第2話
「きょうも、お客さんはゼロだっほーい」
俺はフロントに肩肘をついて自作の歌を暇つぶしに歌う。
ナクティスを初の客人として迎えてから2週間が経とうとしていたが彼女以外の客はいまだに現れない。
チラシを作って配ってみたが全く効果がなかった。
「シーツはぴっかぴか。窓だってほこり一つなくきっらきら。だけど客室かっらから!今日も一人で寝るぞー。これじゃあただの自宅やん!」
「…もしもーし。」
「どぅわ!?」
歌がサビに入って盛り上がってきた所に来客があった。
入口を見るとナクティスが気まずげに佇んていた。
「お、おお。久しぶり。ナクティスさん。」
「う、うむ。久しぶりだな、オオヤ。すまないな取り込み中に。また来たぞ。」
「いやいや、暇してたんだ。来てくれてありがとう。今日も泊ってくれるのかい?」
「勿論だ!いくらだ?」
「まだ新規開店キャンペーン中さ。銅貨3枚で良いよ。」
俺は宿屋が軌道に載ったら一泊銅貨6枚に設定する気だった。
しかし、客も全然来ないこの状況じゃあ赤字を気にしていても仕方がない。
彼女は申し訳なさそうにこちらに銅貨3枚を手渡す。
俺は代わりに彼女に部屋の鍵を渡した。
「とりあえず、荷物置いてきなよ。暇だったら話相手になってくんない?」
「ああ!是非!」
彼女はドタバタと部屋まで行った。
さて、彼女の為にお茶でも準備するか。
--------------------------------------------
彼女をテーブルにつかせてお互いにお茶を一口飲む。
彼女はおだやかな顔で息をついた。
「そういえば…、この前の報酬の受け取りは出来たのかい?」
「ああ、少し揉めたが受け取り出来た。納品証明書を発行させていて正解だった。」
「そりゃあ良かった。…そういえば、ナクティスさんに渡すものがあるんだ。」
「む?なんだ?」
俺はお茶をカウンターに置いて奥の方から小さな麻袋を持ってくる。
「この前、マンティコアの毒針を貰っただろ?あの後、知り合いの薬師の所に持っていってね。」
それを彼女の座るテーブルの上に載せた。
「なんと銀貨80枚になったよ。やっぱり冒険者ギルドの言っている事は間違ってると思うよ。」
「な、なんと…」
彼女は銀貨の入った麻袋を前に目を見開いていた。
そして何故自分の前に置いたか疑問に思っている様だった。
「受け取ってよ。その銀貨はナクティスさんの物だよ。」
「な、なに!?い、いやそれは出来ない。マンティコアの毒針はそもそも、貴方に私が礼として渡したものだ…。もらう事は出来ない。」
「それこそこっちも貰えないよ。こんな高価なお礼なんて。」
「いや、私にとっては貴方のしてくれた事は銀貨以上に価値があることだったのだ。それに私ではマンティコアの毒針を銀貨に変えることなど出来なかった。であればこれを貴方が受け取ることに何の後ろめたさを感じる必要はない。」
彼女は見た目通り高潔な人物の様だった。
この前は冒険帰りで汚れが目立っていたが今日の彼女は格好も洗練されており長く美しい黒髪も綺麗に整えられている。
まさに日本で読んだことがある漫画で出てくる高位の魔族の様な見た目だ。
でも、そんな彼女でも人間社会では苦労するんだもんなぁ。
マイノリティの生活のしにくさはあちらの世界とあまり変わらないのだろうか。
「じゃあ取引にしようか。」
「取引?」
「ナクティスさんの好意は嬉しいけどさ。俺からするとこのお金を単純に受け取るのは君に対して借りを作った気持ちになるんだ。」
「そんな事はない!これは正当な…」
「ああ、これは俺の気持ちの問題だから。ナクティスさんからしても俺に気を遣われるのは嫌だろ?」
「…」
彼女は俺の言葉に閉口する。
苦笑して俺は彼女の対面に座った。
そして麻袋から銀貨を取り出して丁寧に並べていきながら話す。
「まず、実は宿屋では冒険者ギルドの様に素材の買取をしている所もあるんだ。理由は持ち物の制限のせいだね。冒険者が持って帰れない素材を宿泊していた宿に売ってしまう事がある。勿論、宿屋に販路なんてないから売れる素材は限られたものだけどね。」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。」
俺が急に説明を始めると彼女は慌てて古びていてよく使い込まれたメモを取り出した。
そして俺の言葉をメモし始める。
なんだろう、彼女の一挙手一投足が愛おしくて仕方がない。
見た目は怖い系の美人なのに。
彼女がメモを書き終えたのを確認して俺は更に話を進める。
「そもそも、別に納品を冒険者ギルドにしなきゃいけないという縛りは無いんだ。出来るならエンドユーザーに直接交渉して取引してもいい。しかし、それを冒険者達がしないのは販路と手間の問題だ。ま、詳しい説明は今は省こうか。」
「う、うむ。」
彼女はあからさまに残念そうな顔をしてメモをしまって頷く。
後で詳しい説明をしてあげよう。
「つまり何が言いたいかと言うと、ナクティスさんは俺にマンティコアの毒針を納品したものとして考えよう。俺は納品されたそれを自身のツテを使って売り捌いた。その成果がこれだ。通常、冒険者ギルドでは特別な理由じゃない限り納品から即時支払いだ。その時のレートに従ってね。でも今回は取引が成立した後の支払いだ。俺は冒険者ギルドがどれだけの割合で利益を得ているか分からないけど。仮に20%としようか。」
俺は80枚ある銀貨を64と16に分けた。
「今回、俺がした事といえば知り合いの薬師に持ち込んだだけだ。費用もかかってない。本来なら20%は取りすぎたと思うけど。この取引内容はどうかな?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。だから私はマンティコアの毒針は貴方にあげたものだと…」
「ナクティスさん。」
頑なな彼女の目をまっすぐに見つめる。
「まだ会って2回目だけど、俺はナクティスさんの事好きになったよ。」
「どぉっふ。」
何故か奇妙な鳴き声をあげるナクティス。
それを無視して話を進める。
「だから君とは対等な関係にいたいと思うんだ。君の気持ちを踏みにじる気はないけど、正直、俺がしたことに対して銀貨80枚は過剰なお礼だ。特にお金関係では貸し借りの意識があると、少なくとも俺は遠慮を感じる。だから取引という形で君のお礼を受け取りたいんだ。君にとっては好意を無碍にされた様に感じるかも知らないけどお願いだ。俺の事を思ってこのお金を受け取ってくれないか。」
俺は頭を下げて彼女に頼む。
俺の言葉は本心だ。
俺は彼女の事をこの短い交流で気に入った。
だから今後も清い関係で付き合いたいと思っている(深い意味はない)
だからこの俺たちの関係のスタートラインにおいて過剰な貸し借りを作りたくなかった。
これはハッキリ言って俺のエゴだった。
彼女は暫く黙ってから口を開いた。
「オオヤ…。貴方の言葉、とても嬉しく感じる。私も貴方と対等な関係になれたら更に嬉しい。…だから、提案を飲む。」
「ありがとう、ナクティスさん!」
彼女が提案を承諾してくれた嬉しさに思わず両手で彼女の手を握ってしまう。
羞恥からか彼女の顔は朱に染まった。
慌てて手を離す。
「あっ、ごめんね。つい。」
「き、気にひゅる事ひゃない。」
「なんて?」
「んん、うぉっほん!…気にする事はない。それと提案は飲むが貴方が私にしてくれた事は私にとって誇張ではなく値千金な事だったんだ。それだけは言わせてくれ。」
「なんか、小っ恥ずかしいけど…。うん、分かったよ。」
お互いに恥ずかしそうに笑い合い、一時の穏やかな時間を楽しむ。
俺も元は冒険者である事、5年前にこの街に来たことを話し、彼女からは、彼女がここから少し離れた町に住んでいることや、人界に来て8年程だということなどを聞いた。
会話の途中にふと疑問を持ったので聞いてみる。
「そういえば、今日は冒険に出かけなくていいの?」
「む?ああ、今日はそもそも貴方へのお礼とギルドに報酬を受け取る時間にしようと思っていたんだ。仕事には明日出かけることにする。3日ほど泊まらせて貰っても問題ないだろうか?」
「勿論、大歓迎だよー。…ところで聞いちゃ悪いだろうけど、結局報酬はどれくらい貰えたの?」
「ぬ、うーん。そうだな………。銀貨が大体10枚ぐらいだな!」
彼女は気まずげに目を逸らしながら答えた。
俺は自然と目を細めてしまう。
俺の勝手な考察だが、おそらく本当の所は10枚もいかない所だろう。
彼女は自分が不当な扱い。
いや、言葉を濁すのは止めよう。
差別を受けていることを俺にはあまり知られたくない様だ。
彼女は頭は悪くない、というよりむしろ賢いし勤勉だろう。
あの古びたメモから彼女のそういった人柄が感じられた。
なのでその報酬が安すぎると言うことをちゃんと認識している。
だが俺に自分がそういった立場である事を知られたくない、しかし嘘はつきたくない。だから曖昧な言い方をしたのだろう。
「…そっか。ねぇ、ナクティスさん。良かったらだけどさ、もしまた今後納品の支払いを遅らされたり、拒否されたらその素材俺の所に持ってきてくれないかな?」
「えっ?それは勿論構わないが…、良いのか?」
「ははっ、これは取引だよ。見てよ、この宿屋の有様を。宿屋業が軌道に乗るまでは俺も色々やらないとね。勿論、俺が扱える素材かは分からないけど、ダメ元で一度見せてほしいな。」
「ああ!必ず持ってくる!」
彼女には言えないが、正直この取引は彼女への同情も含んでいる。
しかし私情を抜きにしても実際悪くない取引だ。
マンティコアを退け毒針を回収出来るレベルの冒険者が持ってくる素材は貴重な物だろう。
後は、俺がこの5年間で培った交友関係が物を言うな。
「あ、そういえばもう一つナクティスさんにお願いがあるんだけど…」
「む?なんだ?」
「これ、見える?」
俺は自分の目の前にホログラムの様な画面を出現させる。
すると彼女は目を見開いた。
成程、これは他人にも見えるのか…。
「それはなんだ?」
「ふふふ、俺のスキルに関するもの…とだけ言っておこう。」
「スキル!?オオヤはスキル持ちだったのか!」
「内緒だよ?」
スキル。
それはこの世界において選ばれた人間にだけ発言する特殊な能力だ。
魔法などの法則が解明された力以外をざっくりスキルと呼称しているので定義は広範に渡る。
彼女は目を輝かせて宙に浮かぶ画面を眺めている。
少し気分が良い。
俺が画面を消すと彼女は露骨にガッカリした顔をする。
何度も言うが彼女の美麗な顔に良い意味で似合わないその感情豊かさがとても愛らしい。
「ふふん、詳細は秘密だよ。」
「む、むー。まあ、スキルの情報はとても重要な事だし、な。無理には聞かない。」
今のところそこまで秘密にする内容でもないがスキル持ちというのはそれだけで目立つし説明も面倒臭いので彼女には悪いが詳細は話さない事にした。
彼女のおかげでこの画面が他人にも見える事が分かったので今後は自室にいる時に使う事としよう。
「ごめんね。代わりにちょっと面白い物を見せてあげよう。」
「む?」
俺は彼女が先ほど荷物を置いた客室の前まで向かう。
「中に入っても大丈夫かな?」
「ああ、荷物をそのまま置いただけだ。入っても構わない。」
彼女の許可を得たので扉を開く。
そして二人で室内へと入った。
「何かこの前と違わないかい?」
「なに?………こ、これは。」
彼女は俺に言われて気づいた様だ。
信じられないといった顔をしている。
「な、なんだあの巨大なまんじゅうみたいなものは!」
「そこじゃないな。」
彼女はベッドの上に置いてある俺お手製のまんまるの羽毛クッションを指さした。
それは確かに尻尾や角があって普通のベッドでは寝る体勢に難儀するだろうと思って彼女為に新たにこしらえた物だ。
だが俺が言いたかったのはそこではない。
「ヒントは目に見える物じゃないよ。」
「あれじゃないのか…、………………む、この部屋魔素濃度が高くないか?」
「正解!」
羽毛クッションに比べて彼女の反応が薄いのが少し傷ついたが彼女の言う通りこの部屋は魔素の濃度が高い。
「この部屋はね、魔素の濃度を高くして宿泊客の魔力の回復を促進させる効果があるんだ。加えて、ナクティスさんみたいな体に占める魔力の量が多い人は疲労回復効果も期待できるんだ。」
「な、なんと!そんな事が可能なのか!」
「うん、高級ホテルなんかでは魔素の純度が高い魔鉱石なんかを設置して同じ様にしてたりするらしいよ。でも俺の宿の様な規模でこんな部屋があるのはここぐらいじゃないかな。ふふん。」
俺は誇らしげに彼女に自慢する。
彼女が尊敬の目で見てくれるんじゃないかと思って少し期待したが逆に彼女は委縮した顔でこちらを見る。
「こんな部屋に銅貨3枚で泊っていいのか…?」
あっ、しまった。
むしろ彼女を遠慮させてしまった様だ。
「いや、いいのいいの。誰も使う人がいなかったら勿体ないからね。それに企業秘密だけどこの部屋のコストは別に他の部屋と変わらないからさ。むしろ遠慮せずに使ってもらって、それで使い心地を後で教えてよ。改善とかしたいからさ。」
「ぬ、ぬぅ。そ、そうか。」
「じゃあ、ごゆっくり。俺は夕食の準備をするよ。ナクティスさんも食べるかい?」
「ああ!是非頼む!」
「じゃあ出来たら呼ぶね~」
元気よく返事する彼女に微笑んでから俺は彼女を部屋に残してフロントへと戻る。
そして先ほど彼女から受け取ったお金を金庫に入れる。
視界右に展開させた画面の数字がそれによって変動する。
【銅貨:4枚。銀貨:16枚。金貨:0枚。クリスタル硬貨:0枚】
0だった銀貨の枚数が16枚になった。
成程、どうやら素材の取引で得たお金でも反映される様だ。
2週間前に彼女から銅貨を受け取った事により発動した俺の新しいスキル。
自宅運営スキル。
それは俺が元々持っていた自宅警備スキルから派生したものだ。
宙に浮かぶ画面には様々な情報が羅列されている。
まず、この宿のフロアマップが表示されており、ナクティスが泊っている部屋に彼女をデフォルメしたアイコンが置かれている。
その部屋をタッチすると部屋の情報がポップアップする。
【状態:使用中。清潔度:高。特殊効果:魔力回復lv.1。体力回復lv.1。】
そして空室の部屋もタッチする。
【状態:空室。清潔度:高。特殊効果:なし。】
特殊効果があるのはナクティスが泊っている部屋のみだ。
それは俺が彼女から受け取った銅貨3枚によって部屋に付与した効果だからだ。
俺はポップアップした情報の中に改造と書かれている文字をタッチする。
するとこの部屋に付与出来る様々な効果のラインアップが表示された。
魔力回復、体力回復、安眠効果、自動清掃機能、静音効果、温暖機能、冷風機能…。
様々な部屋に付与出来る項目がある。
「やっぱり高くなっているな…」
俺は魔力回復と体力回復の項目を見る。
そこには銅貨50枚と記載があった。
しかし、俺はナクティスが今泊っている部屋はどちらも銅貨1枚で買う事が出来た。
「うーん、最初はチュートリアルって感じで特別安かったのかな?銅貨50枚も別に高くもないが…。スキルのチュートリアルって何だよって話だけど。」
スキルについての考察を進める。
俺は自身のこのスキルについては施設運営シミュレーションゲームと似たような物だと認識している。
実際に今、俺がやっている様にホテルなどを運営するシミュレーションゲームだ。
プレイヤーはホテルの経営者として宿屋の設備を設置してお金を稼ぎ、そのお金で更に自身の店を発展させていく。
確かに俺は日本にいた時はその手のゲームが好きだったがまさか異世界でスキルとして発現するとは。
まあ、そもそも自宅警備スキルも俺が元引きこもりだから発現したと思われるから今更驚きはないけれど。
自宅警備スキルも自分で言うのもなんだがかなりのチートスキルだ。
それに加えてこれから宿泊業をしていく俺にとってこの新たなスキルはまさに鬼に金棒といっても過言ではない様に思える。
しかし、一つ問題がある。
このスキルで使えるお金は実際に俺がこの宿屋で稼いだお金に限定されるようだった。
俺の元々の貯金を金庫に入れてみたが消失してどこかに消えてしまった。(さようなら俺の金貨。)
つまり、このもうほぼ破綻している宿屋でお金を稼がなければこのスキルは役に立たないのだ。
俺にとって本当の頼みの綱は誇張抜きにナクティスである。
先ほどの取引の内容も彼女は遠慮していたが実際の所、俺に非常に都合の良い内容だったのだ。
俺は画面に表示されたナクティスのアイコンをタッチしてみる。
すると情報がポップアップして表示された。
【ナクティス・シャドウフレア。体力:54%。魔力:25%。満足度:100%】
俺はほっと胸をなでおろす。
彼女はこの宿に満足してくれている様だった。
彼女を利用している様な形になっているのでせめて、彼女が今後も満足して、この宿屋を気に入ってもらえるように努力しよう。
そもそも、俺が宿泊業をしようと思った切っ掛けはこの世界にきちんと根を張った生活をする事と、誰かの仮にでも良い、自分の居場所だと思って貰える場所を作ろうと思ったからだ。
魔族という人間界で差別されている立場の彼女にこの宿屋を一時でも自分の居場所だと思って貰えたら俺の目的が達成される。
そういった意味でも彼女と良好な関係を築かなければいけない。
その為の一歩に、まずは美味い飯でも作るか。
俺は画面を閉じてキッチンへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます