第6話 最奥

 スライムが落とした核をポケットにしまって先に進む。

 

 今はまだ良いけど、これから先大量の魔物を倒すことになるから魔法袋が欲しい。

 でもあれって高いのよね、どうしようかしら。お小遣い増やして貰う……? 駄目ね。自分で稼ぎましょう。


 家がお金持ちでもお小遣い制度の家は贅沢ができない。つまりは、自分で稼ぐしかないという事だ。


「おいでー魔物ちゃーん」


 拳をしゅしゅっとしてシャドーボクシングのフリをしながらダンジョンを進む。暇だ。

 星1ダンジョンはとても短い。30分もあれば侵入してボスを倒して外に出る、までの行動を出来る。


 ゆっくりゆっくり歩いても、あれから15分もしないで最奥に到着した。というか魔物が1匹も現れなかった。なんでよ。


「きゃぁーーー!」


 ダンジョン最奥にある大きな扉。その扉は私の身長の2倍くらいはある。

 この扉の奥には通称ボス部屋がある。ボス部屋前の扉は、中にいるボスの強さによって変わる。星1ダンジョンなら何も装飾がされていない無地の扉のはずだ。


 それなのに……


「どう見たって無地じゃないわよね」


 目の前に聳える大扉は、白を基調として、何かの花と蔦がうなりながら描かれている。

 最上級に豪華とまでは言わなくても、明らかに星1にあるようなしょぼい装飾じゃない。それに先程扉の中から聞こえて来た悲鳴。異常事態が起こっているのが確定だろう。


「助けない訳にはいかないわよね」


 扉を押し開けて中に入る。

 やっぱり予想通りイレギュラーボスだ。通常のボスなら、誰かがボス挑戦中にボス部屋には入れない。


「くそっ……なんで、こんなのが星1に……」


 常に発動している演算領域拡張に思考加速を上乗せして、ボス部屋の中に入って状況を確認する。

 20歳ぐらいの女性が必死にボスと戦っている。全身傷だらけで地面にも血が大量に流れている。特に右足の怪我が酷い。あの怪我で回避できずに死んでいないだけ奇跡だと言っても良いかもしれない。

 ボスは大きな2足歩行熊で、2mギリギリないくらいの大きさをしている。それにムキムキだ。

 ムキムキ熊。相変わらずちょっと気持ち悪い。なんで顔までムキムキなのよ。



 このままでは彼女が死んでしまう。そう思った私は、身体強化全てと闇魔法を発動してボスと女性の間に割り込む。


「大丈夫ですか?」

「え……だ、大丈夫です?」


 熊の拳を受け止めて女性の安否を確かめると、女性は床に座り込んで困惑したように大丈夫だと言った。

 なんで呆けてるんだろうこの人。


「危ない……!」


 頭を打ってるのかもしれないと、私が女性をまじまじと見ていると、女性が緊迫した表情で急に叫んだ。

 その声でボスの方に振り返ると、ボスが私に掴まれた逆の手を私目掛けて振り下ろしているところだった。


「ちょっと今は待ってなさい」

 

 熊の両足目掛けて闇の縄を放つ。そうすれば熊は両足を縛られて倒れる。拳を振ろうとしていた事もあって盛大に転んだ。


「え……?」


 この熊は筋肉が発達しすぎて脚が閉じられないのだ。それに元々は4足歩行の熊が筋肉発達して立てるようになったというルーツがある。

 だからこの熊の脚の下半分を縄でキュッと結ぶと倒れる。前世からこの熊はそうだ。


 魔力増強の能力を手に入れたから魔力過多の闇縄を作ったのよ。ムキムキ熊でも簡単には壊せないでしょう?



 そんな事を考えながらも、女性の頭と全身を見る。

 頭に目立った外傷はない。けれど脳内部にダメージがないと断定できるわけでは無いわよね。それに右足のこの傷は酷いわ。すぐに病院に連れて行かないと駄目ね。


「ご自身の名前は言えますか?」

「……庵野あんの瑞希みきです」

「ご年齢は」

「20歳、です」

「意識は朦朧としてませんか?」

「少し……ふわふわと……」

「寒いですか?」

「少し……」


 血が少し足りてないだけで認知機能は大丈夫そうね。多分。

 けど返答はゆっくりで少し意識が朦朧としてそうだ。できるだけ急ぎたい。


「あの……その熊倒さなくて良いんですか?」

「あぁ大丈夫です倒しますよ」


 私はそう言って闇魔法で彼女の傷口を塞ぐ。彼女が少し痛がるが、これ以上血を失うよりはマシだから我慢してもらう。


「じゃあちょっと倒してきますね」


 女性にそう言って熊に向き直る。

 ムキムキ熊は未だに脚の縄を解こうと藻掻いている。この熊は見た目通りの脳筋なのだ。1回脚の縄が気になると、それを解くことしか頭に残らない。


「もっと視野を広く持ちましょう?」


 身体強化を全力で発動し、手の先に小さく尖った闇魔法を生じさせる。これで手が簡易的な刺突武器みたいになる。

 そして、その簡易的な刺突武器を全力で首に突き刺せば戦闘終了だ。


「じゃあ戻りましょうか」


 手に付いた血を腕を振ることで落とす。そして、座り込んでいる女性に手を差し出す。

 勿体ないけど、収納袋がないから熊は放置するしかない。


「ありがとう……ございます……」


 女性は少しボーっとした様子だった。血を失いすぎたのかもしれない。これは急がないと。


 ボスを倒したことで地面からゴゴゴとダンジョン核が台座に乗って出てくる。この核を壊せばダンジョンは崩壊する。


 けど壊すのは勿体ないわよね。


 ダンジョン核を上から見て、ボス部屋の扉がある方を180度として135度の部分に狙いを付ける。そして、ダンジョン核が台座に置かれている根本に、台座から36~38度の角度で先端が2mmの細い棒状にした闇魔法を深さ3.5cm刺す。そうすれば――


「ダンジョン核ゲットー」


 手に入れたダンジョン核は私の手のひら程のサイズだった。それをポケットに仕舞い、女性を抱えて急いでダンジョンを出る。

 ダンジョン崩壊に巻き込まれたらたまったものじゃない。私はともかくこの人は死んでしまう。


 女性をお姫様抱っこし、走って帰る。道中一匹スライムがいたので闇魔法でサクッと倒しておく。これで能力の解放条件も満たした。




「ふぅ……救急車を呼びましょうか」


 ダンジョンの外に出て、救急車を呼ぶ。


『はい、119番消防署です。火事ですか? 救急ですか?』

「救急です。救急車をお願いします」

『場所を教えていただけますか』


 住所、分からないわね。

 咄嗟に住所をスマホの地図アプリで調べ、それを伝える。


『ではお名前をお願いします』

「一条雫です。怪我人は庵野瑞希です」

『どう致しましたか?』

「ダンジョン内の怪我です。出血が酷く、意識も若干朦朧としています」

『分かりました。今すぐ向かいますので、止血をして安静にしてお待ち下さい』


 などとやり取りをして救急車を待つ。

 素人の私がいきなりお姫様抱っこをして近場の病院に駆け込むより、プロに見て貰って急いで適した場所に連れて行ってもらうほうが良い。


「あの……ありがとうございます……」

「良いんですよ。世の中助け合いですから」

「お礼は、必ずします……」

「気にしないで下さい」


 救急車が来るまでの間女性と会話をしながら待つ。



 5分ほど待っていれば、赤色の警告灯を光らせた救急車が到着する。私は救急隊員に事情を説明し女性を預けようとしたが、何故か闇魔法を解かない方が良いという理由で同乗することになった。


 別に離れてもしばらく保つのに駄目なのね。なんで乗って欲しいって頼まれるのかしら。



 救急車に乗って病院へと向かう。

 病院に着いた私は救急車から降り、色々と事情を聞かれる。それに全て正直に答えるが、なんだか訝しげな表情をされる。

 そしてそのまま庵野さんは手術室に連れて行かれ、私は控室みたいな所で待っているように言われる。


 早く帰りたいのだけど駄目かしら。


 ちらっと部屋の入口を見ると、これまたムキムキの男性が入口に立っている。


 ダメそうね……なんだか面倒な事になったわ。

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