寓話[0] "シアワセ"

さくらだふぁみま

寓話[0] "シアワセ"

私はシアワセを求めていました。

みんなもシアワセを求めていました。


シアワセを追い求めているときは、すごく楽しかったです。

みんなで一緒に頑張っていました。




シアワセは空高くにあるので、手に入れるのは簡単ではありません。

高い梯子を作ったり、飛行機を作ったり、高い樹を育ててその上に立ったり。


みんなが創意工夫していました。

みんなが努力していました。


本当に、面白いです。


私も、みんなと一緒に努力し続けました。

梯子を作るのも、飛行機を作るのも、高い樹を育てるのも。


どれも本当に楽しかったです。




けれど段々と私は、嫌なことに気づき始めていました。


シアワセがいつまで経っても手に入らないからです。

シアワセを掴んだ、そう確信したはずなのに。気づいたら、どこかに消えてしまっていたのです。


そしてまた、高い梯子を作り直し、飛行機を作りなおし、高い木が育つのを待ちました。


そうしてまた、シアワセがどこかに消えてしまったので、同じように空高くを目指しました。




ある日、その嫌な予感の正体を、私は知ってしまいました。


雲だったのです。


私たちが空高くに手を伸ばして掴もうとしていたのは、雲でした。


慌てて、私は梯子から下を見下ろしました。

地上など、もうとっくに見えなくなっていました。


そうして怯えながら、みんなの顔を、見ました。




輝いていました。


生き生きとしていました。

活気にあふれ、眩しい程にまで光り、燃え滾るような熱を放っていました。

みんな上を見ていて、下を見ようとする人は、一人もいませんでした。




ふっ、と身体から力が抜けました。

手足は梯子から外れました。


落ちて、いきました。


幸せに手を伸ばすみんなは、遠くなっていきました。

眩しいまでの輝きは、小さくなっていきました。


みんなの背中が、とても貴ぶべきものであるように思えました。





風切り音で鼓膜が破れそうになりながら、色んなものを、見ました。


葦を編んで梯子を作っている人がいました。

鉄くずを繋ぎ合わせたセスナ機で、飛んでいる人を見ました。

まだ低い若木のてっぺんで、空を眺めている人を見ました。


私は、落ちていきました。


落ちたさきが地上であるなら、どれほど良かったでしょう。


地獄に、落ちていました。




地獄に落ちたら、椅子に座って手足を縛られていました。


目の前には、人らしきものが立っていました。

それが人間ではなく、神に近しい存在であることは、見れば予感できました。


私に近づいてきて、何か黒い玉のようなものを指でつまんで、私の顔に近づけてきました。


その玉を見た途端、魂が震え上がるのを感じました。

とっさに、私は尋ねました。


ひとつだけ聞かせてください。その玉のようなものは、何ですか。


言いました。


現世にある全ての苦しみを、一度に味わえる丸薬だ。




そう言い終えると、後ろに誰か立っていたのでしょう、

いくつかの腕が伸びてきて、私の顔と顎をがっちりと掴み、私の口をこじ開けました。


歯はめりこみ、顎の骨は軋み、喉は開かれた顎で圧迫されました。

手足は動かず、口を閉じようにも閉じれず、言葉を発することすら赦されませんでした。


黒い玉を私の口に入れて、こう言いました。


わずかでも水を飲むのだから、感謝しなさい。


桶に汲まれた水は、私の口に、丸薬と共に流し込まれました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寓話[0] "シアワセ" さくらだふぁみま @fuwafuwaGT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画