第6話

俺は自由の盟約所有の建物の前に立っていた。

誇張なく俺の宿の十倍はありそうな建物だ。

現在時刻は11時頃。

中に入ると冒険者達の喧騒がより大きく聞こえる。


ヒューマン、ドワーフ、獣人、エルフ。


様々な人種が行き交って交流している。

それなのに魔族であるナクティスはこの輪の中に入ることができない。

人族と魔族。

俺はその二つの種族の関係について詳しいことは知らない。

ただざっくり言うと人族は地上に、魔族は地下に住む人たちの事らしい。


千年前に地上と地下に住む二つの種族が邂逅し何度も衝突を繰り返したみたいだ。

時々ナクティスの様に地上に個人で現れる魔族もいるみたいだ。

昔は魔族は見かけたらすぐに討伐対象となったみたいだが少なくともこの大陸ではそうではない。

俺が知っているのはその程度の情報で、そこに至るまでの歴史や地下にある魔界についても全く知らない。

ナクティス。

お客さんであり俺の友人だ。

出来ることなら彼女の助けになりたい。

それにはもっと色々な事を知る必要がありそうだ。

我ながら彼女に傾倒しすぎだと苦笑する。

10年前にこの世界に来た俺と知らずに重ねてしまっているのかもしれない。


「てめぇ!なめてんのかザナーク!」

「ん?」


少し感傷に浸っていると怒号がギルドの奥からする。

俺は野次馬をギルドの人混みをスイスイ抜けて騒ぎの中心に向かう。

ザナークがいた。

なにやら会計のカウンターで冒険者と揉めている様だ。


「なんでラルラットの牙と皮をこんだけ納めてたった銀貨1枚なんだよ!」

「てめぇ、俺の目利きにケチつけんのか!」

「んだとてめぇ!」


どうやら報酬について揉めている様だ。

俺は野次馬達の会話を聞く。


「またか…、最近多いな。どうせまたザナークがミスしてんだろ。」

「あいつ、最近酷いな。金の受け渡しもまともに出来やしてねぇ。あんなもん今のレートと照らし合わせて算出するだけだろ?」

「まあ、その時々で微妙に変わったりはするが変動幅だって予想の内に収まるからな。ザナークの算出は最近頓珍漢過ぎるぜ」

「ちっ、じゃあザナークが受付している時にはあらかじめ金額のあたりをつけてねぇといけねぇのか。だりいーな。何のための会計係だよ。」


聞こえてくるのはザナークに対する愚痴ばかり。

冒険者からは彼が完全に悪者であるかの様な空気が流れている。

成程、彼の金銭感覚およびナクティスに対する不正行為による職務倫理意識の低下は間違いなく彼を狂わせてしまった様だ。

裏を知っている俺はザナークは既に破滅に片足を突っ込んでいる様に見える。


今が攻め時だと判断した俺は騒いでいる冒険者の背後から顔を出した。


「やぁやぁ、何かあったのかな?」

「あん?なんだてめぇ?」

「なっ!?て、てめぇは…!」


俺の突然の登場に冒険者は不審な顔をザナークは幽霊でも見た様な顔をした。

俺はわざとらしくカウンターにある素材と銀貨一枚を見比べて頷く。


「ふむふむ、成程。報酬に納得がいっていないといったところかな?」

「ああ、そうだよ。こんだけ売ってたった銀貨1枚だぜ?最低でも4枚はねぇと納得出来ねぇよ。」

「そりゃ酷いな!こんだけあれば普通なら銀貨6枚は貰えるはずだよ!こんなんならわざわざ持って帰って来ずに適当な所に売っぱらっちまった方が良かっただろうね!」


俺はわざとらしく大声で冒険者の不満に同調する。

口調も親近感が沸く様に粗野なものにする。

ザナークは黙りこくってただ青褪めた顔でこちらを見ている。

彼の胸中には驚き、不安、焦燥感。

様々な感情がうずまってぐるぐるしている事だろう。


「そうだろ?なのにこの野郎は銀貨一枚渡して適正価格だと抜かしやがったんだ!」

「うんうん、ひどいな!俺は最近同じ様なの適当な宿屋で売っぱらったけど銀貨5枚は貰えたぜ!どんだけこのギルドはぼってるんだって話だよ!」

「なっ!て、てめぇ、何のつもりで…!」


俺は最早思いっきり嘘をついていたが気にせずに大声でギルドの不備を指摘した。

冒険者も同調者が現れたのとギルド内に流れるザナークへの悪感情を感じ取って正義はこちらにありとばかりに声が大きくなっていく。

ザナークも反論しなければいけないのに言葉が詰まって何も言えなくなっている。


そして当然そんなギルドに悪評がついて冒険者が寄り付かなくなる事を恐れた他のギルド員がやってくる。


「ちょ、おいおい、何の騒ぎだ?」

「ああ?こいつがよぉ!」


やってきたギルド員は事情を聞いてすぐに冒険者に謝った。


「すまん、明らかにザナークのミスだ。詫びって訳じゃねぇが、銀貨10枚を支払おう。」

「はん!…なぁ、おい。最近そいつの値決めはめちゃくちゃだぞ。変えてくれよ。」

「ああ、本当にすまねぇ。また来てくれよな。」


そのギルド員は冒険者を見送るとザナーク、そして俺に厳しい目を向けてきた。


「おい、ザナーク。これで今月入って何件めだ?てめぇの仕事は冒険者との報酬の調整だろうが。何回トラブル起こせば気が済むんだ、おい。」

「あ、ああ。悪ぃ。ぼ、ぼーっとしちまっててよ。」

「ちっ…お前本当に最近酷いぞ。暫く休んだらどうだ?………それとお前。」


彼はザナークを叱責した後に俺の方を睨む。


「ああ、なに?」

「てめぇ、うちの冒険者じゃねぇだろ。さっきのはどう言うことだ?騒ぎを大きくして俺らの評判を落とそうとしやがって」

「えっ、いやいやそんなつもりは無かったよ。」


どうやら彼には俺は業務妨害をした様に見えたらしい。

まあ、誤解ではないので彼の怒りはもっともな物だ。


「誤解させてしまったらごめんなさい。ちょっとザナークさんに用があって来たんだ。」

「あ?ザナーク、てめぇの客か?」

「い、いや違っ…」

「ええ?昨日レクチャーをしてくれるって言ってくれたじゃないか。ほら、報酬の受け渡しの時にどうやってポケットにしまい…」

「あ、あああ!思い出した!そうだ、俺の客だ!少し席を外す、から。あのあいつ、ほらリリットに受付やらせておいてくんねぇか?」


ザナークは俺の言葉を遮る様に大声を上げる。

俺は同僚に必死に何かを頼んでいるザナークの姿を見下ろす。

ザナークの今の姿には昨日の尊大な態度は一切感じられない。

今思えばあれも虚勢があったのだろう。


数分後、俺は自由の盟約の支店の応接室の椅子に座っていた。

豪奢なその部屋には俺とザナーク以外誰もいない。

俺は革張りの座り心地の良いソファに座って対面の彼に朗らかに話しかける。


「昨日ぶりだね、ごめんね。仕事中に。」

「てめぇ!何のつもりだ、そ、それに…」

「何で生きてるんだ…って聞きたいのかな?」


ザナークは見るからに狼狽している。


「あの女、しくじりやがったか…!」

「彼女を責めるのはお門違いだよ。俺が優秀だったのが悪いんだ。大人しく殺されてあげられなくてごめんね。」

「ほざけ!どうせあの野良犬に助けられたんだろう!たまたま助かったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!てめぇなんていくらでもやろうと思えば殺せるんだよ!」

「じゃあ、やってみれば?」

「なっ…!」


俺はわざとらしく尊大な態度で机に足を乗せる。

そして心底見下した態度で彼を見る。


「今日、ここに来たのは正式に宣戦布告に来たんだ。」

「正気か、てめぇ…」

「うん、俺も本当は自由の盟約と真正面から事を構えるなんてしたくないんだけど。どうやら君、最近ギルド内で評判悪いみたいだし俺が君をけちょんけちょんにしても彼らは別に怒らなさそうに見えるからね。だから君を倒してさっさと平穏な日常に戻ることにするよ。」

「は!壁外に住んでる下級市民が俺に暴力を振るったらどれだけ長い期間臭い飯を食うことになるかな?」

「倒すなんて比喩表現に決まってるでしょ。短絡的な暴力の行使なんてそんな馬鹿な事は俺はしないよ。君じゃないんだから。」

「ぬっ…!ぐぐっ!」


俺の煽りに悔しそうな顔をするザナーク。

ナクティスみたいな可愛げは一切ないが彼も中々良い反応をしてくれるのでつい必要以上に煽ってしまった。

いや、必要以上という事はないか、彼にはもっと怒りに染まって貰いたい。

彼の破滅はもう既定路線に見える。

しかし、彼が終わるまでの間に刺客や嫌がらせに備えているのは疲れるし嫌だ。

だから俺が彼のお尻を叩いてさっさと崖の下に落としてしまおう。


「まず、こちらのスタンスをはっきりしておくよ。ナクティスは君がこのギルドで会計係の立場を失い、権力の行使が出来なくなるまではギルドに行かせない。」

「てめぇ…!」

「で、それをすると君は困る訳だ。しかもかなりね。」

「あ、あんな魔族にそんな価値なんかねぇよ。俺はただ、俺をなめ腐った奴は許せねぇんだよ。だからお前は必ずぶちのめしてやるよ。」

「もう失敗したじゃん。しかも二回も。」

「う、うるせぇ!」

「でも、どうするの?俺の宿屋が簡単に壊せないのは実証済みだよね?で、暗殺も失敗した。」

「…物理的じゃなくても俺のツテでてめぇの宿を追いつめて潰すぐらい…」


彼の脅しに俺は声をあげて笑う。

そうだ、本当に物理的攻撃以外の方法をされるとこちらは困ったのだ。

本来なら。


「何笑ってやがる!」

「はは、ごめんごめん。いやいや、気の長い話だと思ってさ。俺の宿の立地見たでしょ?悪いけどさ、俺の宿はこれから売り上げが一切上がらなくても半年は耐えられるよ。」

「ぐっ…!し、しかしあの魔族はそうはいかねぇだろ!」


半年持つというのは実際に試算した訳じゃない。

ただのハッタリだ。

しかし、猶予の無い彼を追いつめるのには十分なハッタリだろう。


「そこは、彼女には我慢を強いる事になるかな。…でもさぁ、君が彼女に渡していた報酬とここ2か月で俺が彼女に渡した金額を考えると…。彼女も半年は収入なくても大丈夫だと思うけどなぁ。」


これは本当の根拠のないハッタリだ。

俺はナクティスの置かれている状況を詳しく知らない。


「それに、まず君は俺の販路を特定して次にそこに圧力を掛けないといけないだろう?君にルートを潰される前に稼がせて巣ごもりの準備をさせてもらうよ。もう半年耐えれるくらいのね。」

「じ、自由の盟約と体力勝負で勝てると思ってんのか?」

「はははは、そりゃ無理だね、でも………自由の盟約じゃなくて相手はあんただろザナーク。」


俺は言いたい事は言ったので席を立つ。


「じゃあ、今日は時間を取ってくれてありがとね。仕事頑張ってよ。あんまり報酬をちょろまかし過ぎちゃダメだよ。」

「待て!」

「あー、後………ギャンブルは程ほどにね。」

「な、何故てめぇがそれを…」


俺はリシアから聞いた情報を最後に彼に伝えて静止の言葉を無視して部屋を出ていく。

さて、出来るだけ煽ってみたけど上手くいくかな。

変に冷静になられてもこっちも困るし………。

彼女に協力してもらってもう一押しするか。


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「オオヤ!無事だったか!」

「うん、ただいま。ナクティス、明日俺と街でデートしない?」

「それで奴は………。ぬぅえ!?」


俺は帰宅早々に彼女に誘いを掛けるとナクティスは素っ頓狂な声をあげた。


「な、ななな何を言っているんだこの状況で!」

「ダメ?」

「だ、ダメという訳ではないが!その、もっと落ち着いたときにだな!」

「うーん、ナクティスが良かったんだけど…。しょうがない他の人を誘うか」

「是非私に同行させてくれ。明日は何時から出発する?」


この1分間で様々な表情を見せてくれた彼女は最終的に了承してくれた。

俺は荷物を自室に置き、ナクティスを招いてそこで話をする。


「と、いう訳でザナークはそんな状況だったよ。」

「成程…、オオヤの言う通りだな。奴め、それ程余裕はないみたいだな。悪銭身につかず、か…。成程な。」

「うん、リシアさんの話だとギャンブルにハマってたらしいからね。でしょ?」


俺は不貞腐れた顔でそっぽを向いているベッドの上に寝ているリシアに声を掛けた。


「………ええ、道中他の連中と賭け事の話ばかりしていたわ。」

「ありがとう、君のおかげで彼の不安をより煽れたよ。それに今がそこそこ楽観できる状況だというのも分かった。俺たちはただ待っていれば良い。彼が散財して破滅するのをね。既にギルドではその兆候が表れていたよ。けれど、出来れば短期で決着をつけたい。」


俺はちらりとリシアを見る。


「いつまでもそのままの状態にしておくわけにもいかないしね。」

「誰の所為だと思っているのかしら。」

「オオヤを襲って返り討ちにあった貴様自身の所為に決まっているだろう。」

「うるさい雌犬ね。」

「売女」

「野良犬」

「あばずれ」

「豚女」

「ははは、仲良くなったみたいで何よりだよ。」


無意味な罵倒の応酬を続ける彼女達を止める。


「まあ、とにかくザナークをもっと焦らせたいんだ。ギャンブルで重要なのはハッタリさ。こちらの余裕を見せつけて彼に取り返しのつかないぐらいこの勝負にベットさせたい。」

「ふーん、だからその魔族とデートするって訳ね。」

「まあ、そういう事。ナクティス、君を利用する形で申し訳ないんだけど俺に協力してくれない?」

「何を言っているオオヤ。元々これは私の問題だ。私が出来る事をするのは当たり前だ。そ、それに不謹慎だがあなたとデ、デ…出かけられるのは嬉しく思うぞ。」

「あら、何を発情しているのかしらこの雌犬は。ちゃんとペットの去勢はしてあげた方が良いわよ、飼い主の責任だわ。」

「話に入ってくるなこのビッチが!」


彼女たちは相性がむしろ良いのかすぐにお互いを罵倒しあって話が脱線してしまう。


「ナクティス」

「あっ、す、すまん。まだ話の途中だったな。」

「こんな機会だけどさ、俺も君とのデート凄く楽しみだよ。あんまりこういう事慣れてないけど君に楽しんで貰える様に頑張るよ」

「………」

「………ナクティス?」

「…この女の耐性の無さも相当だけどあなたも酷いわね。完全にフリーズしているわよこいつ。」


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次の日、俺は客室のベッドで目を覚ますと風呂場に行ってさっぱりする。

自室は今はリシアに使わせている。

問題ないとは思うが彼女の状況を考えればヒーリングベッドに寝させてあげていた方が良いだろう。


自分が持っている服の中で一番まともな物を選んで着替えたし髪も整えた。

今の俺にはこれ以上は望めないだろう。

久々に小綺麗な恰好をしたので少し心を弾ませて彼女と待ち合わせをしているフロントまで行った。

しかし、彼女の姿を見た瞬間、俺は酷く居心地が悪くなった。


「お、おはよう、オオヤ。きょ、今日はよろしく頼む。」

「………。」

「オオヤ?」

「あっ、ごめんごめん。おはようナクティス、じゃあ行こうか。」


なぜならただ白いワンピースを着ただけの彼女がまるでこの国の皇后の様に、いやそれ以上に高貴に見えてしまったのだ。

俺はしばらく無言で彼女の隣を歩く。

そして彼女の服装を褒めていない事に気づいた。

最初から失敗してしまった。


「………凄く素敵な格好だよナクティス。そんな服持ってたんだね。」

「ぬはっ!?あ、ああ!前にも言ったが最近はあなたのおかげで本当に余裕があるんだ。だから、この服を買えたのもあなたのおかげだ………、ああっ!しまった!オ、オオヤの格好もそ、その、凄く素敵だぞ!」

「はは、ありがとう。」


最初、少し気おくれしてしまったが話してみればやはりいつもの彼女だ。

俺の緊張もいくらか解けた。

こうして俺たちのデートは始まったのだった。


…………………。


ちなみにデートは俺の宿からのスタートなので後3時間は歩かなければ何もない。

うん、やっぱり最初から失敗してるね、このデート。





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