第4話

「美味しかった。ありがとう。」

「うん、ご馳走様でした。」


俺は食器を片付けてキッチンまで持っていく。

ナクティスが手伝いを申し出たが断って皿を洗う。

ザナーク達が本当に帰った後に俺たちは夕食を食べ終わりようやく落ち着いた。


「さて、じゃあさっきの話の続きだね。先に言っておくと、これからする話は明確な証拠があるわけじゃないんだ。」

「ああ、構わない。話してくれ。」

「ザナークは自由の連盟を代表してここに来たかの様に言っていたけど。あれは嘘だね。」

「なに?なぜだ?」

「まず、彼がわざわざ来ていること自体がおかしいのさ。冒険者に規律違反を注意するとしてそれをする役割の人間がいるはずだ。なのに会計係の彼自身が来た。彼は明らかにギルド内で下っ端の立ち位置というわけでもない。普通ならあんな巨大なギルドのこんな小さな問題に対処するのは下っ端だ。ザナークはただ指示をすれば良いだけだ。まあ、彼が暇で暇でしょうがなかったから来ただけとしても他のギルド員を連れてないのは不可解だ。」

「成程…、確かに。」

「そして彼は暴力沙汰になった時に冒険者達に君を殺すなとわざわざ忠告した。それは彼が優しい人間だからか、もしくは…」

「私がいなくなると奴も困るから、という事か…?」

「そう、その通り。ザナークは君に不当な扱いをする一方で君に価値を見出している。それはギルドに寄与する価値なのか。いや、彼はそんなに勤勉には見えない。そこで俺はこう考えた。ザナークは彼の個人的な利益の為に君を利用したいんだとね。そう考えるとザナークの君に対する不当な行為の理由も分かってくる。」


俺は一旦喋るのをやめて紅茶に口をつける。

そして唇を湿らせてまた話を始める。


「彼はおそらく君の納品された素材で得た利益をちょろまかしている。それが君に支払いを遅らせている理由だ。」


ナクティスは目を閉じて深いため息を吐いた。

彼女も薄々分かっていた事なのだろう。


「私は、魔族だ。この人間社会で他の人間と同じように扱われたいというのは高望みだとは分かっている。しかし…。」

「ナクティス、誰だろうが何だろうが悪意ある人間には毅然に対応するべきだ。そんな奴らの悪意にされるがままに大人しくなっていても何も良いことがない。だから君も今回の件で遠慮なんてする必要はない。」

「オオヤ…」

「………話を続けようか。重要な点は、これはザナークの個人的な行動でギルドは関係ないという事だ。だから彼は他のギルド員を関わらせたく無かったんだ。だから彼が言うように自由の盟約が敵になる、なんて事はないと思うよ。本来ならこの件の一番簡単な解決策は他のギルド員に相談することなんだけど…」

「私相手では話など聞いてくれないだろうな…」


苦渋を舐めた様な顔でか細い声を出すナクティスに俺は何も言えなかった。

これがザナークが彼女をターゲットにした理由だな。

受付で彼女と揉めても、どれだけ不当な扱いをしても周囲はそれ程気にしない。

そして、納品された素材を個人的なツテで売ったり、支払いの際にちょろまかしてもそれをナクティスに告発されることはない。

いや、告発をされても誰も相手にしない。

ザナークの考えはこんな所だろう。

そして彼女から聞く彼女自身の立場を考えるとザナークが本当に恐れているのは自分が罰せられる事ではなく。

のを恐れているのだろう。

 この不正を知られたら同僚にたかられると考えているだけで実際に自分がギルド内や司法から罰せられるとは思っていない。


 彼女の立場は非常に苦しい物だ。

こうして不正や不条理な被害にあった際に正規の方法を取る事が出来ない。

そして相手に十分な罰を正当に与える事が出来ない。

これでは彼女はこの社会において一生弱者でいろと言われている様な物だ。

自分の生活圏から抜け出してきた者への試練と諦めるべきなのだろうか。

そんな事は俺は口が裂けても言えない。

 なぜなら俺こそがこの世界で誰よりもはみ出し者なのだから。

誰だって自分の住みなれた土地が良いに決まっている。

しかしそれを出来ない事情というのもまた存在する。

俺はこの世界に放り出された時の事を少し思い出してしまう。

本当辛くて厳しい日々だった、そして俺は他人に救われたんだ。


「ナクティスはどうしたい?」

「む?」

「俺が考えるにこの俺の考察が合っていようと今彼に反撃出来ることはそれほどない。だけどザナークも今回以上の行動は出来ないと思う。だが君への嫌がらせは増えるだろうね」

「今更な話になるが、今私にとって心配なのは貴方への被害だ。ザナーク、あの小悪党はオオヤを敵と認定した。元々私の立場なんてあって無いようなものだ。しかし奴の行動が貴方に与える影響は多いと思う。私としてはそれを防ぐ為だったら何でもしたい。」


彼女は真っ先に俺の心配をしている。

俺は昔の荒れていた時代と彼女を比べて恥ずかしくなる。

彼女はこんなに苦しい立場なのに人を思いやり公正であろうとしている。


「俺も大丈夫だよ、元々こんな場所の宿の主だし。俺にもそんなに影響はないさ。」

「だがオオヤは現状に満足している訳ではないだろう。奴の嫌がらせがいつまで続くか分からない。その間あなたに我慢を強いる事は私が我慢出来ない。」


彼女の言う通り、この問題は嵐が過ぎ去るのを待つ様な解決は出来ないだろう。

何か行動をするべきだ。

だが現状良い案が思いつかない。


「分かったよ、じゃあ前向きに色々考えてみようか。行動の指針を立てよう。」

「承知した。」


彼女との話し合いは2、3時間程続いた。


-------------------------------------------------


今日彼女と話し合ったことを記した紙を寝る前にもう一度読み直す。

そこには今後ザナークがしてくると予想する行動とそれに対する対策。

またこの状況を脱するための行動の指針が記されている。

不完全なものだが最初にしては上出来だろう。

俺は紙を机の収納に仕舞って伸びをする。


「さて、と………。やっぱり泊まりに来たのかい?」


俺は机の明かりによって照らしきれてない部屋の角の暗闇に話しかける。

その影から実体が浮かび上がってくる。

高練度の隠密だ。


「やっぱり、気づいてたのね」

「まあね」


 教えてくれたのは俺の宿屋運営スキルのフロアマップだ。

自室に彼女のアイコンがあった。

 彼女は存在を見破られた事に驚いていない様で世間話をする様に話しかけてくる。

 ザナークと一緒に行動していた冒険者の1人だ。

 切れ長の目が彼女の油断ならなさを感じさせる。


「何しにきたのかな?」

「えっ?そりゃあ泊まりに来たのよ。ここって良い宿だもの、特に頑丈な所が、ね。でもセキュリティが甘いわ。簡単に忍び込めたもの。」

「ザナークの命令で俺を殺しに来たんでしょ?」


彼女の眉がピクりと動いた。

プライドが高そうだ。


「命令って言い方はやめてほしいわ。別に彼と主従関係にある訳じゃないから、依頼って言った方が正しいわね。」

「殺しについては否定しないんだね。」

「ええ、間抜けに寝ている隙に首を掻っ切ってこいって依頼されたわ。まあ、手強そうだったから私の存在はバレるかもとは思ってはいたけれど………、本当に見破るんだから驚いたわ」

「成程、じゃああんたの任務は失敗か」

「えっ?うふふ、まだチャンスはあると思っているわ。」


彼女は腰からダガーナイフを取り出す。

自分の実力に十分な自信があるみたいだ。


「無抵抗な相手殺すのってつまらないもの、抵抗してくれる方が嬉しいわ。」

「良い趣味してるね、ところで死ぬ前に知りたいんだけど、あんたに殺しの依頼するのってどれくらい掛かるの?」

「相手によって変わるわよ。でも貴方は手強そうだから金貨1枚で引き受けたわ。」

「おお、そりゃあ高い。俺を殺すのにそんな大金を掛けてくれたんだ。」

「ええ、死ぬ前に自分の命の価値を知れて良かったわね。」


俺を殺すのに金貨1枚をポンと払ったのか。

先ほどの俺の考察の説が補強された。

彼は結構儲けてるみたいだ、そして俺を殺すのに金貨を払うのなんて痛くないぐらいナクティスには価値があると。


「あっ、言っておくけれど依頼料より高いお金を払っても殺すのはやめないわ。」

「大丈夫、そんなつもりはない。ただ俺は優しいから銅貨3枚で許してあげるね。」

「…何を言ってるのかしら?」

「だから君が銅貨3枚払えば殺さないであげるって言ってるんだよ。なんなら暖かいご飯も出してあげる。格安で良い宿だろ?」

「もう、死にましょうか。」


彼女は俺の挑発に眉ひとつ動かさずに行動で反応した。

持ったダガーを投擲してくる。

それを人差し指と中指で挟んで受け止める。

ダガーに気を取られている間に彼女は俺の懐に潜り込んできた。

後ろに避けようとしたが何かに足を掴まれて動くことができない。

驚いた。

彼女の腕が俺の影から生えている。

魔力の反応は感じられなかった。

スキルか。


「さようなら。」


彼女は残ったもう一方の手で俺の心臓を手刀で突き刺そうとしてくる。

そして彼女の攻撃は空振って空を突いた。


俺はそれを椅子に呑気に座りながら眺めていた。


「君のスキルは影内の自由移動かな?結構強力だね。」

「………移動系の最上位の条件無しの瞬間移動のスキルを持っている貴方に言われると煽ってる様にしか聞こえないわ。」

「いやあ、はっはっは。俺のスキルは瞬間移動じゃないよ。」

「嘘つき」


本当だよ。

俺のスキルはもっと強力な物だ。


彼女は足元に存在する影に手を突っ込む。

俺は咄嗟に身を翻す、俺の後ろから彼女の手が飛び出てくる。

完全には避けきれずに耳が少し切れてしまった。

頭部を潰す気だったのか、恐ろしく容赦が無いな。


「いてて。いやぁ、酷いな……!」


喋る間も無く彼女は攻撃を影の中から繰り出してくる。

この狭い部屋の中を逃げ回るのは大変だ。

それに彼女は戦闘が上手く闇の中に潜んでいない本体の方でも攻撃してくるし飛び道具も織り交ぜてくる。

そして…


「あっ、しまった。」


部屋の中で逃げつつさりげなく守っていた今の唯一の部屋の光源の机の上の蝋燭が彼女の攻撃によって掻き消される。

部屋は完全に闇に包まれた。

暗闇から彼女の声が聞こえるが方向が分からない。


「さあ、分かっていると思うけれど終わりよ。遺言でも聞きましょうか?」


この状況でも瞬間移動で宿屋内の別の場所に逃げれば良いだけなので終わってはいないが音を立ててナクティスを起こしたくなかったのでその方法は取れない。

ちょっと勿体ないけどあれを使うか…。


「うん、そうだねぇ。じゃあ、君って朝ごはんってパン派?ごはん派?」

「………は?」

「いや、明日のごはん何が良いかなって思ってさ。ナクティスって何でも美味しいって言うからいつも何作ろうか迷っちゃうんだよね~」

「死になさい。」


彼女が喋り終わると同時に全方位から攻撃が絶え間なく襲い掛かってくる。

それを必死に魔力で物理攻撃の耐性を上げてガードしつつスキル画面を出現させる。

エリアマップの画面の俺の自室をタップ。

顔面を狙った攻撃を逸らすが俺の耳が引きちぎれる。

部屋に付与出来る効果一覧を開く。

心臓を狙った攻撃を防ぐ。

代わりにわき腹の肉を抉られる。

タブをスクロールして目的の効果を探す。

背後からの攻撃をガード………!

手を掴まれた。

目的の効果は…、あった!

俺は急いでその効果を購入する。

頭部への攻撃の気配を感じる。

これは避けれないな。

俺は自由な方の手で購入した効果を起動する。

瞬間、暗闇だった室内が眩しいほどの光に満たされた。


「ああああああああああああ!!!」

「ふぅ…、危なかった。」


周囲には光輝く光球が舞っていた。

そしてその明かりが室内を真っ白に照らしていた。

照らされた俺の部屋は物が散らばっていた。

いや、それだけでなく真っ赤な血も散らばっていた。

俺の物だけではない。


「ん?あらら…」

「ああああっ!…ぐっ、ああっ!」


俺は先ほどまで掴まれていた左腕を見ると携帯ストラップの様に関節あたりからちぎれた細い腕がぶら下がっていた。

視線を下にやると暗殺者が大声をあげて転げ回っていた。

彼女は片腕と両足がなくなっていた。

なくなったそれらは俺の周囲に散らばっている。


「成程、強いスキルだけど大きな弱点もあるみたいだね。影を媒介にしているからそれがスキル使用中に消されると接続が閉ざされて肉体も分離しちゃう訳か。」

「あぐっ、うう…!」

「どうした!オオヤ!」

「ああっ、しまった。ナクティスを起こしてしまった。」


彼女の大声でナクティスが起きてしまった。

俺はまたスキル画面を開いて【完全防音】効果を購入してて起動する。

俺は顔だけ出して彼女に叫ぶ。


「ごめん!ベッドから転げ落ちちゃっただけだよ!」


そしてすぐに扉を閉めた。

はあ、彼女の安眠を妨げてしまった。

俺も鈍っているな、こんなに苦戦するなんて。

ここ5年間はまともな戦闘なんてしてないからなぁ


というか眩しいな。

俺は部屋に付与した【光球】の最大まで上げた光度を下げる。

そして部屋に落ちていた俺の耳を拾いあげる。


「さあ、これで安心だ。大丈夫?」

「………」

「まあ、大丈夫じゃないか」


彼女は血を流しすぎたのか青白い顔で俺を無言で睨んでいる。

俺は彼女に近づこうとするともう満足に動けない体を必死に動かして逃れようとする。

しかし当然そんな動きで逃げられるわけがない。


彼女の肩を掴んで動きを封じる。

もう彼女には最初にあった余裕な態度はない。

睨んでいるがそれが虚勢である事は明らかだった。


「こ、殺しなさい!殺して……!」

「えっ、いやいや殺さないよ」


俺は彼女の懐をまさぐると彼女は青白い顔を更に蒼白にさせる。


「いや!やめて!触らないで…!」

「えーっと、どれどれ。あっ、あった。」


俺は彼女の懐から財布を取った。


「ごめんね、片腕がなくて大変だろうから勝手にさせて貰うよ」


俺は財布から銅貨3枚を取り出す。


「じゃ、俺が勝ったから俺の宿に宿泊してね。お代は頂いたよ」

「いや、いやいや…」


彼女にはもう俺の声が聞こえていないみたいだ。

明らかに血を流しすぎているな、このままだと直ぐに失血死してしまうだろう。

彼女はこの宿のお客さん第2号だ。

まともな方法で顧客を獲得できていないけど大事なお客さんである事には変わりはない。

出来れば死なせたくない。


必要なのは止血と彼女が今の状態で延命出来る様にする事だ。

俺はスキル画面をまた開く。

うーん、何かあったかな。

あ、これかな。

俺は【ヒーリングベッド】Lv.1という名前の効果をタップして詳細を見る。


【ヒーリングベッド】Lv.1

 使用者を感知して全身にヒールをかけます。

Lv.1では聖教会アコライト級治療師と同レベルのヒール効果があります。

購入対価:金貨1枚


アコライト級か…

下から2番目の治療師のレベルだ。

これで止血まで出来るだろうか。

金貨1枚は痛い出費だが仕方がない。


俺はそれを購入して自室のベッドをヒーリングベッドに変更した。

ベッドが光輝いて聖協会の聖紋が縫い付けられたベッドとなった。


俺は速やかに彼女をベッドの上に乗せる。

するとベッドが淡い緑色が輝いた。

そしてカーテンを彼女が持っていたダガーで切り裂く。

俺は何やらうわ言をつぶやいている彼女の切断面3か所をきつく縛る。

彼女が苦痛で呻くが仕方がない。

俺の部屋は体力回復lv.3、魔力回復Lv.1も効果が付与されている。

これで何とかなって欲しいが。

スキル画面を出現させる。


【銅貨:324枚。銀貨:58枚。金貨:0枚。クリスタル硬貨:0枚。】


俺が購入した【光球】は銀貨10枚、【完全防音】は銀貨30枚。

そして【ヒーリングベッド】は金貨1枚。

残高が一気に減った。

今のこのお金で他に出来る事はあるだろうか。

俺はちらりと彼女の様子を伺う。

そして驚く。


「おっ、こりゃ凄いな~。」


ヒーリングベッドは先ほどと同じように光り続けている。

そして見る見る内に彼女の肉体の軽傷を直していく。

ちぎれた四肢三つも段々と肌が復活している。

成程、金貨1枚する割にアコライト級のヒールなんてしょぼいなと偉そうに少し思ったがこれは凄い。

このベッドはそのアコライト級のヒールを使用者に

どんなに元々のレベルが低くてもヒール時間が長ければその治癒効果は高くなるだろう。

10分経つ頃には完全に止血が終わった。

もう縛り付けた包帯代わりのカーテンすらいらなそうだ。

今、暗殺者の彼女は静かな寝息を立てている。


「はぁ…、疲れた。」


俺は椅子に座って溜息をついた。

元々、宿屋の客室の設備の為に使用しようと思っていたお金を大量出費してしまったが背に腹は代えられないだろう。

それに彼女はザナークと深い関係があるという訳でもなさそうだがいくらか情報を得られる可能性がある。

まあ、なんにせよ全ては明日やれば良い。

少し俺も疲れた。

俺は最低限の後片付けだけをして光球を消した。

そして椅子に腰かけたままゆっくりと目を閉じた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る