第7話 事情聴取
10分ほど待っていると、1人の男性が部屋の中に入ってきた。
「いやぁお待たせしました。では、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
男性は30代後半から40代前半くらいの顔をしている。苦労をしているのか白髪が少し多く見える。優しげと言うか貧乏くじを引いてそうな感じだ。
「話とは何のことでしょうか?」
「ありゃ、何も聞いてない感じですか?」
男性は私の正面に座りながら、今私がどういう状況にいるのかを教えてくれた。
どうやら私がダンジョンで庵野さんに危害を加えたと怪しまれているみたいだった。それでこの男性はダンジョン事件専門の警察らしい。ちなみに名前は
つまり今の私の状況は、ドラマであるような事情聴取みたいな感じという事だ。
「そんな事になってたんですね私」
「そうだぞ~。それにしても嬢ちゃんは随分落ち着いてるな」
説明の途中から、最初の硬い話し方から打って変わって、優しげでフレンドリーな話し方に変わった。
こっちの方が話しやすいから私的には問題ないわね。
「まぁやってないですからね。ビクビクする必要がありません」
「だとしてもだぞ~」
後藤さんはニコニコしながら事情聴取を始めた。
どうにも警察官らしくない人だ。近所の優しいおじさんってイメージが脳内を占拠してくる。
そんな邪念を軽く吹き飛ばして、ダンジョンで起こった出来事をもう一度説明する。一日に何回同じ説明をするんだって不満があるけれど、ここは素直に説明しなければならない。
「――なるほどなぁ。そういう事があったのか」
「そうです。全部素直に話しましたよ。これでなんで私が怪しくなるんですか?」
本当に心からの疑問よね。善意で人を救ったら冤罪を疑われているのよ。謎すぎるわ。最悪逃げようかしら。
そんな事はしたくないが、冤罪で捕まるのも嫌なので、念の為を考えて身体強化全てと闇魔法を発動する。
「いやぁだってなぁ? ダンジョンで大怪我だと通報があって行けば、装備をした女性が脚に大怪我をしていて、通報者は制服を着た女子高生だ」
「別におかしくないですよね?」
「そうだな、ダンジョン外ならおかしくねぇなぁ。けど話を聞けば、イレギュラーが起こってそれを嬢ちゃんが助けたっていうじゃないか。装備をしっかりした奴が大怪我するイレギュラーボスを、制服の女子高生が怪我一つなく倒して助ける。それは普通に考えたらおかしいだろ」
「まぁ……それは確かにそうですけど」
いやまぁ、確かに。言われてみればおかしいとは思う。けどあれぐらいの相手に装備なんて必要ないでしょ! とも思う。
「それに制服でダンジョンに潜るなんて、誰が聞いても初心者だって分かる。そんな奴がイレギュラーボスに勝てるとは尚更思えないだろう? そうなると、なにか問題が起こってるんじゃないかって怪しむんだよ。特に医療系や警察なんかの人間は、ベクトルは違えど疑うことを重要視しているからな。それ自体は良いことだけどな……」
後藤さんはそこまで言うと、ため息を吐いて持ってきていたコーヒーを飲み干す。
「まぁ嬢ちゃんはやってないだろうけどな」
「どうしてそう思うんですか?」
「何だぁその質問。疑ってほしいのか?」
「いや、そうではないです。でも、私がやってない証拠もないじゃないですか」
「それはそうだなぁ……まぁ本能だよ。嬢ちゃんはやってない、それで良いじゃねぇか」
後藤さんは椅子の背もたれに背中を預けて、ぐでーっと天井を見上げると、また1つ溜息を吐いた。そして上を向いたままダルそうに話し出す。
「俺はダンジョン事件専門の警察官だからよ、ある程度強いぞ。その俺の本能が言ってるんだよ。嬢ちゃんが恐ろしく強いってなぁ」
後藤さんは上に向いていた顔を正面へと戻し、今度は私の顔を真剣に見つめる。
「嬢ちゃんはいったい何者なんだ? ただの女子高生が放つ雰囲気じゃねぇぞそれ」
「何者か、ですか? そう言われても私はただの女子高生ですよ」
「はっ、言う気はねぇってか? 確かに強い女子高生も居る。俺だってある程度強い女子高生は知ってるさ。けど嬢ちゃんは次元がちげぇ」
後藤さんは自分の言葉に確信を持っているのか、まるですべてを知っているかのように言葉をどんどんと吐いていく。
「ボクシングや柔道なんかの世界王者を見たことあるか?」
「ないです」
「そうか……あいつらは強い。グローブを着けていなくとも、柔道着に身を包んでいなくとも、その存在自体から強者独特の雰囲気を放っているんだよ。それらの雰囲気は隠そうとしても隠せねぇんだ」
「そうですか。まぁ、言いたいことは分かります」
「嬢ちゃんから感じるのはそういう類の雰囲気だ。改めて聞くぞ、嬢ちゃん何者だ?」
後藤さんの眼光はとても鋭い。苦労人で優しげだなんて言う評価は今すぐに訂正しなくてはいけないほどだ。
この世界の常人なら、この眼光から出る殺気に屈服してしまうかもしれない。
でも今更こんな程度の殺気を当てられても、ただの温ま風程度よね。
「ただの女子高生ですよ」
沈黙が部屋に流れる。
1秒、2秒、3秒……どれほどの時間が流れただろうか。一生この静寂が続くのかとも思われたが、後藤さんが先に沈黙を破った。
「そうか、もう聞くのは諦めよう。はぁ……やっぱり人間を疑う事を重要視するってのも考えものだな」
後藤さんはそう言うと、「もう良いぞ。帰ろう」と言って部屋から出ていった。私は手招きしている後藤さんに着いていき、一緒に部屋を出た。
「あーこの嬢ちゃんは犯人じゃないな。ただの人を救った善人だ」
「そうでしたか。疑ってしまってすみませんでした」
後藤さんが病院の人に説明をしてくれ、病院の人もそれを聞いて謝罪をしてくれた。
「いえ、実際の犯罪を未然に防ぐためです。私がやってないって分かってくれたなら大丈夫です」
私はそう病院の人に伝えてこの場を後にすることにした。
時刻は18時過ぎ。お母さんには何も言ってないから、早く家に帰らないとお母さんを心配させてしまう。
「じゃあ後藤さん、私は帰りますね」
「ちょっと待て嬢ちゃん」
「なんですか?」
後藤さんは胸ポケットから名刺を1枚取り出した。それもただの安っぽい紙ではなく、プラスチックの様な何かで作られた少し豪華なやつを。
「これ持っとけ、何か問題があって警察沙汰になったらこれを見せろ。そうすればある程度は融通が利くようになるはずだ」
「良いんですか? そんな物を貰っちゃって」
「良いさ、俺の本能がそうした方が良いって言ってるからな」
後藤さんはにこりと笑って、胸ポケットからタバコを取り出した。
「じゃあな、俺は一服していくから嬢ちゃんは気をつけて帰るんだぞ」
「はい、ではさようなら」
私はそう言って病院を後にする。
今日は色々とあったから早く帰って休みたい。身体はそんなに疲れていなくても、精神的に疲れた1日だった。
「人助けをするのも簡単じゃないわね」
とは言っても、次また同じ様な状況に遭遇すれば、同じ様な事をすると思う。眼の前で困っていたり苦しんでいる人を見過ごすなんて出来ないししたくない。
これを馬鹿だという人は前世にもいたけれど、他人の意見で自分を曲げるほうが馬鹿だと私は思う。私は前世から私らしく生きるのが好きなのだ。
「今日の晩ご飯は何かしら」
まだまだ夜は冷える。
早く帰って温かいご飯でこの空腹を満たしたい。
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