第8話

俺はカウンターに戻り、そこで彼らの行動を肩肘つきながら待っていた。

リシアクラス5人の相手か。

前回の俺の行動の反省点はやっぱり平和ボケしていた事だろう。

もう5年もまともに戦闘をしていない。

それに俺は冒険者をしていた時にはんだ。

だから防御の面で俺は未熟で守りながらの戦いというのに慣れていない。

って、リシアじゃないけど本当に言い訳がましい事を言っているな。


錆ついた戦闘センス、戦闘スタイルの変更、殺害不可、装備の不足。

マイナス条件を洗い出して俺が出した結論は。


「まあ、余裕かな。」


一つの客室の扉が音を立てて開いた。

そこの利用者は最初に泊まった冒険者の男だった。

彼の恰好はまるでこれから冒険に出かけるかの様に万全の装備を身に着けていた。


「やあ、こんばんは。今から出かけるのかい?」

「悪いな…」

「おっ?」


彼は一瞬で俺との距離を詰めると俺に向けて横なぎに剣を振りぬいてくる。

俺は椅子に座ったまま後ろに倒して回避する。

男がカウンターに足を掛けて倒れこんだ俺に追撃を掛けようとしている姿を俺は後ろから見ていた。


「おいおい、どうしたんだい、いきなり。何か宿に不満でもあったのかな?」

「………成程、瞬間移動のスキルか。あの野郎の言った通りだな。…厄介だ。」

「あの野郎…それはザナークさんの事かな?」

「………」


彼は無言で武器を投げつけてくる。

それをしゃがんで回避。


「言葉のキャッチボールより武器の方がご所望…あっぶな。」


投げられた武器は引き寄せられるように彼の手元に戻っていきその間にいる俺を切り裂こうとする。

またスキル持ちか。

ザナークの言う通り自由の盟約は人材豊富だな。

俺はその場から飛び上がりそれを避ける。


俺は宿の二階の通路まで逃げる。

と同時にまた客室のドアが開く。


「スクラドアロー!」

「あわわ。」


そして開いた扉から風を切るような速度の魔力で構成された矢が飛び出してくる。

それを身体を捻って回避、した勢いで一階に後ろから落ちてしまう。


その時何にもなかったただの木の床にどす黒い毒沼が発生した。


「ひぃ~」


情けない叫び声をあげて俺は二階の廊下の欄干の支柱にぎりぎり捕まり落下を防ぐ

しかし、上には先ほど矢を飛ばしてきたお客さんがいるので留まる訳にもいかず勢いをつけて飛び上がりまたカウンターまで戻った。


「はあ~、危ない危ない。」

「こいつ…」

「ああ…、間抜けに振舞っているが、大分戦闘慣れしている。気を付けろ。」


目の前には3人の冒険者たちがいた。

一人は鎧を身に着け剣を両手に持った男。

剣士か。

もう一人は先ほど俺に魔力の矢を放ってきた鳥の獣人の女性。

魔法師かな?

そして先ほど毒の沼を発生させたのはシーフの様な格好をしたあの男だろう。


「あれ?残りの二人は?」

「…」

「ああ、ごめんごめん。名前言わないと分からないかな?アルヴェンさんとアリヤースさんは何をしているのかな?」

「…!。な、なんでお前が…。」


俺が名前を出した事で彼らの動揺を誘えた。


「どうしたのカイドーさん?」

「な、なんで俺たちの名前を知ってんだ…?」

「あー、それは…」


剣士カイドーの疑問に答えようとする前に俺の眼前に猛スピードで水の塊が飛んできた。


「カイドー!名前を知られていようがどうでもいいでしょ!さっさと片づけるよ!」

「あ、ああ。」

「ああ、そこにいたんだね。」

「…ちっ。」


俺は二階の欄干に座り新規顧客5名を見下ろす。

獣人の彼女は飛んでいるからほぼ目の高さ一緒だけど。


「大人しくやられてよ。殺しはしないから」

「あ、そうなの?殺されるかと思ってた」

「大丈夫よ、ただ腕の2、3本切り飛ばすだけだから」

「それも嫌だなぁ。」


残りの男アルヴェンは水を周囲に浮かせているアリヤースの側で彼女を守る様にたっている。

彼は徒手空拳だ。

モンクタイプか。


「剣士、魔法使い、シーフ…そして精霊使いとモンクね。中々良いパーティじゃないか。こんな宿屋の主人に当てるには随分な過剰戦力だなぁ。」

「なあ、大人しくやられてくれねぇか?不幸な事故にあったと思ってよ。本当に殺しはしねぇ。ただ両腕を奪うだけに済ませる。失血死しないように処置もしてやる。だが、抵抗されたら殺しちまうかもしれねぇ」

「君の優しさに涙が出てくるよ。あ、俺も聞きたい事っていうかお願いがあるんだけど。」

「…?」

「君たちの中にさ、人体欠損してしまう危険性がある技を使う人とかいるのかな?俺も出来るだけ気を付けて戦うけどさ。今、一人順番待ちがいるからそういうのは使わないで欲しいな。」

「何言ってやがる…?」

「ああ、だから君たちを出来るだけ傷つけずに無力化したいから自らを傷つけるような行動は控えてねって言ってるんだ。」

「…あー、成程。舐めてんのか自殺志願者か知らないけど、あなたって馬鹿なのね。…さっさと済ませるわよ、あんた達。」


アリヤースは俺の言葉を挑発と捉えたのかこちらに手を向けてくる。

彼女の周囲の水が激しく蠢き始める。

それに合わせて他の4人も戦闘体制に改めて入った。


「うん、そうしてくれた方が助かるな。もう5分も経っちゃったよ。約束の時間まで後5分しかない。さっさと君たちを寝かしつけて怖がりの彼女の方に行かないと。」

「レイダリーは罠の展開をして行動の制限!アルメーと私が絶え間なく攻撃をするから前衛2人は転移先を予測して攻撃をして!」

「スブリードアロー!」


俺の言葉を無視してアリヤースが戦闘を再開させた。

獣人の彼女、アルメーが、今度は小さい魔法矢を連続で打ち込んでいる。

散らばって飛んできておりダメージを与えるより当てることに重点を置いた攻撃だ。

成程、追い込み漁って訳か。

俺はどうやら逃げるしか脳のない雑魚だと舐められているみたいだ。

しかし、俺とその矢の間に大きな布、カーテンが広がり矢はカーテンを貫けずに防がれた。


「な!?」

「カイドーさんのスキルは物の引き寄せかな?引き寄せる物の種類とか規模はどれくらいとか知らないけど。俺も似たようなことが出来るんだ。」


宿の中限定だけどね。

俺の自宅警備スキルの不壊の付与は宿屋自体だけでなく俺が認識していれば宿屋の備品に対しても効果を発揮する。

そして俺は俺の効果対象の備品を自由にポルターガイストの様に動かす事もできる。

自宅警備員は時としてトイレに行くのも出来ないぐらい忙しい時があるからね、手の届かない範囲の物を動かす能力が必要なんだ。

日本にいた時はお母さんがいたけどここにはいないからスキルで補っている。


「た、ただの布じゃない!引き裂いてやるわ!」


アリヤースは周囲の水を小さく圧縮した。

そして高圧力の水がこちらに飛ばしてくる。

高圧噴水、ウォーターカッターか。

それを先程と同じようにカーテンで防ぐ。


「なっ、なんで!?そんな布なんかで!」

「アリヤースさんは水の精霊と契約しているのかな?中々の熟練度だよ。俺は流石に水は操れないなぁ。でもこうすれば似たような事は出来るかな?」

「えっ?」


俺は布で水を包み込み水風船のようにするとそれをアリヤースに叩きつけようとする、しかし彼女を守るようにモンクのアルヴェンが割って入った。

彼は吹っ飛び元々アリヤースが泊まっていた部屋の中に叩き込まれた。

そしてその部屋の扉は自動で閉まる。


「まずは1人…。うん、クッション性もあるしこれなら怪我も少ないよね。我ながら良い攻撃だ。でも部屋を間違っちゃったな。」

「アルヴェン!……あんた!」

「ああ、ごめんね。あそこは君の部屋だったね。まあ、でも良いじゃないか君たち兄妹なんだろ?」

「な、何であんたがそれを…」

「あっ、もしかして君の方がお姉さんだったりするのかな?」

「うらぁあ!」


カイドーが遠距離攻撃は無意味だと思ったのかこちらに飛び込んできて剣で切りかかってくる。

俺は瞬間移動してそれをよける、しかしカイドーはすぐにこちらを捕捉して飛び掛かってくる。


「レイダリー!何をしている!さっさと罠を展開しろ!」

「そいつの動きが読み辛いんだよ!事前に仕掛けた罠も全部回避しやがる!…あっ、カイドー!そこは不味い!」

「なにっ…!」


カイドーがある床を踏むと電気が彼の全身に走った。

彼は完全に痺れたみたいで行動が止まった。


「連携が上手くいってないね。もしかして急造パーティ?まあ、とりあえず二人目。」


俺はカイドーを蹴り飛ばして彼の部屋に叩き込んだ。


「カイドー!…ちっくしょうがぁ!」


レイダリーはナイフをしっちゃかめっちゃか投げてくる。

それは一見やけっぱちの行動に見えるがそれを回避しようとすると彼の罠に掛かる様に計算されている。

中々腕が良いシーフみたいだ。

まあ、瞬間移動が出来る俺にはあまり意味はないけど。

そして彼の罠に俺が掛かっていないのも俺のスキルによるものだ。

宿屋内でいくら細工しようが全ては俺の手の内だ。

彼の罠がどこに張られているか、俺は目をつぶっていても認識出来る。


「後2分しかないし、巻いていくよ。」


俺は彼のナイフを瞬間移動で避ける。

そして出現した先は空中に浮いているアルメーの近くだ。


「!?」

「魔力練っている所悪いけどお休みの時間だよ。」


彼女にはオーバーヘッドキックをして部屋にゴールした。

うーん、俺も中々上手くなってきたな。

この世界にはサッカーがないのが残念だ。

そして下で呆然とこちらを見ているレイダリーにダガーを投げつける。


「お返しだよ。」

「あっ、ぶねぇ!?」

「避けてくれてありがとね。」


俺はダガーで彼の意識を奪った隙に瞬間移動で彼の後ろに回り込んだ。

レイダリーはそれを見てニヤリとした。


「はっ!ついに掛ったな!俺の周囲には毒ガストラップを張ってたんだよ!」

「うん、知ってるよ。」

「なあ!?」


毒ガスが地面から噴射される中俺は彼を部屋へと投げ飛ばした。


「けほっ、けほ。あー煙ったい。」

「終わりよ。」


そして、最後の一人のアリヤースがこちらを睨みながら勝利宣言をした。

言葉とは裏腹に俺を見る彼女の目に一切油断はない。


「うん、そうだね。後一分だ。早く終わらせないと」

「レイダリーの毒ガスは耐性がなければすぐに神経が痺れ呼吸困難に陥り行動不能になる………わ。本来ならね。」


彼女は水を障壁の様にこちら側に向けて警戒している。


「うん、俺の宿は安心安全をモットーに運営しているからね、毒ガスが発生した時にお客さんに害を及ばさない様にバッチリ対策済みさ。」

「瞬間移動に、物への耐性付与、それからテレキネシス、それに状態異常耐性?クソっ、ザナーク、何が瞬間移動スキルだけの雑魚よ…!」


この部屋には浄化機能Lv.2を付与している。

食中毒とかが嫌だったから元々付与していた。

それは毒ガスの毒性を完全に無効にしていた。

俺は彼女にゆっくりと近づいていく。


「じゃあ、もう夜も遅い、君も部屋に戻ろうか。安心して君たちはお客さんだからね。腕を切り飛ばすなんて物騒な事、俺はしないから」

「ふ、ふん!あんたの貧弱な攻撃であいつらがやられたと思ってるの?中々やるみたいだけど調子に乗ってるんじゃないわよ!」

「そりゃ、手加減してるからね。でも、彼ら全然部屋から出てこないね。」

「…えっ?」


彼女は俺の指摘で今更ながら気づいた様に探る様に周囲を見渡す。

そう、俺に部屋に叩き込まれた彼らは戻ってきていなかった。

閉じられた部屋は不気味な程静かだった。

アリヤースは顔を青ざめさせて俺から一歩離れる。


「な、なにをしたの!アルヴェン!…アルヴェン!?……カイドー!」

「皆、もうお休みしたみたいだ。君ももう寝た方が良い」

「…いや、いやよ、いやぁ!助けて!………助けてお兄ちゃん!」


近づいてくる俺に彼女は水を叩きつけてくる。

恐怖で判断が出来なかったのだろうけど自分を守る為に使うべきだったなそれは。

芸がないが俺は彼女の後ろに瞬間移動で回りこんだ。


「じゃあ、お休み。」

「あっ…」


彼女の首根っこを掴んで部屋に投げ入れた。

水が彼女を守る様に追走したが扉が閉じられて宙に浮いた水は扉に叩きつけられてそのまま地面にぴしゃんと落ちた。


「ふぅ、終わった終わった。………あっ。」


俺は壁に掛けられた時計を見る。

それは俺が1分、約束の時間を破っている事を示していた。


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リシアは唯一残った片腕で自分の体を抱きながらうつむいていた。

何か口を動かしてぶつぶつ呟いている様に見える。

お祈りでもしているのだろうか。


俺はそんな彼女に悪戯心が沸いて後ろから彼女の肩を叩いた。


「大丈夫、大丈夫、私は大丈夫………。」

「やっ、お待たせ」

「きゃあ!?」

「ぐふぅ!?」


その悪戯心の代償は顔面への肘鉄だった。

俺は顎を抑えてヨロヨロと彼女から離れる。

彼女は荒くなった息を落ち着かせてから喋り始める。


「あ、あなた無事だったのね。」

「お、おかげ様でね。」


事実、今回の戦闘で俺が受けたダメージは今しがた彼女から喰らった肘鉄のみである。


「驚いたわ、本当に勝ったのね。」

「言っただろ?君5人程度なんて余裕だって」

「………腸が煮えくりかえりそうなくらいムカつくけど、今回は我慢してあげる。…殺したの?」

「えっ?はは、殺す訳ないじゃないか。彼らは君と同じ様にお客さんだからね。しかも今回は腕や足を欠損させずに済んだよ。」

「五体満足って事…?甘すぎるわ、今度は対策を練られて襲われるわよ。」

「ああ、大丈夫大丈夫。彼らはザナークが破滅するまで逃がす気はないから。」

「えっ…?」


俺は本を開きその中にフロアマップを開いた。


「さて、子守歌と絵本の読み聞かせどっちが良い?安眠させてあげるよ。」

「………さっさと出て行ってくれないかしら?」


フロアマップの客室には俺を殺しに来た彼らのアイコンが置いてある。

アイコンをタップすれば彼らの名前も当然分かる。


【アリヤース・ドドーロン。体力:80%。魔力:70%。満足度:0%】


「あっ、寝た。」

「は?」


アリヤースのアイコンが睡眠状態になった。

俺は部屋に付与している効果を開いた。


【状態:使用中。清潔度:高。特殊効果:魔力回復lv.1。体力回復lv.1。冷風機能Lv.3】


俺はアクティブにしていた冷風機能を切る。

その他の部屋の冷風機能も切った。


【冷風機能lv.3】

部屋に冷たい空気を流して温度を調整する。

現在のレベルの調整可能下限温度

-100°C


今回、俺は彼らの肉体を出来るだけ傷つけたくなかった。

作戦という程ではないが俺は彼らを叩きのめした後に部屋に閉じ込めて冷風機能効果をアクティブにした。

人間は体温が一定以上下がると昏睡する。

これなら外傷なく彼らを無力化出来る。

なので、彼らが部屋に入った段階で実はもう既に俺は勝っていた。

彼らが純粋なお客さんという一%以下の可能性があったのと今後の事を考えて戦う事にしたけれど。

うん、やっぱり俺は強いね。


しかし、またお金を使い過ぎちゃったな。

-100°Cまで下げられるクーラーなんて今後使い道はあるのだろうか。

明日は彼らへの尋問をしないとな。














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