているギルド…のはずが、彼らはその経歴の弱みによって脅されたのさ。」


彼らはザナークに呼び出されると彼らの弱みについて語られそれを周囲にバラすと脅されたのだという。

自分たちの生活を守る為、彼らはザナークに協力することになった。


「俺は彼らを恨んじゃいない。むしろ同情している。」

「しかし!どんな事情があれ貴方を襲ったんだぞ!」

「彼らの本意じゃないさ。例えば、俺も誰かを自分の命が助かる為に殺すってなったら、殺してしまうだろうしね。」

「それは……、屁理屈だっ!」


彼女は俺の対応が不満のようで憤る。


「ナクティスの気持ちは分かるさ、でも俺は彼らの気持ちも分かるんだ。昔、俺はそれこそ自分の目的のためによっぽど酷い事を沢山してきたんだ。俺は彼らを責められないよ」

「オオヤが…?」

「俺は責めるべきは彼らではなく、その状況に追いやった人間だと思う。…この場合はザナークだね。」


俺をこの世界に放り捨てた奴は分からないが今回ははっきりしている。


「まあ、安心してよ。ザナークの様なクズにまで俺は同情しないよ。」

「…分かった。私もそのオオヤの人間性に助けられた側の人間だ。事情があったというのも…飲み込もう。」

「ありがとね。」

「へっ…ま、俺はこいつらとは違ってそこの嬢ちゃんが言う通りザナークの野郎みてぇに我欲で行動してる同情の余地のねぇクズだけどな。」


ナクティスを説得出来たタイミングで水を差したのはシーフのレイダリーだ。

ナクティスは厳しい目を向けているが俺は逆に彼に向けて微笑んだ。

彼は俺の顔を見てたじろぐ。


「な、なんだよ。」

「いやいや、まあそう露悪的に振る舞おうが君が人の為に行動している事を俺は分かってるからね。」

「は、はぁ〜!?何勘違いしてんだよ!言っとくけど俺は別にこいつらと違ってお前に心許してないからな!」


うんうん、分かってるともツンデレと言うやつだろう。俺のスキルは嘘つかない、彼の状態を見てみると…


【レイダリー。体力:100%。魔力:93%。満足度:74%→79%】


ほらこの通り。


そしてナクティスは何故か慄いた顔で俺の肩を掴む。


「オ、オオヤ!私が留守にしている間こいつらと何があったんだ!ま、ままままさか、既にこいつらとデートも済ませっちゃったりするんじゃないだろうな!?」

「私は何を見せられているの…?」

「はっはっは、一旦落ちつこうか。」


閑話休題。


「彼らを今、宿から出す訳にはいかない。正確にはザナークに存在を知られてはまずい。彼が脅しを実行する可能性もあるし、また俺の両腕を切ってこいなんて言われてきても面倒くさいしね。彼らを守るためにもザナークから存在を隠したい。」

「うむ…、分かった。」


ナクティスは未だに何かを疑った目でこちらを見ているが納得してくれた。

レイダリーが「なんで俺が一番睨まれてんだよ!?」と騒いでいるが一旦話が終わる。


「ナクティスにも、カイドーにも、ドドーロン兄妹にも、レイダリー、アルメー。皆に不便を強いて悪いね。でもザナークの破滅は秒読みだと思う。もう少し我慢して欲しい。」

「私は?」

「オオヤがそんな事を言う必要はない…。私は」

「あんたがそんな事言う必要無いわ。オオヤが私達の事を考えてくれている事分かってるもの」

「ああ、アリヤースの言う通りだ俺たちはお前に感謝こそすれど、不満は一つもない。」

「…私のセリフを奪うな貴様らっ!」

「さっきから私がずっと無視されているのは気のせいかしら。これがいじめという物なの?」


またナクティスが騒ぎ場が騒然とする。

俺はそれを口角を上げながら見ていたが、俺の感知に人が引っ掛かった。


「…ちょっと待った。誰か来た。………カイドー達は自分の部屋に戻って。リシアも。」

「ああ、見えていたのね。良かったわ」

「ナクティスは俺と一緒にいてくれる?」

「ああ、勿論だ。」


カイドー達は自室に戻り、リシアは影の中に消え、残された俺たちは来訪者がやってくるのを待った。

扉は最初、彼が来た時と同じように大きな音を立てて開いた。


「…よぉ、宿は開いてるか?」

「やあ、久しぶり。残念ながら全室改装中だよ。悪いけど出直してよ。」


目を充血させた男、ザナークはこちらを怨嗟のこもった目で睨みつけてくる。

彼の態度は一見冷静に見えるがそれが彼の内に宿している狂気をむしろ感じさせた。

さて、彼の顔を見るのは今日で最後にしたいものだ。


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「はん…、こんなボロ宿に改装なんて必要ねぇだろ。」

「無駄な話は止めにしない?俺たちって別にお友達じゃないんだし。」

「ちっ…。相変わらずクソムカつく野郎だ…。」


ザナークは舌打ちをすると宿の椅子に乱暴に座った。

そしてプラプラと椅子を揺らして遠くを見つめている。

かなり限界みたいだ。

ナクティスも彼の異様な様子に何も言えないでいる。


「あの、無能連中はどうしたんだ?殺したのか?」

「えっ?何のこと?」

「クソ野郎が…。やっぱカス冒険者共はクソの役にも立たねぇな…。」


ザナークは緩慢な動作でナクティスの方を睨む。


「野良犬がよぉ…。てめぇに手を噛まれた所為で俺は大損しちまったよ…。今までの恩を裏切りやがって…」

「なにを言う!全ての発端は貴様だろうが!」

「あん?てめぇ、みたいな世界のゴミが人間様の国に来たのが悪ぃんだろうか。俺が有用に使ってやってたっていうのに………。ごみ溜めのゴミが人のもんを盗みやがって…」

「盗みを働いていたのは貴様じゃないか!オオヤを侮辱するな!」

「はあ?はあ~?…てめぇみてぇなカス魔族はよぉお!人間様の為に家畜みたいに奉仕させねぇといけねぇんだよ!俺が最低限のエサを与えて余計な事出来ないようにしてやってたのによぉ!!」

「貴様…!」


ザナークは気が狂った様に机を強く叩く。

狂気に染まった目で俺を強く睨んでいる。


「なあ?なんで人の猟犬を盗むなんて酷い真似してくれたんだ?クソ博愛者気取りか?すべての命は平等だってか!?聖教会の連中だって魔族は害虫扱いだぜ!?お前は人類の敵なのかよ!なぁ!?」

「ザナークさん。あんたは根本的に間違っているよ。」

「あ…?」

「まず、あんたのその魔族に対する歪んだ考えが正しい物としよう。魔族はすべからく人類の敵だと。でもそうだとしたら君の行動は酷い矛盾じゃあないか。」

「何が言いてぇ…」

「あんたがした事は彼女の仕事の成果をかすめ取る行為だ。それによって発生したお金は彼女の仕事の人間社会での評価の指標だ。君は人間の社会が決めた彼女への報酬を勝手な判断で再評価したんだ。」

「…ああ、そうだよ。そこの野良犬には過剰な金だからな。俺がわざわざ調整してやったんだよ。」

「それで、君がそのお金をかすめ取ったと。それはなぜ?」

「………」

「手数料?君が彼女が本来受け取るはずだった大金を受け取る事でどういった社会への貢献があるのだろう。ギルドは手数料で運営を続け、彼らの活動は人間社会の発展に寄与し、大勢の人間の助けになるだろう。しかし、あんた個人にそのお金が入った事で何があった?きみはただ自分の欲の為にそれを消費しただけじゃないか。それはあんた個人が肥え太っただけだ。ナクティスは…。」


俺は彼女の方を見る。


「最初、俺が会ったときは道端で倒れていた。聞けば原因はあんたに報酬の支払いを拒否されたからだそうだ。彼女は酷く傷つき、疲れていた。冒険者は危険な仕事だ。疲れや、傷、準備不足など、些細な事で死につながる仕事だ。だから冒険者ギルドは彼らの仕事に見合った金額を設定して報酬を支払っているんだ。冒険者にもう一度冒険に出かけて欲しいからね。それがギルドを発展させると知っているからだ。あんたがしたのはその逆だ。」


ゆっくりとザナークに近づき彼に視線を合わせる。


「彼女の報酬を不当に安くし、彼女を損耗させて彼女を壊そうとした。これからもギルドを発展させて社会の役に立った彼女をだ。君が人類の敵だという彼女は実際には社会にとって必要なんだ。社会の仕組みがその必要性を認めて彼女の報酬を生み出しているんだからね。社会を存続させる為に。そんな彼女を壊そうとした君の方がむしろ人間社会の敵だと言える。」

「………なあ、お前さっき無駄話は止めようって言ったよな。同じ事を今言ってやるよ。お前は先生で俺はその生徒か?」

「ああ、反論出来ないんだね。まあ、君は間違っているんだからそうだろうけど。それならそれで良いんだ。ナクティスが正しくて、あんたが間違っている事を最後に彼女の前で証明したかっただけなんだ。」

「…最後?」

「あんたのお望み通り本題に入ろうか。ここに来たのは何の用事かな?」


ザナークは俺の問いかけに不気味な引き笑いをする。


「…クソムカつくが、てめぇらはタンカスみたいにしぶといからな。俺が直々に片を付けに来たんだよ。」

「やってみろ。」


ナクティスは腰に掛けていた直剣に手を掛ける。


「不審な動きをしてみろ、即座に叩っ切る。その手癖の悪い両手からな。」

「くっくっく…。野良犬が新しいご主人様にアピールしてて滑稽だな。おい。」


一触即発の空気になったその時、また俺の宿の入口が開いた。


「やあ、いらっしゃい。」

「てめえザナーク!何してやがる!」


それはこの前自由の盟約で見た事があるギルド員の男だった。

彼は3人の連れを引き連れて俺の宿に入ってきた。

彼らは俺やナクティスには目もくれずにザナークに詰め寄る。


「こんな所で何してんだザナーク!」

「…よぉ、ジョッキ。お前こそこんな所まで何の用だよ。」

「てめぇに聞きてぇ事が山ほどあるんだよ!ギルドの金庫から金が盗まれた!その筆頭容疑者がてめぇだ!素行不良でギャンブル中毒のザナークさんよぉ!!」


ギルド員の男、ジョッキはザナークの胸倉を掴んで立たせる。

椅子が音を立てて倒れた。


「オオヤ、どうする…?」

「うーん、とりあえず傍観で。」


俺とナクティスは小声で相談する。


「後、カイドーパーティとレイダリー、アルメーをここ1週間見かけねぇ!あいつらには指定依頼があるってのに!冒険者共に聞けばお前と何か話してたって話だ!会計係のお前があいつらと何を個人的な話をする必要がある?お前あいつらに何をしたんだ!」

「ひっひっ…。成程ね。態々ご苦労なこった…。ああ、丁度いいや。ここには俺のツキを落とすゴミ共が丁度集まった。」


ザナークはジョッキに胸倉を掴まれながら何かを懐から取り出そうとする。

あれは………スクロール?


「あ?てめぇ何して…」

「ザナークから離れろ!」


俺は瞬間移動をしてザナークを蹴り飛ばす。

彼は大きな音を立てて壁まで吹っ飛んだ。

感触が人体じゃなかった。

間に合わなかったか。


「ひっひっひっ。なあ、クソ魔族。お前マンティコアの幼体をやっとの思いで退けたって前にギルドでアピールしてたよなぁ…?」

「こいつ…!」

「雑魚冒険者をいくら使った所で無駄みたいなんでなぁ…。大金叩いて手に入れてやったよ!」

「あんた達、奴から離れろ。」


彼の手によって開かれたスクロールから何かが出てこようとしている。

俺はジョッキ達、ギルド員を彼から遠ざける。


「おらぁ!マンティコアの完全生体の召喚スクロールだ!金貨1000枚分の暴力をとくと堪能しろやぁあ!!」


ザナーク、ナクティスと俺の出会いから存在した小石の最後のあがきによって俺の宿屋に大陸の生態系でもトップクラスの魔獣、マンティコアが放たれた。








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